第12話 ヘロヘロ村の美少女、誘われる。
《半獣化》……これによって戦闘力は5倍に膨れ上がっていた。
つまり相手の戦闘力は2万5千。こっちは5000。これはまず勝てない差だ。
だからリーンは勝つことではなく、クリアのところに行くことを目標とした。
これなら不可能ではない。
再び獣人が弾丸のような速度で突っ込んでくる。
リーンはなんとか躱す。
「おらおらおらおら!? どうした!? 逃げてばっかりじゃ、つまんねーだろ!?」
再び地面を転がるリーンに、獣人の拳が落ちる。
「くっ」
ドガーン!!
リーンはこれまたギリギリで躱した。
さっきまでいた場所は、バッキバキに破壊され大穴が開いていた。
「おいおい! そんなに壊したら、獣王様に怒られるぜ!」
「そうだぞ! この船はもう獣王様のもんみてーなもんなんだからな!」
リーンと獣人の戦いを見ている他の獣人が、楽しそうにヤジを飛ばしている。
逃げないとっ!!
リーンは逃げる。
しかし獣人の速度が異常だった。
速度に自信があるリーンを圧倒的に超える速度だ。
ついに回避不可能なパンチがリーンを襲う。
――これは回避できないっ!!
細剣でなんとか受け流しをしようと試みるが、すべてのエネルギーを受け流すことができなかった。
リーンは冗談のように吹き飛んだ。
リーンがどれだけの観察眼を持っていようと、純粋なパワーと速度の前にはただ敗北するしかない。
何をしても無駄。
そう思えるだけの差があった……
リーンは地面を転がる。
――しかし、第一棟までは来れた。
リーンの観察眼でできるのは自分が飛ばされる方向を決定することくらいだった。
このまま何度も吹き飛ばされれば、クリアのいるところまでたどり着くかもしれない。
しかしそう何度も吹き飛ばされれば、リーンの体がもたない。
今たった一度攻撃を受けただけで、体が死んじゃうよっ! って悲鳴を上げてくるのだから。
第一棟の一階には誰もいなかった。
人間も、獣人も、どちらもいなかった。
ただ惨状と呼ぶにはふさわしい光景がそこにあった。
血、血、血。
黒くない、まだ新しい鮮血と、殴り殺されたかのような酷い死体。
内臓が出ちゃってる死体とか、もう原形が分かんなくなってる死体とか。
よく見ると人間側だけではなく獣人の死体もあることに気付いた。
リーンは、すぐに考えるのをやめた。
魔物討伐で見るからある程度耐性はあるけど、これが人間だと思っちゃいけない。
《半獣化》した獣人が、第一棟に足を踏み入れた。
「おらあ!? まだまだこれからだぞ!? オレを楽しませろ!!」
獣人が一瞬で距離を詰め、蹴りを放ってくる。
ダメだ!
さっきのダメージが残っているせいで回避できない!
リーンは細剣を構え、すぐにやって来る衝撃を覚悟した。
――しかし、その衝撃は来ることはなかった。
氷の槍が土砂降りのように、その獣人へと降り注いでいる。
獣人はその対応に追われているが、明らかに手数が間に合っていない。ダメージを喰らい、そのせいで動きが鈍くなり、そしてさらに対応できなくなる。
そしてついに、獣人は対応しきれずに、致命傷を負った。
リーンは上を見上げ、氷の槍の発生地点を見た。
そこにいたのは、水色髪の美少女だった。
すらりとしたクールな女性。
それはリーンも知る人物だった。
「領主様!!」
領主ソレノンは、ふわりと地面に降り立った。
「リーン様、大丈夫ですか?」
「はい、なんとか領主様のお陰で」
「しかし……たった一人でどれだけの獣人を倒したんでしょうか……」
ソレノンは辺りを見回して、驚いたようにそう言った。
いや、違うからね!?
別にあたしがこれ全部倒したわけじゃないからね!?
一階に転がるおびただしい数の死体を生み出した元凶では、決してない。
しかしそれを否定する時間もなかった。
「リーン様、一緒に逃げましょう。リーン様はもう十分頑張りました」
「逃げるって?」
「飛び降りるんです」
な、なるほど!
領主様くらいの魔法使いになれば飛び降りても平気なのか!
あたしは飛び降りても大丈夫なのかな?
とリーンは一瞬、思った。
「でもクリアちゃんが……」
そう。
リーンにとって重要なのは、自分のことではなくクリアのことだった。
クリアを置いて逃げるなんてこと、したくなかった。
「その気持ちは分かりますが……私は逃げます。もう時間は刻一刻と迫っているのです。相手は四獣将一人に、獣王までいるのです。勝てるはずがありません」
「えっ!? 獣王ですか!?」
「ええ」
獣王と言えば獣人の中で最も強い者が持つ称号だ。
それがこんなところで襲撃??
聖騎士様と言えど、勝てるはずもない。
それに四獣将までいるみたいだし……
領主様が焦るのも当然だ。
「時間がありません。私的には、リーン様も一緒ならば心強いのですが……」
「……クリアちゃんと一緒にじゃ、ダメですか?」
「無理です。そこまでのリスクは取り切れません」
「そうですよね……」
クリアを見捨てて、自分はソレノンと逃げるか。
それともクリアのところに行くか。
でもクリアのところに行ったとして、その後どうするのか?
今度こそ逃げるのか。
リーンは逡巡する。
しかし結論は初めから決まっていた。
クリアちゃんと一緒に逃げよう。
いくらクリアちゃんと言えど、獣王に勝つのは無理だと思う。
そもそもクリアちゃんは風邪なんだ。
戦わせるわけにはいかない。
獣王が居ようが居まいが、結論は変わらない。
だからクリアちゃんと一緒に飛空艇から飛び降りよう。そうすればいい。
リーンは決意した。
「領主様、ごめんなさい。あたしクリアちゃんと一緒に逃げます」
「そう……それも一つの選択ですから。この先、再開できる幸運が訪れることを願っております。では」
ソレノンはそう言葉を残すと、物凄い速度で外へ出るのだった。
獣人に見つかるが、氷魔法を使って追い払う。そして躊躇なく甲板から飛び降りたのが見えた。
「あたしも行かないと」
リーンは船内へとつながる階段を走る。
*
どうやらこっちには獣人はいないらしい。
リーンはあっさりとクリアの部屋の前に着いた。
ピンポーン ピンポーン
リーンはただ待つ。
しかし返答はない。
ピンポーン ピンポーン
リーンは待ち続ける。
しかし物音一つ聞こえない。
「あれ? 大丈夫? ここで合っているよね??」
リーンは部屋の番号を確認する。
41だ。
合っているはず。
オレたちの年齢を反転したらうんぬんかんぬんとか、どうでもいい話をした記憶がリーンにはあった。
「クリアちゃ~ん! 寝てるの~!」
ピンポーン ピンポーン
音を鳴らしながら声をかけた。
しかし返事はない。
物音もしない。
緊急事態なんから、仕方ないよね?
扉を壊すしかないよね?
リーンは扉の取っ手に手をかける。
ガチャ
「てか……あれ?」
そもそも鍵がかかっていなかった。
なんで?
もしかして既にクリアちゃんがどっか行ったとか?
もしかしてすでに獣王と戦っているかも!?
そんなことが脳裏によぎり、急いでベッドの布団を捲った。
そこには案の定――
――ではなく、意外にも――
――白髪の美少女が、だらしない寝顔で寝ているのだった。
獣人に襲撃を受けているっていうのに、すごい神経が図太いなの……
飛空艇全体が揺れて爆発音とかもしてたし、いろいろうるさいはずなのに。
「はぁ」
リーンは呆れと、そして少し安堵の入ったため息をこぼした。
「クリアちゃん! 起! き! て!!」
*
SIDE:クリア
「ん……ああ、リーン。おはよう。もう王都に着いたのか?」
目が覚めるとリーンが横にいた。
やはりオレの機転が利いたか。
オレは殺気には敏感だが、音とかには非常に鈍感である。だからわざわざ鍵を開けておいた。
ちなみに殺気以外にも、悪意とか持っていれば気付くし、あと他人がかなり近づいてきたときも分かる。まあリーンとか親しい相手の場合は分からないが。
なのでオレの服が乱れているのもそういうことだろう。
だが別にリーンを責める気なんてなかった。むしろこの程度のことでリーンの欲が満たされたのなら、それで良かった。
「いいんだ。オレはリーンが楽しめたのなら、それで」
オレは服を直しながら、そう言った。
「別に、あたしがクリアちゃんの寝ている間にいやらしいことしたとか、そんなことないんだからね!?」
「そうなのか」
「単純にクリアちゃんの寝相が悪いだけだから!」
ふむ。
……てか、なんだ?
「飛空艇全体に漂う気配が全く別になっている気がする」
そう。
これは――
――戦闘の気配。
オレは昔、何度か戦争に参加したことがある。
そしてたった一人で軍を相手に無双したりしたこともあった。
そのときの気配だ。
間違いない。
戦争が起こっている。
上だ。
上で戦っている奴らがいる。
オレはじっと天井のその先を睨んだ。
「……そういうのは分かるんだ。そうなの、今、獣人に襲撃を受けてて」
なるほど!
獣人の襲撃か!
「よし、リーン! すぐに加勢に行くぞ!」
加勢に行く、と言っても別に獣人が嫌いだからとかそういう理由じゃない。
はっきり言って種族間戦争とかどうでもいいが、オレの“最強への道”の邪魔をするのだけは許さない。
オレは武闘大会に出て強い奴と戦うために飛空艇に乗った。
だからその邪魔をする獣人は倒そう、ってだけの話。
本当に種族間戦争とかはどうでもいい。
オレは人間だが、人間側に肩入れしようとも思わない。
元の世界ではオレは圧倒的な人類最強だった。
だからやろうと思えば、オレ一人で人間以外の種族をすべて滅ぼすこともできた。
でもしなかったのは、本当にどうでもよかったから。
雑魚には興味がない。
雑魚相手に無双しても虚しいだけだ。
オレは頂点しか目指さない。
ベッドに立てかけられた木刀を手に取った。
「クリアちゃん! ダメなの!」
「……ダメ?」
どういうことだ?
「相手が強すぎるの! だから逃げよ? 領主様はもう飛び降りて逃げてるし!」