第1話 ホーム
2020年4月
僕は駅のホームで電車が来るのを待っている。
その日も朝の通勤ラッシュのせいか、ホームには大量の人が押し寄せている。
サラリーマンから学生まで様々な人が電車を待っている。
都内にある私学の高校に通っている僕にとっては、この光景も見慣れたものだった。
そもそも、公立の高校受験に失敗しなかったら、自宅から自転車で通える高校だったのだ。
受験に失敗した事は後悔してないが、投稿手段においてはとても後悔している。
正直、学校なんてどこでもよかった。
適当に受験したら受かってしまったので、通っている。
ただそれだけだ。
『本当にあんたって親不孝者だね。あんな高い学費を払わされてるこっちの身にもなってよね』
母親の顔が脳裏に浮かぶ。
毎日のように聞かされる説教が耳に流れてくる。
僕はその説教をかき消す為に、バックからイヤホンを取り出し耳につける。
曲はいつもお決まりの曲を選ぶ。
365日この歌を聞いている。
この曲を聞くと、1日がスタートした気分になる。
毎日毎日、この曲を聞きながらログインボーナスを受け取っていく。
なんら変わらない日常だった。
しかし、今日だけは少し違った。
真新しい制服に身を包んだ学生がいる。
新1年生だろうか、去年の自分を少し思い出す。
しかしその変化は少し違うだけで、僕の日常に何の差支えもない変化だった。
【憂鬱な日々】
僕の人生を一言で表すなら、この言葉が一番しっくりくる。
というか、僕以外でもこの言葉が一番しっくりくる人は多いだろう。
その証拠にホームにいる大抵の人は「はぁ」と溜息をついている。
もし彼女がまだこの世にいたら、僕の傍にいたら、僕は違う人生を送っていたかもしれない。
しかし、それは過ぎてしまった過去の出来事。
もう誰にも修正など出来ないのだ。
ーーもしあの時、僕が手を握れてたら.......
過去を後悔する程ろくな事はないと分かっていても、人間は後悔してしまう生き物なのだ。
《.......黄色い線の内側までお下がりください》
最初の方は聞き取れなかったが、アナウンスが入ったことは分かった。
そのアナウンスのおかげで少しだけ気が紛れた。
音楽を聞いていると、微かな違和感を覚えた。
周りから声が聞こえないのだ。
いつもなら五月蝿いくらい聞こえてくる声や音が全く聞こえない。
僕はイヤホンをとって辺りを見渡す。
「.......え?」
思わず声が漏れる。
先程まで人で溢れかえっていたホームには、人が1人もいない。
ーー何で誰もいないんだ.......
震える手を抑えながら僕はスマホを取り出す。
スマホを開くと更に驚く。
時計が止まっていた。正確には時刻が全く変わっていない。
僕は手を滑らせスマホを落としてしまった。
しかし体は恐怖のせいか上手く動かない。
脳も思考を停止していた。
いつもなら狭いと感じるホームがその時はとても広く感じられた。
その広いホームにたちずさんでいると、遠くの方から微かに音が聞こえる。
ーー電車の音?
その音はどんどん僕に近づいてくる。
近づくにつれ、僕はその音の正体が電車だと確信する。
向こうに見える暗い場所から徐々に近づいてくる光を僕は視認する。
そして電車が僕の前に姿を現す。
いつも乗ってる電車と何ら変わらない。
《プシュー》
電車のドアが開く。
ドアの向こうも至って普通の電車と同じだった。
しかしそこからは不気味な雰囲気が漂っている。
そこに入ったらもう2度こちらの世界に戻れない気がした。
ーー怖い、怖い、怖い
そんな恐怖心がいつの間にか僕の体だけではなく心まで支配していた。
僕は数秒間その場で立ちすくんでしまった。
僕はそのドアに入っていいのか分からなかった。
入らなければどうなるのかも予想出来ない。
もしかしたらこの虚無の世界に取り残されるかもしれない。
そんな事を悩んでいると、アナウンスが入る。
《人生に後悔があるのならご乗車下さい》
とても落ち着きのある優しい男の人の声だ。
まるでさっきまでの僕の心を透かしているようなアナウンスだった。
僕はゴクリと唾を飲む。
ーーこの電車に乗れば救えるかもしれないのか.......?
汗が額をつたっているのが分かる。
心臓も破裂しそうな程バクバク音をたてている。
ーー僕は行くよ。あいつを助ける為に
決心し、一歩踏み出そうとした時、背中を誰かに押された気がした。
僕は転けるような形で電車の中に入る。
《プシュー》
僕が入った瞬間ドアは閉まる。
「発車致します」
電車は徐々に動き出す。
倒れている僕はすぐに起き上がり、後ろを振り返る。
既に電車はスピードに乗り始めていたが、しっかりと僕の目は僕の背中を押した犯人をとらえていた。
「.......何で?」
僕の目には死んだはずの千明が映っていた。




