第1話 剣聖おっさん、美少女になる。
気付けば森の中だった。
オレは小さな池の中に浸っていた。
池、というより泉と言った方が良いかもしれない。神聖な感じがする。雰囲気もそうだし、実際、泉の水は聖水のようだ。
体が、ある。
手もあるし、足もある。剣はないけど、五体満足で体がある。
奇跡か。
神奥義を喰らって生きているのか。
すげーな。
ホントすげーよ、お前。
オレはまるで他人事のようにそう思った。
でもさオレ、ひとつ聞いていいか?
なんだ、オレ?
いやさ……なんかこの体に違和感があるっていうか、股間の辺りに違和感があるというか。いや違和感が何もないと言った方が良いのかもしれない。
なんだオレ、もっとはっきり言わないか?
なんかさ、肌白いし、胸の辺りがマシュマロみたいだし、息子がお亡くなりになっているし……
いや、だからもっとはっきり言えよ。
認めたくないっていうか、認められないっていうか、認めたら負けなような気がするんだが。
いいから認めちゃえよ。
「なんか体、違くね?」
オレは呟いた。
「オレっておっさんだったよなあ……」
記憶を反芻する。
オレはずっと息子とともにいた。そして年を取った。こんなオレにもついてきてくれた妻もいた。結局はほとんど何もしてやれなかったけど……
うん、ナイナイ。
いや、ホント股間がナイナイ。
水面に映る顔は、超絶美少女の顔だった。
仏頂面なはずなのに、愛くるしい可愛さがある。
いやいやいや、ナイナイ。
ありえないって。
長い白髪。深青の眼。
もちろん髭なんてない。
「夢か」
オレは一旦、二度寝を決めることにした。
*
起きても状況は変わらなかった。
ただ少しだけ冷静になれた。
14歳くらい・美少女・白の長髪・深青の瞳
もともとは、
41歳・おっさん・黒の短髪・橙の瞳
正反対だ。本当にひとっつも一緒のところがない。
反転のせいか?
【反転龍レクシオン】の反転之神奥義《世界反転》ならば不可能ではない……かもしれない。なんたって神奥義だからな、すげーな神奥義。
しかし冷静になってみるとこの変化は正直ありがたい。
もちろんおっさんの体でもオレの体だ愛着はあった。でも41歳。衰える一方の体だった。しかし今の体を見よ! ぴちぴちだぞ! ぴちぴちの14歳(推定)だぞっ!! 老化、どころかまだ成長の段階だ。こっから鍛えたらどこまで行けるのか、確実に最盛期の自分を超えられる自信はある。
もしかしたら勝てるかもしれない。
【反転龍レクシオン】に。
まだ反転龍の底は見えていない。だけどオレも神奥義を習得すれば同じステージには立てる。
オレの第二の人生、まだまだこれからだ!
*
とりあえず、どこかの街に行きたい。
はっきり言ってたった独りでも生きてはいけるが、食事や睡眠は必須だ。特に食事は大切だ。この体はまだ完成されていない。正しい食事で良い体を作ることが最強への第一歩である。そのためにも街に行ってバランスの良い食事を食べることが大事だ。それに睡眠という点でも街に行くべきだ。オレは立っていても寝ることができるが、それだと睡眠の質は落ちてしまう。柔らかいベッドで寝るのがやっぱり一番だ。
まあたった独りでもバランスの良い食事をとることも柔らかいベッドで寝ることもできるが、単純に時間がかかる。そうする時間があるのなら、少しでも多く素振りしたい。冒険者ギルドにでも登録してサクッとドラゴンでも倒してお金をゲットして料理人を雇ったりした方が絶対楽だ。
そんなわけでまずは街を探そう。
空を蹴って上空へ駆け上がり、遠くを見渡す。
ぬ、一面森だな……
まあまずは適当に歩くしかないか。
*
実は反転(?)してから、ずっとお腹が減っていた。
オレは森の中を軽く駆けながら、小腹を満たしていた。
通りがかったオークから肉をはぎ取り、口に頬りこむ。
そこらへんに生えていたキノコを口に頬りこむ。
木の実をちぎって、口に頬りこむ。
川の水をがぶ飲みし、そこらへんの草を草食動物のように食べる。
最低限の栄養バランスを取って食事をする。
本当は料理をした方が良いが、まあ面倒だし今回はパスだ。街を探すのが第一優先である。
「お? これは……間違いない、人の気配だ!」
気分が上がって、足の回転も速くなる。
視界が開けると、のどかな村の景色があった。
「ごめんくださ~い!」
オレは大声で声をかける。
自分の口から出てきた声が自分の声じゃないような気がして、少し面食らった。
これはあまりに高音すぎるだろう。
全然自分の声って感じがしないな……
この声に慣れるのか、オレ?
案外すぐ慣れるのかもな。
オレは最強になること以外には無頓着だし。
でも意外とずっと違和感は残るのかもしれない。何と言っても41年間生きてきた体じゃなくなったんだ。
「変態さん?」
家の中からひょっこり顔を出した少女が、そう言った。
「なんで服着てないの?」
黒髪の少女は多分、オレと同い年くらいだろう。(肉体年齢の意味で)
少女は不思議そうに首を傾げて、オレを真っ直ぐに見つめてくる。
「それは服がなかったからだ」
「なんで服がなかったの?」
「そんなの、知るか。気付いたらすっ裸だったんだから」
「じゃあ、自ら望んで裸になったわけじゃないんだ」
「ああ、できれば服が欲しいと思っている」
「ならあたしの服で良ければ持ってくるよ!」
少女は翻して家の中に消えた。
手に服を持って、ぱたぱたと走ってきた。
「どう? 黒いワンピースってあたしは黒髪と被っちゃうからあんまり着ないけど……白髪で肌も真っ白だから、似合うかなって思って」
「あ、ありがとう」
「……」
「……ど、どうした??」
その黒のワンピースをくれる流れかと思ったが、少女はじっとこっちを見て渡すそぶりを見せない。
「えっと……本当に着るのかなって思って。余計なお世話なのかなって」
「いや、余計なお世話とか、全然そんなことないが」
「でもすごい肌真っ白で綺麗だし、無駄な脂肪がなくてすらっとしてるし、手足長くて、胸もとってもきれい。顔もすごく綺麗で、同じ人間とは思えない。神様がお作りになられたとしか思えないよ! ……だからその神様の作品をこんなワンピースで隠しちゃってもいいのかなって」
「いや、全然そんなことない。服着たい」
「でも変態さん、気付いたら服なかったんでしょ? なら神様のご意志だよっ! 多分……だから、こんな服を着せたらあたしもしかしたら神罰で死んじゃうかも」
「いや、どんなご意志だ。嫌だって、そんな神様いたら」
「そうだよね。あたしの考えすぎだよね」
「そうそう」
「ホントに大丈夫だよね?」
「大丈夫だって。もし仮に万が一神罰が落ちてきても、そんなもんオレが斬ってやるから」
「う、うん……はいっ!」
少女はやっと服をくれた。
オレは黒のワンピースを着る。
……しかし、よく考えたらこれだけ?
少女はそれ以外は持ってきていないようだ。
下着とかないのか??
と思ったが、もしかしたら下着を付けない文化の村なのかもしれない。もしかしたら目の前の少女も下着を着けていないのかもしれない。
少女が忘れただけなような気もするが今のやり取りをもう一回やるのも面倒なので、スルーすることにした。
まあぱっと見が問題なければとりあえずは問題ない。
街に行くまでの辛抱だし。
「変態さん、すごく似合ってるよ!!」
「ありがとう。けど、変態さんはひどいだろ」
断じて変態ではない。
剣大好き変態ではある自覚はあるが……
「えっと……じゃあ、変態さんって何ていう名前なの?」
「オレか? オレの名前は――」
う~む。
第15代剣聖、アリク・シュガルドだっ!! って言っても信じて貰えないと思うし……信じて貰えたらそれはそれで面倒なことが起きそうだし……
反転しておっさんから美少女になったんだ。
もう今までの自分とは全く別の存在だ。
新しい名前を考えた方が良いだろう。
「変態さん、急に黙ってどうしたの?」
「いや、名前だったな。オレの名前はクリアだっ! どうだ?」
もともとの名前はアリク。
なので反転してクリアって名前にしてみた。
一応女の子っぽい名前だし、悪くないんじゃないか?
「クリアちゃんね! あたしはリーン! 同い年の14歳だよ」
「リーンか、よろしく」