第2話:先生と私は高速道路にいます
★★★★
バイクが走り始めて約三〇分。
家の近くの県道を経由して、先生は高速道路へとバイクを走らせていく。
「ここからバイクのスピードが一気に上がるから、落ちないようにしっかり腰にしがみついていてね」
先生がヘルメットのスピーカーを利用して、私へと注意喚起してくる。
「……高速って何キロくらいで走るんですか? 八〇キロくらいですか?」
「ううん、一〇〇キロくらい。今の倍以上はスピード出すよ」
「……どれくらいか、感覚が分からないです」
「それをこれから体験してもらうの。言っとくけど、車に乗ってるときとは比じゃないくらいに風の抵抗が強いから気をつけてね」
「……は、はい」
「じゃあ、高速のゲート潜ったから、ここから一気に加速するからね」
先生がそう言うと、左足をカチャカチャと動かし、右手をひねってバイクのエンジンに火をふかす。
ブォォォォォォンという爆音が、県道を通っていたときよりも更に高音で高鳴り、車通りの少ない静寂な高速道路にその音を響かせる。
「……っ!?」
その爆音と同時に体が一気に後ろに引っ張られ、体が仰け反りそうになる。
「ほら、ちゃんと私の腰に手を回してっ!」
ヘルメットのスピーカーから先生の声が入ると、その指示に従うように、ぎゅっと腰に両手を回した。
「手だけじゃなくて、膝もちゃんときゅっと車体にくっつけてね。ちょっとでも気を抜くと落ちちゃうよ」
「は、はいっ……!」
バイクから落ちるという恐怖に煽られて、反射神経で自らの両脚をバイクに密着させる。
「そうそう、それがタンデムの基本。後は私が事故らなければ、あなたに楽しいバイクの旅をお届けすることが出来るわ」
その冗談は、初めてバイクに乗った人に言わないで欲しい冗談だ。
「……先生。死んでも事故らないでくださいね」
「大丈夫。死んだら事故起こせないもん」
「…………」
この人、本当に教習所で免許を取ったのだろうか。不安で不安でしょうが無くなってしまったが、今は先生に命を預けているから信じ抜くしかない。
そんなことを思っていると、先生からまた呼びかけの声が飛んでくる。
「ねえ、今日の高速道路って何だか車の台数が少ないと思わない?」
「……高速道路の車の台数ですか?」
「そうそう。どう思う?」
「どう思うって……」
視界の狭いヘルメット越しに首を左右に振りながら、あたりの様子を見てみる。
「……先生の乗っているバイク以外はちらほら車が走っているだけです」
「でしょ。平日の深夜って、意外と運転している人って少ないのよ。知ってた?」
「……知らないです。バイク乗らないので」
「そりゃあそうだよね。そもそも免許取る年齢じゃないし」
「…………」
「……おっと、無言ということは拗ねているのかな。ごめんごめん。余談のつもりだから深く捉えずに水に流して、ね?」
「……はい」
先生が申し訳なさそうに謝ってくる。このしゃべり方をしているとき、大抵先生は苦笑いをしている。きっと、ヘルメットの中では私の想像する表情をしているのだろう。
「さて、そろそろあなたを何故こんなところまで連れてきたかという理由を説明しなくてはいけないわね」
「……理由、ですか」
「そうだよ。突然の思いつきでインドアなあなたをここまで連れてきたりしないわ」
「はぁ……」
出会って一ヶ月でインドアであることがバレてしまっているとは……。
「あなたが悩みを持っているって気づいたのは、あなたのお母さんから相談を受けたのが最初のきっかけなの」
「……母から、ですか」
「ええ。進路について迷っているとね。美術の道を歩みたいから、高校に行かずに海外で勉強したいって。でも、お母さんからは普通科の学校に行って欲しいってね」
「…………」
「進路について、迷うことは決して珍しくないわ。誰でも一度は通る道だもん」
「…………」
「でもね、あなたは特別。高校という皆が通るレールを選ぶのではなくて、新たな道を開きたいというあなただけのレールで迷ってる」
「…………」
「海外に行ってしまうこともそうだけど、何よりチャレンジをし過ぎているのではないかというのをお母さんが心配していたわ」
「…………」
「それに、インドアなあなたが海外でうまくやっていけるのかという懸念も」
「…………」
「私としても、そんな大それた事をしたいというならば、家庭教師として訊いておきたいことがあってね」
「……訊きたいこと?」
「そう、あなたの覚悟と本音をね。内容次第では、私もあなたの選択肢を摘み取らなくてはいけない」
「……っ!? ど、どうして……!」
思わず動揺してしまう。
「夢と無謀は話が別なの。ちょっとしたノリで海外に行きたいって言うなら私が全力で止める。これは、人生の先輩としての本気の老婆心よ」
「…………」
「あなたの覚悟、教えてくれない……?」
「…………」
「ゆっくりでいいから」
「…………」
「お願い……」
「…………」
「…………」
「…………はい、分かりました」
先生の懇願するような声に、私は逆らうことが出来なかった。
——そうして、私は先生に私の覚悟を語るため、静かに口を開くのだった。