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第15話 ヘロヘロ村の美少女、領主様を引き上げる。


「どうしよう?」


 リーンはぽつりと呟いた。


 辺りは森のようで、空を見上げてみると一面に雲がある。曇りだ。

 飛空艇の姿はどこにも見えない。


(ここ、どこなんだろう?)


 リーンにはサバイバルの経験はないし、今どこら辺にいるのかもよく分かっていない。

 ワッカーンの街から王都へ向かう途中のどこか、ということしか分からない。


 あたしたち以外に生きている人いるのかな?

 四獣将はクリアちゃんが倒してくれたけど、獣王もいるって領主様も言っていた。だとすると聖騎士様でもまず間違いなく負ける。そうすれば乗客の命は全部獣人の手のひらの上だ。


 さっき獣人が人間をいたぶっていたし、全員殺すつもりなのかな?


 リーンは推測した。


「……でもそういえば、領主様ってあたしたちより先に飛び降りたんだよね? それで四獣将と戦ったのかな」


 でもだとすると死んでいることになる。


 リーンは上空から見た景色を思い出した。


 血の湖。

 湖の半分くらいが血に染まっていた湖が上から見えた。


 もしかしたら――


「確か、こっちだよね」


 リーンはクリアをおんぶして森の中を歩く。

 そして少し歩くと、赤い湖が現れた。


 そこに浮かぶのはすべて人間。

 人間の死体だった。

 10、20、30……おびただしい数の死体だった。


 死んでいる。

 それも死んでいる。

 あれも死んでいる。

 これもそれも。


 リーンは持ち前の観察眼で次々に判定していくが、案の定、すべてが死体となってしまっているようだ。

 そして、すべてがまだ死んでからさほど時間が経っていないものだった。


 死体には気配がない。


 人は生きていれば、常に『気配』を放出し続けている。


 気配とは、世界法則への干渉波のことである。


 この世界には、創造神が作り出した世界法則というものがあって、その上を人類は生きている。

 その世界法則を一時的に捻じ曲げることが『魔法』であり、世界には世界法則を元に戻そうとする力があるため『魔法』は永続的に続くことはない。


 人は生きていれば常に、世界法則へ干渉している。

 それこそが『気配』であり、逆にそれがなければ“生きていない”=“死んでいる”ということになる。

 

 もちろん厳密なことを言えば、『気配』が完全にゼロになることはない。

 誰かが生きていればその人の『気配』は周りに波及し、微力ながらも遠くへと飛んでいく。その飛んで行った先に死体が転がっていれば、その死体から発する『気配』がさもあるかのように見える。


 だから死体を見た際に、気配が完全にゼロということはありえない。

 ただ生きているかどうかという判定では、全く問題はなかったりする。

 『気配』の大きさが段違いすぎるからだ。

 死体の『気配』はせいぜいが、元の一万分の1もあればいいところだろう。それほどまでに大差なため、リーンは『気配』を見て、全員が死んでいると判定した。


 ちなみに世界法則への干渉ということについては、リーンは全く知らない。

 ただ、


(気配があるのは、ないの)


 と単純に思ったに過ぎない。


 リーンは死体を観察する。


 どの死体も綺麗じゃない。

 ひどく汚い死体になってしまっている。

 湖に浮かぶ死体は一続きではなく、頭とか足とか取れてしまっているものもたくさんあった。

 きっと物凄い衝撃だったのだろう。


(飛空艇から落ちた人が全員、ここに捨てられたの?)


 リーンは思った。


 そして想像する。

 そんなひどいことをする四獣将の姿を。

 リーンは空を落ちる人が蹴り飛ばされ、そして大きな放物線を描きながら湖に投げ捨てられる光景を思い浮かべる。

 人間は蹴られ、手足が千切れながら、血を吹き出しながら湖に落ちていく……


「うっ……」


 こみ上げる何かを感じた。

 しかしリーンは必死にそれを抑えて、なんとか耐えた。


「……ん? これって」


 そして同時に気付く。

 湖の中で、たった一つの死体だけ、実は死んでいないことに。


 だが生きているわけではない。


 そう。

 確かに湖に浮かぶすべての死体は、生きていなかった。

 生者のような大きさの気配を持った死体はなかった。


 しかし一つだけ。

 死んでいるというにはあまりに気配の大きな死体があった。


 生者と死者のちょうど中間のような気配を持った死体だった。


 生きていないけど、死んでもいない。

 そんな状態のものが存在していた。


「不思議……こんなことってあるの?」


 死んでいないなら、もしかしたら生き返るかもしれない!

 助けよう!


 リーンはそう思って、救出に向かう。


 クリアを地面に下ろし、服を脱ぎ、下着だけの姿になった。


「でもこんな血の湖、入りたくないの」


 リーンはクリアの動きを思い出す。

 クリアは当たり前のように空を蹴っていた。

 大丈夫、できる。

 さほど難しそうな技じゃなかった。


 クリアちゃんだって人間だよ。

 特別な力は何も感じない。むしろ普通すぎるくらい。


 それなのに四獣将を倒すほどの実力を持っているのは、単純に技術がすごいから。

 そのことをリーンは理解し始めていた。


 リーンは水面の少し上をゆっくりと歩き出した。


 そして死んでない死体までやって来た。


「もしかして領主様!?」


 リーンはしゃがみ、腕を伸ばしてそれを引き上げた。


 そして岸まで運んだ。


 水色髪の美少女。

 間違いない。

 領主様だ!


 しかしぱっと見は誰だか分からないほどに見た目が悪い。

 まず顔は青白く、もう美少女とは呼べないだろう。

 それに体中に傷がある。


 心臓は動いていないし、呼吸もない。

 しかし微弱ながら気配はある。


 そして――



――腕に何かが巻かれていた。


 それは小さな瓶だった。

 そこには小さな紙と、これまたとても小さな瓶が入っていた。


 小さな紙には、

『これを私に使ってください(ぶっかけるだけでいいです)』と書かれている。


 そして中に入っているとても小さな瓶には、無色透明の液体が入っているようだ。

 しかし、ただの液体じゃない。

 リーンの観察眼は、多分かなり高価なものだ! と告げている。


「こんな高そうなもの使っていいのかな? でも使ってくださいって書いてあるし、いいんだよね?」


 リーンは紙に書かれた通りにすることに決めた。

 自分にできることはそれくらいしかないし……


 リーンは思い切ってその液体をちょびちょびとソレノンにかけた。


 ピカーーーーーーン!!!!!!


 突然、ソレノンが光り輝いた!

 そして――


「まさか、生き残るとは思っていませんでした。悪あがきはしてみるものですね」


 真っ直ぐに立つ水色髪の美少女がいた。

 その美少女は自分の両手を驚き交じりに眺めている。


「とはいえ、うかうかしてられる状況かどうか……まずはリーン様。助けていただきありがとうございます。時間がないかもしれませんので、多少の無礼となるかもしれませんが、すみません。四獣将はどうされましたか?」


「えっと……四獣将は倒しました」


「さすがはリーン様ですね。あと獣王の方は?」


「獣王は分からないです」


「そうですか、なら逃げましょう! 王都まで一気に! 理由は後で説明いたしますので、3人で王都まで行きましょう!!」


 ソレノンは焦ったようにそう言う。


 リーンにはそんなソレノンは初めてだった。飛空艇から飛び降りるときもどこか冷静だったソレノンとは違う。本当に焦っている。


 それほど急がないといけない理由があるの?

 四獣将はちゃんと死んでいるよ?


 リーンはそう思ったが、ソレノンが焦っているのは事実だし嘘もついてない。


「分かりました」


 リーンがそう返事をしたが、その前にソレノンは魔力を高めていた。

 そして――


「――高速移動魔法《迅速円》!!」


 ソレノンが魔法を放った。

 リーンとソレノン、クリアの3人は光る円盤に乗って空を飛ぶ。


 それも超高速で。

 雄大な森を上を高速で移動する。


 ソレノンはずっと何かに焦りながら、魔法を行使し続けた。

 ガンガン魔力を消費するソレノン。

 そんな様子のソレノンにリーンは何も言うことはできなかった。


 そして30分後。


「はぁ……はぁ……はぁ……何事もなく無事到着しましたね」


 リーンたち3人の前には、大きな城壁がそびえ立っていた。


 ここは街道。

 3人は行きかう人々の好奇な視線にさらされてしまう。


 地面の上で寝ている白髪の美少女。

 ボロボロの服を着た水色髪の美少女。

 そして、下着だけの黒髪の美少女リーン。


「何あれ?」「しっ、見ちゃいけません!」「痴女か?」「しかしよく見ると無茶苦茶レベル高いぞ?」「むしろ自分の体を見せつけたいんじゃね?」「眼福眼福」「あの水色髪の子、【ワッカーンの雪姫】に似てるな……まあ、あんなボロボロな服を着ているわけないが」


 あぅ……

 でも服は汚したくないし……


 リーンが下着姿のままだったのは、高級服屋で買ってもらった服を汚したくなかったからだ。

 ソレノンを血の湖から引き揚げる際に体に血が付いている気がしたのだ。


「あっごめんなさい! 全然気付いていませんでした!」


 ソレノンはそう言うと、リーンに《浄化魔法》をかけた。


「あ、ありがとうございます」


 リーンはお礼を言って、すばやく服を着た。

 そして地べたで寝るクリアを抱き上げ、おんぶする。


「でもここまで来れば一安心ですね」


 でもなんで焦ってたんだろう?

 リーンはソレノンがなぜ焦っていたのか、とても気になっていた。


 しかしそれ以上に気がかりなことがあった。

 クリアのことだ。

 背中で眠るクリアを横目で見てみると、やはり顔色は悪い。


「あ、あの、領主様。クリアちゃんが……」


「……かなり顔色が悪いですね。まずは教会に向かいましょうか」


 ソレノンはそびえ立つ大きな門へ向かって歩く。

 リーンも追って歩く。


 教会は王都に入ってすぐのところにあった。

 そして3人は、教会に入るのだった。


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