女官の思い
宮殿の正門前にて二人の女性が佇んでいた。
一人は地上界に憧れる毘売。
もう一人は地上界を嫌悪する女官。
因みに毘売が自ら地上界に流罪される事を知っているのは、毘売の世話係である姉妹の女官と月代だけであるため、毘売を見送る人物は殆どいない。
もし、毘売が地上界に降下する事を公に知られれば、天上界に住む総ての人々が見送りにくるだろう。
だがそうすると、自分の娘を流罪する月代に一部の者が反感する事を懸念した彼は、世間に公表せず、密かに毘売を下界に送る事を決めた。
そのようなまどろっこしい事をせず、毘売自身が地上界へ降下したいと言うので、仕方なく降下させたと言える事が出来るなら其れが一番であるだろう。
しかし、そんな愚行をしようとするなら、毘売の立場が確実に危うくなる。
と言うのも、天上人にとって地上界は穢れた卑しい地と認識しており、そんな地上界に天上界に生きる王族が憧憬するなど有ってはならないため、月代は密かに毘売を地上界へ降下させる事にしたのだ。
まさにこの策は窮余の一策と言っていいだろう。
閑話休題。
毘売が心配で仕方がない妹の女官は、此度の件が許された事に納得しておらず、寂寥に満ちた表情で毘売を見つめていた。
「毘売様、地上界への思入れは変わりませんか?」
妹の女官が心配するのは無理もない。
何故なら、妹の女官は一度地上界に降りて災難に遭ったため、地上界にいい感情を抱いておらず、成人の儀を行っていない毘売が悪い男に誑かされる事を懸念しているのだ。
又、毘売は天上界を統べる月代の一人娘であるため、地上界で何らかの不祥事が起こってしまうと、次代の王を争いで天上界が乱れるのでは、と妹の女官は推測していた。
「はい、この気持ちは如何なることが起きようと変わりません」
確固たる意志を持つ毘売の瞳を見つめて、これ以上彼女に何を言おうとも無駄だと悟ったのか、遂に妹の女官は目を瞑り、溜息を吐く。
「分かりました、今の毘売様に何を言っても無駄なようです」
少し残念そうな表情を見せる妹の女官だが、軽快な足音が背後から聞こえたため、其方を振り向くと姉の女官が二人の方へと向かってきていた。
「毘売様、地上界で【術】を行使しても良い許可が下りました」
「態々、確認しに行って貰って有難う御座います」
「いえいえ、私は此れ位の事しか出来ませんから。それでは、毘売様。いってらっしゃいませ」
「どうかお気をつけて下さい」
双子の女官達は優雅で洗練されたお辞儀をする。
「では、行って参ります。土産話、楽しみに待ってて下さいね!」
毘売は満面の笑みで二人の女官に手を振り、地上界に繋がる暗闇の穴に身を投げて消えていった。
残った二人の女官は顔を見合わせて、互いに苦笑する。
「本当に困った御方ですね」
「ふふ、そうだね。本当に困った御方だけど、仕えていて退屈しない善い御方だ」
「そうね。さて、毘売様が帰ってくるまで私達は学問に専念しましょうか、姉さん」
「ええ〜」
不満そうな声を溢す姉の女官に妹の女官は微かに笑うのであった。