第3話 その少年、王都へたどり着く
「・・・イツキ、ですか。わかったのです、これからよろしくなのです、イツキ!」
「あぁ、よろしくな、セイファ!!」
こうして、フィロテラス王国とやらの王都へと飛び立った少年と悪魔。
_______実質、一時間も飛んでいなかっただろう。ただし、徒歩の何倍もの速度で、しかも地形を無視して一直線に進んだため思ったよりもすぐに王都らしき街並みがうっすらと見えてきた。
フィロテラス王国、正式名は聖フィロテラス魔導連合王国。
嘗て北アルゼリア大陸中央部に存在していた、四つの強大な力を持つ王国が同盟を結び、永い年月を経て一つに纏まった結果誕生した奇跡の王国。温暖湿潤気候で四季の区別がはっきりとしており、豊かな生活を営む国民の数___通称【HDA】、国民満足度___が、北アルゼリア大陸に存在する無数の国々の中でもトップクラスという非常に豊かな国。立憲君主制を維持しているものの、嘗ての絶対王政時の名残もあるためか国王の権限が他の立憲君主制の国よりちょっぴり、というかかなり大きい。
この国の最大の特徴は、何と言っても国家の骨格が【魔術】によって支えられていること。
例えばこの国の議会である【フィロテラス魔導魔術議会】はその名の通り魔術師によってのみ構成される議会であり、ほかにも王国が建てた教育施設のほとんどは魔術を教える学校だったりする。
北アルゼリア大陸のほかの国々も、確かに魔術を認めているがこの国ほど魔術が国家運営そのものにかかわるほどどっぷり認めているわけではない。むしろほかの国では、魔術師を抑圧するような政策がちらほらみられるほどだ。
そして王都アルゾード。
聖フィロテラス魔導連合王国の最南端に位置する都市であり、同時に国王が座するバーリンジャー宮殿がある、言わずと知れた王国の心臓部の都市。その人口密度は、国内のほかの都市と比べてダントツに高く、国内のみならず大陸全体の流行の最先端を行く都市と呼ばれている。
そしてその街並みの輪郭が見え始めてから少ししかたっていないのに、王都の南門と呼ばれる出入り口がちょうど見えてきた。目視で門を確認したイツキは、上で翼を羽ばたかせているセイファに話しかけた。
「おーい、セイファ!! あれが王都の入り口か!?」
「あー、たぶんそうなのです!! やっと着いたのですか、もうそんなに呪力の貯えも残っていないのです・・・あぁ、早く降りたいのです・・・」
「おっそうだな・・・んじゃあ、あんま人目についても困るし、ちょっと離れたところで着陸できるか? あれだろ、普通悪魔ってばれちゃいけない系のやつなんだろ?」
するとセイファはちょっと首をかしげて考えた後、
「ばれちゃいけないというよりそもそも法律で禁止されてたと思うのです。まれに国家の首脳部が悪魔に助言を求めるために呼び出すくらいで、普通は違法なのです。多分バレたらご主人様の命はないと思われるのです」
「予想以上にやばかったあああああああああああああッッ!!」
大空で絶叫する樹紀だったが、セイファはそれを楽しむような口調で、
「まぁいいじゃないですか、人生楽ありゃ苦もあるんですよ~」
「てめえ、楽より苦の比率のほうが圧倒的に多いんだよ馬鹿野郎!人生そこで終わって楽も苦もなくなっちまうだろうがッッ!!」
「あははー」
「あははじゃねぇよ!!」
そんなくだらない話をしているうちに、セイファは徐々に高度を下げ始めた。
眼下に見える草原は、先ほどとは違い木もちらほらと存在しており、これなら王都から見えずに着陸して知らないふりをしながら入国できるはずだ_____とイツキは考えていた。実際、飛行中にセイファが話していたことによれば国内の入国は比較的簡単であり、パスポートなどといったものは存在しないため容易に入れるらしい。
翼の動きを徐々に小さくして、ふわりとじめんにおりたつ二人。ちょうど大木の陰に着陸できたので、王都からは見えていないはずだ_____たぶん。フライト中についたごみなどを簡単に手で払い、歩き出すとセイファがあっ、と声を上げた。
「そういえば王都についてからはどうするのです? さっき冒険者ギルドに登録するとかどうとか言ってましたが、実際なにか名案でもあるのです?」
「いい質問だな。俺はこういう異世界モノの小説を数多く読んでる・・・だから、この世界が大体そういう小説の世界と似たようなもんだとすれば話は早い。とりあえず俺についてくればおっけーだ!」
そう、確かにイツキが読んでいたラノベのほとんどは異世界転移とか異世界転生系のものだったので、割とそのあたりの知識は豊富だったりする。簡単に『冒険者ギルド』などという単語が出てきたのもそのせいである。
それを聞いたセイファは若干怪しみつつ、
「うーん、なんか、頼れるような頼れないような・・・。あ、ちなみに私から【契約】を利用して情報を聞き出そうとするのはナシなのです。てゆーかそもそも私、知識提供する系の悪魔じゃないんで」
「そうだったんだ・・・。なんか、悪魔って呼び出したらなんでも答えてくれるイメージがあったわ」
「そんなもん偏見なのです。だいたい聞けば必ず答えを出してくれるー、なんてやってるから人間は簡単に堕落してしまうのです。あー情けない情けないなのです」
「ひでー言われようだ・・・」
「だって私悪魔ですもん。・・・んで、何か聞かれたりしたらどうするんです? 例えば出身地とか、名前とか」
「出身地はあれだ、適当に山の向こうの村からとでも言っておけばいいだろ。名前はそのまま出せばいい・・・って思ったけど、セイファはだめなのか? 悪魔の名前だし」
「あ、セイファっていう名前自体は珍しいですが存在します。まぁ悪魔の名前なんでそうそう付けられることはないでしょうが、とりわけ心配することでもねーのです」
「よかった。じゃあそういうことで、異世界冒険いくかぁああああああ!」
「うぅ、暑苦しいのです・・・」
げんなりした顔で顔を背けるセイファ。そんな彼女を全く気にせず先に進むイツキ。こうして悪魔と人間という奇妙なコンビは、大木の間を縫い、王都へと向かうのであった。
ー【フィロテラス王都南門を警備する女騎士・視点】-
「あぁ・・・今日も南門警備かぁ。そろそろ別の役職に就きたいものだ・・・」
こうしてぼそぼそと愚痴を零す甲冑をまとった女騎士。自慢の長い金髪や、すらりとしたボディーラインはいずれも長時間立ちっぱなしによる粘ついた汗や安物の支給品の甲冑によってすべて台無しにされていた。普通よりは端正な方、と評価される顔だけが隠されていないのがせめてもの救いだろうか。
ただし、その顔には表情という表情が全く浮かんでいなかった。
完全な無表情である。
理由は大きく分けて二つある。
一つ目は、夏なのに青空の下延々と立ち続けるこの仕事を任されたため。フィロテラス王国全体の気候の特徴として、夏は日差しが強いものの大気の入れ替わりが激しいので大して暑くならないということ。ここで注目してもらいたいのは、夏の間は日差しが凄まじいということ。つまり、早朝からずっと同じ場所で草原を眺めている女騎士にとっては地獄そのものなのだ。
二つ目は、王都南門警備の仕事が仲間内では『窓際』と称されるほど嫌煙されている仕事だからだ。王都南門の方角にはクルゼラ王国の領土が広がっているが、両国の間には大陸最高峰の山々が連なるフィロテラス山脈があるため、正直に言ってここの門から王都へ入ろうとする人の数はひと月でも10人は超えないだろう。道も整備されていないし、夜中には森の中を根城にする盗賊団の危険もあるため、本当に無意味なものなのである。
と、女騎士がどうでもいいことを考えていると、彼女の目線の遥か先、その上空に何か黒いものが浮遊しているのが見えた。長時間労働からくる疲労のせいか、とうとう幻覚でも見え始めたのかと思う女騎士だったが、よくよく目を凝らしてみると、その影に一対の翼が生えているのが見えた。
一対の翼、そして黒い影。
この二つのワードから、女騎士はあるとてつもない脅威を持つ存在の名前を口に出した。
「まさか、ドラゴンなのか・・・!?」
ドラゴン。
専門家ではない女騎士にはそんなに知識はないが、山に住む長寿な蛇が永い年月を経て神格化されたものだといわれている。多くの人々がイメージする姿や気性と大体はあっており、いずれも暗褐色系の色をしていたり、巨大な翼と棘のある尾、そして敵対者には【黒炎】を以て攻撃するという凶暴性を持つというまさに災厄そのものである。
そんな恐ろしい魔物が王都南、ファリシア平原にいただろうかと考えをめぐらす女騎士だったが一向に答えは出ない。すぐさま王都の警備隊、つまり女騎士の上司へと連絡して討伐隊を呼ぶべきか迷ったものの、まだ距離はかなり離れているのでとりあえず様子見とした。王都には魔物や魔獣除けのさまざまな結界が張られているため、すぐさま人的被害は出ないであろうと判断したゆえである。
そんなアクシデントを前に、ちょっと天然な女騎士はぽつりとつぶやく。
「ふむ。久々に同僚へのいい土産話ができそうだな・・・。それにしてもドラゴンか、冒険者でもなかなかお目にかかれない代物を見たとなれば少しはここの志願者も増えるか・・・?」
やっぱりここの仕事は嫌なのだった。
そんなことを考えながら上空を眺めていると、近づいてきたドラゴンらしき影はファリシア平原より王都側に広がるファリシアの森へと降りて行った。まさかファリシアの森に住みついてるのだろうか?、と考えながらどのくらいの大きさなのか判別しようと目を凝らす女騎士。
しかし太陽が眩しすぎてやはりよく見えない。
やがて完全に森に隠れてしまい、姿は見えなくなった。
「むむ・・・やはりそんな幸運なことないか・・・・・・・ん?」
ここで疑問の声を上げた女騎士。
なぜなら、森のドラゴンが下りて行った地点の近くから二人の男女が現れるのが見えたからだ。
二人とも奇妙な格好をしている。
男のほうは丈の短いズボンに半袖といういたって普通の格好をしているようだが、女______いや、幼い少女に見える_____のほうは大きめの上着だけを纏って、下には何も履いていないように見える。流行に疎い女騎士は、あれが最新ファッションなのか・・・?と思ったりしたが、どうにも怪しい。
訝しむような表情になりながら女騎士はその男女を警戒するように見つめる。
どうやら向こうもこちらに気付いたらしく、女のほうがあたふたとして男に何かを話しかけている。男のほうはそれでも余裕といった表情を崩さず、なぜか胸を張って歩いてくる。
お互いの距離が10歩、9歩、8歩・・・と縮まった瞬間、女騎士は剣を抜いて二人のゆく道をふさいだ。そのまま大きな声を張り上げて質問を始める。
「この先は聖フィロテラス魔導連合王国、王都アルゾードである。私は王都南門警備官の者だが、ここで入都検閲を行っている。しばしの間時間を頂戴するが、よいな?」
すると女のほうは袖を口元にあてて、顔を隠すようにしてあからさまに女騎士から目線を逸らす。
・・・私の顔に何かついてるのか?、と思った女騎士の前に立つ男のほうが自信満々に答える。
「あぁ、なんでもきいてくれ!」
「そうか。まずは名前と出身地、そして王都に来た目的を教えてもらおうか」
「あぁ、俺の名前はイツキで、こいつはセイファ。出身地はあの山を越えた先にある村だ。村でちょっと働いてたんだが、やっぱり王国の都市で冒険者になって旅したほうが人生もっと楽しめるんじゃないかと思って・・・・あ、こいつも同じ理由です」
イツキと名乗った少年は、横にいたセイファという少女の肩をトントンとたたいた。
女騎士がセイファのほうに顔を向けると、彼女も小さく頷いた。
マニュアル通りに聞いてみたが別におかしいことはない。農村での仕事がいやになって、街で冒険者となって夢を追うというのは割とよくあるパターンだ。
「ふむ。山を越えた村というと、ドムネス村のあたりか?」
女騎士が思い当たる村の名前を挙げると、イツキは頷いた。
「そうです、そこそこ。えっとー、なんか他にあります?」
「む、そうなのか。じゃあ移動手段はなにを使ったんだ?あの村からだったらクルゼラ王国にいったん入ってから、直通のトンネルを馬車で通ったほうが早かったのではないか?」
「あっ、えーっと、馬で来たんですけど、昨日野宿してたら急にいなくなってて・・・」
「まさかファシリアの森で野宿したのか!? やめておけ、あそこは盗賊の根城だから夜はとても危険だ。その馬ももしかしたら盗賊に盗まれたかもしれん、命があってよかったな」
あの森で野宿するなどなんという強者だ、という驚きを感じつつも頷く女騎士。
一応怪しい点はなさそうなので、ひとまず検閲は通らせよう。まぁ、都市部で何か悪さをしたとしてもここは王都、そこら中に魔術師や熟練の冒険者がいるためさほど心配はないだろう。
そこで女騎士は、懐から二枚の赤く塗られた通行証を取り出した。
もともと質の高い自然魔力を保有するモミの木から作られた、簡易型の識別魔装である。
女騎士はそれを二人に手渡し、
「これが通行証だ。まぁ、冒険者になるんだったらギルド登録は必須だし、大方の店はこのカードを出すとちょっと値引きしてくれるはずだ。まぁ、新生活にはもってこいだな」
するとイツキは感激した様子で、
「おぉ・・・! これで王都に入れるんっすね!?」
「あぁ、そうだ。じゃあ行って来い、イツキとセイファとやら。また会える日を楽しみに。」
「ありがとうございます! じゃあセイファ、行こうか!」
イツキが喜んでセイファの手を引っ張る。するとセイファはちょこっと頭を下げて、女騎士にお礼を言うかのようにアイコンタクトをした後、イツキについていった。
その二人の姿を見送りながら、女騎士は抜身のままだった剣を鞘にしまう。
そして再び前を向き、警備官としての職務に戻った。
そういえばドラゴンのこと聞くの忘れた、と今更後悔する女騎士だったが、振り返ってみても二人はすでに街へと入ってしまい、姿は見つけられない。
「まぁ、いいか。_______あの二人とはどこかで会うような気もするし」
そうつぶやくと、女騎士は前を向いた。
ふわり、と。
長い金髪が宙にたなびいた。
ー【イツキとセイファ・視点】-
「よぉし、検閲は潜り抜けた!!あとは王都で冒険者ギルドを見つけるだけだぁああああ!!!」
王都へ続く豪奢な門をくぐり、石で囲まれた通路を通る二人。
赤い魔装を手に握りしめ、イツキは嬉しそうに叫ぶ。それを見ていたセイファが横からイツキのことを小突いて、耳元で押し殺した声を放つ。
「あのですね、あんたが私にこんな変な服を渡したからあの騎士私のことガン見してたのです! 王都についてお金が手に入ったらまっさきに私の服を買うのです、こんな痴女みたいな恰好はもううんざりなのです!!」
いやお前の外見年齢だとまだ痴女じゃなくて可愛い小学生でおさまるぞ、と言いかけたイツキだったが紳士としてその言葉を聞かせるわけにはいかない。服の裾をぐいぐい引っ張って抗議してくる悪魔に対し、
「いやあたりまえだろ。そもそも俺だってせっかく異世界に来たっていうのにこんなパジャマみたいな服着たまんまじゃ楽しめるもんも楽しめねぇわ!!」
「あっ、マジです? ならよかった、とっとと金を稼いでイツキも私もこの悲惨極まる現状から脱出してやるのです!!」
急に目を輝かせて、まるで子供のように喜ぶ年齢不詳の悪魔。悪魔というからには何千年も生きているのだろうが、精神の根っこのところではいまだに外見相応の部分があるのだろうか。
試しにイツキはセイファの頭に手を伸ばし、軽く撫でてみる。
ただしこれが間違いだった。
「ひゃう!? ちょ、ちょっと何するのです、やめるのですっ」
あっさりはねのけられてしまった。
顔を赤くして怒る悪魔に、やましい気持ちはなかったとまるで裁判に出た被告張りの勢いで弁明するイツキだったが願いむなしく______
「二度とするな、なのですッッッッ!!!」
バッシィィィイン!、と凄まじいハリのある音が通路に響き渡った。
こいつマジで俺のことを召喚主として認識しているのか・・・?、という疑問が沸き上がったものの、イツキは、二度とセイファの頭を気安く撫でないという決意を心の中で誓った。
こうして通路を通り、王都南門の内門へとたどり着いた二人。
カードを見せると、直立不動の姿勢で立っていた警備官らしき騎士二人が軽く礼をし、巨大な門を内側に一気に開け放った。
まばゆい光とともに、二人の目の前に広がったのは_______
「ここが王都、か・・・!」
「・・・すごい、のです・・・!」
行きかう様々な装束を纏った人々。
そして多くの武器屋や酒場、教会など多種多様な建物や店が立ち並ぶ大通り。
そう、正真正銘の異世界の街。
セイファとイツキは顔を見合わせ、同時に街へと一歩踏み出したのであった。
久々ですが、読んでくださりありがとうございます。
感想や評価、レビューなどをしてくだされば励みになります!!
よろしくお願いしますっ!