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天上伝奇譚  作者: 橋口 紅葉
8/11

出会い

「これから、どうしましょうか」


天女の羽衣から再び少々汚れた着物に着替えた彼女は、赤鬼の骸を前にして頭を抱えていた。


「私が赤鬼を退治したと言っても、信じてもらえなでしょうし」


成人もしていない小娘が五メートル強もある赤鬼を退治したと言っても誰が信じようか。


馬鹿正直に赤鬼の体を操って自害させましたと白状したとして、村人達は毘売の事を妖術を扱う鬼女と罵る事は必然である。


最悪、赤鬼が出現したのは毘売のせいだと言われるかもしれない。


「それに、『術』を村の方々に使ってしまいましたね。」


腰を抜かした村人達を助けるとはいえ、『術』を使って逃がしたのは、余り褒められる行為ではないのは毘売自身もよく分かっていた。


大っぴらに『術』を地上界では行使するな、と父である月代に口酸っぱく言われいたのにも拘らず、地上界に降下した初日で破ってしまった事に毘売は少し落ち込む。


「残念ですが、あの村に帰るのは得策ではありませんか」


結論が出た毘売は鬼から離れ、松と梅が住む村とは違う方角へ歩き出す。


「名残惜しいけど、あの村には」


毘売の思考は松や梅の事で頭が一杯だった。


だから、気づかなかった。


死んだ筈の赤鬼が息を吹き返し、毘売を喰らう為に駆け出していたことに。


背後から鳴り響く地響きに不審に思った毘売は振り返り、驚愕した表情で固まってしまう。


「なっ!?なんで!?」


気付いた時は、赤鬼の鋭利な牙が毘売を喰らおうと接近しており、今さら彼女の『術』を赤鬼に行使しようとも間に合わない距離に到達していた。


(く、喰われる…)


憤怒の形相で疾走する鬼の迫力に怯えた毘売は、後退りながら無意識に目を瞑ってしまう。


赤鬼の鋭利な牙が今まさに毘売を喰らおうとした。


「グギャア!?」


しかし、赤鬼が毘売を喰らう事はなかった。


鬱蒼と生い茂った木々の方向から、肉眼では追えない何かが赤鬼よりも速く毘売に接近し、彼女を抱き抱えて鬼の牙から回避したのだ。


「良し、間に合ったか」


年若い男の声がした事で不審に思った毘売は、恐る恐る閉じていた瞼を開ける。


「え?」


一人の少年の顔が毘売の目の前にあった。


年齢は毘売より年上だろうか。


男性とは思えない凛々しくも美しい容姿をした少年は、自分の腕の中にいる毘売を優しい瞳で見下ろして、僅かに微笑んでいた。


箱入り娘の毘売は生まれてこの方、自分と歳近い男性を見た事がなく、少年が二枚目の美男子であったのもあるが、ほんのりと頬を紅く染めていた。


「あ、貴方は?」


「自分は天城 楓。貴方を助けに参った」


「お、鬼は?」


「ああ、赤鬼なら封じ込めた。ほら」


天城につられて横を見みると、赤鬼が見えない何かに阻まれて毘売達の方向に行けないらしい。


霊感のない人間には結界が見えないだろう。


しかし、毘売は霊感に長けた天上人であり、結界などの摩訶不思議な力には精通しているが、その毘売ですら凝視しないと視認出来ない球場型の結界が赤鬼を封じ込めていた。


(本当だ…それにしても、なんて精巧に作られた結界なの?)


赤鬼が見えぬ結界に封じ込められているのを見て、安堵の息を洩らした毘売だが、この時、自分が少年に横抱きにされている事に気付き、ほんのりと赤く染めていた頬をこれ以上ない程顔を赤くさせた。


「あ、あの、お、降ろして下さい…」


恥ずかしさのあまりか、消え入りそうな声で懇願する毘売に天城は鼓動を乱され、赤面する。


絶世の美女と言っても過言ではない毘売に、上目遣いで懇願されては、どんな男だろうとも皆狼狽するだろう。


「し、失礼致した」


天城は毘売を下ろし、赤面した顔で申し訳なさそうな表情をする。


「あ、いや、その助けて頂いて有難う御座います」


「いえ、これしきのこと感謝される事ではありません。どうか、頭をお上げ下さい」


「いえ、貴方は私の命を救って下さいました。御礼を述べさせて下さい」


「いや、だから」


「ですから」


頑なに自分の意見を通そうとする二人は、接吻してしまう程の距離まで顔を近づけており、二人は何故、自分がこんなに意固地になっているのか分からなかった。


だが、意思を曲げない相手と自分に可笑しくなったらしい。


「ぷっ」


天城は思わず失笑すると、毘売も上品に笑った。


「あんた、頑固だな。俺が礼は要らんと言っているのに」


「ええ、性分なので。また後日、貴方には御礼させて貰います。それで、あの赤鬼は如何なさいますか?」


赤鬼を見遣ると未だ結界内で暴れている。


「ああ、斬る。彼奴から人を喰った匂いがするからな」


「そうですか…お気をつけ下さい」


「大丈夫だ、俺に鬼退治させたら右に出る者は居ないからさ」


そうして、天城は赤鬼が待ち受ける結界へと歩み始め、その少年の背中を眺めて毘売は花が咲いたように微笑んだ。


「ふふ、可笑しな人」


毘売は誰にも聞こえない声量で呟いたのだった。


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