第2話 男
???年?月
暗闇の中を電車は走る。
窓のから見える景色は全てが闇だった。
当然周りには乗客などいない。
ただ電車が走る音だけが聞こえる。
僕の頭にさっきの光景がこびりついている。
そしてなぜ彼女があの場所にいて、僕の背中を押したのか僕は分からずにいた。
そしてこの電車がどこに向かっているのかすら分からない。
この闇の先に何があるのか、僕の答えに辿り着けるのか不安になる。
いつもなら混んでる電車内もこれだけ広いと逆に怖くなる。
「千明.......」
ついぼそっと彼女の名前を呟いた時、僕の隣り気配を感じた。
僕は慌てて横を見ると、少し痩せたタバコ臭い40代位の男性が座っていた。
僕はすぐに席から立ち上がり、その男を睨みつける。
「そんなに睨むな。俺は悪い人じゃねぇよ」
男はそう言っているが、僕はそれでも睨み続ける。
「分かった、分かった。俺のことは信用しなくていいから。ちょっと1人で寂しかったものでな、話し相手が欲しかったんだ。俺と反対側の席に座れば安全だろ」
そう言って男は自分と反対側の席を指さす。
僕も1人では寂しかったということもあり、男の話し相手をすることに決めた。
「坊主、名前は何て言うんだ?あぁ個人情報云々はやめにしよう」
「時雨幸晴。で、おじさんの名前は?」
「俺の名前ねぇ......。実は俺、名前を無くしちまったんだ」
男はそう言いながら、慣れた手つきでタバコに火をつけ吸い始める。
すぐに辺りはタバコ臭くなる。
煙の中に映る男の顔は少し悲しそうだった。
僕はその顔を見て、それ以上言及することはやめることにした。
「ところで坊主、何でお前はこの電車に乗ってるんだ?この電車は並大抵の後悔では乗れない電車だぞ」
「え?そうなんですか?」
男があまりにも真剣な顔だったので、僕もつい口調が変わる。
「あぁ。俺も人生に後悔してるんだ.......。何で後悔しているかは言えないけどな」
男はどこからか取り出した三五缶のビールを開け飲み始める。
いつもは美味しそうに見えるビールもこの雰囲気だとあまり美味しそう見えなかった。
話は進まず、時間と電車だけが進んでゆく。
《次は2022年、2022年お出口は右側です》
タバコの匂いが立ち込める広く静かな空間にアナウンスが流れ始めた。
ーー2022年.......?
僕が不思議に思っていると、男は三五缶のビールを飲み干し、立ち上がる。
「じゃあな坊主、少しは退屈しのぎになったぞ」
男が電車のドアの前に立つと、何も無い暗闇に駅のホームが現れる。
さっきまで僕が電車を待っていた駅のホームによく似ている。
《プシュー》
ドアが開き、男はそのまま駅のホームに降りる。
そして男は僕の方を振り返る。
「自分をしっかり持てよ坊主。どんなに辛くても、悲しくても心だけは折れるな!!」
《プシュー》
とても力強い言葉を残し、男は僕の前から消えていった。
さっきまで不安でしょうがなかったが、あの男の言葉を聞いてから不安じゃなくなった気がした。
あの男は僕に勇気をくれたのかもしれない。
僕はあの男に感謝しながら、電車が発車するのを待つ。
そして電車はまた暗闇の中を走り出した。
電車内にはあの男が吸っていたタバコの匂いだけが残っている。




