第10話 病弱美少女、聖騎士と戦えない。
「クリアさんはまた風邪をひいているのですか……」
ソレノンに会うと驚かれた。驚かれたというより、困惑された、と言った方が正しいか。
「私の魔力はまだ全快していませんので……」
ソレノンはやんわり《完全回復魔法》は使えないことを告げる。
「領主様、クリアちゃんのことは気にしないでください。髪の毛をちゃんと乾かさなかったせいですから。自業自得です」
リーン、その言い方は酷くないか?
しかし……やっぱり髪の毛か。
それが問題だったのか。
次からは注意しよう。この体は繊細だからな。
《治癒》をかけてもらった。
そしてソレノンとリーンとともに、3人で飛空艇に向かう。正確にはソレノンには護衛が2人ついているので、5人だが……
通りの人通りは多い。
飛空艇は街の外に停留されているらしいが、オレたち以外にも飛空艇へ向かう人は多いようだ。
「うわ、すごく大きい……」
街の外に出ると、その全貌が露わになった。
全長200メートルくらいありそうだ。
空飛ぶ船。
船と言ってもしょぼい船じゃなくて、豪華客船の方だ。
そして船の上には二つの建物があるようだ。
地上から甲板につながる長い階段を上る。
「うわ、すごい」
リーンの声が漏れた。
がやがや、がやがや。
人が多い。
どこを見ても人がいる。
多くの人は二つの建物のどちらかに向かっているようだ。
案内板を見つけた。
二人でそれを見る。
そこには飛空艇のどこに何があるか書かれていた。
二つの建物があるが、大きい方が第一棟、小さい方は第二棟と書かれている。
第一棟は80メートル四方ほどの大きさ。
第二棟は50メートルほどの大きさ。
この二つの建物は繋がっておらず、その間には20メートルほどの幅がある。
第一棟の最上階は指令室となっているらしい。そこには外からでも半球のガラスがあるのが見える。
案内板には様々な施設が書かれている。食事処、服屋、ロビー、雑貨屋、銭湯、仮眠室などなど。
仮眠室は船内、つまり地下にあるようで、第一棟の一階から移動できる構造になっている。
う~む、ここで寝ようかな……
「うわ、すごいね! こっからここまで全部服屋さんなの!?」
服屋は第二棟の3階に集中していて、確かにすごい数だ。
しかし……リーンはやはり服に興味があるらしい。
やっぱり女の子なんだな。
ニコニコの笑顔で案内板を見る横顔は、年相応に見える。普通の女の子みたいだ。
「どうしたの? こっち見て。もしかしてあたしの顔に何か付いてる?」
「いや、なんかこうして見ると、あたかも普通の女の子みたいだな~って思って」
「あたかもってひどい! あたしは普通の女の子だよっ! 異常なのはクリアちゃんだけだから!」
「そうか?」
「そうだよっ! あたしまで“変”に巻き込まないで!」
リーンはそう主張するが――
――元Sランク冒険者に勝ってしまう14歳女の子が普通であるはずがないのだ。
やれやれ。
リーンは他人のことは見えているが、自分のことは見えていないんだな。
*
飛空艇が出発した。
ワッカーンの街がどんどん小さくなっていく。
「すごい景色だね」
「ああ」
リーンは小声で、「異世界にはこういうの、あったの?」と耳元でささやく。
「飛空艇はなかった。でもドラゴンの上から見た景色はこんな感じだったな」
「そっか」
そしてすぐに下の景色が見えないほどの高度に達した。
オレたちと同じように景色を楽しんでいた乗客は、もうほとんど残っていない。
中に戻ろうか、と思ったところで、こちらにやってくる集団が見えた。
その先頭にいるのは、ソレノンだった。
「景色はどうでしたか? 素晴らしかったでしょう」
「はい!」
「ああ」
「で、その後ろの集団は何だ?」
「……まあ、気になりますよね。これはですね、ルーコフさんとそのファンの方々です」
「は?」
なんじゃそりゃ。
金髪のイケメンと、その方向を見ている女の子たち。
この金髪がルーコフで、周りの女の子がそのファンか?
ルーコフはオレが見ているのに気付くとニコリと笑って、こっちに近づいてきた。
「マイハニー、そろそろ要件は済んだかい?」
と言った。
「マイハニー?」
オレは聞き慣れない単語を反射的に返した。
「ああ、僕とハニーは将来結婚するからねっ」
「そんな未来ありません」
ソレノンはきっぱりと否定した。
「ふふっ、照れ隠しはいいさ」
だがルーコフは全く聞いていない。
一方、ファンの方々は思い思いに口を開いている。
「ああ~、ルーコフ様カッコイイ~」「【ワッカーンの雪姫】とお話になられる姿は、悔しいけど絵になりますね」「今、歯がキラッと輝きました!」「えっ、ホントに!? 見逃した!」「あっ、こっち見た!」「ルーコフ様~!!」
オレの知らない世界のようだ。
「そちらのお嬢さん二人にも、僕のことを紹介しておこうか」
「いえ、しなくていいですよ」
ソレノンの言葉を無視してルーコフは続ける。
「僕の名前はルーコフ・デルタムント。第二王子であり、王国にたった5人しかいない聖騎士の一人さ」
え、予想以上に大物?
「今回、僕は第十二騎士団とともにこの飛空艇の護衛を任されているんだ」
護衛ねぇ。
すごく暇そうにしているけど。
もしくは護衛ってそんなもんかもしれない。
「ふふっ、二人には特別に僕のペガサスを見せてあげるよ? 『来い! 雷光之天空馬【イカロス】!』」
上だ。
何かの気配を察知し、即座に上を見上げる。
空の一部が紫色に変色している?
そこから何かがやって来る。それは紫電を纏っているようだ。
ビガン!!!
それは猛スピードで落ちてきた!
ルーコフの真横に落ちたそれは、やっとその姿を現す。
角と翼を持った白い馬。
ペガサスというやつだろう。
紫電を纏うそのペガサスは愛おしそうにルーコフの頬に顔を押し当てる。
「イカロスちゃん、今日もカッコイイ~」「ルーコフ様に顔を押し当てるなんてズルい!」「私と変わってください!」「イカロスちゃんとルーコフ様……絵になります」「ルーコフ様、こっち見て~」
特別に……とか言いつつ、ファンの方々は見慣れているようだ。
だがオレの興味はそこじゃない。
「聖騎士って強いのか?」
「うん、そうだね。なんたってこの大国、デルタ王国にたった5人しかいない役職だ。王国最強の5人と言っても過言じゃない」
「へぇ……」
強いんだ。
デルタ王国最強の一角か。
ふむ、これは運がいい。
「オレと戦え!」
オレはルーコフに近づき、木刀の切っ先を相手に向けた。
「何なのあの子!」「私たちのルーコフ様に向かって何をしでかしてるんですか!?」「キー! キー! キー! 怒りましたわ!」「早くその汚らしい木の棒を下げてください!」「愛しのルーコフ様にそのような態度、許されませんわ!」
ファンの方々はざわつく。
「クリアちゃん! やめた方がいいよ!」
と、なぜかリーンが反対する。
「お嬢ちゃん、お友達はああ言っているようだけど、いいのかい?」
「ああ、大丈夫だ。問題な――げほっ!! げほっ!! ……問題ない」
「え、君……」
ルーコフは無造作にオレに近づく。
何をするつもりだ?
と思いつつ、殺気がないので棒立ちしていると、ルーコフの顔が近づいてきた!
「なっ!?」
「やっぱり君、熱があるじゃないか!」
ルーコフのおでこが、オレのおでこに当たった。
「何なの!? あの女!」「あんな方法でルーコフ様のおでこを入手するなんて!」「キーー!! 羨ましいですわっ!!」「わたくし、今から風邪になって来ますわ!」「わたくしも風邪になりますわ!」「しかも何あの子、自分のこと超かわいいとか思ってるんじゃないの!?」「でも実際、ありえないくらい可愛くない? ウザいんですけど!」
ファンの方々は荒れている。
「風邪をひいている女の子と戦うのは、いささか気が引けるね」
ルーコフはそう言って、ナルシストっぽく髪の毛をかき上げた。
ハッ。
キザ野郎が!
このオレを風邪をひいている女の子扱い? 笑えるぜ。
でもこれ、反論の余地がないんだぜ? ……笑えるぜ。
だが、この機会を逃したらルーコフと戦う機会が失われてしまうかもしれない。
しかし――
「クリアちゃん、あたしも一回ちゃんと風邪を治した方がいいと思う!」
リーンにまで言われてしまう。
そっか。風邪をひいてるから、さっきは反対したのか。
「ほら、お友達もそう言っていることだし、木刀を下げて……ね?」
くっ……
オレをただの風邪をひいた女の子だと思いやがって!
しかし風邪を治した方が良いというのは一理ある。やっぱり頭が痛い状態で戦うのはつらい。せっかく戦うのなら全力で楽しみたいものだ。
「……戦う約束をしろ!」
オレはキッと睨む。
「分かった。王都に着いてから戦おう。僕は王都に一週間はいる予定だから、ちゃんと風邪を治してから、ね?」
「よし、ならいい」
それなら問題ない。
オレは木刀を左腰に戻し、「寝る」とだけ告げて船内に行くのだった。
*
SIDE:リーン
リーンは小さくなっていくクリアの後ろ姿に、ほっと胸をなでおろした。
良かった。
戦わなくて。
ルーコフもクリアも、自分の眼では捉えきれないほどの力を持っている。
その二人が戦ったらどうなるか、想像もつかない。案外あっさり終わりそうでもあるし、泥沼の戦いになりそうでもある。
とりあえず、そんな二人が飛空艇のこんなところで戦うのは危険すぎる、というのは分かる。
戦いの余波だけでも凄まじいものになる可能性が高いから。
「クリアちゃん、待って!」
リーンはクリアを追いかけるのだった。