第4話 病弱美少女、Sランクの魔物を倒す。
オレは街に行くことに決めた。
ここが異世界ならばまだ見ぬ強敵がいることはずだ。強い奴との戦闘。これ以上に修行になることはない。
そしてリーンは『一緒について行く!』と言ってきた。
曰く、『クリアちゃんは異世界出身だから、こっちの世界の常識とか分からないことがあるかもしれないし! それにあたしがクリアちゃんの唯一の友達だから……クリアちゃんをたった独りで街に行かせるなんて、心ないことしないよ!』とのこと。
結局、リーンと二人で街に行くことになった。
リーンにはいつか、絶対に恩を返してあげないとな。
オレは心に誓った。
全裸の不審者相手に優しくしてくれ、オレの記憶喪失発言にも真摯に考えてくれた。風邪をひいたときはすぐにターブ爺を連れてきてくれたし、そして今、街に一緒に行くと言ってくれている。
実は本当にありがたい。
最強の道は孤独だ。
16歳で剣聖になったオレは、20の時にはもうまともに勝負になる存在がいなかった。だからたった独りで素振りをし続ける日々を送っていた。しかしそんな日々の中でだんだんとやる気を失っていった。オレはだんだんと素振りをしなくなっていった。そんな日々を変えてくれたのは妻となる人物だった。
そしてその後、オレは理解した。人間は独りでは生きていくことができないことを。それは精神的な話だ。精神的にたった独りで生きるのは、辛すぎる。孤独に置かれた人間は、やる気を失う。
だからリーンが付いてきてくれるのは、本当に嬉しい。
リーンの父ジーンに二人でワッカーンの街に行くことを告げる。
「本当に行くのか? 今の時期はワイバーンが出るぞ?」
とジーンは言った。
「大丈夫、ワイバーンならあたし一人でも倒せるし」
「だが風邪のクリアちゃんを守れるのか?」
「守らない。一緒について行くだけで、クリアちゃんを守るつもりはないから。もし守るとしても、自分の安全が確保されているときだけにするから」
「そうか……とりあえず、死ぬなよ。リーンが死ねば悲しむ奴がいっぱいこの村にいることを忘れるな」
ジーンは、反対はしなかった。
*
二人で街道を歩く。
ゆっくり流れる風景を観察してみる。
やっぱり異世界とは思えないほど、元の世界に似ている。似ているどころか、違いさえ分からない。
「この剣はね、あたしがお父さんに初めて勝ったとき買ってもらった剣なの」
リーンは左腰に差した細剣を触りながら、嬉しそうに言った。
「それはいつ?」
「一年くらい前」
「その時点でもうお父さんより強かったんだ」
「ううん、その段階だとまだたまに一本入るくらい。今でもまだ大差ってほどの差はないし」
「そうなんだ」
「あ。クリアちゃんには絶対に勝てる気がしないから、そもそも戦わないよ」
確かに。リーンの父ジーンと同じくらいの実力なら、こっちも絶対負ける気はしない。その100倍は強くないと勝負にすらならない。
「でもよく分かるな、オレが強いって」
「あたしは人より少し観察力が高いから」
少しっていうレベルじゃないんじゃ……
「でも、その木刀で良かったの?」
「弘法筆を選ばずってな」
「まあ、クリアちゃんくらいの実力があれば木刀でも不安はないよね……」
*
ワッカーンの街は遠い。途中で一泊する必要がある。
オレたちは適当なところで寝ることにした。
問題が起きたのは次の日の朝だった。
オレは呪いのような気だるさとともに、目を覚ました。
風邪だ。
風邪なのか?
体が重い。だるい。のどが痛い。頭も痛い。体が熱い。
「リーン、今度こそ死ぬかもしれん……」
「だから休んだ方がいいって言ったのに。もしかして風邪ってこの世界特有なのかな?」
そんなことないです。
でもその勘違いは正直ありがたいです。
「まず薬を飲んで。で、どうする? ここで休むの?」
「いや、いい。つらいけど体を動かせないことはない」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫、行こう」
この程度のつらさ、なんとでもなる。
*
風邪ってこんなにつらいのか?
オレの風邪のイメージだともっと気楽なものなんだが……
もしかしたら今度こそ風邪じゃない何か重い病気かもしれない。
歩くのが大変だ。
「クリアちゃん、少し休む?」
「いや、いい。大丈夫だ」
オレは世界最強になる男だ。
この程度、なんとでもない。
足を前に出す。足を前に出す。足を前に出す。
歩くのは難しくない。
大丈夫。歩ける。オレは歩けている。
大丈夫、体力がなくなっても魔力がある。
魔力があるから、体力は限界まで使って大丈夫。
歩く、歩く。
「あれはっ!? 来るっ!?」
突然、リーンが叫んだ。
オレは上空を見る。
確かに何かがこっちに向かって突っ込んでくる。
「クリアちゃん、回避して!!」
リーンはオレから距離を取る。
ソイツの軌道は少しずれ、リーンの方向を向く。狙いはリーンらしい。
銀の光沢を持ったソイツは猛スピードでリーンに突っ込んだ!
やばい! 助けないと!
そう思ったが、やっぱやめた。
ドオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
だって助ける必要がなかったから。
地面を転がるリーンに怪我はない。
「速いんだな、リーン」
「ギリギリだったけどね」
そう謙遜しているが、一瞬の最高速は目を見張るものがあった。
土煙が晴れると、落ちてきたヤツの全貌が露になった。
「あれは何だ? オレの知っているワイバーンとは違うが……」
形はオレの知っているワイバーンと同じ。
ドラゴンに比べると手や体の部位が大きく、翼は小さい。頭も小さめだ。
しかし色が違う。
全身が金属でできているのか、銀の光沢を放っている。
「あれは希少種。【はぐれワイバーン】と呼ばれる特殊なワイバーンなの! 圧倒的防御力と圧倒的速度を持つSランクの魔物。通常のワイバーンはBランクだけど、それとは比較にならないほど強いの……」
ギロリと【はぐれワイバーン】は振り返った。
深紅の双眸がリーンをじっと睨んだ。
「あたしじゃ、勝てない」
リーンはぽつりと呟いた。
「でもクリアちゃんは風邪だし……」
なぜかリーンの中だと、オレは風邪で戦力外らしい。
意味不明だ。
「リーンが無理そうならオレが倒そうか?」
「でもクリアちゃんは風邪で……」
「いや、風邪でも問題ないから」
オレは左腰に差していた木刀を握る。
――奥義、四の太刀《虚空斬》
ズドォォォォォォン
鈍い音が響いた。
突然、糸が切れたように【はぐれワイバーン】は倒れたのだ。
「なっ、何が起きたの!?」
「心臓を斬った」
「え。でも【はぐれワイバーン】には傷一つないよね!?」
「心臓だけを斬ったんだ」
「だけって……じゃああの厚い装甲はどうしたのっ!?」
リーンは信じられないようで、駆け足ではぐれワイバーンの死体へと向かった。
「……死んでる。でも傷一つない。ホントに心臓だけを斬ったんだ……信じられない。クリアちゃん、あたしクリアちゃんのこと無茶苦茶強いとは思っていたけど、まさかここまでとは思ってなかった……Sランクの魔物【はぐれワイバーン】をこんな一瞬で狩るなんて。しかも風邪をひいているのに……」
風邪は関係なくない?
「でも心臓だけを斬るなんて、どうやったらできるの?? そんな無茶苦茶な技、聞いたことないよ! すごい! クリアちゃんは凄すぎる! ………あたしとは天と地の差だよ」
リーンはそう言うが、まだ14歳だ。
人生を剣に捧げているわけでもないし。
そんな子がオレと比較するのは、あまりに酷だろう。
人生のすべてを剣に捧げてきた41歳のおっさんと比較するのは……
「オレは世界最強を目指しているからな。今の技は《虚空斬》という。通常、斬撃を飛ばす時には、その斬撃は空間を通る。しかし空間ではなく、空間から少しずれた場所、空間みたいで空間ではない場所――つまり、虚空を通るのが《虚空斬》だ。
虚空は空間ではない。空間と時間は本質的には同一の概念だから、虚空には時間もない。そこを通る《虚空斬》はゼロ秒で目標へ到達する。どれだけ固い装甲があろうと、虚空からの斬撃には対応できない。だから《虚空斬》はゼロ秒でワイバーンを倒した」
オレは《虚空斬》の解説をした。
「それって、もしかして“奥義”なんですか!? 達人が何十年という時間をかけて編み出すという!!」
「ああ、そうだな」
あー、喋りすぎた。のどが痛い。
「すごい! クリアちゃんすごすぎます! 奥義が使えるなんて!」
「げほっ、げほっ」
オレは咳をした。
つらい。
だるい。
なんかどっと疲れが来た気がする。
もしかして風邪なのに奥義なんて使ったから?
「だ、大丈夫!? すごいつらそうだけど……」
「……リーン、寝てもいいか?」
オレはリーンにぶつかるように突っ込んだ。
*
SIDE:リーン
「クリアちゃん!?」
その白髪の美少女が抱き着いてきて、リーンは慌てた。
「クリアちゃん、えっと! とても嬉しいけど、あたしノーマルだから! やっぱり初めて付き合う人は男の人が良いかなって」
「すぅ……すぅ……」
「あれ? ……寝てるだけなの?」
リーンは自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付いて、赤面する。
「そうだよね。驚かせないでよ、もう」
不満顔のリーン。
しかし口ではそう言いつつも、クリアのあどけない寝顔を見ると怒る気にもなれない。
その寝顔はあどけないのと同時に、苦しそうでもある。
こっちまで苦しくなりそうだ。
「風邪をひいてるんだよ。それで奥義を使ったんだよ。クリアちゃんの体力が限界なのは当然だよ」
リーンは「よし!」と気合を入れて、クリアをおんぶした。
「なるべく早く街に行こう。それがクリアちゃんのためだよね?」
確かめるようにそう言うと、リーンはゆっくりと街道を歩く。
「でもクリアちゃん、あんなに強いのに風邪には負けるんだ」
それが少しおかしく感じて、クスリと笑った。