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第3話:私の過去と、先生の気持ち

 ★★★

「私は、この世界で生まれてから、実質八年しか生きてこなかったんです」

「八年……どういうこと?」


 先生がヘルメットを傾けて言う。


「私は昔、交通事故に遭ったんです。意識不明に陥るほどの重体で」

「えっ……それは大丈夫だったの!?」


 先生は、ピクリと身体を震わせながら言う。


「はい。今はピンピンとしていて、後遺症もなく生活できています」

「そう、良かった……」


 先生は、安堵したように言う。


「でも、交通事故の影響で、私は六歳から十二歳になるまでの六年間、意識不明で病院で寝込んでいたのです」

「……っ!」


 先生の息を呑む声が聞こえる――

 当然だ、こんなことを他の人に言われたら、私だってショックを受ける。


「…………」


 先生は、一瞬驚いた後に、何も喋らなくなった。

 動揺をしているのか、私が語るのを止めないように考慮しているのか――私にはわからないけど、悩みを打ち明けると約束したので、私は語ることを止めずに続きを話す。


 私は私の気の済むままに語る――私は、そう決意したから。


★★★


 私が目を覚ましたときには、私の身体は私じゃないくらいに大きく成長していました。

 それは、ちんちくりんだった幼い身体が、もうすぐ中学生になるという年齢に相応したような成長でした。

 ずっと寝込んでいたせいで、身体はげっそりとしてましたけどね……。

 これって何だろうなぁ……どうやって動かせば良いのかなって、初めは手足を遊び感覚で動かしていましたけれど、次第にそれは、悲しいことなのかもしれないと感じ始めてしまいました。

 当然です――自分の人生の成長という過程を見ぬままに、ただ無事に成長したという結果だけを笑って喜ぶことなんてできなかったからです。

 初めはそれだけで、涙が止まりませんでした。


 ――それに、目覚めた後の世界もそうです。

 意識が無くなる前に見た外の世界が、まるで異世界のように変貌を遂げていました。

 私はとても驚きました。当然です――六歳から十二歳に成長しているなんて、誰が思うんですか。

 流行りという流行りは、全て終焉を迎えて、すべてが新しい流行に刷新していました。

 折りたたみケータイがスマートフォンになったり、定期券を改札口に入れなくても良いのが当たり前だなんて、当時の私にとっては、心臓が飛び出るほどに驚愕ものの出来事でした。

 その時は、時代の流れに置いて行かれたことのショックよりも、未来って感じがして、むしろ嬉しかったかもしれないです。

 ふふ……単純ですかね。


 お母さんも、私が寝込んだ苦労の影響で、あんなに綺麗だった姿がシワと白髪でいっぱいでした。

 まだ四十歳なのに、すごく老けちゃいました。

 初めはお母さんがお母さんだって事に気づけずに、お母さんどこーって探しちゃったんですよ。

 それを見て、当時、お母さんは泣いてしまったようです、親不孝ですかね。

 でも今は、白髪もちゃんと茶髪に染めて、お肌のケアもしっかりしているので、年齢相応になったと思います。

 私が『若いお母さんがずっと好き』って言ったら、必死にケアをしたようですよ。


 一つ驚いたのは、私に友達がいたことです。

 小学校に一切通っていないのに、同じクラスになるはずだった女の子たちが、いつも私のお見舞いに来てくれたようなんです。

 マイコちゃんとナナちゃんっていう子なんですが、私が目覚めるやいなや、号泣して喜んでくれたらしいです。

 合ったことも、話したこともないのに。泣いて喜んでくれたんです。

 あっ、でも……二人は、おみまいで随分会いに来てくれたらしいですけどね。

 初めはよく分からぬままって感じでしたけど、今となっては私でも泣いちゃうような友人愛だなって思っちゃいまいた。

 その二人とは、今でも仲良しです。

 私にとっては、まだ三年弱のお付き合いですけど、眠り始めてから出会って九年です。

 これから、その六年間が埋め尽くされるくらい、二人とはいっぱい思い出を作ろうって思っています。


 あっ……先生ごめんなさい。湿っぽい話ばっかりしちゃって――全然悩みを言っていなかったですね。

 本題はここからですので、もうちょっとだけ聞いてください。


 それで、どうして私が美術に興味を持ったのかっていう理由なんですけど、マイコちゃんとナナちゃんが関連しているんです。

 マイコちゃんとナナちゃんは、私のお見舞いに来る時に、いつも絵を持ってきてくれたんです。

 学校で起きた出来事を、絵に描いてくれたんです。

 一年生の時の算数の授業のこと――

 三年生で行った社会科見学のこと――

 四年生で優勝した運動会のこと――

 六年生で初めて東京に行って遊園地に遊びに行ったこと――


 その枚数は、ゆうに三百枚を超えていました。

 凄いですよね。想像もつきませんでした。

 二人が見てぞうぞ〜って渡してくれましたので、私はそれを一枚一枚ゆっくりと眺めました。

 一言では……そうですね、あまり感想は言い表せないかもしれないです。

 色々とありましたからね……。


 一年生の時に描かれた絵は、これは人なのかなー? っていうような小学生らしいグチャグチャな絵が描かれていて、初めは笑っちゃいました。

 二人も最初は怒っていましたけど、その絵を見せるやいなや、同じように笑っちゃっていました。


 二年生になった時は、絵を少し描き慣れたのか、これは人だなっていうのが分かるようになりました。

 でも、今度は背景がよく分からなくって毎回訊いてしまいました。

 これは学校って訊いたらデパートだって言われるし、青色で塗ったくられているのを海って訊いたら、壁が青い体育倉庫だって答えていました。

 ふふ……分からないですよね。


 三年生の時には、更に絵が上手くなっていました。私が背景を間違えてしまうようなことが無いくらいに、絵が繊細になっていました。

 この頃から二人は、絵を習う勉強を始めていたようです。

 私に絵を笑われないようにって、美術教室に通って毎日練習をしていたらしいです。

 背景のパーツを研究するために、毎日背景を研究していたようですよ。

 おかげで、その頃からの絵は、どんな学生生活を送っていたのかなぁっていうのがよく分かるようになりました。

 先生が怖そうだなあとか、校長先生ってバーコードだなーとか、ふふ……。


 四年生になった時は――そうですね。流石と言わなくてはいけなかったです。

 周りの生徒達と比べると、比にならないくらいに絵が上手になっていたようです。

 この作品が、町内の作品で佳作に受賞したよーとか、随分と自慢げに話されたことはよく覚えています。

 ものは継続だなっていうのを痛感した瞬間ですね。


 五年生になった時、二人は別々の目標を持ったようです。

 マイコちゃんは、人の姿を美しく書けるようになりたいっていう目標で、ナナちゃんは風景の美しさを絵で表現したいっていうものです。

 その言葉通り、二人の絵はどんどんど上達していって、私に描いてくれる絵が、まるで世界に引き込まれてしまうのではないかってくらいに驚愕したのを覚えています。

 その頃から、私も二人の事を意識するようになりました。

 絵って――そんなに面白いのかなって。


 六年生の時、今までは二人が別々に絵を描いていたスタイルを、二人で一作品を作るようになったようです。

 マイコちゃんは人を、ナナちゃんは風景を――それぞれが極めたいと思った部分を合わせるように作ってくれました。

 その絵を見た時、私は思わず世界に引き込まれてしまいました。

 引き込まれてしまいそう……ではなく、引き込まれました。


 そこには、林間学校で行った長野県の山の風景が描かれていました。

 シチュエーションとしては、特別なものではないです。


 しかし、長らく絵を勉強してきた二人が手を組むと、それがまるで特別な異世界を描いたかのように素晴らしい世界を作り上げてしまうんです。

 私はまだ……そこまで絵に長けた自覚はないので、どう表現すればいいか分かりませんが――手を差し伸べたら、その絵の世界に入れちゃうのかなーって、ぽーっと考えてしまったり、人の表情が、見る角度や考える視点で、実は変わっているのではないかなーって思えるほどに、その作品は『生きていた』んです。

 二人はニコニコと感想を訊いてきましたが、私は何も語ることが出来ずに、ただ涙を流してしまいました。


 あまりの世界の美しさに、純粋に感動してしまったんです。


 その時二人は、何で泣かれたのかを分からずに、ただただ動揺していました。

 ふふ……悪い子としちゃいましたかね。


 そんなこんなで小学校を卒業する前に、私は目を覚まし、二人の絵を描く作業が終わってしまいましたとさ。

 めでたしめでたし――ってことにはいかないですね。


 ごめんなさい、本題はここからでした。

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