最終話:時は流れ
「……なるほど、そのような出来事が過去におありだったと」
「ええ、私が中学生時代の話です。ですが、私の心を暖かくしてくれる優しい思い出」
「それが、今の『先生』を作り上げた『先生』なのですね!」
「もう、わかりにくすぎですよ。編集者さん」
「うふふ、そうでしたね」
フランスのおしゃれなカフェで、私のことを取材する編集者さんは、私よりもずっと歳上なのに、お茶目で面白い人だ。
そんな楽しいひと時を過ごす中で、ふと紅茶を飲んで思い出す。
………
……
ーーあれから10年が経った。
私は、先生と両親の元を離れ、フランスの美術学校へと留学した。
はじめはフランス語が全然わからなかったし、土地勘もないから道もわからなかった。
だけど、街の人、スクールの皆が優しくしてくれた。
6年間、この世界で過ごしていなかったことは伝えていないというのに。
私はフランスで美術の学校に通いながら、コンクールへと応募した。
最初は佳作すらにならない、クラスの方でも下の方でした。
上手い人は多かった、そして素敵なセンスを持っている人も多かった。
私に比べれば、多くの才能に溢れた人たちが輝いていた。
だけど、私はわたしが好きな絵を書き続けた。
皆の才能に飲まれそうな気持ちを来れつつ、好きであることを忘れないでいた。
すると、4年目辺りから、小さな賞をもらえるようになった。
心があたたまる、やさしい絵であると褒めてくれた。
そして、なにより一人でも喜んでくれる人がいることが、何より嬉しかった。
私は一心に描き続けた。
佳作の後も、賞を取れない事もあった。
だけど、少しずつ私の絵に喜んでくれる人が増えた。
そして、今年10年目、25歳の夏――
フランスで大きなデザインの賞を獲得。
日本人初の快挙だったようだ。
そんなわけで、私はフランスにて日本人の取材者から質問を受け続けていたのだ。
……
…
「先生、次はなんの賞を目指されているのですか?」
「私は人が喜んでくれるものであれば、何でも良いですよ」
「先生は無欲ですね、他の方と違います」
「ええ、よく言われます」
そんなやり取りで質問が一通り終わると。
「それでは先生、この後のイベント、楽しみにしています」
「ありがとうございます、とても楽しみにしていました」
「ええ、私も話を聞いて楽しみになりました。昔からのお友達の、マイコさんとナナさん。おふたりとも素敵な芸術家ですものね」
「世界中を飛び回っていますから、私もなかなか会えていませんでした」
「ですので、みなさんがお会いできるイベントがルーヴル美術館で開催されます」
「二人とは、共同の絵を描くつもりなのです」
「お父様とお母様も楽しみにお待ちしております」
「ええ、この数日、何度も連絡をもらいましたから。本当に忙しないです」
「とても楽しい方でした」
この10年、帰っていないわけではないが、ほとんどがフランスでの生活だった。
そのため、毎日のように連絡がたくさん来て、あっていないのにあっているような感覚ではあった。
今更フランスに来たところで、あまり変わらない気はしている。
「それでは、行きましょうか」
「……ええ」
「先生の先生もお待ちですからね」
その言葉だけで思わずゴクリとしてしまった。
だけど、どこか安心のする言葉。
先生――
私は今日も元気です。
たくさんの苦悩や努力がありました。
だけどたくさんの喜びや幸せもありました。
この道が、私にとって最良だったのかわかりません。
日本で多くの経験ができなかったかもしれません。
多くの人を悲しませたかもしれません。
だけど、私は今日も元気でいきてこれました。
ですので先生ーー
大空に羽ばたいた、私達の姿、見ていてくださいね。
終わり