強襲、そして……
八
俺とエミリーさんは事務所の近くの路地裏に足を踏み入れる。
男女が立っていた、女性はこちらに背を向け男は顔を伏せていて表情は分からない。
一瞬キスをしているのかと思う様な体勢だったが、男が口を近づけていたのは顔では無かった、女性の首筋に犬歯というには巨大で長く、牙といった方が正しいであろう、それを突き立ていた。
「おい!」
女性の首筋から牙が抜け彼女が倒れる、男はこちらを見てニヤッと笑った気がした。
「そんな……」
後ろに立っていたエミリーさんが呟く。
そちらに気を取られている間に、男は俺達に背を向けて走り出した。
「待てっ!」
追い掛けようとした俺の足元から、黒い塊が生えてくる。
「なんだ!?」
ニョキニョキと生えてきたソレは、徐々に形を整えられていく。
餓鬼だった、それも複数の。
こんな風に現れるのを初めて見た、十匹近くは居る。
「これは、多いな」
明らかに俺達を追わせない様に現れた、そんな風に思えた。
俺は、身構え戦闘態勢を整える。
(急いでヤツを追わないといけないってのに)
その時、後ろからガチっと何か硬い物を擦り合わせたかの様な音がした。
振り返るとエミリーさんの右腕が石の様なゴツゴツとした物に変化している。
「何故なのですか……」
エミリーさんが何かを呟く。
そして石の右腕を曲げ腰の辺りで構え、
「そこをどきなさい!」
大声と共にブオッ! という風切り音が鼓膜に響く。
まったく見えなかった。
いつの間にかエミリーさんは俺の横を通り抜け、餓鬼の群れの向こう側に立っている。
周りにいた餓鬼達は全て消滅した。
「藤田様、お先失礼致します!」
エミリーさんが路地を抜け、それに俺も続く。
路地を抜けた、その奥の路地に人影が見えた。
彼女も見えたらしく走り出し追いかける、L字に曲がった通路に男は入り込んだ。
「待ちなさい!」
エミリーさんが叫びながら路地を曲がる、少しだけ遅れて俺も曲がったがそこは行き止まり。
さっきまで追っていた男の姿はどこにも無かった。
「どこに消えたんだ?」
呼吸を整えながら辺りを調べていると、
ザリッ。
足元に違和感を感じた、しゃがんで確認してみる。
道路のアスファルトが少しだけだが砕けていた、その欠けた箇所はひとつではなく二カ所。
それはまるで、誰かがそこで踏ん張ったかの様だった。
「エミリーさん」
「なんでしょうか?」
「これって、吸血鬼のした事だと思いますか?」
俺は地面を指し尋ねた。
「どれですか? ああ、この跡ですね」
彼女は屈み、地面に触れる。
「どうです?」
「これは……、違いますね」
「そうですよね」
「ええ、吸血鬼が踏ん張ったとしてもこんな風にはなりません。個人差はありますけど、私の知っている中でここまでのことが出来る方はおりません」
ふと、思った事を口にする。
「こういう事って、ガーゴイルなら出来ますか?」
エミリーさんは不信感を表した。
「ああ、すみません。エミリーさんを疑っているのでないんですよ」
「なら、どうしてそんな事を仰るのですか?」
「エミリーさん、というかガーゴイルって力が強いじゃないですか?」
「ええ」
「ですので、似たような力が強いタイプの特徴も分かるんじゃないかと思って」
「ああ、そういう事ですか」
「すみません」
「いえいえ。それとさっきの質問の答えなのですが」
「はい」
「出来ます、ただ」
「ただ?」
「あんなに小さな跡では済まないですね」
「ほう」
「私、と言いますかガーゴイルの様な筋力の強いタイプは、力の調整が得意ではないのです」
確かに今まであった怪異の何体かはそんな風だった、不器用というか。
「ですので、こんな風に細かく砕ける事は無く」
彼女はコンクリートの破片を握り、
「もっと大きく割れ、そして」
握りしめられた指が開かれる。
「一部は粉砕されているはずですから」
サラサラと砂の様なコンクリの粒が流れた。
「そうですか。あともうひとつ聞いても?」
「どうぞ」
「変身能力があり、力の強い怪異って知ってます?」
「変身?」
「はい」
「もしかして犯人の目星がついたのですか?」
「なんとなくですけどね」
「それは一体?」
「とりあえず色々と話したいので、夕日さんの所に行きましょう。ウチの助手二人とサリーちゃんも呼んでいいですか?」
「はい、分かりました」
「では、後で伺います」
「お待ちしています」
そういうと彼女は去って行った。
※
「犯人分かったんですか? 所長」
「たぶんね」
「たぶんって、そんな曖昧な」
「そんな事言われても、なんせ初めてだからね」
事務所に帰って来た時、こちらから連絡しようとしていたばあちゃんから電話が来たのだが俺の考えで合っているか聞いてみた所、間違いないだろうとの事だった。
と言ってもばあちゃんも聞いた事が無い事だったようで、確証が持てない様だったけど。
「細かい事は向こうに行ったら説明するよ。それと運ちゃん、アレ、用意しといて」
「アレって、アレですか?」
「そう」
「そうですか、分かりました」
一瞬、運ちゃんが不安そうな顔をした。
アレを使うってのは、それだけ相手が強いってことでもあるから心配しているのだろう。
「出来ましたよ」
「うん、じゃあそれを持って出かけようか。翔君もついてきて」
「はい」
「それじゃあ、行きますか」