第5話 ヘロヘロ村の美少女、勘違いされる。
SIDE:リーン
そんなこんなでやっと街に着いた。
ワッカーンの街に到着だ。
「一人銀貨2枚だ」
衛兵が告げる。
リーンは懐から銀貨4枚を渡す。
もう一人の衛兵が口を開いた。
「そうだ。嬢ちゃんたちが来た方角で少し前、【はぐれワイバーン】らしき影が飛んでいるのを確認したが、大丈夫だったか?」
「あー、それねー」
リーンは苦笑いする。
「実は、あたしたちが倒したの」
「倒したあ!?」
衛兵は素っ頓狂な声を上げた。
まあびっくりするよね。
自分の背中で寝ている美少女がSランク魔獣を瞬殺したなんて……絶対ぱっと見じゃ分からない。
あたしの方はそもそも普通に実力不足だし……
本当は倒したのはクリアちゃん一人なんだけど、こんなこと言っても余計訳分からなくなると思うし。
もう一方の衛兵が「どうしたんだ? 急に変な声出して」と聞いてくる。
「いや、この嬢ちゃんたちが【はぐれワイバーン】を倒したって言うんですよ」
「は? あの【はぐれワイバーン】か? Sランク魔獣の」
「ああ」
「ハハハ! それは傑作だな! 倒すのは大変だったか!?」
リーンは「……まあ」と歯切れの悪い返答をする。
「しかもかすり傷一つしてないように見受けられますが……」
「ハハッ! そんなん、できたら将来は100年に一人の大英雄間違いなしだな! できたら、だが」
それがクリアちゃんはできるんです。
しかも瞬殺です。
でも衛兵さんの気持ちもよく分かる。
どうしよう?
もしこのまま、スルーしたら――
【はぐれワイバーン】の死体は街道に残るよね。
なら結局、誰が倒したんだ!? ってことになる。
そしてクリアちゃんが名乗り出る。
同じじゃん。
スルーしてもスルーしなくても、最終的には同じになる。
ただ後回しにすると、クリアちゃんの手間が増える。
なるべくクリアちゃんには、面倒事を押し付けたくなかった。
「あたしたちが倒しました」
リーンは落ち着いた口調で言った。
「あ”?」
衛兵の一人が低い声を出す。
「お嬢ちゃん、同じ冗談を何度も言っても面白くないんだぞ?」
「でも本当にあたしたちが倒したんです」
「はぁ……」
衛兵は大きくため息をついて、続ける。
「あのな、お嬢ちゃんみたいな弱そうな女の子が何人集まろうと【はぐれワイバーン】は倒せないんだ。Sランク魔獣っていうのはな、本当に化け物みてぇに強いんだ。
どんくらい強いかっていうとだな……例えば、Bランク冒険者っていうと俺ら弱い奴からするとすげー強い奴に見えるだろ? 同じ人間かっていうくらいのパワーがある。でもそんな強いBランク冒険者すら手も足も出ないのがSランク魔獣なんだ」
うん、分かるよ。
分かるけど……
リーンは衛兵の気持ちは痛いほど理解できた。
でもそのSランク魔獣が手も足も出ないのが、今あたしの背中で寝ている女の子なんだよね。
うん、絶対信じれない。
自分でツッコミ入れたくなるもん。
「う~ん、どうしよう?」
「なんだ? まだ撤回しないのか?」
「本当に、あたしたちが倒したから……」
「分かった!」
衛兵は根負けしたかのように両手を上にあげた。
「なら俺にも分かるように強さを見せてみろ。そしたら上に報告する」
「ほんと?」
「ああ、男に二言はない」
良かった!
話の分かる人で。
それに――
――戦闘力203か、雑魚め。
もう一人の衛兵も弱い。
たったの戦闘力157だ。
弱くて良かった。
そう思いながらリーンは左腰の細剣を抜いた。
「なっ!? いつの間に!?」
衛兵が気付いた時には、細剣が首に添えられていた。
「これでいいよね?」
「あ、ああ……全く反応できなかった! これがSランク魔獣を倒す実力なのか!?」
「……」
リーンは何も言わない。
【はぐれワイバーン】の戦闘力は多分、15000くらい。一方、あたしの戦闘力は5000くらいだ。絶対負けるというほどの差じゃないけど、10回やれば7回は負けるだろう。
だからあたしがSランク魔獣を倒す実力があるかと言われると微妙だ。
それに【はぐれワイバーン】を瞬殺したクリアちゃんは、少なく見積もっても10倍、戦闘力15万は堅い。多分だけど、戦闘力100万はある気がする。
それに比べるとあたしはゴミのようなものだ。
でもこの衛兵二人を騙すことくらいは何でもない。
「分かった。上に報告してくる」
それを聞いてリーンは細剣を鞘に戻すのだった。
*
衛兵所の客室でリーンは待つ。
クリアちゃんに膝枕をしながら、さらさらとした白髪を撫でていた。ソファの材質はなかなか良いようで、クリアちゃんの寝顔はとても居心地がよさそうなものだった。
「領主様! こんなこと領主様が自らするようなことではございませぬ!」
「問題ない」
「問題大ありです! アポもなしに素性の知れない者と会うなど!」
「私は問題ないと判断した」
何やら外から声が聞こえてくる。
やっと上の人が来たのだろうか?
コンコン。
「失礼する」
女性の美しい声が響いた。
現れたのは女性が一人、男性が二人。
中心に立つ人物は、水色髪の女性で知的な印象を受けた。年齢は17歳くらいかな? とリーンの卓越した分析眼は言う。
その女性は素早くも上品な身のこなしでソファに腰掛けた。
「私の名はソレノン・ワッカーン。ここワッカーンの街の領主をしています」
領主!
リーンは相手が領主であることに驚きつつ、こちらも自己紹介しないと失礼だと思い、慌てて口を開いた。
「あ、あたしはリーン! ヘロヘロ村出身です!」
「ふふっ。そんな緊張しなくても、大丈夫よ」
「は、はい!」
「そっちの寝てる子は、何というんですか?」
「クリアっていいます。風邪をひいているので、こうして寝ているんです」
「確かに顔は赤い……でも怪我はしていないようですね。【はぐれワイバーン】を討伐したと聞きましたけど」
「はい、怪我はしませんでした」
領主ソレノンは「そう」と言って立ち上がると、リーンの前まで来た。
「――《完全回復魔法》」
「え?」
「これで風邪は治りましたね……おっと」
ソレノンはふらつきながらソファに戻った。
傍付きの男に「魔力の使いすぎです」と言われながら。
一方リーンは、
領主様はなんて器の広い方なんだ!!
と驚いた。
あたしたちのことを疑っていないどころか、風邪を治すためだけに《完全回復魔法》を使ってくれたなんて……
「領主様、ありがとうございます……!!」
「いえいえ、病人を連れてこんな危険な時期にやって来た。これだけで十分、想いは伝わります。
リーン様はクリアさんのためにこの街までやって来たのでしょう? 急ぐ道中に【はぐれワイバーン】が現れて……無傷で倒せたのは不幸中の幸いでしたね。真に感謝されるべきはリーン様でしょう。クリアさんを連れて【はぐれワイバーン】を倒したこと、心底感服いたします」
あ、あれ?
これ勘違いされてない?
リーンは『実はあたしは何もしてない! 倒したのは完全にクリアちゃん一人の力なの!』と叫びたかったが、いきなり言っても信じて貰えないと思い、口を閉ざす。
どうやって伝えよう?
リーンは少し悩む。
しかしちょうどそこで。
絶好のタイミングなのか、最悪のタイミングなのか。
「ん……」
とクリアが声を漏らした。
クリアの瞼が開かれる。
領主ソレノンは、
リーン=Sランク魔獣を、病人を守りながら無傷で倒す実力者。
クリア=ただの病弱美少女。
と誤解したままであった。