第2話 病弱美少女、不治の病(?)にかかる。
「リーンか、よろしく」
「クリアちゃん、クリアちゃんって……どういう人なの? どこに住んでるの?」
まあ、聞くよね。
でも答えられない。
もし正直に剣聖と言ってしまえば、オレが元おっさんの剣聖ということになってしまう。
……嫌だ。
どんな顔でみんなに会えばいいんだ?
だってオレはもう死ぬ気でいたんだ。
こんな風に生き残るなんて夢にも思わなかった。
オレは【反転龍レクシオン】の討伐に向かう際、
『オレは多分死ぬだろう。だが、我が人生に悔いはない。剣の道に進みずっと剣とともにあったが、それでもオレは幸せだった。それはひとえに妻の存在があったからだ。だから泣くな、オレの愛しき人』
そう言った。
妻は泣いていた。
そして、
『なんで? あんなに頑張ってきたのに、死んじゃうの?』
と聞いてきた。
その時のオレにはもう絶対に死ぬと思っていた。だから、
『ああ』
『それなのに……向かうの?』
妻は聞く。でも答えなんて分かっているはずだ。オレが反転龍を倒すために修行しているのはもちろん知っていたし、最近では何度もオレが反転龍の討伐に行くという話をしていた。
その度に妻は必死でオレを説得しようとした。
だが、やはりオレはいつか反転龍と戦わなければならない。そう考えていた。
だから、
『ああ』
と頷いた。
『……分かりました。私がどれだけ引き止めようとしても無駄なんですね』
『ああ』
妻が顔を上げた。
ひどい泣き顔だった。
彼女はひどいフォームで振りかぶり、力を振り絞って手のひらをオレの頬に叩きつけた。
バチン!!
破裂音が鳴り響いた。
妻は俯いて泣き続けた。
それがオレと妻の最後の別れだった。
『……じゃあな、今までありがとう。最高の感謝をあなたに……さようなら』
オレは去った。
そして反転龍へと向かったんだ。
「クリアちゃん? クリアちゃん? どうしたの?」
「あ、ああ」
いかんいかん。
ちょっと別れ際のことを考えていた。
でもやっぱり無理だ。
なんか絶対死ぬって感じで言っちゃったのに、それなのに「オレ、女の子になりました~☆」なんて言ったら殺されるに決まっている。
……というか、一番恐ろしいのが関係性が変わること。
もし「気持ちわる」とか言われたら、もう一回反転龍のところに行く自信がある。
美少女の中におっさんがいたら気持ち悪いに決まっている。
目の前の美少女リーンを見てみる。
この子の中身がおっさんだったら……
おええええええ
嫌すぎる。
うん、やっぱり隠そう。
それが平和だ。
「……クリアちゃん、そんなに見つめないでよ」
リーンは少し顔を赤くする。
「あ、ごめんごめん。でも記憶がないみたいなんだ。気付いたら森の泉の中にいて……」
「えっ!? 記憶喪失ってこと!?」
オレは記憶喪失設定にした。
おっさんってバレるわけにはいかないし、妥当なところかな?
「それはつらかったね。大丈夫、これからはあたしが一緒だから」
とリーンは慰めてくれた。
*
この村は1000人ほどのかなり大きな村のようだ。
かなり裕福でみんな幸せそう。
リーンに連れられて村を歩いていると、オレはよそ者なはずなのにみんな優しく話しかけてくれた。
しかも優しいお爺さんがオレのために木刀を作ってくれた。第二の人生で初めての剣だ!
それに靴も貰ったり。
あと分かったのは、リーンがこの村でかなりの人気者だということだ。老若男女問わず、いろんな人から話しかけられていた。
オレとは違うものを持っているんだな。
心からそう思った。
41年分の人生経験を積んでいるが、そんないろんな人から話しかけられた経験なんてない。ほとんどいつもひとりで素振りしていた人生だったから。
リーンが『今晩はうちに泊って!』というので甘えることにした。
*
夕方。
リーンの家の庭……なのかただの空き地なのか、よく分からないスペースで素振りをしていた。心優しい村人に貰った木刀は結構オレの手に馴染んでいる。
木刀が分かっているな、お前!
と内心ニヤリとしながら、気分良く素振りをしていた。
すると、
「お嬢ちゃん、なかなか剣筋が芸術的だな。美しい剣だ」
筋肉隆々の大男がオレの剣を褒めてきた。
「そりゃ、どうも」
ま、こっちは剣聖だし。
と思いつつも、少し新鮮な気持ちになった。
剣聖が褒められることは、ほとんどない。もし剣聖に向かって『剣筋が芸術的だな』なんて言ったら何様のつもりだ! となってしまう。
剣聖を褒めるということは、少なくとも剣聖の何が凄いのかっていうところを理解しないと発せられない。歴代の剣聖の中でも突き抜けて最強だったオレの剣は、周りの剣士たちには理解されていなかった。あまりに高度すぎる奥義の数々に他の剣士は圧倒されてばかりだったから。『奥義すごいですね!』と言われることはあったが、それ以上踏み込んだ褒め方なんてできる奴はいなかった。だから奥義すごい! 以外の褒め方を聞いた覚えがない。
……剣筋が芸術的、か。
久しぶりにそんな面白い褒め方を聞いた。
「俺はリーンの父のジーンだ。お前がクリアだろ? 『絶対に強い』ってリーンが言ってたからどんな奴かと思ったが、リーンと同い年くらいの女の子とはね……驚いた」
え、リーンがオレのことを『絶対に強い』って?
確かにオレは人類最強だが……
もしかしたらリーンって強いのか?
オレは相手の強さを測るのが苦手だ。ぱっと見だけじゃ相手の強さなんて分からない。一回戦ってみれば分かるかもしれないが……
「それで? オレと戦うか?」
オレは素振りをやめて、ジーンに向かって木刀を構える。
「ふはははっ、なかなか好戦的な嬢ちゃんだな! ……いいぜ、一戦お手合わせ願おうか」
ジーンは腰に下げていた剣を地面に置き、家の壁に立てかけてあった木刀を手に取った。
「いつでもかかって来な」
ジーンは油断なく構え、そう言い放った。
「じゃ、遠慮なく」
オレはスッタッタと軽く距離を詰めた後、ふわりとジャンプして、上段から真っ直ぐに大男ジーンに振り下ろす。
ガキン!!
「うおっ!? なんつー威力だ!」
「へえ、結構やるじゃん」
オレは感心した。
村の剣士にもこれほど強い奴がいるのか。
ジーンは声には出しているが、まだ余力がある雰囲気だ。
オレは距離を取って構えなおす。
「じゃあ今度はこっちから行くぜ!」
*
大男ジーンとの戦いはなかなかに楽しいものだった。
本気を出すことはないが、いろいろ試したいことが試せた。この体での初めての実戦なので、この技使ったらどうなるんだろう? とか、この体から見ると少し感覚がずれるなってこととか、普段気にしないことを気にしながらだったので、面白かった。
「つえーな、嬢ちゃん。まさか娘以外で娘と同じくらいの女の子に負けるとは……まだまだ修行が足りんな! がっはっはっはっは!!」
ジーンさんはそう言葉を残して足早に去って行った。
「見てたよ。パパとの試合」
「そうか」
「遊ばれてるって分かんないなんて、ダメだよね」
驚いて声の主を見るが、やはりリーンだ。
黒髪に深紅の瞳の美少女リーンである。
今日、ずっと一緒にいたけど、全然強い感じはしていなかった。普通の村人かと思っていた。村の人気者の少女。それだけだと思っていた。
「クリアちゃんといい勝負だったけど惜しくも負けたって、パパは思ってるんだよ。あり得ないよね?」
「……すごいな、なんで分かるんだ?」
「分かるよ。クリアちゃんが全然本気を出していないってことくらい。むしろ面と向かって戦ったのに分かっていないパパの方がヤバいでしょ」
リーン、何者だ?
なぜ分かる。見ていただけじゃないのか?
「リーン、オレと戦うか?」
「パスで」
……あれ?
戦わないのか。
「あたし負ける戦いはしない主義なの。多分、クリアちゃんから見ればパパと大差ないと思うし……」
「そうか……」
「でも、クリアちゃん――」
リーンはそう前置きして、オレとの距離を詰めた。
そして腕を取ってふわりと顔を近づけ、耳元でささやいた。
「――パンツ、穿いてないの?」
「それはっ!」
「やっぱり変態さんなの? パパと戦っているときに見えたよ」
「リーンが黒のワンピースしかくれなかったからだって!」
「でも何も言わなかったよね? 普通、パンツなかったら言うよね? あたし、本当に忘れてただけなのにね……」
「い、いやあ、もしかしたらパンツがない系の文化圏なのかな……と」
「パンツ穿かない文化なんてあるの? 聞いたことないけど」
「オレも聞いたことない……」
「聞いたこともないのに、そんなこと気にしたの? クリアちゃん、不安がりすぎだよ!」
グサッ!
それは言い返せない。
石橋は叩いて叩いて叩きまくって、もうこれ以上叩けないよ!! ってなるまで叩いてから渡る派だし。
【反転龍レクシオン】と戦ったときも、これ以上強くなる見込みがない、どころかこのままだともっと弱くなるっていうところで戦いに出た。完全に不安がりすぎて好機を逃している典型だ。30歳頃のときに戦えばもっと善戦できていたかもしれないし……いや、やっぱ無理だ。神奥義、強すぎるわ。
でもそれ以外にもいくつか後悔はある。
例えば妻との結婚だって相手からのプロポーズだし、男として終わってると思う。
「……えっと、ごめんなさい。別に傷つけるつもりで言ったわけじゃなくて」
「いや、いいんだ。自分で自分の欠点は分かっている」
オレは木刀を手に取って素振りを再開した。
この欠点は実は悪くない。むしろ最強を目指す上でアドバンテージとなる。
オレは誰よりもたくさん不安に思ったからこそ、誰よりも鍛錬し、誰よりも強くなったんだから。
*
次の日の朝。
原因不明の気持ち悪さとともに目が覚めた。
何だ、これは!?
気持ち悪い。
頭が痛い。
喉が痛い。
吐き気がする。
だるい。
熱い。
体が重い。
新手の呪いかっ!?
しかし呪いを受けそうになったら、絶対目が覚めると思うが……
それに体内からは、呪いらしき魔力は感じ取れない。
しかし呪いじゃないとしたら、なんだ?
もしかしたら反転の副作用か何かか?
この体は多分、誰かから生まれたわけじゃない。反転龍の神奥義によっておっさんが反転した結果の産物だろう。ならば通常の人体にはない不具合があっても不思議じゃない。
クソ。
せっかく14歳からやり直せると思ったのに、オレの第二の人生はもう終わりなのか?
オレは重い体を引きずって部屋を出た。
「あ、クリアちゃん! 昨日は眠れた? ……って顔、真っ赤じゃん!?」
「リーン、短い間だったけどありがとう。楽しかった。オレはもうじき逝くようだ」
オレは自分の想いを伝えた。
リーンは俺に近づくと、おでこに手を当てる。
ふむ。
何がしたいのだろう?
この村特有の別れの挨拶か?
オレはそれを真似してリーンのおでこに手を置いた。
「別に別れの挨拶じゃないからね!?」
「そうなのか」
「なんかクリアちゃんの思考回路が読めてきた……ってか、凄い熱。ベッドで休も? お医者さん連れてくるから」
ありがとう、リーン。
でも多分、これはこの体特有の病気だから……