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魑魅魍魎打ッ!  作者: 青木森羅
吸血鬼? 殺人事件
3/19

県警へ

 三章



 事務所ビルの横を抜け、裏手にある駐車場に進む。そこは車三台分の駐車スペースがあるのだけど、今はそこに二台の車が止まっていた。

一台はシルバーのワゴン車、岸さんの車だ。

 もう一台のメタリックレッドのセダン、これが俺の愛車だ。中古で買って十年位経つけど、いまだに気にいって乗っている。

 ドアノブを引いて車に乗る。シートに腰かけ、ギアをローに入れてアクセルを踏んだ。FMラジオをBGMに車を走らせる。

 県警の近くの有料パーキングに停める、県警の自動ドアを通ると一般受付があった。


「本日のご用は何でしょうか?」


 受付の女性が無愛想に聞いてくる。


「佐藤さん。俺の事知ってるんですから、言わなくても分かってじゃないですか?」


「貴方が何度来ようと、私があなたを知っていようと、規則ですのできちんとお答えください」


 俺が県警を尋ねると、なぜか必ず受付に佐藤さんがいる。しかも毎回のようにこのやりとりをしている。そろそろ良いんじゃないかと思うのだけど、今まで一度も顔パスでヤマさんを呼んでもらえた事がない。


「捜査一課のヤマさん、えっと山下護やましたまもるさんに藤田京士郎ふじたきょうしろうが今日の事件の件で会いに来ましたとお伝え下さい」


 佐藤さんは一切顔色を変えることなく内線電話の受話器を取り、


「捜査一課の山下護警部補にお客様です」


 と、短めに連絡をする。

 その後、受話器を置き、


「ソファに座ってお待ち下さい」


 と、淡々と案内してくれた。

 俺はソファに腰掛け、置いてある雑誌を手に取る。待合所には、泥棒の被害者がその内情を泣きながら警察官に訴えてたり、手錠をつけられたスリのおじさんが大声でカツ丼を要求していた。それと、何人かの幽霊もいたが、特に害は無さそうだったので気にせず、なんとなく雑誌を見ていた。


「よう、待たせたな」


 半分ほど眺めていると、ヤマさんが同僚らしき人を連れてやって来た。


「こいつは、大木おおき。今日の聞き取りの補助だ」


 ヤマさんの後ろに立っていた男性が、一歩前に出てお辞儀をする。


「山下さんから噂は聞いています、よろしくお願いします」


 どんな噂か気になったが、大木さんに握手を求められたので気にしない事にした。


「さて。早速だが行くか」


 俺はヤマさんの後について、一課に向かう。毎回の事ながら一課の中は騒がしかった。


「葉山! さっきの資料、はやく持って来い!」


「西さん。これ、見て下さい」


 そんな人達を横目に見ながら、俺はヤマさんについて行き、取調室に入った。俺の向かいにヤマさんが座り、後ろの別のテーブルに大木さんが座った。


「さて。それじゃあ、今日の事件について話してくれ」


 俺は、今日見た事について改めて説明した。



「お疲れさん。長い間、拘束して悪いな」


「いえ。いつもの事ですからね」


 俺は一時間越えの質問責めに答えると、無事聴取が終わった。


「とはいっても、一番初めの「幽霊を見て……」 って、話の辺りから信憑性が低くてもう使えないんだけどな」


「意味あるんですか、それ?」


「証拠としては使えないだけで、調書としては必要だからな」


「それなら、仕方ないですね」


 俺を含めた三人が取調室から出ると、俺より少し年上、四十代前半位の太縁眼鏡をつけた男が立っていた。


「おや? 奇遇ですね、藤田さん。今日もまた遺体を見つけたんですね」


 嫌みたらしくその男は言ってきた。


「人を遺体発見機かなんかみたいに言うのは止めて下さいよ、木村さん」


 目の前にいる男性の名は、木村太志きむらたいし。この警察署の警部で、一課長だ。

 そして、


「おや、担当は山下さんでしたか。ま、現場を歩くしか能のない昔気質の人と幽霊が見えるとか言う変わった人の取り合わせは、いつ見てもお似合いですね」


「木村警部、今の発言は侮辱罪に当たるぞ」


 ヤマさんを目の敵にしているキャリアの人間だった。ただ、部下からの信頼はあまりなく、部下の信頼を得ているヤマさんとは犬猿の中で、顔を合わせると毎回こうやってやりあっている。

 俺も何度かその場面に居合わせた事もあるので、今の状況は憂鬱だった。


「おや、それは失礼しました。それで藤田さん、今回はどんな事件なんですか?」


「屋上に人影があったから、見に行ってみたら人が倒れてたんですよ」


「ほう? そこに幽霊は絡んでなかったんですか?」


 あなたのお得意な、とわざとらしく付け加えて。


「屋上の人影が幽霊でしたよ」


「ハハハ。やっぱり幽霊ですか、面白いですねぇ」


 木村は高笑いをしていたが、しばらくして笑うのを止めた。


「それじゃあ、また事故死扱いですね。全く、貴方が絡むと事故死しか無いんですかね? 山下さん、後で調書をデスクに置いておいて下さい。私はこれから出かけますので」


「分かりました、警部」


 ヤマさんがイライラしていたが、耐えながら話しているのを感じた。


「では、藤田さん。さようなら」


 そう言って、踵を返し一階の階段へ向かった。

 去っていく背が見えなくなってからヤマさんが、


「ったく、あのヤロー。当てつけみたいに、わざわざ扉の外で待ちやがって」


 そう愚痴った。


「まあまあ。抑えて抑えて」


 俺は、そんなヤマさんをなだめた。

 とはいったものの、彼は本気で怒っている訳ではなさそうだったのだが、


「ヤマさん、なんであんな事言わせておくんですか? 上に苦情を言えばいいじゃないですか」


 後ろに立っていた大木さんの方は違ったらしい。


「いいんだよ、大木。あんな奴だがな、いないとそれはそれで困るんだよ」


「でも!」


 ヤマさんは「落ちつけ」 と、頭を軽くたたく。


「いつかお前にも分かるさ。それと、藤田。すまんな、あんな事を言われて気分が悪いだろ?」


 謝ると同時に、右手を立てて申し訳なさそうに謝る。


「いえ、自分も慣れましたから」


「本当に悪いな」


「いいですって。それじゃあ、帰りますよ」


 彼にネチネチと文句言われるのは今日が初めてではなのでは、気にするだけ無駄だと心得ている。


「おう、気をつけて帰れよ」


 俺はヤマさんに別れを告げて警察署を出る、辺りは暗くなっていた。


「さてと……」


 俺は携帯で時間を確認する。これから行きたい所がもう一つあるのだけど、そこの開店時間が八時だ。今は七時半過ぎだから、店まで歩いて行くとちょうどいい時間だろうと思い、その店のある方向へ足を進めた。

 その店は、警察署から北東の方角でビル街の外れと商店街の外れの真ん中辺りにある。駅に向かって帰宅中のサラリーマンの波をさかのぼり、商店街の方へ足を進める。

 しかし、ある路地を抜けようとした時に足が止まった。その道に入った瞬間に気温が急に下がったのが分かる。そして、目の前には四人の人影があった。


「おい、お前ら! その人に何してんだ!」


 その影は、座った一人の男性を三人組が囲んで立っているようだった。


「た、助けてください!」


 座っていたのはサラリーマンのようで、彼は俺に助けを求めてきた。静かな路地には、彼らに近づく俺の靴だけが音をたてていた。


「早く逃げな」


 三人の前に立ちサラリーマンに告げる。


「は、はぃ」


 サラリーマンは落とした鞄を拾い上げて、三人の間を無理矢理すり抜けると、俺の脇を通り過ぎた。


「大きい道に出たら、警察に連絡しといてくれ」


「分かりました!」


 サラリーマンは悲鳴のような声を上げながら、そのまま俺が来た方へ走っていく。あの人が大通りまで着いて、警察を呼ぶまではまだ少し時間がかかるだろう。


「これで……人払い出来たな」


 いまだに三人はこちらを振り向かず、サラリーマンのいた所をジッと見ている。


「お前ら……何者だ?」


 俺は聞いた、三人の後頭部にしがみついているモノに。自分達が見られている事に気づき、ようやく三人は振り返る。

 正面を向いた彼らの格好は、先程去った人と同じようにスーツ姿だったが、目は白目をむき、口からは唾液が垂れ、明らかに様子がおかしかった。そして、そのしがみついていて乗っている者を正面から見た時に、正体が分かった。


「餓鬼か」


 その顔に目鼻は無く、コールタールの様に黒い顔にはただ赤々とした口と、人には存在しない角が生えていた。


「キョギャ!ギョギャ!ギョギャ!」


 餓鬼達はこちらに気付いたらしく、威嚇を始めた。


「ギャーギャー言われても、俺にはなんにも分からねぇって」


 餓鬼達はサラリーマンの頭を掴み、前へ倒す。


「ウゥ……!」


 サラリーマン達は苦しそうにうめきながら、向かってくる。


「まぁ、そうなるよな」


 真っ直ぐ突っ込んでくる三人を右、左、右とかわす。


「アギャギャ! アギャ!」


 餓鬼は基本的に行動が単純で動きが読みやすい。それに、直情的で煽ってやると頭に血がのぼって単調な行動になる。


「おい、どうした? そんな動きじゃ、何回死んでも俺を捕まえられないぜ」


人差し指をクイクイッと前後に動かし、煽り立てる。


「ウギャー!!」


 餓鬼は、人の心のちょっとした隙間を見つけてりつく。例えば、金を持っている奴が妬ましい、彼女が居る奴なんか別れてしまえ、などの嫉妬や妬みが餓鬼の好物だ。奴らはその心を糧にして、仲間を増やす。

 けど、少し腑に落ちないことがあった。

 そんな事を考えていたら、いつのまにか餓鬼が近づいて来ていた。


「おっと!」


 大きく右腕を振り回すサラリーマン、それを紙一重でかわす。そのまま左腕も接近してきたが、俺は一歩下がり体勢を整えた。


「仕方ない、じゃあ祓いますか」


 俺は両手に力を込め拳を顔の前に構えたまま足でステップを踏む。


「ほら、来いよ」


 シャドウの要領で拳を突き出す。


「ギョギャ!」


 一人が走って突っ込んで来る、俺は半歩右に体を動かす。勢いのついたままで振るった腕はブンッ、とただ虚空を殴るだけ。

 右拳をサラリーマンの脇腹に当てる、出来る限り力を込めないようにして。

 ただし、浄化の力だけは目一杯に込める。それは、サラリーマンの体を駆け巡るほどに!


「プギャオ……」


 頭に乗っていた餓鬼がサラリーマンの体を通って進んでいった浄化の力によって霧散し、サラリーマンは膝から倒れた。


 俺の体には怪異を払う浄化の力がある、普通の幽霊なら浄化の力を込めて触れるだけで成仏させられる。

 しかし餓鬼のような力の強いモノ、怪異は触れるだけでは浄化しきれない。


 だから、浄化の力を込めて殴る!


 ただ、あまり強く殴ると取り付かれている人が怪我をしてしまうので、色々と気を遣う必要があった。


「ほら、お仲間は消えちまったぞ。敵討ちしないのか?」


「ギョギャ! ギョギャ!」


 二人が左右に広がり、同時に攻撃してこようとしているようだった。


「珍しいな、同時攻撃なんて。ちょっとは頭を使う事も覚えたか?」


「ギャギャ!ギャギャ!」


 二人で俺を掴もうと、腕を伸ばす。


 俺はしゃがみ右の男に加減して掌底を当てる、餓鬼は声もなく消えサラリーマンが後ろに数歩進んでから倒れた。

 もうひとりにも続けざまに掌底を当てようとしたが、危険だと察知したのか踵を返して逃げ出した。

 あっちは……


「マズイ! 商店街の方だ」


 俺は急いで追い、路地を右に抜ける。

 その少し先から人通りの多くなる方だ、あんなのが人の多い所に出たら被害者が出るのは目に見えていた。


「クソッ!」


 餓鬼を乗せたサラリーマンの背中が、路地を抜けようとした時。

 パンッ! と、大きな音が響いた。


「ウギャ……」


 サラリーマンが倒れ、餓鬼が霧散した。何が起きたのか分からなかった俺は、商店街の大通り出た所で、合点がてんがいった。


「サリーちゃんか! 助かったよ」


 そこには友人が立っていた。


「全く。油断しすぎよ、京ちゃん。ウチに用なんでしょう? こんな所で立ち話もなんだから、早く行くわよ」


俺はガタイのいい彼女? の後を追った。



 さっきの路地からほんの少し歩いた所にサリーちゃんの店「RAYレイ」はある。


「サリーちゃん、さっきは本当に助かったよ」


 席に着くなり、サリーちゃんはコーヒーを差し出してくれた。


「いいのよ、京ちゃん。店に来ようと思ったら変な冷気があるじゃない? それで路地を見ようとしたらリーマンさんが襲い掛かってくるじゃないの。それも、変なのを頭に乗せて。だったら、叩くしかないじゃない」


 サリーちゃんはこのバー「RAY」を切り盛りする、体は男で心は乙女な怪異専門の情報屋兼道具士だ。

 そして、俺とは小さい頃からの良き友人のひとりだ。


「ところでさ。さっき持ってた扇子って、新しい道具なの?」


 飲み屋だというのにコーヒーを出してくれたのは、俺が下戸なのを知っているから。そんな理解に溢れた黒い液体を飲む。


「えぇ、そうよ。三日ぐらいかけて作ってみたんだけど、失敗作だったわね」


「なんで? きちんと祓えてたのに、どこが?」


「あれだと憑りつかれている人が飛びすぎよ、怪我させちゃうわ」


 ああ、なるほど。そりゃ危険だ、俺達の仕事は人命優先だからな。


「それになにより、柄が気に入らないわ」


 そう言いながら扇子を開き俺に見せる、そこには一匹の金魚が描かれていた。


「そんなに悪いかなぁ? 俺なら、そんなに気にしないけど」


「もう、京ちゃんは駄目ね。ここはデメキンじゃないといけなかったのよ」


 だから女心が分からないのよ、と。


「そういうものですか」


 サリーちゃんは扇子を片付けながら、


「それで、今日はどんな用事なの? また、なんか厄介そうな事に首を突っ込んでるんでしょ」


 さすが情報屋、耳が早いね。

 ただし、訂正させてもらう。


「突っ込んでるんじゃなくて、巻き込まれてるんだって」


「大して変わらないわよ。どうせ巻き込まれてからは、そのままズブズブ深みにはまって行ってるんでしょ?」


 図星。


「ま、まぁそうかもしれないけどさ」


「それで、どんな用事?」


 ほら、とサリーちゃんは手をひらひらと招くように動かす。


「ああ。ウチの近くにあるビル街があるだろ?」


「あの派手な看板のコスメショップのある辺りの?」


「そうそう」


 あの看板は異様に目立つので、なにかと目印になる。特にああいった同じようなビルだらけの街中では。


「あそこって、看板の趣味は悪いけどコスメの種類は凄いのよ」


「そうなんだ」


「それで?」


 サリーちゃんが自分で振った話をすぐに切るのはいつもの事で気にはしなかった。


「その辺りのビルの屋上で死体があったんだけど、血が抜かれてたんだよ」


 彼女は「あ~、アレね」と頷き、


「その事件に首突っ込んでるのね、こっちにも話は来てるわよ」


「犯人は吸血鬼だと思う?」


 彼女の見立てを聞いたのは、あくまで俺の考えとの差がないかの確認のためだ。


「それは無いわよ、血を吸う必要ないんだからね」


「ですよね」


「それに、日中なんでしょ?事件の起きたのって」


「そうです」


「ならますます無理よ。人間ならの脱水症状を起こしたままスクワットをしてるようなもんなんだから」


「そんなんじゃ、やっぱり運べませよね」


 手詰まり、やっぱり……か。


「ただ、気になる情報が届いてるのよ」


 サリーちゃんはこちらに背を向けて、作業をしたままで話す。


「なに?」


「二週間前、この街に引っ越して来る予定だった吸血鬼の男性がいなくなったのよ」


「危ないじゃないか、それ!?」


 俺は血相を変えてカウンターから体を乗り出す。


「いえ、事件は解決してるの。死んでたみたいなのよ、彼」


 その言い方に違和感を感じた。


「死んでたんじゃなくて、「みたい」なの?」


「ええ。ある廃病院で、彼の血液と骨だけ見つかったの」


 どういう事だ? だって……


「そんな訳が……たしか、吸血鬼が死ぬ時って……」


「そう、灰になるはずなのよ。なのに血液と骨が残る事なんて、この稼業を長くやってきたけど初めての事よ」


 俺だってそうだ、そんな話は聞いた事がない。


「自殺の可能性は?」


「無理! 吸血鬼は自殺できないの、自分達の血が途切れるから、出来ないようになってるの」


「だったら殺されたのか? なにか犯人の目星はみたいなモノついてるの?」


 例えば敵対しているなにかがいるとか? そう尋ねたのだけど、彼女は肩をたたいて、


「実はここしばらくの間、ずっと吸血鬼の文献を読んで彼らの事を調べているんだけど、なんせ何百年もの歴史があるから資料に目を通すだけでも大変な量よ。そんな簡単に見つからないわよ」


「お疲れ様です」


 俺が深々と頭を下げると、「はいはい」とサリーちゃんは軽く手を振った。

 それにしても、情報屋のサリーちゃんでもまだ調査中か。これは、思ったより時間がかかるかもしれないな。

 そんな事を思いながら、コーヒーを口に含んだ。


「何か分かったら京ちゃんにも連絡するわ」


「にも、って他からも頼まれてるの?」


「彼の血族っていうか、奥さんね」


(亡くなった吸血鬼の男性には家族がいたのか……なら、その人からなにかヒントがもらえるかも知れないな……)


 俺はその人に会ってみたくなった。


「その人の連絡先って教えてもらえないかな?」


「うーん……本人が会ってもいいって言ってくれたら、教えてあげてもいいわ」


「ホント!? じゃあ、お願いね!」


 コップの中の液体もなくなり、ひととおりの情報交換を終えた所でサリーちゃんが、


「ところで、今日はなにか祓い道具を買っていく?」


 と、毎回聞いてくる言葉をいつものように発した。

 ここに来ると必ず訊ねてくれるのだけど、俺のスタイルは道具をほぼ必要としないので、たまに減る物を買い足す程度しかお金を落とす事が出来ない。

 コーヒーもサービスだし、なんとなくバツが悪かった。


「いつも買わなくてごめんな、サリーちゃん。でも今は、聖水も札も余ってるからなぁ」


「もういけずね。けど仕方ないわね、京ちゃんの場合だと道具を使うと弱くなちゃうもんね」


 俺の浄化の力は怪異祓かいいばらいの中でも特殊で、体内の元からある力を体内で循環させて増幅し、強くしている。

 それに対して、道具の力で祓う方法だと道具の中に仕込んだ浄化の力を借りてそれを振るう。

 この反対の二つの力をうまく引き出させる道具は作るのは大変な上に、その持ち主に合わせた調整をしているので本人以外には使えない代物なので誰かのおさがりが回ってくる事もほとんどない。


「ずっと素手だけってのもアレよねぇ……今度、お師匠様に相談してみようかしら?」


 急に出た名前にむせる。


「ゴホゴホ……いやいや、師匠に相談するとまた面倒な事になるからいいよ」


「何言ってるのよ、あなたのお婆様じゃない。その上師匠で道具士の腕もピカイチなんだから、相談しない手はないでしょ」


「そうなんだけどさ」


 だからこそ面倒なんじゃないか。


「大丈夫よ。あんな人だけど孫には優しいもの」


「そうかなぁ?」


 俺自身にその実感はほとんどなかった。


「そうよ。私以外の他の門下生も言ってるんだもの」


 サリーちゃんは俺の兄弟子で、その師匠は俺と一緒で婆ちゃんだった。


「最近、師匠には電話してるの? きっと心配してるわよ」


「最近はしてないな」


「もぅ、駄目じゃない。きちんと連絡しないと寂しがるわよ」


「えー? それはないでしょ」


 あの人は、明らかにひとりであろうと生きていける人だ。


「駄目よ、きちんと連絡しなさい」


 ただ、サリーちゃんとしてはそうではないらしい。


「はーい。まぁ、今回の事も聞きたいし、明日電話してみるよ」


 怪異の知識であの人に勝てる人物は見た事ない、あまり気乗りはしないけど今回の事は色々と調べなければいけないだろうし、渋々だが電話するか。


「そうしなさい」


 はいはい、と言いながら席を立つ。、


「それじゃ、そろそろ帰るよ」


「ええ、後で連絡するわね」


「頼むよ」


 そう言いつつ「RAY」後にした。



 帰りは怪異に会わず、普通に帰ってこれた。途中でコンビニに寄り買った弁当を、高井くんと雑談しながら食べた。

 弁当を食べ終えた俺は高井くんに、


「今日は疲れたから寝るよ」


 と、短めに告げる。

 本当に今日は色んなことがあって、流石に眠い。


「はい、分かりました。おやすみなさい」


「うん、おやすみ」


 俺は自室に入る。壁には真新しいスーツカバーがかかっていた、運ちゃんが買って来てくれたスーツが入っていた。

 布団に横になると、今日の起こった事、そしてこれから先の事を否が応にも考えてしまう。高井くんの事、連続失血事件の犯人、そしてあの餓鬼の角の事。

 そして、サリーちゃんと別れ際に話した事を思い出していた。 


「あの餓鬼、角が二本あった様に見えたんだけど。私の気のせい? 普通の餓鬼は一本角よね」


「それは、俺も気づいたよ」


「あれって、誰かがこちらの世界に呼んだって事よね?」


 俺の探偵の勘は、失血事件の犯人と餓鬼達の間には繋がりがあるんじゃないかとと告げていた。

 そんなもやもやを抱えたまま眠りに落ちた。



 その夜ある音で目が覚めた、それは事務所の方からで泣き声だった。

 俺は聞かなかった事にして、そのままもう一度眠りに入った。

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