家
遅くなってごめんなさい。モチベが……上がらなかったんです……
バタン、と玄関の扉が閉まる。その音でこれまでの生活を断ち切れたような気がして、なんだか清々しい気分になった。
後を振り向く。
また人だ。
せっかく施設から出られるのに、また人と関わらなくてはならない。コイツもまた俺を物として扱うのだろうか。まあ、コイツなら何かされても逃げられるか。どこで本性を出すのか見物だな。それまで利用させて貰おう。
施設に入ってからも扱いは対して変わらなかった。社会の目があるからそうしないだけで、ヤツラは俺を物としか見ていなかった。金を稼ぐ為の道具として。それが移ったのか、施設の子供も、普段はすました顔をして裏では影口ばかりたたくような奴らばかりだった。俺は施設に入った時には人嫌いになっていたから、彼らの仲間にはなれなかった。まあ、一般的にはそれで良かったのだろうが。
施設を出た車は、10分程国道を走ったあと、高速道路に入る。婆さんは髮は白髪だが、なんだか生き生きとしていて若く見える。運転はしっかりしているから事故を起こす心配も無さそうだ。
「じゃあ改めて。私は小林由恵よ。よろしくね。」
前から視線を動かさずに、話しかけてきた。
「よろしくお願いします。小林さん」
窓の外を見ながら、少しだけ目を動かして答える。
「もう少し緩くてもいいのよ?」
何処か可笑しそうに話す。そういえば、この人は俺の事はよく知らないのか、どうせ施設のヤツラは適当な事を話しているんだろう。何故それがバレないのかは永遠の謎だな。知りたくもない。
やがて周囲の建物は緑に置き換わり、所々雪が残る山々が見えてくる。山々の間を縫うように進み、いくつか街を越えた所で車は高速を降りる。いくつもの高い山に囲まれた盆地だ。車が少ないが、それでもそこそこの都市の為、田舎に見えても空は余り澄んでいない。しかし、高いビルがないので、遮るものがなく空を見上げると視界いっぱいに空が広がっている。途中いくつか渡った川は、山からの雪解け水で水量が増し、ごうごうと勢いよく水が流れている。途中から車は山道に入る。川が近いのでよく音が聴こえる。生えたての木々の葉の隙間からの木漏れ日、山々を流れる雲の影。いままで体験したことのないものばかりで、そのどれもが息を飲む程美しく思えた。
それから暫くして、山間の集落に車は入っていく。そして集落の一番上まで来たところで小林さんは車を止めた。
「ここが私の家よ」
そう言って目の前の家、いや屋敷と言ったほうが正しい建物を指差す。
「大きい……」
一般的な住宅の4倍は大きい瓦葺きの家。そして周りを囲む広い庭。平屋だがかなりの存在感がある。
「大きいでしょ?私の父が建てたんだけど、一人で住むのには広すぎてねぇ」
まあ、これだけ大きければそうなるだろうな。
「さ、入って入って。」
「……分かりました。」
小林さんに連れられ、屋敷の中に入っていく。
門を抜けた所で、フッと、なにかが見えた。
なんだ、あれ?
金色をしたなにか、人?
「どうしたの?」
意識が小林さんに向く。
「いえ、なんでもありません。」
とっさにそう答える。
「そう?ならいいんだけど……。具合が悪かったら言ってね。」
「はい、そうします。」
そう言って、そのなにかが居た方を見るが、そこにはなにも無かった。