押入れでトロールが寝ているんだが……。
春の全国高校統一模試、英語0点。
つか、本当に、0点って存在するんだな……。
竹野悠多、一生に一度の不覚。
テストの時、マークシートの解答欄を一行ずつ、段を間違えたらしいという、想定の範囲外の問題に、俺が直面したのは、英語の模試、残り時間、約1分前の時だった。
残り時間が、5分くらいあれば、2、3問を、消しゴムで消して、解答を書き直すことも出来るが、残り1分じゃ、消しゴムで消してる間に、テスト終了になってしまう。
この全国高校統一模試の結果で、夏の三者進路面談で、受ける大学を決めることになるのに、この状態では、もう大学はもう諦めろ、専門学校か就職を、お勧めされる。
俺、完全終了……。
そんな、未来完了進行状態で、キーンコーンカーンコーン、と、完全終了を告げるチャイム、だった。
しかしまあ、マークシートが、多少ズレてても、1問くらいは、偶然正解するだろう、と思ってたのが、大ハズレだった。
俺のマークした解答用紙は、見事に、正解を避けるようにマークされてて、0点という、白紙以外では、取りたくても取れないような点数を取ってしまったのだった。
しかし、なんで0点なのに、偏差値って32になってるんだろう……。
0点でも、偏差値0にはならないって言う話、本当にだったんだなぁ……
高校からの帰り道、俺は、そんなことを考えながら、電車に乗る。
高校でも、クラスを代表するような、ぼっち、なので、一緒に帰るツレはいない。
まあ、ソシャゲやったり、ラノベ読んだり、ぼんやり考え事をするのが好きだし、さしあたり、寂しいとか感じるわけでもないので、悠々たるこの日常に、満足している。
世田谷の駅を降り立ち、自宅までは、徒歩20分。
初夏の強い日差しが、今年最初の陽炎を、作り出している。
テストの件、いずれバレるが、とりあえず今日は、この0点の結果は、黙っておこう……と決心し、「ただいま」の一言だけ言って、俺は、自分の部屋に、駆け込んだ。
読みかけのラノベの続きが、気になっていて、家に帰ってから読むのを、楽しみにしていたのだ。
机に座り、ラノベを開くや……後ろの押入れの襖が、サーっという摩擦音と共に、開いた。
ーー!?
「悠多くん、おかえり〜。ん、その顔は、また、テストで0点取ったな」
そいつは、押入れを寝床替わりにしながら、寝転んだまま、馴れ馴れしく、俺に話しかけていたが……。
まず、お前は、一体誰? そしてなんで、俺の部屋の押入れで寝転んで、寛くつろいでいるんだ。
つーか、そもそも、お前、人間じゃないよな?
小学生並みの背の高さだが、相撲取りのように、でっぷりとした身体。
肌は、ブロッコリーの根のような緑色で、異常に大きい鼻。そして、その鼻の真上に、大きい瞳が一つ。
耳も、熊のような形をしている。
ちょうど、北欧神話や、ラノベのハイ・ファンタジーに出てくるトロールのような、姿格好だ。
「こんにちは。ぼくトロえもんです」
わっ、なんか、未来から来た猫型ロボット風に、自己紹介しやがった。
つか、トロールだから、トロえもんかよ。何の捻りもない名前だこと……。
しかしまあ、このパターンじゃ、俺の子孫が、未来の世界から、送り込んできたのか?
猫型ロボットより、遥かに、役に立たなさそうなんだが……。
「で、トロ……えもんは、あの、その、未来からやって来たの?」
恐る恐る、トロールみたいな奴に、聞いてみる。
「違うよ。ぼくは異世界から、やって来たんだよ!」
はあ?異世界……ってことは、異世界転生かよ!てか、違うだろー 異世界転生ってのは、パッとしない高校生が、中世ヨーロッパ風の世界に行って、チートスキルとかで、活躍するってのが王道だろうが!
なんで、そっちの世界から、こちらの世界にようこそ〜、なんだよ!
「そんなこと、ぼくは知らないよ。ぼくは、もう少し休むよ」
そう言うと、トロールは、サーと、押入れの襖を閉めた。
……つーか、マジ訳が分からん!
俺は、ラノベの栞しおりを挟んであるページをめくって、ラノベに集中しようと試みたが、押入れの中のラノベ的展開が気になって、集中出来やしない……。
家の下の階から、母親の声が聞こえて来た。
「悠多、トロちゃん、ゴハンよ〜」
おい!!……もう世界に溶け込んどるんかい!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
父親、母親、そして俺……での三人が、普段の夕食風景だ。
しかし今日は、それにもう一人……なのか、もう一匹なのか数詞がどうなるのか、皆目分からんが、とにかく、トロえもんと名乗るトロールが、一緒に食卓を囲んでいる。
推定体重200㌔の荷重で、トロールが座ってるリビングの椅子は、明らかに、ひしゃげている。
つか、おかしいだろ!なんで、トロールが、うちの家で、ハンバーグなんか喰らってんだよ!
「ママ、ゴハンおかわり!」
「はいはい、トロちゃん、ハンバーグだと、ゴハンが進むわね!」
ここは、なんか設定と違うような気がする……。
「ご馳走さま……」
「おい、悠多、どうしたんだ?食欲が無いのか?」
「そうよ、悠ちゃん、今日は何か変よ!」
いやいや……トロールが食卓にいて、完全に馴染んでいるあんたらの方が変なんだって!
正直、今日は疲れた……0点のショックで、幻覚を見てるのかもしれない、もうお風呂入ってさっさと寝よう……。
俺は、着替えを持って風呂場に行く。
ガラガラと、浴室の扉を開けて、中に入ると……?
浴室の床に置かれた洗面器の中に、身長20cmくらいの、羽の生えた人形が、お湯に浸かって寛いでいる。
ーーええ?……?
その羽の生えた人形らしきものは、悠多の気配に気がつくと、胸と下半身をバッと隠して、ブウンと、羽をはためかせて、飛び立った。
「きゃああ!、悠多さんのエッチ!!」
フェアリー……つうか、あのお風呂好きキャラは、フェアリーでこちらの世界へようこそ、なのかよ……。
てかさ、そんな小さな身体じゃ、肝心な場所だって、ろくに見えないって……。
でもまあ、一瞬だけど、黒胡麻、みたいなのは、見えたけどさ……それに、世の中には、アキバでフィギュア買って来て、興奮出来る奴も大勢いるわけだし……。
うん、見てすまなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日の朝も、トロールは、押入れの中から、
「おはよう。気を付けてね、悠多くん」
と声をかけて来た。
まだ、疲れが溜まってるのかと、その場は無視して、高校に来たものの……授業中も気になってら集中出来やしない。
結局、俺は一日中、ぼんやりと過ごして、真っ直ぐ帰宅部という、黄金コース。
家に到着して、二階に駆け上がる。
サーと、押入れの襖が開いて、
「おかえり、悠多くん。今日は早かったね」
と言って、押入れから出て来た。
一つ目でニコニコされると、結構怖い。
「トロえもん、ちょっと聞きたいんだけど……」
「ん……なんだい?悠多くん」
「あの、その、異世界から来た、ってのは分かったんだけどさ、なんか、例えば、ポケットを持ってて、その中に現代文明を超越するような技術力で作られた道具を取り出せるとか、そんなのは……無いの?」
横に首を振るトロール。
「じゃ……じゃあ、忍術を使って何か出来るとか、凄い発明が出来る能力があるとか……?」
トロールは、また首を横に振る。
「悠多くん、ゴメン。今日は、ミーちゃんとデートの約束があるんだ」
そう言うと、トロールは、ふわりと浮かんで、プカプカ空中を舞って、窓から飛び出そうとしている。
「あー!それそれ!何か、竹とんぼみたいな道具で、自由に空を飛べるとか!」
また首を振って
「トロールだから、これしか無いよ」
ずい、っと差し出されたのは、棍棒。
駄目だ……マジ何も出来なさそうだ……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トロールが、飛んで行った。
取り残された俺。
駄目だ駄目だ……少し頭を冷やそう……何か冷たいもの飲みたい……。
あいにく、冷蔵庫には、めぼしいものは無い。
仕方ない。コンビニへ、コーラでも買いに行くとするか……と外に出る。
昨日と同じく、やたら暑い。
もう直ぐ夏休みだが、ベタな青春物語は起こりそうもない……よく分からん事象は生じているが。
四丁目の角を右に曲がり、真っ直ぐ行けばコンビニ……なのだが、前方から……牛??
「こらあ!悠多、お前が野球に来なかったから、試合が流れちゃったじゃねーか!」
そう叫びながら、走って来るうし、牛?……え?……あ、ありゃ、ミノタウロス……?
バットをぐるぐる振り回して、こちらに走って来るミノタウロス……ってか、俺は知らん!土管のある空き地で野球とか、そんな友達は、おらん、って言ってるだろうがぁ!!
逃げ出す、俺。
どう考えても、ミノタウロスに勝てる要素はないだろって……。
しかし、さすがは牛の化身。あっと言う間に、俺の前に回り込んだ。
ドカ!バス!ドゴ!ポカ!
公道で「野球に来なかった」という理由で、ミノタウロスにボコられる俺……悪夢だ……。
ミノタウロスは、何処かに行ってしまった。
コーラは、まだ買ってない。
俺は顔に青タンを作ったまま、コンビニに入る。
店内の客の、視線がキツい……。
ペットボトルのコーラを買って、外でラッパ飲みだ。
やっと掴んだ平安な、俺の一人の時間!!……のところに、絨毯を抱える、痩せたドワーフ登場。
ドワーフは、緑色の顔で、ニタァとこっちを見て、笑っている。
「よお、悠多。これ、空飛ぶ絨毯。でも悪いけど、4人乗りなんだ!」
何処からともなく、トロール、フェアリー、ミノタウロスが、わらわらと、集まって来て、空飛ぶ絨毯に乗り、上空へと飛び立って行く……。
なんつーかさ、無理があるぞ、その空飛ぶ絨毯。
ミノタウロスがデカ過ぎて、絨毯の面積の9割を占めていて、トロールとフェアリーとドワーフが、辛うじて、絨毯の縁に乗っかって、如何にも窮屈そうだけどな……。
てか、トロールとフェアリー、自分で飛べるんだろ?
なんで絨毯に乗ってんの……などと思っているうちに、空飛ぶ絨毯は、遥か彼方に飛んで行ってしまった。
マジ……わけ分からねぇ……。
俺は、何もする事もないので、トボトボと、自宅に戻ることにした。
ミノタウロスにボコられた顔が、まだ痛い。
部屋には、既にトロールが、戻って来ていた。
トロールは、一つ目で、悲しそうな視線を、こちらに向けて来た。
「悠多くん……ぼくは、やっぱり異世界に帰ることにしたよ……このままじゃ、悠多くんが、駄目になっちゃいそうだからさぁ……!」
確かに、あんたが来てから、ミノタウロスに襲われたり、命の危険を感じるくらい駄目になってますがね!
「じゃあね、悠多くん……」
そう言うと、トロールは、徐々に姿が薄くなってゆき、やがて、完全に見えなくなった。
ーー?!
あ……今、俺、気がついたわ。
俺は最初、奴は、猫型ロボットの類いだと思っていた。
俺の部屋の押入れで、寝てたからな。
アイツは、青い猫型ロボットみたいなのじゃなく、全く役の立たないのに、居候してはトラブルだけ起こす、オバ○のQ太郎に近い奴だったんだな……たぶん。
最後まで読んで頂き、有難う御座いました。
今後の創作活動の参考にしたいので、宜しければ評点とコメントをお願い致します。