正体
九
「ここなんですね」
「そうだよ」
運ちゃんの問いに答える。
俺は携帯を取り出し、教えてもらっていたエミリーさんの番号にかける。
「はい」
「今着きました」
「二階でお待ち下さい」
「分かりました」
電話の内容を二人に告げ、裏口から入り二階に進む。
まだ二人の姿は無かったが少し待つと、
「すみません、お待たせしました」
夕日さんと付き従う様にエミリーさんが降りてきた。
「いえいえ」
「なにせこんな時間ですから、寝ていたもので」
(よく考えてみれば今は昼か。そりゃ寝てるよな、吸血鬼だし)
そんな風に考えていると、ある事に気づく。
「あれ? それならエミリーさんは?」
エミリーさんの代わりに夕日さんが、
「彼女は元々がガーゴイルなので太陽に弱いという影響を受けにくいのです」
そういえば路地で餓鬼に襲われた時の彼女は、フードを被らず日の下に居たな。
「やっぱり、そうなんですね」
「やっぱり?」
「まぁ、とりあえず私の推察を聞いて下さい」
「あれ、そういえばサリーはまだ来ていないのでしょうか? エミリーから彼女も来ると聞いたのですが」
「アイツに頼みたいのはこれからの事なんで、とりあえず気にしなくていいですよ」
さてと。
「今回の事件ですが、私はふたつの事に遭遇しました。それは朝日さんの事件と、翔君の事件」
「朝日さんの事件は吸血鬼失踪で、高井さんのはビルの屋上で起こった連続変死事件ですね」
運ちゃんがフォローしてくれた。
俺はそうと頷き、
「このふたつの事件には共通点があります、それは吸血鬼。最初の被害者である朝日さんは吸血鬼で、連続変死の方の事件は首筋に吸血鬼に傷つけられたかの様な跡があった」
夕日さんと翔君が頷く。
「とりあえず、私の遭遇した順に説明させていただきます」
「はい」
夕日さんが返事をする。
「翔君の事件。それはビルの屋上で首に跡がある、まるで吸血鬼に襲われたかのような死体が発見されました。ただ、彼の殺されたと思う向かいの道路は日影が無く吸血鬼は居るだけで消えますし、そのうえ死体の置かれたビルまでは距離があり、吸血鬼の腕力では男性を持ち上げてそこまでは行けない、もし持ち上げられたとしても飛んでいる最中も直射日光を浴びる危険性がある」
「そうです」
翔君は少し苦しそうに言った。
「その事件は連続性のあるもので、彼の前には別のビルで女性が亡くなっていました。全く同じ方法だと思われる方法で」
「それで、その方法は?」
そうエミリーさん。
「非常に単純です。投げたんですよ、向かいの道路から屋上に向けて」
「え?」
全員が固まる。
「そういう反応ですよね」
「ちょっと待って下さい。私達、吸血鬼にはそんな腕力はありませんし消えますよ、今あなただって言ったじゃないですか?」
夕日さんが指摘する。
「ええ。ただし、純粋な吸血鬼じゃないとしたら?」
全員の目がエミリーさんに向く。
「待って下さい、何故私が? それに藤田様は先程、私を疑ってはいないと」
エミリーさんが慌てる。
「ええ、疑ってませんよ」
「なら、何故?」
「それを説明するには、今度は朝日さんの事件を説明しないといけません」
エミリーさんはこちらを睨んでいた。
「エミリーさん、落ち着いて下さい。それでは朝日さんの事件です、彼はある工場で消息を絶ちました。これは吸血鬼同士の能力によるものなので間違いはありません。それにその工場には大量の血痕が存在した跡もありました」
「ええ、そうでした」
と、夕日さん。
辛そうだ。
「そこには彼の体、それどころか魂までありませんでした。その方法は吸血鬼が犯人とは思えない行為です。しかし、その理由もはっきりしています」
「それは、なんです?」
「犯人は腹が空いていたんです」
「え?」
全員が驚きの声を上げた。
「どういう事ですか?」
「そのまんまの意味ですよ。ここからはあくまで私の想像ですが、そいつは体力を使いすぎて空腹だった。そこで考えついた事が人を待ち伏せ、相手を食べる事。たぶん犯人は人を引きつける特殊な能力があるのでしょう、それを元人間だった朝日さんが気づいてしまった」
そう彼が気づいたのは偶然だった、わざわざ選んだ訳でも何でもなく通り魔的に。
「腹が減っていたそいつは、吸血鬼だと気づかず彼を喰った。そう体ごと、魂を」
「それで、彼は、朝日は居なかった……」
「ええ。そして朝日さんを食べた時に彼の血を飲んだ」
「まさか」
「そう、ソイツはエミリーさんと同じ半吸血鬼になっています。元々、力の強かったソイツは吸血鬼の知識と変身能力を得た」
「しかし、吸血鬼同士の仲間の場所を見つける能力で分かるのでは?」
エミリーさんが聞く。
「これも予想なんですが、吸血鬼は亡くなった瞬間に感知できなくなるんですよね? だとしたらその後に発現したのではないかと思います。それと、まだ完全に吸血鬼の血が馴染んでないんだと」
「確かにそれなら分からないですね」
やっぱりか。
「なぜ馴染んでないと思われるのでしょうか?」
「それはビルの屋上に飛んででは無く、投げた事で分かります。きちんと馴染んでいたのなら、羽を生やして飛ぶ事が出来るはずですよね?」
「ええ」
「だからですよ。それとビルにあったのですが死体の下のコンクリが割れていたんです、ほらエミリーさんも見た路地の足みたいな跡型の」
「それが?」
「あれも血が馴染んでいない事の証明だと思います、力の制御が徐々に上手くなっていて翔君の時は、その前の女性の時より割れが抑えられてましたし」
路地の跡が大きかったのは俺達に見られて慌てたのだろう。
「藤田さん、それで犯人って一体だれなんでしょうか?」
「朝日さん、そして翔君と複数の人を喰ったモノ、それは」
「それは?」
全員の視線が俺に向く。
「鬼です」
「鬼!?」
「ええ」
夕日さんとエミリーさんが驚く。
それはそうだ。
昔の日本ならば時々現れては人が喰われる事もあったらしいが、今のこの国には霊道を利用した結界が張られている。
その力は強く大半の鬼は出て来れはしない、出てくる事があってもその時には既に出現場所が発覚していて即座に祓われ被害は起きない。
それが今の地獄から来る怪異対策だ、彼女達もそれを知っているのだろう。
「俺の婆ちゃん、師匠の話だと霊脈に乱れがあるそうでその影響で予想外の所に現れたのだろう、って話でした」
夕日さんと翔君は落ち込んでいるようだった。
殺した相手がいるとはいえ、霊脈の乱れ、それがなければ今回の被害は起きなかっただろう。
「それともうひとつ」
「なんでしょうか?」
「朝日さんの肉体はもう無理ですが、彼の魂は救えるかもしれません」
「えっ!?」
そう俺が彼女に一番伝えたかったのは、この事だ。
「鬼の中に吸血鬼の力が馴染まないのは、彼の魂が抵抗しているからじゃないかと思います」
「本当、ですか?」
「たぶん、ですけどね。ただ急がないと、彼が消える前に」
彼の抵抗もそろそろ限界のはずだ。
その時、下の階から声がした。
「大変よ、みんな!!」
その声はサリーちゃんの様だった。
「外が大変なのよ!」
姿を見せたサリーはそう言った。
「どうしたのですか、サリー?」
夕日さんが聞くと、
「街中に餓鬼が現れたのよ、それもたくさん!」
「なんだって!?」
こうなる事は予想していた、餓鬼は元々鬼と同じ地獄の住人で主従関係の様なものだ。
餓鬼の数が増えたのも、強くなったのも、体内の吸血鬼の力で強くなっていたからだとは予想していたし、いずれ大量に出現させるとは思っていたし、その対策のためにサリーちゃんを呼んでいた。
しかし予想より早い、もしかしたら向こうにはこちらの動きが筒抜けだったのかも知れない、向こうに先手を打たれてしまった。
「サリーちゃん! 街の中にいる祓い士に連絡を入れてくれ、あと近隣の街にも」
「分かったわ!」
「私も手伝わせていただけませんでしょうか?」
エミリーさんが一歩前に出、そう言ってくれた。
「大丈夫なんですか?」
「ええ、長い時間は無理でも少しなら」
「なら、お願いします」
彼女はお辞儀をして、
「では当主様、少し出かけて来ます」
「気をつけて」
「はい」
彼女はサリーちゃんの横を抜け、外に出て行った。
「さて俺達も行きます」
そう夕日さんに告げる。
「分かりました、お気をつけて」
「ありがとうございます、行こう」
運ちゃんと翔君を見ると、二人とも頷いてくれた。
俺達はビルを出た。
「それで所長、何処に行くんですか?」
ビルの扉が閉まる。
「決まっているさ、鬼の住み家だよ」
「所長は鬼が何処にいるのか、知っていたんですか!? なら、夕日さんにも」
俺は振り返ろうとした彼女の手を握り、
「駄目だ」
短く告げる。
「どうしてですか?」
「ちょっと、な」
そう告げるとしぶしぶだが納得してくれたようだ。彼女から手を離し、携帯を取り出し電話をかける。
呼び出し音の後に、プツッという音と共に声が聞こえた。
「どうした?」
「ヤマさん、今どこにいます?」
「お前んとこの事務所の辺りを警ら中だ」
「なら途中で拾ってくれませんか?」
「おいおい、警察をタクシー代わりに使おうたぁ……」
「急いでるんです!」
無意識に声が大きくなってしまった、自分の想像以上に焦っているのだろう。
「……分かった」
合流場所を告げると電話が切れた、ヤマさんも分かってくれたみたいだ。
俺達は待ち合わせ場所に向かった。
※
「よう、遅えぞ」
「すいません、お願いします」
急いで乗り込む。
「それでどこに向かえばいい?」
行先を聞きながらヤマさんは車を走らせた。
「この間の工場です」
「また行くのかよ」
「ええ、そこに今回の犯人が居るんです」
「そうなんですか、所長!?」
後ろで翔君の隣に座る、運ちゃんが聞く。
「ああ」
俺は携帯を取り出し、メール作成画面を開く。
「それならなんでさっきは止めたんですか」
少し語気を強めに彼女は聞いてくる、夕日さん達の心情を感じ取っているのだろう。
ただ、
「夕日さんかエミリーさんを通してこっちの動きが伝わってるかもしれないからさ」
「そうなんですか?」
「ああ、俺が犯人にたどり着いたのを聞いて攻勢をかけてきたんだろ。そうじゃないとあのタイミングで餓鬼が増えるのは変だしね」
「すみません、気付かなくて」
「いや、いいよ」
サリーちゃんにメールを送信し終えると、車の無線から声がした。
「二丁目にて、傷害事件発生。近くの車は至急向かってください」
「またかよ」
ヤマさんが愚痴る。
「なんです?」
「ああ、さっきから応援要請が多くてな。暴行やら何やらと、今の所そんなに大事は起きてないけどな」
「たぶん餓鬼のせいです」
「この間の、アイツか!」
「ええ」
助けに行きたいがここは我慢するしかない、鬼を止めれば全て消えるはずだ。
「慌てんなよ、京士郎」
「え?」
「お前にはお前のやる事があるんだろ?」
「はい」
「なら、それだけに集中しとけ」
その通りだ。
「そうだ、この間の血液検査の結果が出たぞ。やっぱり人の血じゃないだそうだ」
「でしょうね」
「おいおい、分かってるのかよ」
「すみません、あそこで亡くなってたのは朝日さんで間違いないですよ。だから鬼もそこだと思うんです」
「何故です?」
運ちゃんが聞いてくる。
「さっきも言ったけど、アイツは腹が減っていて罠を張っていたんだ。それは今変わらないはずだ」
「けどそれならなんで街に来たんですか?」
「あそこの周りは人がほとんど通らないみたいだからね、それで街まで来たんだろう」
鬼の罠は霊感がある者にはわからない、普通の人でないと引っかからない様にするそうだ。
たぶんあそこで現れた餓鬼は、その罠の一種だったのだろう。
「しかし、この間は何にも居なかったんじゃないのか?」
「いえ、たぶん居たんだと思います。ただあの時は夕日さんも一緒に居たので、それで察知されていたんだじゃないかと」
「そうなのか」
そろそろ工場に近づいてきたが、
「ヤマさん、ここまででいいです」
「どうした? 中まで行かなくていいのか?」
「はい、危ないんで」
運ちゃんと翔君も、俺と同じく身構えていた。
当然だ、目の前のたくさんの餓鬼、それに工場の中から異様な雰囲気がしていた。
「街の人、頼みます」
「頼まれなくても、やってやるさ。警官だからな」
「頼もしいですね」
「うるせぇ」
ヤマさんは照れくさそうに言った。
「じゃあ、気をつけて」
「おう、お前達もな」
手招きをしたヤマさんに顔を近づけると、
「嬢ちゃんにケガさせんなよ」
「分かってますよ」
そう告げると、車は発進した。
「さて、翔君。いけるか?」
「分からないけど、頑張ります」
「運ちゃんは?」
「とりあえず、護身用の銃を持ってきました」
昔、サリーちゃんから貰った物か。
「よし、なら行こうか」
こぶしを握りながら、鬼の居城に歩みを進めた。