第3話 病弱美少女、気付く。
「ターブ爺、こっちだって!」
「すまんの、目が悪くて」
リーンが連れてきたのは、よぼよぼのおじいちゃんだった。
「ふむ。これは多分、風邪じゃな」
ターブ爺という名前らしいそのおじいちゃんは、オレを一瞥するともごもごと小さな声でそう言った。
うん、風邪ね。
風邪って言えば子供がかかるようなアレだ。
それがこんなにつらいはずはない。オレは今、死ぬほどつらいのだ。
ターブ爺の診察が間違っているのは確かだろう。
まあ元から間違うとは思っていたさ。
そもそもこの体特有の病だから、病名なんてないと思うし。
だが風邪で死ぬなんてオレは嫌だ。もうちょっとマシな病名を考えて欲しい。オレは抗議する。
「風邪じゃない。死に至る病か何かかと思うのだが……げほっげほっ!!」
「いや、風邪じゃのう……多分」
「多分って! 全然違うから!」
「そんなこと言われてものう。多分風邪じゃとしか言いようがないのう……多分」
「クリアちゃん、ターブ爺は口癖が『多分』なだけで、診察の腕は確かだから安心して!」
リーンのはきはきとした綺麗な声が聞こえた。
口癖が多分って……
医者として終わってるだろ!! 患者が不安になるじゃないか!!
診察の腕が確かとか言うけど、確か(多分)みたいなもんじゃない?
ターブ爺は、
「多分、この薬を使えばよくなるじゃろう」
と言って、コトリと薬をテーブルに置いた。
「じゃ、さいなら……多分」
ターブ爺は足早に去って行った。
全然診察する気なくない!?
「ほら、クリアちゃん。ターブ爺が薬をくれたよ」
「お、おう」
小さい丸薬が三つ置かれている。
「あ、一粒飲めばいいからね?」
流石にそれくらいは分かるって。
オレはそう思いながら丸薬を口に含み、リーンが用意してくれた水で飲みこむ。
「あとは寝れば熱がひくから……ちゃんと寝るんだよ?」
リーンはそう言って客室を出た。
はぁ、どうしよう。
どうしようもないな。
これはきっと不治の病だから。
*
気付けば寝ていたようだ。
目が覚めると、驚いたことにだるさはなかった。熱もなかった。
薬すげーな!
あれ?
だとすると、おかしくないか?
オレの不治の病は、本当に風邪だったのか?
マジで?
風邪ってあんなにつらいのか?
……マジで?
オレは部屋を出る。
「リーン! なんかよく分からないが、治ったみたいだ」
「うん」
「なあ、オレの病は本当に風邪だったのか?」
「え、そうなんじゃない? ターブ爺が確信をもって風邪って言ってたし、間違いないと思うけど」
「そっか」
オレの考えすぎだったのか。
でも良かった。
これでまだまだ最強を目指せる。
「リーン、オレ、これから街に行こうと思う」
「えっ……もうお別れなの?」
リーンがショックを受けているのが分かる。
まだ出会って一日なのに、それほどショックを受けるようなことか?
「……えっと、あたしと話すの、楽しくなかった?」
ああ、なるほど。
そう発想したのか。
つまりオレがつまんなかったと思ったから、リーンはショックを受けているのか。
でも確かに。
リーンがそう思ってしまったのも無理はない。
昨日は結局、出会ってから寝るまでほとんどずっとリーンと一緒にいた。
その間、いろいろお話した。オレが変態さんといじられたり、しょーもない内容のお話ばかりだったけど……
で、それが楽しくなかったからオレが街に行くって言い出したって、思ったってことか。
「いや、リーン。違うぞ。オレは最初っから街に行くつもりだったんだ」
「ホントに? でもクリアちゃんは記憶喪失なんでしょ? ならここでしばらくは暮らした方がいいよ! この村の人たちはみんな優しいし、それにあたしがいるし! クリアちゃんは強いけど、街に一人で行ったら誰も助けてくれる人がいないんだよ? だから――」
「――あー、ストップ! ストップ!」
オレはリーンのセリフを止めた。
そっか。
全然、考えてなかった。
おっさんバレしたくなかったから記憶喪失っていう設定にしたけど、それが良くなかったかもしれない。
こんなリーンにいろいろ考えられていたなんて……
ここでリーンの気持ちを無視して街に一人で行くこと可能だけど、それはしたくなかった。きっとリーンの心を傷つけてしまうことになるから。
だから……どうしよう?
確かにリーンの言う通り、記憶喪失ならばここでしばらくの間、過ごすのがいいと思う。
しかし実際には記憶がある。目標もある。それは世界最強となることだ。
だから街に行きたい。そしてお金を稼ぎ、安定して修行が行える環境を整えたい。
もちろん恐喝や窃盗等を行えばこんな問題は解決するんだが、そういうことはしちゃダメだと思っている。最強になれば自分を止める人はいなくなる。だからこそ自制心や道徳心を持っていなければならない、というのがオレの考え方だ。
しかし、となると、記憶喪失のままではリーンに納得させる理由がないだろう。
どうしよう?
絶対に、優しくしてくれたリーンには嫌な思いはさせたくないんだが………
そうだ!
オレは瞬間閃いた。
「実は記憶が戻ったんだ!」
そう。記憶喪失の設定がダメなら、記憶が戻ったことにすればいい。
「ホントに?」
「ああ! 多分、今日の朝から記憶が戻ってた」
でも風邪だったから気付かなかったよ、ということで。
「だから街に行きたいっていうのは、別にリーンとお話したのがつまらなかったとかじゃなくて……むしろ、リーンとのお話は無茶苦茶楽しかったな!」
「そ、そうだよねっ! あたしも、すっごくすっごく楽しかった!」
良かった。
とりあえず誤解は解けた。
リーンとのお話は本当に楽しかったから、本当に良かった。
村に突然現れた完全変態相手に、こんなによくしてくれる子だ。そんな天使みたいな子に、嫌な思いなんてさせたくなかった。
本当に良かった。
でも、リーンが記憶喪失(嘘)のオレのためを思って、そんな考えてくれていたなんて。『しばらくはここで暮らした方がいいよ!』なんて言ってくれたし。
よし!
ちゃんと誠意を見せるべきだ。
ちゃんと自分の胸の内を語ろう。
「リーン、少しオレの話になるが、いいか?」
「うん! もちろん、いいよ!」
リーンの深紅の双眸が、真っ直ぐにこちらを見ている。
「オレはな……子供の頃からずっと世界最強の剣士に憧れていた。子供の頃からずっと剣を振り続けてきた」
「うん」
「そんなオレの目標は世界最強になること。そして【反転龍レクシオン】を倒す」
「うん」
「だからまずは街に行って冒険者になって最低限必要なお金を稼ぐ。あとは修行だ」
「うん」
「だからオレは街に行くよ。安心して、お金を稼いだらちゃんとリーンに受けた恩は返しに来るつもりだから」
「うん、ありがと」
リーンは頷いて小さく笑った。
「……ハンテン竜? っていうのは何か知らないけど、あたしはクリアちゃんのこと応援するから!」
「え?」
今、なんて言った?
「どうしたの?」
「【反転龍レクシオン】を知らない?」
絶対にそんなことあり得ないと思いながらも、聞く。
聞き間違いだろうけど。
しかし――
「……知らないけど」
あれ?
「でもあたしはただの村人だし知らないこともあると思うけど」
そんなことあるのか?
【反転龍レクシオン】は神話時代からの唯一の生き残りにして世界最古の龍種だぞ?
辺境の山奥の村の子でも知っているはずだ。
リーンが知らないなんてこと、ありえないだろ。
違和感を感じる。
「なあ、神話時代とか世界最古の龍種とか知らないのか?」
「え、全然。神話時代って何のこと? 大精霊ディオティラストンよりも前の話?」
「え? 大精霊ディオ……なんて言った?」
聞き慣れない文字列だ。
「大精霊ディオティラストン、1000年前に混沌の世界に秩序をもたらした存在」
「え、何それ?」
「えええ!? クリアちゃん、こんなことも知らないの!? 3歳児でも知ってるよ!」
そんな馬鹿な。
大精霊ディオなんちゃらなんて、知らない。聞いたこともない。
「なあこの村の名前ってなんて言うんだ?」
「ヘロヘロ村」
「じゃあこっから最寄りの街の名前は?」
「ワッカーンの街」
「この国の名前は?」
「デルタ王国」
やべぇ……全部、聞いたことねぇ……
嘘だろ?
オレは修行としていろいろな場所の強い奴と戦ってきた。だから世界中のほぼすべての街に行ったことがある。
なのに国名すら聞いたことないなんてありえるか?
もしかしてこうして美少女に反転する過程で記憶が抜け落ちたのか? と一瞬考えたが即座に否定できた。いろいろな国名が頭に浮かぶ。
念のため、浮かんだ国名を言ってみる。しかし案の定「全然。全く聞いたことないよ」との返答だった。
「何? クリアちゃん? どうかしたの?」
「とんでもない事実に気付いてしまった」
「とんでもない事実?」
それは――
――この世界はオレのいた世界に似た、別の世界だ!
「……いや、これはオレだけに関係することだから……他の人にとってはどうでもいいことだし」
「えー、そこまで言って言わないの? 気になるって!」
「しかし……」
言うべきか?
できることなら誠実に、隠し事はしたくない。
だがさっき記憶喪失の設定を作って失敗したばかりだ。
慎重にいきたい。
……ん?
あれ?
異世界から来たって言ったとして、何も不都合なくない?
おっさんバレとは関係ないし。
むしろメリットばかりな気がする。
強いのは、『分かんな~い!』でゴリ押せるところ。
例えば、
14歳なのにそんな剣技を持っているのはおかしくない? とか、
こんなことも知らないなんてマジで? とか言われても、
『異世界出身だから!』としてしまえばいい。
これは強い。
中身がおっさんであることも、異世界でカモフラージュできると思うし。
「実はオレ、異世界から来たんだ」
だからオレは言うことにした。
「異世界? つまりこの世界じゃないところからやって来たってこと?」
「多分。だってこの世界の歴史知らないし、街の名前も聞いたことがない」
「そっか……でもクリアちゃんの記憶が戻って良かったよ」
「あ、でもどうやってこの世界に来たかってところは覚えていない」
「じゃあ帰る方法も分からないってこと?」
「ああ、気付いたら森の泉の中にいたんだ」
「そうなんだ。ならクリアちゃんにとって、あたしがこの世界で初めての人間なんだね!」
リーンは笑顔でとても楽しそうにそう言うのだった。