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ぼくがヒーローになるまで。

作者: 珠樹

月子堂プロット交換会参加作品です!


めちゃめちゃ×100遅刻しました……本当にすいません……。

いつも書いているのとは違ったテーマの作品ですが、頑張ったのでちょっと覗いてくれたらとても嬉しいです……!


よろしくお願いします<(_ _)>



(連載物もちょっとずつ続けていく予定です……!どうぞよしなに)

 僕の好きなもの。

 お母さんの作るハンバーグ。国語の授業。昼休みの間の静かな図書室。理科の実験。お父さんと行く映画館。両の手の指を使って数えてもまだまだ足りないけれど、一番は絶対に譲れない。

 僕が一番好きなのは、みんなを救う、カッコいいヒーローだ。


「放課後、サッカーする人!」


 帰りの会が終わった後の掃除中、教壇の上で佐藤君が箒を振り回して叫ぶ。


「はーい!」

「やるー!」

「俺も俺も!」


 教室掃除担当の男子たちは、楽しそうに手を挙げて答える。


「なぁ、黒田もやるだろ?」


 ぎゃあぎゃあと騒がしい教室の中で、僕は静かに箒を動かして床を掃除していく。体を動かすのはあんまり得意じゃない。


「うーん、そうだなぁ。皆も参加するならやろうかなぁ」


 柔かな声が聞こえてきて、思わず箒を掃く手を止めた。少しだけ目を上げると、優しそうに静かに笑う黒田君の姿。


 黒田君もサッカーするんだ。


「よし! 他やりたい奴いる?」

 どうしよう。


 黒田君もいるなら『僕も』って声を上げようか。でも、僕サッカー下手くそだし、みんなに迷惑かけちゃうかもしれないし。けど、黒田君とは仲良くなりたいし。でも、だって。


「じゃあ、今手上げた男子は放課後校庭に集合な!」


 なんて、もだもだ考えていたらサッカーの話は終わってしまった。どこかホッとしたような、けれど少しがっかりしたような。


「黒田君もサッカー好きなのかな」


 どこのチームが好きなんだろうか。サッカーの話をしたら少しは仲良くなれるだろうか。

 掃除の時間が終わるまで、僕はそんなことばかり考えていた。


「ただいま」

「あら、悠希お帰りなさい。学校は楽しかった?」

「うん。楽しかったよ。今日は理科の実験をしたんだ」


 サッカーのメンバーからあぶれてしまった僕は、寄り道をせずに家まで帰った。ランドセルを自分の部屋に置いてからリビングに行くと、母さんが洗濯を畳んでいる最中だった。


「手伝おうか?」

「ありがとう。でももうすぐ終わるから大丈夫よ。……ああ、そう言えば冷蔵庫にプリンがあったっけ。おやつに食べる?」


 ちょっと待ってね。と立ち上がりかけた母さんに、慌てて駆け寄る。


「いいよいいよ。自分でやるから。母さんは座ってて」

「そう? ありがとう」


 悠希は優しいわね。

 ここ数カ月の間で随分輪郭の丸くなった母さんが笑う。昔の母さんは、背が高くてスラリとしていて、僕の自慢だったんだけどな。


「きっとお腹の妹もお礼を言ってるわよ。『お兄ちゃんありがとー』って」


 母さんは自分のお腹をさすりながら、柔らかく微笑んだ。その表情に、少しだけドキッとする。お腹の中に赤ちゃんがいるとわかってから、母さんは時々こんな顔で笑うようになった。


 今まで見た事無かった、母さんの顔。


 この前こっそり父さんに母さんの顔にドキドキすると相談したら、少しだけびっくりした顔をして、そしてすぐに嬉しそうに『やっぱり悠希も俺の息子だな』と僕の頭をぐしゃっとかき回した。


 父さんは、あの顔で笑う母さんを知っているんだ。


 僕だけだ。


 僕だけが、2人から置いて行かれたまま。


「優しくなんかないよ。ふつーだよ」


 今日もまた、母さんから目を逸らしてしまう。


 生まれる前から、母さんのこんな顔を知っている妹が羨ましくて仕方ない僕は、ちゃんとしたお兄ちゃんになれるんだろうか。


 妹が生まれるまで、あと半年。早く、ヒーローにならなくちゃ。


 そのためには、やっぱりサッカーに詳しくならないとダメかな。今日、父さんが帰ったら聞いてみよう。やるのはすぐに上手くならないだろうけど、ルールだったらきっとすぐに覚えられる。たぶん。



「ねぇ父さん。サッカー詳しい?」


 夕ご飯の後、台所で父さんと並んでお皿洗いをしながら聞いてみた。


「んー? サッカーかぁ。お父さんは野球派だったなぁ」

「えー、野球? クラスの皆はサッカーが好きだよ」


 母さんのお腹に妹がいるとわかってからお皿洗いは僕と父さんの仕事になった。父さんが仕事で遅くなる時は、僕が頑張って洗ってる。


『母さんは妹を守るために毎日頑張ってるんだから、このくらいのことはやってあげないとな』


 父さんはそう言って『男と男の約束だからな。ちゃんと守るんだぞ』と僕と小指を絡ませた。子どもっぽいやり取りの割に父さんの目は真剣で。だから僕はその約束を破ったことはない。


「そうなのか? 父さんが子どもの時、放課後はいつも野球だったな」


 父さんはファーストで活躍してたんだぞ。

 そんな風に楽しそうに話す父さんは、眼鏡をかけていてひょろひょろで背が高くて、とてもそんなに運動ができたとは思えない。


「本当に? 本当の本当に?」

「あ、悠希信じてないな?」


 まぁ、本当に昔の頃だったからなぁ。

 父さんは目を細めて、懐かしそうに言った。


「いいなぁ。僕全然スポーツできない」


 なんとなく悔しくなって、モゴモゴとつぶやくと父さんはもっと目を細めて笑った。


「今度キャッチボールでもしようか」

「サッカーがいいなぁ」

 そうかそうか。そうだよなぁ。


「悠希はもっともっと大きくなるからな。努力すればきっとなんにだってなれるさ」


 なんにだって、なれる。


 父さんのその言葉が、僕の頭の中でぐるぐる回る。



 ねぇ、父さん。僕はヒーローになりたいんだ。どう努力すればなれるのかな?

 黒田くんなら。僕の1番近くにいるヒーローなら。なり方を知っているだろうか。




 土曜日。


 赤ちゃんの病院に行くという父さんと母さんを見送って、僕は図書館に来た。

 僕の家から自転車で15分位のところにある、町の図書館だ。


 僕が生まれた時に建物新しくしたそうで、隣町にある大きな図書館よりも静かで綺麗なんだ。



 図書館の自動ドアをくぐると、独特の空気が僕を包んだ。


 本棚に並んでいる本からする、紙やインクの匂い。声を潜めてこそこそとお喋りをする人の声。カーペットに吸い込まれていく、人の足音。


 煩くないけど、完全な無音でもない。静かで整った環境って感じがして、僕は図書館が割と好きだったりする。


 母さんのお腹がまだ今ほど膨らんでいなかった頃、よく連れられてやって来ては絵本を借りて帰った。

 今も本を借りて帰ることはよくあるけど、どちらかと言えば勉強をすることが多いかな。


 図書館だと不思議と宿題が捗るんだ。


 窓際に並んだ大きな長机に並んだ椅子のひとつに座って、持ってきた漢字ドリルを広げる。


『漢字は丁寧に書くのよ』


 母さんに教わった通り、ひとつずつ書き順を確かめながら丁寧に。


 これが終わったら、次は計算ドリルをやろう。算数は少し苦手だから、漢字ドリルほど上手く進まないだろうな。父さんと母さんはいつぐらいに帰ってくるんだろう。赤ちゃんに何も異常がないといいな。母さんは、病院によく行くけど嫌になったりしないんだろうか。父さんは……


「桜木くん?」


 色んなことを考えながら鉛筆を動かしていたから、突然名前を呼ばれて驚いた。ガバッと頭を上げると、そこには黒田くんが立っていた。


「黒田くん……と、黒田くんの妹?」


 僕の目の前に立つ黒田くんは、小さな女の子の手をぎゅう、と握っていた。

 女の子は5歳くらいだろうか。突然立ち止まった兄をみげて不思議そうな顔している。


「そう。妹の美羽。ほら、美羽ご挨拶は?」

「こんにちは」


 小さい妹は、不思議がりながら小さくお辞儀をした。礼儀正しい、いい子だ。


「宿題してるの?」

「うん。漢字ドリル」

「へぇ」


 周りの迷惑にならないように小さな声でそんなやり取りをしていると、黒田くんの妹が不機嫌そうな顔をして黒田くんの袖を引いた。


「お兄ちゃん、絵本」

「あーはいはい。じゃあね、桜木くん」

 また学校で。


 妹の手をしっかり繋いで絵本コーナーに歩いていく黒田くんの後ろ姿は、僕にはとっても眩しく見えた。




「……できた」


 黒田くんと別れてからすぐに取り掛かった算数のドリルは、ちょっと手こずりながらもいつもよりサクサク進んだ。


 時計を見ると、もう夕方だ。早く帰らないと、父さんも母さんも心配する。


 持ってきたカバンに算数のドリルをしまいながらふと、黒田くんとその妹のことを思い出す。


 さすがにもう帰っているだろうか。うん、帰ってるはずだ。


 頭ではしっかり分かっていたはずなのにでも、僕の足は自然と絵本コーナーへ向かっていた。


「……あれ、桜木くん。帰るの?」


 黒田くんは、絵本コーナーの小さな椅子に座って本を読んでいた。

 膝の上で、黒田くんの妹が寄りかかって眠っている。


「寝ちゃったの?」

「うん。いつもの事だからね」

 でもそろそろ起こさないと。いつも嫌がるから大変なんだよね。


 困ったように笑う黒田くんはだけどすごく優しそうで。本当に妹が大切みたいだった。


「ねぇ、次はいつ来る?」

「来週の土曜日かなぁ」

「分かった。僕もまた土曜日来る」


 黒田くんと沢山おしゃべりすれば、ヒーローになれる秘訣が分かるかもしれない。

 本当に、僕はそう思ったんだ。



 約束通り、僕は次の土曜日も図書館に宿題をしに行った。


 先週とは違って、今日の宿題は理科のプリントと作文だ。作文のお題は「自分がなりたいもの」。


『作文なんて書けないよ!』

『苦手ー!』


 担任の緒方先生が宿題を発表した時、クラスでは大ブーイングだった。

 みんな作文が苦手みたいで、物凄く顔をしかめる人もいた。


 僕もいつもは作文が苦手な方だ。文を書いていると、主語と述語(この前国語で習った!)がこんがらがってしまって分からなくなるから。


 だけど、今回の宿題はすらすら書けた。だって、書くことはもう決まっていて、それをきちんと文章にするだけだから。落ち着いて書けば、作文なんて怖くないんだ。


 宿題が全部終わったのは、先週よりも少し早い時間だった。

 今日は途中で黒田くんに会わなかったけれど、この前と同じように絵本コーナーにいるのかなぁ。


 約束って言っても、僕が勝手に『来る』って言っただけだしなぁ。


 なんて、恐る恐る絵本コーナーを見に行くと、黒田くんは先週と変わらずそこにいた。

 けれど先週と違って美羽ちゃんは起きて絵本を読んでいて、黒田くんは白紙の原稿用紙を睨みつけて腕組みをしていた。


「あ、桜木くん」


 先に僕に気づいたのは、美羽ちゃんの方だった。


 つられて黒田くんも僕の方を振り向いて、照れたように笑った。


「桜木くんは、もう書いた?」

 苦手なんだよねー、作文。


 黒田くんはそう言って先週と同じく困ったように笑った。でも当たり前だけどそこには妹を見るような優しい表情は無くて。


「うん。」

「桜木くんは何になりたいの?」


 どうして妹にあんな顔ができるんだろう。秘訣を知りたいなぁ。


「ヒーローだよ。」


 そんなことを考えていたからかな。黒田くんの質問に簡単に答えられたのは。


「僕のヒーローは、黒田くんなんだよ」

「え? なんで?」


 きょとんとした顔で聞き返す黒田くんの顔を見ていたら、自分の言ったことなのに急に恥ずかしくなった。


「いいんだ、僕が勝手にヒーローって思ってるだけだから」


 なんで本人に言ってしまったんだろう。嫌がられるかな。せっかく仲良くなろうと思ったのに。


「ふぅん。そっか。ヒーローって案外簡単になれるもんなんだな」

「ヒーローってかんたん? じゃあおひめさまにもなれる?」


 いつの間にか絵本を閉じた美羽ちゃんが、僕らの方にキラキラした目を向けて尋ねた。

 クラスの女の子とは、声の感じも、表情も違う。


 どう接したらいいんだろう。一瞬、迷ってしまった。


「うん、なれるよ。美羽がいい子にしてたらな」

 図書館では静かにする約束だろ?


 黒田くんは優しく、美羽ちゃんの髪を撫でた。サラサラで柔らかそうな髪を、まるで壊れ物のようにふんわりと。


 凄いなぁ。


「やっぱりヒーローだね」

「桜木くんのヒーローの基準が謎なんだけど」

 面白いね。桜木くん。


 図書館だから控えめに、だけど朗らかに笑った黒田くんはクラスで見る黒田くんとなんにも変わってなかった。


 でも、僕にはどんなアニメのキャラにも負けない、かっこいいヒーローに見えたんだ。



「ただいま」

「おかえりなさい」


 図書館で黒田くんと別れて家に帰ると、母さんがリビングでホットミルクを飲んでいた。


 前はコーヒーが好きだった母さんだけど、お腹の赤ちゃんのことを考えて我慢してる。

 もう半年くらい、ずっとだ。


 すごいなぁ、といつも思う。

 僕は大好きなものを、そんなにずーっと我慢できないから。


 母さんはそれほど、お腹の赤ちゃんのことを大切に思ってるんだ。


「悠希、宿題は終わったの?」

「うん。作文も頑張って書いたんだよ」

「そう、偉いのね」


 母さんは手を伸ばして、僕の頭を撫でてくれる。


 ふと、妹の髪を撫でる黒田くんのことを思い出した。


「作文にね、ヒーローの事を書いたんだ」


 母さんの手が、少しだけ止まる。びっくりしたように目を丸くして、そうしてまたすぐ微笑んだ。


「そう、あのヒーロー君ね。すごくかっこよかったもの」

 悠希にもヒーロー君みたいになって欲しいな。


「うん、わかった」


 口ではなんとでも言えるけれど、本当はずっと迷ってばかりだ。どうやったらヒーローになれるのかなぁ。


 黒田くんのような、かっこいいヒーローになるのは、なかなか大変そうだ。




「みんなの書いてくれた作文を、来週の授業参観で読むことになりました」


 火曜日の帰りの会で。


 緒方先生が言い終わらないうちに、クラス中から『えー!』という声がした。

 大合唱だ。


 音楽の時間なら、先生が喜びそうなくらい綺麗にハモっていて、ちょっと面白いくらい。


「はーい、静かに。……それで、全員読むと時間が足りないから、10人だけ読んでもらうことにした」

 今から発表するからちゃんと聞くんだぞー。


 緒方先生が紙を取り出して読み上げる。


「青木、桂、小山、齋藤、桜木、高木……」


 心臓がひとつ、ドキンと打った。どうしよう、名前を呼ばれちゃった。


 斜め前の席で頬杖をつく黒田くんの後ろ姿が目に入る。本人の前で読むのは、さすがに恥ずかしい。


 と、黒田くんが振り向いて僕を見た。ニヤッと笑ってパクパクと口を動かす。


 意味がわかった僕の心臓は、バクバクとうるさく騒ぎだした。


『た の し み』


 ヒーローに言われたら、頑張るしかない。



 その日帰って父さんと母さんに『授業参観で作文を読むよ』と話したら、2人ともとっても喜んでくれた。

 父さんはビデオを用意しなくちゃ、と張り切りすぎて、押し入れをひっくり返しては母さんに散らかしすぎと怒られるほどだった。


 僕は作文を読む練習をこっそりしてた。だって噛んだらかっこ悪い。

 何度も練習したら国語の教科書を読むくらいスラスラ読めるようになった。



 授業参観の日。


 母さんと父さんは一番乗りでクラスに来た。僕を見つけて小さく手を振る母さんと父さんの姿が少し恥ずかしい。


「桜木くんのお母さん、お腹に赤ちゃんいるの?」

「そうだよ」


 何人かの女の子に聞かれては、そう答えた。多分妹なんだよ、とも。


 でも半分は上の空だ。練習したけど、作文の読み方が変だったらどうしよう。


「はーい、じゃあ授業の時間です」


 ドキドキしていたらいつの間にか緒方先生が入ってきた。黒板に大きく「自分のなりたいもの」と書いて、教室中を見回す。


「今日はこの前宿題で出した作文を、代表の人に呼んでもらいます。後で感想聞くからきちんと聞くんだぞ?」

『はーい』


 お母さんたちがいるからなのか、クラスのみんなはいつもより静かだ。


 授業が始まると、名前の順に代表の人が立って作文を読み上げる。読んでいる人はみんなすごく緊張していて、僕も段々と緊張が強くなってきた。


「はい、ありがとう。……じゃあ、次は桜木くん」

「は、はい」


 上の空だったから、返事をするのに少し噛んでしまってクスリとどこかで笑われた。

 2回くらい深呼吸をして、2つに折りたたんだ作文用紙を開く。


 作文のタイトルは「僕のヒーロー」。


「僕は、ヒーローになりたいです」


 最初の1文をゆっくり読み上げると、クラスで1番声の大きい男の子が「ぶっ」と笑うのが見えた。

 緒方先生は「こら」と低い声で短く怒って、僕に目で『続けて』と合図する。


「ヒーローと言っても、アニメやゲームのヒーローではありません。僕のヒーローには、お手本がいます……」


 僕が読み進めると、段々とクラスは静かになって、僕の声に集中しているのがわかった。

 すごく緊張したけれど、みんなが聞いてくれると思うとスラスラと読むことが出来た。


「……だから、僕はヒーローになりたいのです。終わり」


 読み終わってぺこりとお辞儀をして座ると、みんなが拍手してくれた。

 その中には黒田くんもいて、僕の方を振り返って照れたように笑っていた。



「……桜木くんの言ってる意味がやっとわかったよ」


 授業参観が終わったあと、帰りの会が始まる前に黒田くんは僕にそう言った。


「僕は知らない間に、桜木くんのヒーローになってたんだね」

「うん。でもなかなか黒田くんみたいなヒーローにはなれそうにないや。恥ずかしくなっちゃって」

 もっと頑張らなきゃ、だね。


 僕の言葉に黒田くんは、ちょっとだけ真面目な顔をした。


「みんなのヒーローになるのは多分難しいよ。仮面ライダーもゴレンジャーもいっぱい戦ってもなかなか悪をやっつけられないし。……でも、妹のヒーローにはちゃんとならなきゃダメだ。だって、妹のお兄ちゃんは僕しかいないんだから」

「うん」


 僕が黒田くんの言葉に深く頷くと、黒田くんはいきなり僕の髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回した。


『何すんだよー!』と怒る僕に『うっせ!』と返す黒田くんの耳は真っ赤で、照れ隠しってことがバレバレでおかしかった。


 僕のヒーローはかっこよくて、ちょっとかっこつけだ。



 それから。


 ヒーローになりたい僕は相変わらず、土曜日の図書館通いを続けている。

 黒田くんは毎週妹を連れて絵本コーナーにいて、僕は宿題を片付けてから黒田くんと少しおしゃべりをして帰るのが習慣になった。


 母さんのお腹も、順調に大きくなってきた。

 お医者さんの話によると、母さんのお腹の中にいるのは双子の赤ちゃんだったみたいだ。


 夕食の席で母さんにそれを聞かされた時、僕は驚きすぎて持っていたスプーンを取り落としてしまった。妹が出来るだけでも驚きなのに、弟も増えるだなんて。


 2人のヒーローになれるかどうか、まだちょっと不安だけど。でも今はもう慌てたりしない。黒田くんと色んな話をして、ヒーローになる準備はバッチリだからだ。


 でも1つだけ、心配なことがある。

 それは双子の妹と弟に、仲間外れにされないかどうかということだ。


 沢山可愛がるつもりだから、どうか嫌わないで仲間に入れて欲しい。


 君たちのヒーローになれるように、僕は精一杯頑張るから。





『僕のヒーロー』

 僕は、ヒーローになりたいです。


 ヒーローと言っても、アニメやゲームのヒーローではありません。僕のヒーローには、お手本がいます。


 それは、このクラスの黒田くんです。


 なぜ黒田くんがヒーローなのかと言うと、僕の母さんを助けてくれたからです。


 僕の母さんのお腹には、赤ちゃんがいます。半年くらい前に赤ちゃんがいるのが分かって、母さんのお腹は大きくなっています。


 母さんは、時々バスに乗ります。お腹が大きくて疲れてしまうので、バスではなるべく座るようにしているそうです。


 けれど、ある日乗ったバスは満席で、母さんはどこにも座れず困ってしまったそうです。


 その時、母さんの目の前の座席に座っていた黒田くんが『どうぞ』と母さんに席を譲ってくれたそうです。


 母さんが『ありがとう』と言うと黒田くんは『良いですよ』と言い、母さんがバスを降りる時も荷物を持って手伝ってくれたそうです。


 母さんからこの話を聞いた時、僕は黒田くんがかっこいいヒーローのように思えました。


 僕はもう少しでお兄ちゃんになります。産まれてくる赤ちゃんは、小さくて弱くて、自分では何も出来ないそうなので僕が守ってあげたいと思いました。


 だから、僕はヒーローになりたいのです。




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