第9話 病弱美少女、素振りをする。
オレはただ剣を構えた姿勢のまま目をつむり、集中する。
奥義、異能の太刀、《反転》
さっきは失敗したが、多分次は成功する。頭の中でビジョンが描けている。
そう。剣聖といえど失敗することはある。重要なのはそこから何を生み出すかだ。
「次はいける」
小さく確かめるように呟く。
よし、通常の素振りの鍛練に戻るか。
素振りは基本だ。奥義ではない普通の剣を何度も振るう課程の中で、基本を極めていく。ただ今回に限っては、身体が変わったことによる影響を見極める意味の方が強いが。
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
全身に気を配りながら、確かめるように剣を振る。
体が変わっても、剣の基本は何も変わらない。
剣技にもほとんど影響ない。
しかし、元の体に比べると魔力量は断然少ない。筋肉量も少ない。
そのため、さっきみたいに奥義を連続使用することとか、できないこともある。
それはこれからの成長に期待である。
だが……
一つ気になることがある。
こんな美少女をマッチョにしてしまってもいいのだろうか?
マッチョにすれば純然たるパワーが底上げされる分、絶対に強くなる。
だが、いいのか?
男の逆三角形は美しいが、美少女の逆三角形なんて見たくない。
オレは最強とは美しいものだと思っている。
最強は、理を突き詰めた先にしかない。そして理を突き詰めた先に残るものは、洗練された美であるはずだ。
だからこの体が目指す最強というものが、マッチョ美人の逆三角形だとは考えたくない。
だが純粋な筋肉の量はアドバンテージになる。
矛盾だ。
「ふぅ……考えても仕方ないか」
オレはこの謎を頭の奥底に仕舞い、再び木刀を振るのだった。
*
その日の夜。
目が覚めてしまった。
ひどい夢だった。
白髪ロン毛のマッチョ(女)が反転龍を倒すという夢(悪夢?)だった。
やはりマッチョ美少女問題が頭の片隅に残っているようだ。
ちょっと寝付けそうにない。
こんなときは大抵少し素振りをする。
夜風が少し寒い。
でも素振りをすればちょうどいいか。
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
「ふぅ……」
オレレベルになると素振りは息を吸うようにできる。
だから素振りをするということは、オレにとっては瞑想のようなものだ。
何も考えず、ただ無心に、全身の感覚を研ぎ澄ませながら木刀を振り下ろす。
……ん?
人の気配だ。
この気配はリーンだな。
こっちに来る。
「クリアちゃん。こんなときにも素振りしてるの?」
「ああ、ちょっと目が覚めちゃってな」
リーンは体を震わせた。
「……でも、寒くないの?」
「素振りをしてたらちょうどいい」
「ならあたしもやる!」
「ほらよ」
オレはリーンに木刀を投げた。
「え? いいの?」
「まあな。オレレベルになれば、剣がなくとも素振りはできる」
素振りをする。
二人並んで素振りをする。
「ねぇ、クリアちゃん。聞いていいのかな? クリアちゃんの異世界ってどんなところなの?」
「ほとんど変わらないな」
「え? そうなの?」
「ああ。ほんとどこが違うか分からない。ただ地名とか名前が違ったりするのがある。あとは、魔法か。オレの世界では魔法は補助的なイメージが強かった。最強を目指す奴は全員剣の道に進むし。魔法は剣士の回復とか補助とか、あと戦争の際に大規模魔法を使ったりとかそのくらいだったな」
「そうなんだ。だからクリアちゃんは剣をやっているんだね」
リーンはそう言って、木刀を振り下ろす。
「クリアちゃんって、どうやって過ごしてきたの?」
「え? すごいざっくりした質問だな……」
「う~、どんな生活を送ってきたのかな? っていう。やっぱり貴族なの?」
「普通の村人出身だが」
「え! あたしと一緒だ!」
「そうだな」
「でも貴族じゃないんだ。それなのにそんなにも強くなれるんだね」
「まあな。でも10歳の時にはもうオレは村を飛び出したが」
「10歳っ!?」
あれは今でも無謀だと思う。
この頃は猪突猛進だったというか……
でもそれから16歳で剣聖になる頃には性格が真逆になった。だんだんと不安がるようになっていった。根拠のない自信で突っ走って、そのせいで痛い目を見てっていうのを繰り返した結果、不安がるようになった。
「すごい……クリアちゃんはすごいの」
「リーンだってすごい。その年でそれだけの剣技を持っているし、その目は多分オレの見てきた誰よりもいいものを持っている」
「ありがとう、クリアちゃん」
「なあ、リーン。ホントに飛空艇に乗るのか?」
「え?」
「リーンは村に戻るつもりはあるのか? リーンの言う村を出るっていうのがどの程度か分かっていないが……早めに戻るつもりなら、飛空艇に乗って王都に行くのは良くないんじゃないか?」
リーンが当たり前のように飛空艇について行くことになっているが、大丈夫なのか。
やっぱり今までずっと住んでいたところから離れて、知らない場所で長い間過ごすのは大変だと思う。
そもそもリーンの両親は、すぐ戻ってくると思っているんだろうか?
いつまでに戻って来いとか、リーンの両親は特に言っていなかった気がする。
「戻るのは、半年後とか一年後だと思うの」
「そっか……お父さんとかお母さんとか分かってるのか?」
「分かってると思うの。だからあえて何も言わなかったんだと思う。二人とも何かを言うのをためらっていたから」
「そっか」
リーンがそういうのなら、きっとそうなんだろう。
「リーンがこうして一緒に来てくれるのは、本当に嬉しい。少なくともリーンが一緒にいる間はリーンのお父さんの『死ぬなよ』っていう言葉の責任を持つつもりだから……少しでもリーンに恩返しするために」
まあ元Sランク冒険者のギルドマスターに勝っちゃうほどの実力者だし、恩を返せる気はしないが。
「ありがとう。クリアちゃんが守ってくれるなんて、本当に嬉しい……でも前も言ったと思うけど、あたしずっと前から村から出ようと思ってたの。でもなかなか踏ん切りがつかなくて……だから、こうしてクリアちゃんと一緒に出られただけで本当に嬉しいの! だから恩とかそんなこと感じなくても全然大丈夫だからね!」
確かにそう言っていた。
「でもやっぱりオレばっかり得しているよな、現状」
冒険者ギルドから領主館まで運んでくれたみたいだし、どんどん恩が増えていっている。
「ううん、そんなことない! あたしの方が得してるの! それにあたしクリアちゃんのこと、好き。だから、一緒に旅できるってだけで本当に嬉しいの! ……あ、好きってあれね!! 恋愛的な意味じゃないからね!! あくまで友達としてだから!!」
「ありがとう。オレもリーンのこと好きだ」
好きじゃないわけない。
いきなり村に現れた裸族の完全変態に服をくれたり、記憶喪失っていうのを信じていろいろ世話を焼いてくれたり、風邪をひいたら医者をすぐに連れてきてくれたり、街道で【はぐれワイバーン】を倒した後おんぶで連れてきてくれたし。
「ぅぅぅ……」
リーンは顔を赤くして俯いてしまった。
そんなに赤くなるなら、好きとか言わなければいいのに。
釣られて自分の頬も赤くなっていることに気付く。
「暑いな……そろそろ、寝るか」
冷たい風が吹く。
一滴も汗はかいていなかった。
*
次の日。
また風邪を引いたようだ。
柔らかいベッドの上、オレは「げほっげほっ」と咳払いをした。
なぜだ!?
何がいけなかったんだ!?
寝てる途中で目が覚めて、少し素振りしたことか?
もしくはその後、布団が暑いと思って何もかけずに寝たことか?
それとも、夕食に出たオーク肉のステーキを5回お替りしたことか?
なんだろう、分からない。
あー、これかも。
風呂出た後、髪の毛を乾かさずに素振りをしたこととか?
いやでも、これくらい普通だよな……
ん~、なんだろう?
分からない。
てか、つらい……
「クリアちゃん、おはよう」
隣のベッドから声がした。
「おはよ、リーン……げほっげほっ」
「って、クリアちゃん! また熱出したの!?」
「そのようだ」
認めざるを得ない。
喉が痛い。お腹が痛い。頭も痛い。
体がだるい。
つらい。
風邪とはげにつらきことなり。
前の体だと、風邪なんて一度もひいたことがないのにな。
もしかして体が丈夫とか、そういうところまで反転されてしまっているのか??