地上界
閉じていた瞼を開けると、真っ先に目に映るは、天高く聳えて孤独にも孤高に赫く月。
漆黒の世界を照らして人々に灯を齎す星々。
ゆらゆらと夜空を横断するように蒼く光り流れる天の川。
天上界に存在しない明媚な自然に息を呑み、恍惚とした表情で彼女は天を仰ぎ其れ等を物思いに耽りながら見つめた。
「此処が地上界、なんて素敵な所なんでしょうか」
無意識に放たれたその言葉は、毘売の本心であり同時に地上界に対して心惹かれているのが誰が見ても分かる。
暫くして陶酔状態だった毘売は我に返った。
「あら、いけない。思わず見惚れてしまいましたね。それに此処で道草を食っている暇はありませんから、そろそろ人気のある所へと赴きましょうか。しかし、この格好だと怪しまれてしまいます。ならば…」
突如として毘売の躰は、人間が直視出来ない程の光を発し輝き出した。
数十秒すると徐々に光は弱まり、優美で艶やかな天女の羽衣から、裾を細紐でたくし上げた質素で少々薄汚れた着物姿になっている。
頭には管笠を被り、振り分け荷物を背負っており、その姿は誰が見ても彼女が旅人であると認識するだろう。
「よし、此れなら大丈夫でしょう。さて、近隣で人の気配がするのは」
毘売は瞼を閉じて、精神を集中させると、此処から数十里先にある山を越えた所に地上界に住む人間達の村が見えた。
「彼方ですね」
毘売が行使した力は、その場に居ながら遠隔地を見通す事が出来る地上界では“千里眼”と呼ばれる超能力である。
天上界に住む王族なら誰もが行使可能である力だが、その能力は限られた距離しか見通す事が出来ず、障壁となるモノを透視出来るとはいえ、あまり天上界では使い道がない能力であった。
「地上に住む人とは一体、どんな方達なのでしょうか」
無意識に吊り上る口端と好奇心に満ちた瞳を輝かせる毘売は、軽い足取りで歩き出した。