第16話 病弱美少女、反省する。
SIDE:リーン
「この子に最高の治癒をお願いします」
ソレノンは迷いなく言った。
払えるかな? とリーンは不安になる。
「あの……いくらかかりますか?」
「気にしないでください。リーン様は命の恩人です。私が全額払いますから」
「今回、治癒を担当いたします、『聖女』のザロッタと申します。よろしくお願いします」
そう言って現れたのは、とても美しい人物だった。
ま、クリアちゃんの美しさには届かないけど。
とリーンは内心、対抗する。
ただ聖女の立ち振る舞いはクリアとは違い、女性らしい神聖さがあって、どこか近寄りがたい雰囲気が醸し出されていた。
「ではこちらのベッドに寝かしてください」
「は、はい!」
リーンはクリアをベッドに寝かした。
聖女はクリアの額に、その白い手を優しく伸ばす。
その白髪の美少女に触れるその姿は、まるで神々のお戯れのような神聖さがあった。
しかし、直後――
「――なんなんですか、これはっ!?」
聖女の纏っていた神聖な雰囲気は霧散した。
「ひどい! ひどすぎます! 体がボロボロじゃないですか!? 何をやったらこんなことに……」
……え?
クリアちゃん、大丈夫じゃないの?
「――奥義、《聖なる祝福》」
聖女から青白い光が溢れ出る。それはクリアへと吸い込まれていく。
「ふー、ふー……これで治療は完了ですが……」
聖女は呼吸を整えながら、ベッドに眠るクリアを見た。
クリアの瞳はゆっくりと開かれる。
*
SIDE:クリア
ん……ここは?
広い場所だ。
天井は高く、周りの場所もなかなか広い。
オレはベッドに寝かされているようだ。
すぐ傍にはとても美しい女性が、オレを見下ろしている。
しかし少し怒っているようにも見える。
「体は大切になさってください」
いや、怒っている。
これ怒ってるな。
声色がなんか怖い。
「……えっと、オレに言ってます?」
オレは恐る恐る聞いた。
「あなた以外に誰がいるんですか!?」
まじか。
てか、どういう状況だ?
なんで目が覚めたらいきなり怒られるのか。
「私は聖女と呼ばれる者です。あなたの治癒を担当しました……ですが、あなたの体の状態はあまりにひどくて、筆舌に尽くしがたいものがありましたよ」
聖女!
確かに目の前の女性は、確かに“聖なる女”と呼ぶにふさわしいほどに美しい。
染み一つない綺麗な白い肌を持っていた。
「……聞いてます? 私はあなたのためを思って言っているんです。なんで生きているのかすら不思議なほどに、あなたの体はボロボロだったんですからね! 分かってます?」
「そうか」
「そうです! まるで壮年の英雄のごとき、傷だらけの体でしたよ! 奥義まで使って治療することなんて滅多にないんですからね?」
結局、四獣将との戦いで4度も奥義を使ってしまった。
明らかに限界を超えていたのだろう。
「ありがとうございます、聖女さん」
オレは素直に礼を言った。
「あ……はい、分かればいいんです。次からは決して無理をなさらないように。あなたの体は決して強くはないようですので」
あ。
そうなのか、やっぱり。
はっきり言われてしまったな。
この体は弱い。
はぁ……
今までは見て見ぬふりをし続けていたが、やっぱり自分の体にちゃんと向き合った方がいいのかもしれない。
例えば、強い奴と戦うのはやめるとか。
まずは体が出来上がるまで辛抱するか……
まあ後で考えよう。
いつか後で……
「……ん? あれ?」
聖女は去るかと思いきや、踵を返してオレの目の前に戻ってきた。
近いんだが……
「えー、どうかしたのか?」
「あれ? 完治してない??」
聖女は信じられないと言った表情で見てくる。
「なんで完治していなんですかっ!?」
いや、知らんがな。
「私は世界にもたった10人しかいない聖女の一人なのですよ!? なのになぜ! なぜ! なぜなんですか!? 聖女の奥義を喰らったのに、完治していないなんて、そんなこと……」
聖女はぶつぶつと「まさかこの私が敗北するなんて……何年ぶり? ……あれは確か17歳の時だから7年前? いけない、いけない、私の年齢がバレてしまいます」と呟いていた。
「つまりオレの体は、それだけ危険な状態だったというわけか」
「何であなたはそんなに冷静なんですか!」
「ハハハ、今は大丈夫なんだろ?」
「そうですが……でも完治には至ってません! 念のため、3日後にまたここに来てください! 分かりましたね!?」
「あ、ああ」
頷くとやっと解放された。
彼女は熱血タイプの聖女さんだったようだ。
「おはよ、クリアちゃん!」
「おはよう、リーン」
リーン、そして奥にはソレノンの姿が見える。
やっと自分の状況を把握できそうだ。
「ここは?」
「ここは王都にある教会だよ」
「王都って……運んでくれたのか? あれからどれくらい時間が経ったんだ?」
「う~ん、ちょっと説明が大変だけど……ていうかあたしもよく分かってないし。領主様が焦っていた理由はまだ聞いてないですし」
「ああ、そうでしたね。お話しておきましょうか」
そう言ったのは水色髪の美少女、ソレノンだった。
二人の説明を聞いた。
結局、時系列的に要約するとこんな感じだ。
まずソレノンは四獣将に敗北
↓
最後の賭けとして仮死魔法を自らに使い、腕にエリクサーを括り付ける
↓
オレが四獣将を倒す
↓
リーンは湖の中を観察
↓
仮死状態のソレノンを発見
↓
腕に括り付けられていたエリクサーをかける
↓
ソレノン復活
↓
ソレノンの魔法で王都へ
という流れのようだ。
ソレノンが焦って王都に帰ってきたのは、獣王が追撃してくる可能性があると踏んだため。
「四獣将が飛空艇の外に配置されていたということは、獣人側は誰一人として逃がす気ではなかった、と考えるのが自然です。となると四獣将が敗北したことが獣王に伝われば、獣王がやってくる可能性は十分に考えられました」
「なるほど……しかしなぜ獣人はこんな襲撃をしたんだろうな?」
「……それはまだ分かりませんね。いくつか推測することはできますが」
うむ。
確かに。
これだけの情報では結論は出ないか。
「でも本当にリーン様には感謝してます。あなたは命の恩人です。ありがとうございます」
ソレノンは深々とお辞儀をする。
「い、いえ! あたしは大したことしてません!」
「でも池の中から仮死状態の私を見つけ出してくれました。あの池には100人くらいの死体があったと思いますし……」
「100人は言いすぎです!」
「でもかなりの人数がいたと思います。それなのに私を見つけ出していただいて……
本当に感服いたします。心臓も呼吸も止まっていましたから、ぱっと見、他の死体と同じようにしか見えないんですが……本当にリーン様には感謝してもしきれません!」
ソレノンは真っ直ぐに感謝を伝える。
一方リーンはそうやって直接感謝されることに慣れていないのか、顔を赤らめ俯いてしまう。
「うぅ……あたしは別に……領主様にエリクサーを掛けただけです」
「そんな謙遜しなくてもよろしいのですよ? それに敬語を使うのはやめてください。命の恩人なんですから! あと呼び方も領主様ではなく、ソレノンで結構ですよ」
「わ、分かったの……」
リーンはぎこちなく返答する。
「でも本当にリーン様は素晴らしいですね。まさか四獣将を倒すほどの実力を持っているなんて! 未だ無名なのが信じられませんね」
ん?
ソレノンの頭の中では、四獣将を倒したのがリーンになってるのか?
「えーと……違うの!」
「違う?」
「領主様――じゃなくて、そ、ソレノンちゃんは勘違いをしているの! あたしは弱いの、強いのはクリアちゃん」
ソレノンは口をつぐみ、首を傾げた。
「……つまりどういうことでしょう?」
「あたしは何もしてないの! クリアちゃんが四獣将を倒したの! 【はぐれワイバーン】も倒したのはクリアちゃんなの!」
「リーン様、冗談ですか? 私は冒険者登録の際の飛び級試験の内容を聞きましたよ? 二人ともCランクスタートですが、リーン様は勝ち、クリアさんは負けたと聞いています」
「あっ……それはそうだけど」
なるほど。
ギルドマスターとの戦い結果から、オレよりリーンの方が強いと思ったわけか。
「まああれは、ちょっと試したいことをやってみたら失敗したというだけだ。オレが本気を出せば、ギルドマスターレベルに負けるはずはない」
オレは言い放った。
「えー……」
ソレノンは本気で困惑しているようだ。
「ですがクリアさんは何度も風邪をひいていますよね? それなのに四獣将に勝つ実力がおありと?」
グザッ!
痛いところを突かれた。
そこはオレも気にしてた。
やっぱり最強が風邪に負けるなんて、あっちゃダメだよな……うん、ホントありえない。
「でもオレは実際、四獣将に勝った」
「本当に本当ですか?」
「そうだなあ、ならオレと戦うか? そうすればオレの強さが分かるだろ?」
リーンが木刀を差し出してくれた。
オレはそれを軽く握る。
「さあ、やるか?」
「ええ、いいですね。興味があります。やりましょうか」
ほう。
乗り気のようだ。
ソレノンは《完全回復魔法》も使えるし、並みの技量ではないはず。多分元の世界基準なら、世界最高峰の魔法使い程度の実力はあるだろう。楽しみだ。
オレたちは戦いの場を探しに、教会を出ようと足を踏み出した――
「――ダメですよ!?」
「む」
振り返ると先ほどの聖女がいた。
「なんで私が治した直後にまた戦おうとしているんですか!? そんなことしているから、体がボロボロになったんじゃないんですか!? しかもまだ完治していないって言いましたよね!? 今回倒れたことから、何か得なさい!」
う~む。
確かにその通りだが……ソレノンは四獣将に負けたわけだし、奥義使わなくても勝つ……のは無理か。前の世界の魔法使い最強くらいはあるもんな。
「本当に今にも死にそうなほど体がボロボロだったんですから! 多分、それだけ体がボロボロだったのは、毎日毎日少しずつ無理をしていたからだと思いますし!」
ぐ……
「クリアちゃん、あたしもそう思ってたの。無理しすぎなんじゃないかって……毎日風邪をひいてたのに、戦ったり。風邪をひくのって、体が悲鳴を上げている証拠だと思うの!」
リーンにまで言われてしまった。
「分かった。戦うのは控えるよ」
体が変わったんだ。
良いところばかりじゃないのは仕方ない。
若くなったことに喜んで、風邪をひくことはスルーして。
それじゃあダメだ。
見て見ぬふりはダメだ。
今のオレはこの体なんだ。
ちゃんと向き合っていこう。
おっさんまでと同じような感覚で生きていたら、ダメなんだ。
オレは反省した。
そして決意した。
『奥義を使うのは一日一回まで』
と。
最後に聖女から、
「3日後ですからね?」
と言われて、俺たちは教会を出た。