プロローグ
月の光が夜の帳を照らし、その晩も酒場は貸し切りだったが賑わっていた。
「ダンジョン踏破を祝って乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
陶器の盃を掲げ、若い男女は高揚し思い思いに喉を潤し注がれた酒を飲み干す。
若い彼等の目には希望と野心に満ち溢れ、離れて料理を作る酒場の主人と女給仕も好意的な視線を送ってきた。
「レイジ、今回の立役者はお前だ。 お前がいなければクエストも達成できなかった。 改めて礼を言う。」
リーダーのグルガ-は上機嫌に隣に座るレイジと呼ばれた細面の美丈夫の肩を叩く。
反対側に座るヒーラーのアリシアも熱を帯びた視線を送るのは酒のせいだけではない。
微妙に座る位置を少しづつずらしながらレイジにしなだれかかっていた。
他のメンバーも苦笑しながらもレイジに信頼と友情を惜しみなく送った。
当のレイジは照れくさそうに頭を掻きながら弁明する。
「もう、大袈裟ですよ。今回のクエストは誰が抜けても駄目でした。 モリスの斥候がなければ罠に引っかかっていたし、アリシアの治癒魔法がなければみんな大怪我してましたよ。 それに僕にはグルガ-さんようにみんなを守ることはできません。 僕にできることはほんのチョットの魔法だけです。 」
悪戯っぽく人差し指と親指で隙間を作る。
「ガハハハ! その謙虚なところもお前さんの良いところだ。」
ドワーフのダンカンが早速手酌で酒を注ぎつつも大笑いする。
「でも凄かったよね。 魔法剣っていうのあれ? ホブゴブリンを一刀両断てあたしにはマジ無理。」
魔法使いのジーナが称賛半分、羨ましさ半分で頬杖をつく。
「今や我が『探求同盟』も順調に戦力アップしたしもっともっと稼いで有名になるぞ!」
「乾杯!」
もう何度目かの乾杯が繰り返された時、軋んだ音を立てて扉が開いた。
全員が振り返った。
酒を求めるにはやや遅い時間だった。
入ってきたのは50代半ば頃の男だった。
使い古した外套を纏い、少し曲がった杖をついていた。
髪は半分以上白髪になった蓬髪で顎も口許も灰色の髭で覆われていた。
ただ目を引いたのは目元を布で縛っていたからだ。
盲目であることを一目瞭然だった。
「悪いな今日は常連の貸し切りなんだ。」
楽器の類を持っていないので吟遊詩人ではないと判断した酒場の主人は申し訳なさそうに言う。
男は耳を傾け残念そうに首を振る。
「それは残念だ。いや却って申し訳ない。」
そうは言いながらも杖をつき足を引きずりながら男は前に進む。
「無理を言うようだが頼みがある。水を一杯だけでいいんだ飲ませてくれないか?」
「そんなのお安い御用だ、遠慮しないで飲んでくれ。」
グルガ-は壺の酒を惜しげもなく男に振る舞った。
「ありがたい、恩に着るよ。」
「今夜は僕らの祝勝会なんです。お祝いのおすそ分けですよ。」
レイジがにっこり微笑む。
「そうですかそれはおめでとう。」
男も微笑み返す。
「そしてさらばだ、橘玲司。」
ポカンと一瞬時が止まったレイジの首が鮮血を吹きながら宙を舞う。
まず最初に反応したグルガ-、続いてモリス、ダンカンと男が杖から引き抜いた仕込み杖で斬り伏せられていく。
まさしく血風だった。
大の男達が一太刀で壁や床に叩きつけられていく。
魔法の杖を取ろうとしたジーナの首を斬り飛ばすと悲鳴を上げる寸前のアリシアの首元に刃を突き立てた。
血の泡を吹き痙攣するアリシアの絶命を確認すると男は血糊を丁寧に拭き仕込み杖を杖の鞘に戻す。
酒場の主人と女給仕は突然の出来事に恐怖でお互い抱き合いへたりこみながら歯をガチガチ鳴らし震えていた。
(経験値を取得しました。 Lvが上がりました。 スキルポイントを取得しました。 条件を満たした為「ペナルティー 右目失明」を開放します。)
男の脳内に無機質な音声が響く。
男は目に巻いた布をとった。
両目は白濁した眼球だったが右目が次第に正常な色を取り戻していく。
今度は左目だけを覆うように布を巻いた。
「玲司、確かにお前は良いやつだった。 だからせめてもの情けだ苦しまず先に地獄へ行け。」
男の取り戻した眼差しは、だらしなく舌を出しながら白目を剥く玲司の生首に憐れむような悲しむような視線を送る。
そして男は来たときと同じように杖をつき足を引きずりながら酒場を後にした。