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木更津☆ぶらざーずシリーズ

役割分担の決め方

作者: 都築茜

 11月に入った最初の土曜日になる木更津家では、毎年この時期に行われるある事がきっかけとなり、家中大騒動が巻き起こる。

 普段当たり前のように使うリビングに設置された6人掛けのテーブルセットに、男5人が各々の姿勢で寛いでいる。しかし、日常的にある会話はなく、彼らを取り巻く空気が酷く緊迫していた。

 無音のリビングの壁には大判のカレンダーが掛っている。日付ごとに5行のメモ欄があり、この日の予定として兄弟会議と書かれていた。


「よし。今から会議を始めるぞ」


 沈黙を破ったのは、上座に座る長男の惣司だ。惣司の声にテーブルを囲むように座る弟4人の表情が強張る。惣司から見て左側の席に座る三男の和磨を除き、他三名はやや迷惑そうな表情を浮かべていた。

 兄弟会議は毎月二回行われ、普段気がついた事などを議題にし、それぞれ意見交換をするのが本来の形式だった。しかし、これから行われる会議は今月一回目であり、一筋縄では終わらない。何故なら、会議後――今から年末までの彼らの行動が決まるのだ。それを彼らは熟知している。毎年同じ時期に行われる会議である。惣司が口にする議題など、容易に想像がついた。


「今年の年末の大掃除について、だ。毎年大変だが、今年も木更津家恒例だからな……やるしかない」

 そう口にする惣司は、毎年の大掃除の光景を思い出すと小さく息をつき、縁なし眼鏡を指で押し上げる。

「毎年大変……か。まあ、俺としては大した事じゃないが……」


 惣司から見て右側に座る男――二男の冬馬が肩を竦めながら呟いた。その言葉を聞いた冬馬の隣に座る四男の健が頷く。健の前に座る末っ子の一輝は、幼心から垣間見える無邪気な目を輝かせていた。しかし、そんな三人の態度に一人だけ納得いかない顔をしていた。


「何が大したことじゃない、だ!毎年苦労してんじゃねえか!主に俺っ!!」


 突如怒号を発した三男の和磨は、勢いよく椅子から立ち上がり不服を露わにした。


「まあ……決められた事だし、ね?兄さんは頼られてるんだよ」


 和磨の怒りを宥めようと、健は咄嗟にフォローに入った。しかし、その言葉が癪に障ったのか、和磨は健を一睨みし「んなわけねえっ!!」と健の発言を一蹴させると、ワックスで整えられた髪を両手でぐしゃぐしゃと掻き毟る。


「毎年毎年、何で俺があんなにも……っ!損な役回りばっかりなんだっ!!」

「血の気有り余ってるくせに、お前普段から掃除なんかしてないだろ。強制的に決めてやらないとな」

「まあ……貧乏くじ引いたと思えば、諦めつくだろ」


 さりげなく二人の兄は和磨が不運であると、嫌味を交えた口調で口を挟む。


「なるかっ!!」


 健に大して放った言葉の勢いで、和磨の怒りの矛先が兄である冬馬に向かった。

 毎年、年末の大掃除の役割分担は長男の惣司が決めている。異論を唱える前に決められてしまう為、不服を申し出たところで変更は出来ない。その上、惣司は兄弟の中で一番の権力者である。惣司が決めた事は守らなければならないという、暗黙のルールが存在していた。弟たちは、兄の指示は絶対であると承知しているのだが、何故か三男の和磨だけが惣司の一言一言に食ってかかる。なにしろ惣司の決め事は、大抵和磨にとって不憫な役回りになる傾向がある。理由の一つは、健と一輝に対し兄としての務めを果たせと言うのだ。それを知ってか知らずしてか、和磨の中では関係ない。皆公平に毎年交代で違う場所を掃除しなければならないと、和磨は惣司に言うのだ。しかし、和磨の意見は惣司の「文句あるのなら、やってからにしろ」の一言で片づけられ、結局彼の意見は認められなかった。それを根に持つ和磨は、毎年この時期の会議には参加する気など毛頭ない。

 惣司と和磨のこのやり取りがきっかけとなり、年末の大掃除はまともに進む事がなく、結局中途半端になってしまい新年を迎えている。このパターンが毎年続くと言うのだから、惣司と和磨を除いた三名は、迷惑極まりない事態なのだ。


「今年も、僕は机の周りだけ?他のところもやってみたい」


 末っ子の一輝は少々不貞腐れた口調で惣司に問う。一輝の発言に不服を露わにする和磨は、よくぞ言ったと言わんばかりの顔で一輝を見る。だが、惣司は「ダメだ」と一言返すだけだった。


「毎年、自分の部屋とトイレはなー……」


 一輝に続いて健も、毎年分担される場所に意見を出す。同じ場所ばかりという点では、健も一輝も和磨と同じ公平に分担して欲しい希望があった。


「惣司さん、どうするんだ?」

「どうする?って言われてもな。他に方法がない」

「このままだと埒が明かないんだが……」

「毎年中途半端に終わるのも腑に落ちん」


 二人の兄は顔を見合せ、各々の仕草で役割分担は公平にと訴えかける弟たちを眺めながら会話を続ける。


「そうだ。この際、くじ引きで決めればいいじゃん」


 和磨は唐突にひらめいたと言わんばかりの声を上げる。それを聞いた惣司は盛大に溜息をつき「お前は馬鹿か」と言い放つ。和磨の神経を逆撫でするような発言にも関わらず、和磨は特に気にした様子はない。それどころか、良い提案をしたと悦に浸っていた。


「くじ引き……ね。もう、それでいいじゃないか?中途半端に終わるよりずっといいかもしれない」


 半ば諦めた口調で、和磨の提案に賛同する冬馬は、ちらりと惣司の顔を窺う。腕を組み思い悩む惣司は「仕方ないな」と渋々了解した。


「くじは誰が作るの?」

「そりゃ、提案した和磨だろ」

「インチキしないか、見張ってるー」


 和磨が提案したくじ引きに意欲を見せた惣司を除く男たちは、もはや公平にという目的を忘れている。一刻も早く役割分担を決め、今年こそはちゃんと大掃除という一番のイベントを終わらせたい思いが、彼らの反応と態度から窺える。

 和磨がくじを作り始めてから数十分の時間が経ち、テーブルの上には紙が置かれた。その紙には直線が5本と、紙の一部が破り取られた、いわゆる“あみだくじ”というものだった。惣司から順に、直線の上のあたりに名前と直線と直線の間に線をランダムで引いていき、一輝まで書き終わった頃、和磨が不正しまいとズボンのポケットに入れていた、破り取られた紙の端をくっつけた。それを今度は惣司が一人一人、赤色のペンで線をなぞっていく。


「これで、役割分担が決まるのか」

「もう短絡過ぎて、コメントのしようもないな……」

「まあいいじゃないか、兄さんたち。和磨兄さんも納得すると思うよ」

「あみだくじー。早く、結果が知りたい~」


 線をなぞりながら呟く惣司の口調は、どことなく不満げだった。和磨を除いた三名はそれぞれの反応を示す。くじ引きを提案した和磨は、気が気ではなく室内をうろうろと動きまわっている。

 そして、全員分の結果が見えた頃ーー


「あ……」


 惣司が思わず突拍子もない声を上げた。

 その声に反応した弟たちは、あみだくじの書かれた紙を食い入るように見つめた。


「えーまじ?」

「わ~こういう事ってあるの~?不思議ー」

「目に見えた結果だと思う」

「……っ!!」


 弟たちの反応は意外にも納得したようだ。これも運命だと思いたくなるほど、くじ引きの結果は想定の範囲内だった。


「まあ……公平に、だろ?」


 上座に座る男ーー惣司はにやりと笑みを浮かべる。

 机の上に置かれた紙が示す結果は、公平に出たものだ。しかし、ここまで出来すぎた結果に、彼らは不思議と納得せざるを得なかった。

 どう足掻いても長男の指示は絶対である。それは木更津兄弟全員が知っている。


「こんな結果、俺は絶対に認めんっ!!」


 11月に入った最初の土曜日。今年もまた波乱な年末を迎えようとしていた。





【終】

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