表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魑魅魍魎打ッ!  作者: 青木森羅
吸血鬼? 殺人事件
1/19

探偵「藤田京士郎」は、いつものように事件を呼び込む

 一



「またかよ」


 目の前のくたびれたスーツに身を包んだ男性は右手でこまかみを押さえて、そう喋った。彼は俺の知り合いで職業は警察、それも一課のだ。そんな彼になぜ呆れられているかというと、目の前にある遺体が問題だった。


「なんでお前とは殺人現場か署内でしか会わないんだよ。まったく」


 直射日光が強いビルの屋上で頭を抱えていた。


「そんな事言われても……俺だって嫌なんですよ、こんな所でヤマさんに会うなんて。もうちょっと小洒落た喫茶店とかで会いたいですよ」


「俺はそんな所には行かねぇよ、分かってるだろうが」


「そうなんですか? ヤマさんに似合うと思うんですけどね」


 まぁ、自分で言ってなんだけどヤマさんには合わないだろうな。ヤマさんはいつもクタクタのスーツだから、そんな恰好でオシャレな場所に行ったら浮くだろうし、署で会った時に一緒にご飯を食べる機会があったけど、人と食べてるって事を無視してるような早食いだった。

 そんな人が落ち着いた雰囲気の店にいたら、場違いだろうな。

 なんて事を考えていると、


「お前、もう少し顔に表情を出さないようにできねェのか? ったく。俺には似合わない、って顔に書いてあるぞ」


 俺は顔を洗うような動作をして「本当ですか?」と、おどけて見せた。

 俺は本心が分からないってよく言われるんだが、流石に刑事歴三十年のヤマさんには直ぐに分かるらしい、あんたが特殊なんだって。


「それで、今回のガイシャはどんな様子だ」


 ヤマさんが近くに立っている鑑識に問う。


「外部からの損傷はほぼありませんが、問題が……」


 言い淀んでいた鑑識にヤマさんが、


「なんだ?」


 と促すと鑑識は言い辛そうに、


「首に牙で刺されたような傷がありました」


 そう告げた。


 ※※※


 俺の名前は藤田京士郎(ふじたきょうしろう)、職業は探偵。

 ここ藤田探偵事務所が俺の仕事場兼自宅。今日も客が来ないだろうと熟睡していたのだが、ガチャガチャというドアノブの音で目が覚めた。


「所長、また寝てますね! 鍵開けますよ」


 玄関から少し甲高い少女のような声がする、そんないつもの風景に俺はいつものように二度寝する。

 ガチャ、と玄関の扉が開かれた。


「やっぱり寝てるんですね、所長。起きてください、そろそろ就業時刻ですよ」


 事務所の中をカツカツとヒールの音を立てながら歩き、俺の寝室兼所長室の前で音が止まる。コンコンと扉を叩く音がした


「所長、開けますよ」


 扉を開けて入ってきたのは、藤田探偵事務所の唯一の社員で秘書の梔子運(くちなしはこぶ)だった。彼女の足音はベットの横で消え、


「やっぱり寝てる。ほら、起きてください!」


 大きめの声でそう言った。


「運ちゃん……、あと五分だけ寝かせてよ」


 布団の中で体を丸くし、掛け布団を引き寄せる。


「もう!就業時刻ギリギリなんですから、きちんと起きて下さい!」


 言うと同時に彼女は、ヨレヨレの掛け布団をめくった。


「キャア! なんて格好してるんですか、ズボンを履いてください!」


 急に明るくなった視界の中で彼女を見ると、顔を背けていた。シャツとパンツしか身に付けていない、中年男の姿をはっきりと見てしまったのだろう。


「いやいや、流石に今のは君のせいじゃないか? 男の一人暮らし寝室にいきなり入ってきて、そのうえ布団を捲るだなんて、結婚前の女性がする事じゃないだろ?」


 寝ぼけながらもそう答える。

 彼女は怒りか恥ずかしさからなのか分からないけど、顔を赤らめながら、


「確かにそうですけど。所長が起きていてくれれば、こんな風に寝室には入る事も無かったんですよ」


 子供を諭す母の様な口調で言う。


「確かにそうです。ごめんなさい」


 俺はゆっくりと畳の上に敷いた布団に正座し、土下座した。


「そんな事してなくていいですから、早く服を着てください!」


 彼女は手に持っていたままの掛け布団を乱暴に放り投げ、そそくさと部屋を出て行った。

 俺はそんな背中を見送ると、喉の渇きに気付く。近くに置いてあったコップを手に取りその中に入っていた水を飲んだのだが、


「うぇ、まずい」


 いつ入れた水なのか分からないが、室内の暖かい温度でぬるくなっていた。

 しかしその生温くなった水の不味さは、俺の目を覚まさせるにはちょうど良かった。立ち上がった俺はソファの側に脱ぎ捨てていたヨレヨレの黒のスラックスとシワだらけのワイシャツを掴む。スラックスを履き、ワイシャツのボタンを留めた。

 そして、壁に掛けている鏡を見ながら手櫛で髪をとかす。


「おっし、完成」


 扉を開け事務所に入る、エプロンを付けた運ちゃんは事務所備え付けの簡易台所で料理をしてくれていた。


「目は覚めましたか、所長?」


 顔はフライパンに向いたまま、彼女は話す。


「おかげさまで」


「今、朝食作っているので少しだけ待っていて下さいね」


 彼女には毎日のように料理を作ってもらっていた。

 悪いと思い断った事もあったのだが、「料理が好きですし、花嫁修業になるので気にしないでください」と言われてからは、その好意を有難く受けさせて貰っていた。


「いつもありがとう、運ちゃん」


「感謝してくれるなら、もう少し早く起きてくださいよ」


 こちらを向き、フライ返しをこちらに指して返事をする。


「はーい、分かりました」


 わざと子供っぽく言うと、フフと笑いながら彼女は調理に戻った。

 俺は、部屋の中央にある来客用テーブルの上に新聞が置いてあるのを見つけた、運ちゃんが置いてくれたんだと思う。その朝刊を眺めつつ、二人掛けの椅子に座る。一面には、不景気だの離職率が過去最高だとか陰気な記事が載っていて朝から気分が沈む。


(景気が良くなってくんないと、ウチの事務所もきびしいんだけどなぁ)


 そんな気分を変えるためにパラッと新聞めくると、強盗や殺人の記事が載っていて一層気分が落ち込む。

 

(全く、なんでこんな事するのかね)


 ざっと記事を見てると、紙面の左下に気になる小さな記事を見つけた。


「なぁ、運ちゃん。変な記事見つけたんだけど」


 俺の目は新聞を眺めつつ、彼女に話す。


「なんです?」


 彼女もトントンと包丁の音をさせたまま、話を聞いてくれる。


「この近くで、変な死体が見つかったんだって」


「変って、なにが変なんですか?」


「体の中から全ての血液が無くなってた、だって」


「えっ。なんですか、それ?」


「詳しい事は調査中らしいよ。それと被害者には外傷らしい外傷は、ほとんど無いんだって」


「血が無いなんて、まるで吸血鬼に血を吸われたみたいじゃないですか」


「確かにね」


 そんな事を話ながらも彼女は料理を完成させていたみたいで、


「はい、所長。朝食が出来ましたよ」


 そう言いながら来客用のテーブルの上に、目玉焼きと納豆とみそ汁、それと炊き立てのご飯を並べてくれた。

 記事についてなんとなく気にはなったものの、せっかくの料理を冷めさせるのももったいないと箸を手に取った。


「いただきます」


「どうぞ召し上がれ」


 そう言うと、運ちゃんはスーツの上に着ていたエプロンを外し、自分のデスクに座って書類に何かを書き始めた。

 俺のデスクもあるのだが隣の寝室の中だ、そこまでわざわざ料理を持っていくのが面倒だし、なにより運ちゃんと話しながら食べる朝食が楽しいから、彼女が居る時は来客用のテーブルで食べる事にしている。

 俺は新聞を横目に見ながらも、箸を進めて朝食を食べ終えた。


「ごちそうさまでした」


「味はどうでした?」


「美味しかったよ」


 彼女の料理は家庭的で非常に美味。彼女が来るまで、ひとり寂しくコンビニ弁当を食べていた時に比べると、天と地ほど味の差があった。


「お味噌汁の味噌をいつものと変えてみたんですが、どうでした?」


「いつもよりさっぱりとしていて、飲みやすかったよ」


「良かったです。少し顔色が悪そうだったのでいつものお味噌だと少し胃に負担がかかるかと思ったので」


 昨日の夜、資料整理をしていたのでその疲れが顔に出ていたのだろう。そんな細かな差異に気付くなんて、本当に気が利く子だと思う。


「お気遣いありがとうございます」


 はは~と膝に手を当て頭を下げ、わざとらしくお礼を言ってみた。


「いえいえ。所長に倒れられたら次の仕事を探さないといけないので」


「心配なのはソコですか」


 ふたりしてハハハと笑った。俺は食後のコーヒーを飲みながら、ある事を思い出した


「そうそう、運ちゃん今日は一緒に服を買うのに着いてきてくれない?」


「どうしたんです?」


 運ちゃんは、書類仕事のペンを休めずに聞いてくる。


「いやね、ワイシャツやらスーツやらヨレヨレになってきたからさ、また選んでもらえないかなぁって。運ちゃんのセンスなら間違いないしね」


 昔、運ちゃんが入ったばかりの頃に俺の服のセンスが悪いと色々買って来てもらった事がある。すると、まったく人が来なかった事務所に多少だが依頼が舞い込むようになった。

 人が来なくなる程、俺の服のセンスは悪かったんだろうか?


「ええ、いいですよ。この書類を終わらせたら、行きましょうか」


 運ちゃんの手がより早く動き出した、書類を早く終わらせようと集中しているのだろう。

 しばらく新聞を眺めているとペンが置かれる音と共に、


「よし、終わりっと。書類、終わりましたよ」


 そう言って運ちゃんは「うーん」と、伸びをしていた。


「さすがの速さだね」


 俺は手に持った新聞紙を畳み、机の上にほおった。

 

「それじゃあ、行きましょうか」


「いつもの所でいいのかな?」


「そうですね、あそこは価格も安いですし。お二人に会うのも楽しみです」


 いつもの所っていうのは、この事務所から歩いて数分くらいの所にある洋服店なんだが、少し前に店主の爺さんが奥さんから貰ったハンカチを無くしたのを探してから、その縁で贔屓ひいきにさせて貰ってる店だ。


(買い物が終わったら、いつものお礼を兼ねて運ちゃんにアクセサリーか何かをプレゼントでもするかな)


 そんな事を考えつつ事務所の鍵をかけて一階へと降りる。事務所の周辺は飲食店が立ち並ぶエリア、目的の服屋は少し歩いたビル街の方にある。俺と運ちゃんはそちらに足を進めた。

 他愛のない世間話をしながら歩き、店まであと少しの辺りで俺はなんとなくビルを見上げた。


(ん?)


 誰かが居た気がした、それも緊急性の高そうな状況で。


「ごめん、運ちゃん。ちょっと先に行っててくれるかな?」


 急な事に不思議そうな顔をしながら彼女は、


「どうしたんです?」


 と、聞き返してきた。


「なんか変な物を見た気がするんだ」


 その言葉だけで、運ちゃんはなんとなくだけど察してくれたみたいだった。


「分かりました、先に行ってます。気をつけてくださいね」


 彼女の声は緊張をはらんでいた。


「うん、ごめんね」


 俺は出来るだけいつも通りを装って話し、急いで問題のビルに足を向けた。

 そのビルはなにかの会社らしく受付に女性が座っていた、彼女は俺の身なりを見るなり怪訝な顔をした。こんなヨレヨレの服を着ている取引先の人は居ないだろうから、無理もない事だろう。


「なんの御用でしょうか?」


 警戒をしつつもしっかりと尋ねてくる女性に、俺は名刺を出して、


「すみません、ここの屋上の柵の向こうに人がいたのですが」


 そう言うと彼女は驚いた顔で、


「えっ、屋上は立ち入り禁止なので人が居るはずないのですが……」


 当惑しながらも答える。

 そしてこれはますますマズいと感じた、勘というよりも今までの経験からだ。


「開けてもらえませんか」


 焦り始めた俺の声は、少しだけ怒気を含んでいるのが分かる。

 けど、まだよく分かっていない彼女は、


「それは許可を取ってみないと」


 と、のんきな事を言う。


「急がないと、人の命がかかっているんだ!」


 無意識に語彙が強くなってしまい、その声にビクッと女性の体が跳ねる。


「分かりました、警備に連絡して鍵を開けて貰えるように連絡してみます」


 俺の声に少し怯えながらも、彼女は毅然と対応してくれた。申し訳のない気持ちがあったものの、そんな事よりも今は屋上の事態を解決しなければ!


「俺は先に行ってるから、早く来てくれって伝えて下さい」


 俺は直ぐに動く。受付の近くにある二台のエレベータを見たが、不運なことに両方とも使用中だった。


「くそっ!」


 エレベーターの横にあった非常階段を駆け上がる。二階、三階、四階、少し息が上がってきたが気にしてはいられない。五階、六階、今までは階段が続いていたがそこから先は、階段はなく扉しかなかった。

 ドアノブを握る。けれどガチャガチャと音を立てるだけで開きそうもない。


「お待たせしました!」


 エレベーターが止まった事を告げるアナウンス音がして、後ろから恰幅の良い警備服を着た男性が駆け寄ってくる。


「お願いします!」


 警備員は腰の鍵束から屋上の鍵を探し、見つけた鍵をドアノブの鍵穴に刺した。ガチャンと鍵が開く。ギィと重々しい音を上げながら扉が開く、俺は警備員の横を抜けて屋上に飛び出した。

 

 屋上のド真ん中、ひとりの男性が倒れていた。


「おい、大丈夫か!」


 俺は急いで駆け寄り、肩を揺するが反応は無い。慌てて手首に指をあて脈を測ってみたが、俺の指に脈動は伝わってこなかった。

 彼はすでに息絶えていた。


 ※※※


 その後、俺は警備員に言って県警に電話をかけて貰いヤマさんを呼んで貰った。

 そして今に至るという訳だ。


「あの、すみません」


 鍵を開けてくれた警備員が、俺に対して得体のしれないなにかに話すかのように遠慮しながら訊ねてきた。


「なんです?」


「どうして、ここに人が倒れてるって分かったのですか? 屋上で倒れていたんだから、下から見えないと思うのですが、受付のほうからの話だと人がいたとの報告だったと記憶しているのですが……」


(なかなかいい所を突いてくる警備員だな)


 本当の事を言っても理解されるとは思わないから、いつも言ってるセリフを言う。

 少し格好をつけながら、


「探偵の勘、ってヤツですよ」


 しかし、警備員はの反応はいつものように芳しくなく「はぁ」 と言っただけだった。


「すまんな、この馬鹿が馬鹿な事言って」


 調査結果を署に持ち帰ろうとしていた鑑識と話していたヤマさんが、酷いフォローをしてくれる。


「申し訳ないのですが、あとで少し質問したいので、警備室に居てもらえますか?」


 ヤマさんは警備員にそう言い、同時に部下二人にも、


「お前達は、この屋上に来た者や出た者、あと怪しい奴が居なかったか聞き込みに行って来い!」


 コイツ以外な、と俺を指しつつ命令を下す。命令を受けた刑事達は、返事をすると警備員と一緒に屋上を去った。

 屋上にはヤマさんと俺だけになった……生きている人間ひとは。


「んで、いつもの馬鹿なセリフを吐いたって事はまたイるんだろ?」


 あのセリフはわざとかっこをつけて言っている、あえて変人を演じないといけないからだ。こういう能力があると。


「ええ、まだビルの縁に立ってますよ」


 俺は屋上の縁の方に足を進めた。


「なあ、君?」


 少し大きめな声で彼に話しかける。


「えっ!」


 彼は驚いたのか体のバランスを崩し、ビルの縁から足を滑らせた。


「あっ!」


 彼はそのまま落ちると思ったのだろう、手をグルグルと振り回していた。

 何もない空中で。


「あれ? 落ちて、ない?」


 いつもこの時はどう言葉をかけたものか悩むが、事実を直ぐにはっきりと伝えた方がいいだろうと、真実を告げる事にしている。


「君は、もう死んでいるんだよ」


 当然といえば当然だけれど、彼は困惑していた。


「えっ? えっ!?」


 当然の反応だ。


「浮いているだろう? 君は幽霊なんだよ」


 彼は空中に留まったままで、真下を何度も見ていた。


「あっ、えっ!?」


 相当動揺してるからだろう、言葉が出てこないみたいだった。


「さあ、こっちに来るんだ」


 手招きをする。


「あっ、はい」


 彼は素直に従いゆっくりと空中を歩きながら、こっちに近づいてくる。


「ほら」


 俺は手を差し出す。


「ありがとうございます」


 金網越しに彼が、俺の手を握った。


「あれ? 僕って死んでる、んですよね? なんで掴めるんですか?」


「まあ、俺はそういう体質なんだ」


 俺は幽霊や妖怪なんかの、この世の物ではない物に触れられる。会話が出来る人は何人か会った事があるが、触れられる人はあまり居ないと師匠に聞いたことがある、そんな師匠も触れる人なんだけど。


「そんな人が居るんですね、知りませんでした」


(こんなオカルトな事、しかもこんな変なおっさんに言われているのにやけに素直に聞くんだな、彼は)


「まぁ、人にベラベラ喋る事じゃないからね、言った所で変人扱いだし」


 これが一番面倒な所だ。さっきの警備員みたいに勘のいい人だとすぐさまに協力を拒否されてしまう、そうなってはなんにも話が進まなくなってしまうんだ。


「ああ」


 彼は妙に納得してくれ、ビルの縁から降りくる。そのままゆっくりと屋上の真ん中に進ませた、俺の体で彼の亡骸を隠したままで。


「これから見るの事は、凄くショックを覚えると思う。けど、自覚しないといけないから見てもらうよ。いいね?」


 いつもこの時だけは嫌だった。いくら丁寧に喋ろうと、いくら言葉を並べようと、必ずその人はショックを受ける。だがそこに亡骸があるなら、その人の為に必ず見せなければいけない、「死」を納得させる為にも。それは師匠の教えであり、俺自身もよく理解していることだった。

 俺は体をゆっくりと横に動かす。


「あ……」


 さっきの驚きとは違う声が、彼の口から漏れた。


「ア、ア、アア、アァァァァ!!」


 彼は激しく動揺していた、そして慟哭していた。

 当然だ、目の前で自分が死んでいるのだから。



「ウゥッ……」


 しばらく泣き続けた彼だったが、ようやく落ち着いてきた様だった。


「大丈夫?」


 大丈夫な訳が無いだろうけど、他にかける言葉が見つからない。


「すみません、ありがとうございます」


「どうだ? 話は聞けそうか?」


 入り口にもたれながら煙草を吸っていたヤマさんが尋ねてくる、彼には幽霊君は見えていない。


「ええ、これから彼に質問しますよ」


「なんですか、質問って?」


 幽霊の彼が鼻をすすりながらも質問してきた。


「まぁ、色々と。とりあえずは名前だね、なんて言うんだい?」


高井翔(たかいかける)です」


「高井君ね、歳は?」


「19です」


「職業は?」


「学生です、でも今は幽霊かな」


「ハハハ、確かに」


 意外な幽霊ギャグに、多少は大丈夫かもと思えた。


「僕って、本当に死んでるんですか? 貴方にも触れられますし」


 貴方なんてよそよそしいと思ったが、そういえば自己紹介してないことに気づく。


「そういえば名乗ってなかったね。藤田京士郎、職業は探偵兼怪異祓い的な事をしてる」


「怪異祓いって、一体どんな仕事なんですか?」


 当然の質問だ、普通の人は知らないし、関わらないだろうから。


「うーん、お祓いというか、モンスター退治というか、そんな感じの事だよ」


 高井君は首を傾げながら考え込んでいた。それはそうだろう、あんな説明では理解も出来ない。ただ、その仕事内容は多岐に及んでるから、自分でもきちんと説明出来ないってのもあるんだけど。


「死んでるかどうか分からないなら、そこで煙草を吸っているヤマさんに触ってみればいいよ」


 突然出た自分の名前に、ヤマさんは反応する。


「また、やるのかよ。あれ、気色悪いんだが……」


 分かりやすく、面倒くさそうな顔をしたヤマさん。


「まあまあ、あれが一番理解し易いんですよ」


 ほら、と高井君を手招きする。高井君がヤマさんの目の前に来た所で、高井君の手の甲に自分の手を重ねた。


「そのまま、ヤマさんの肩を触るんだ」


 ハイ、と高井君は手をヤマさんの肩の上に持っていく。


 そして触れた。


 が、その手はヤマさんの肩をすり抜け、一緒に下ろした俺の手だけヤマさんの肩に触れる。ブルブルと、ヤマさんは震えた。


「これ、何回やられても言い気がしないぞ。寒いし、しばらく鳥肌消えないしでよ」


「いやぁ、俺だと普通に触れられちゃうんでね、すいません」


 手を合わせ謝る。


「ったく、仕方ねえな」


 そんな俺とヤマさんの会話を、高井君はボーっとしながら聞いていた。


「どうだい? 理解できただろ」


 そんな俺の問いかけにようやく納得出来たらしい彼は、


「本当に死んだんですね……」


 そう、呟いた。


「ああ、そうだ」


 彼の寂しそうな顔を見て、俺はいたたまれなくなった。そりゃ当然だ、気づいたらいきなり死んでるんだから、誰でもこうなる。ただ、それにしてもこの落ち込み方だと問題が起きるかもかもしれないと思って、出来るだけ早めに切り上げる為に何が起こったかを聞こうとしたのだけど、


「僕に何が起こったんですか?」


 こっちが聞きたかった事を先に聞かれた。


「協力してくれるのかい?」


「もちろんです。なんで僕が死ななきゃいけなかったのか知りたいですし」


 彼がきちんと自分の死を受け入れている事に感心していた。自分が死んだと聞いて、激しく動揺しそのまま悪霊まで堕ちても不思議じゃないというのに。


「俺達は、それを君に聞きたかったんだよ」


 犯人の顔なり特徴などから、何かしらのヒントが得られればと思ったのだが……


「そうなんですか。けど、すみません。誰が僕に、こんな事をしたのかは見ていないんです」


 予想外の言葉だ。


「じゃあ、その直前は何をしていたんだい?」


 高井君は、思い出しながら話し始めた。


「今日は、大学が午後からだったので買い物をしようといつもより早めに出たんです」


「それで?」


「お気に入りの本屋がこの近くに有るので、ここのビルの前にある路地を歩いていたんです」


 そう言う高井君は、「ほら、あそこの」 と、向かいの路地を指さした。

 道幅は車一台が通れる程度だったので狭いって程でもないが、ビルとビルの間にある道だからなのかこの時間でもあまり人通りは無かった。


「そこを歩いていたって事までしか覚えていません」


「そうか、こまったねえ」


 あまりにヒントが無さすぎる上に、最期に居た場所ががビルの前の道路って事なのだが、どうやってこの屋上まで来たのやら。


「誰かに恨まれてたって事は?」


「いえ、何かはあるかもしれないですが」


「何かって?」


「人間ですから、何処で誰から恨まれてるか分かりませんし」


(やけに達観してるな。いや、ただ謙虚過ぎるだけなのかな)


「それはそうだね」


 俺は、彼の死体を見てみる事にした。


「ヤマさん、ちょっと手伝ってください」


「おいおい。お前、また首突っ込むつもりか」


「いや、そんなんじゃないですよ」


「じゃあ、なんで手伝えって言ってんだよ」


「まあまあ」


「仕方ねえなぁ」


 そう言いつつヤマさんは手袋を付ける。そしてもうひとつ手袋を取り出し、ぶっきらぼうに俺に渡してくれた。


「とりあえず、聞いた話を説明します」


 俺は高井君から聞いた話をヤマさんに伝えた。


「ふーん、なるほどな」


 ヤマさんは、口では納得しつつも表情は複雑そうだ。


「お前が関わると、ホトケさんが事故死だらけになってな」


「そんな事言ったって仕方ないじゃないですか、犯人が人間じゃないんですし」


 予想でしかないが犯人は、まあ人間じゃないだろう。

 この科学が発達した現代でも未だに原因不明の死亡や行方不明は後を絶たない、そのうちの半分くらいは怪異が原因になっている。今回もそんな事件のひとつだろうと、俺の直感が告げていた。


「とりあえず床が見たいんで、動かすのを手伝ってもらいますか?」


「ホトケさんを? しかも本人の見てる前でやるのかよ」


「いいですよね、高井さん」


 俺は高井君の方を見る、彼は首を縦に振った。


「許可はもらいました。お願いします」


「はいよ」


 俺は脇の下に手を通し、ヤマさんは足の方を持ち上げて、ゆっくりと横に動かし下ろした。

 高井君の体の下の床には傷ひとつ無かった。

 

(うーん、予想外だな)


「どうだい、なんか分かったかい?」


「いや、こんなに綺麗だとは。予想が外れましたよ」


「なんでだ?」


 頭を掻きながら説明する。


「力が強い奴があそこの路地からぶん投げたのなら、確実にコンクリが割れてるはずなんだけど、それがここにはなかった」


「ふわっと投げても無理か?」


「体自体には重力がかかるんで、まずないでしょうね。それに力の強い怪異は力加減を調整するのは得意じゃないんですよ。そうなると、ここまで運んできたのか?」


「でも、ホシが怪異だとしたら普通の人には見えないんだろ? 体が浮いてるおかしなガイシャが玄関から入ってきたら、受付のおねーちゃんが気付かない無いはずがないだろうよ」


 まぁ、人に化けて入ってくる可能性もあるがそういうタイプは筋力は低い。それと変身するのに集中力を相当使うらしく、その状態だと重い物が持てないと友好的な怪異から聞いた。

 それになによりも、だ。


「表からじゃないですよ、ここの鍵もかかってましたしね」


「じゃあ、どこから来たってんだよ。もったいぶらねェでとっとと言えよ」


 現時点での予想でしかないけどと二人に前置きをして、


「飛んで運んで来たんですよ」


「飛んで来たって言っても、誰か見てるんじゃないのか?」


「いるかもしれませんね、ただ高井さんが浮いているだけでしょうけど。そんな光景を見たら、先ずは自分の見間違いを疑いますよ、人が浮いてるなんて回りに言ったら変人扱いされますしね」


「まぁ、それもそうか。んで、どんな奴がやったのか見当はついたのか?」


「たぶんですけど」


「空を飛んで来たってのと血を吸われてるって事は、吸血鬼かな」


 ヤマさんも高井さんもあぁと言う声を漏らす。

 ただ、気になる事があった。


「吸血鬼だから今の時間帯は力は出ないし、なにより消滅するはずなんですよ。あの道も、この屋上も、日影なんてほとんどないですから」


 俺達を照らす太陽を見ながら告げる。


「僕の歩いてた所も日が当たってましたよ」


 高井君の言った事で、ますます分からなくなった。

 怪異は見えない人には姿を隠すこともあえて現すことも出来る、けどそれは見えないだけで弱点が消えた訳ではない。姿は見えなくても、太陽には弱いし十字架もにんにくもダメなのは変わらない。


「それに、吸血鬼に襲われたなら吸血鬼になりますしね。けど、高井君は亡くなっていた」


 しかも今の時代、吸血鬼ほどの有名な怪異にはある制度がある。


「それに、犯人が吸血鬼っていうならすぐ捕まるはずなんですよ」


「どういう意味だ?」


 ヤマさんの言葉に高井君も頷く。


「今の吸血鬼は登録制なんですよ。登録する事が国で義務付けられていて、そこに登録している事により人工血液の提供が受けられるんです。それなのでわざわざ人を襲ってまで血を飲もうとする吸血鬼はあんまりいないんですよ。万が一そんなのが出たら、その一族は全吸血鬼から襲われて根絶やしにされるらしいです」


「吸血鬼ってすげぇな。けど、全員登録してるって訳じゃないんだろ、それに人工血液って美味いのか? その事で不満があったって事はないのか?」


「確かに生まれて報告するのは親なので報告を忘れる事もあるらしいですけど、そこは同じ吸血鬼が監視しているみたいで絶対逃げられないようにしているそうです。人工血液を作ってる会社の社員の半分くらい吸血鬼らしくて、今では人間の生き血より美味しいんだと知り合いが言ってましたよ。」


「それだったら、本当に吸血鬼の線は薄そうだな。じゃあ誰だっていうんだよ?」


「分かりません」


 完全にお手上げだ。


「おいおい」


「だから、あくまでまだ予想ですってば」


「お願いします!僕を殺した犯人を見つけて下さい」


 ヤマさんにヤジられ、高井君には懇願される。もちろん分かっているし、俺も関わったからにはどうにかしたい。

 それなら、


「高井君、それは俺への依頼ってことで良いのかな?」


 急な問いに高井君は少しビックリした顔をしたが、何かを決意したように、


「はい、お願いします!」


 そう、頷いた。

 俺は高井君を指差し、 


「分かった。藤田探偵事務所所長、藤田京士郎。その事件、解決しましょう!」


 ヤマさんは、笑いながら、


「そのセリフが出たって事はやるんだな、流石に俺も気にはなるからな。表立っては出来ないが、少しは協力してやるよ」


 めんどくせえなぁと頭を掻きつつも、ヤマさんはなんとなく嬉しそうだった。警察だから、こういう事は許せないのだろう。

 ふと、頭にある事が浮かんだ。


「ヤマさん、今回の事件って今朝の新聞に載ってたのと一緒ですよね?」


「あぁ、そうだろうな」


「なら、その現場に連れて行ってもらえませんかね?」


「あぁ? 流石に一般人を殺人現場に連れていくのはなぁ」


「さっき、協力してくれるって言ったじゃないですか」


 お願いしますと、高井君がヤマさんに頼む。まあ、聞こえてないけどね。


「しゃあねぇな……分かったよ!」


 ありがとうございますと言っていると、携帯に電話がかかってきた。画面を見ると、相手は運ちゃんだった。

 

(やば、完全に忘れてた!)


 携帯の時計を見ると、かれこれ三十分以上の時間が経っていた。


(あちゃー、運ちゃん怒ってるかな)


「所長、一体どうしたんです?」


 少し語気が強めだった。


「ごめん運ちゃん、また事件に遭遇しちゃってさ。ほら、今朝の新聞の」


「またですか、所長。」


 呆れられた、俺と出かけるとよく待ちぼうけさせてるしな。


「いっつもごめんね、運ちゃん。実はこれから用事が出来たんだ、悪いけど先に事務所に帰っていてくれる?」


 運ちゃんは、はぁ……と溜め息を吐きつつも、


「分かりました」


 と、了承してくれた。有難い事だ。


「所長の服はどうします?」


「運ちゃんのセンスに任せるよ」


 彼女は仕方ないですねと呟きながらも、


「分かりました、適当に見繕って買って帰ります」


「本当にごめんね」


 そう言いながら電話を切ると、あきれ顔のヤマさんと何の事だか分からないって顔の高井君がこっちを見ていた。


「お前、また嬢ちゃんに迷惑かけてるのかよ。そのうち捨てられるぞ」


「捨てられるって、社員なんですが」


「なんだよ、まだ付き合ってないのか」


 ヤマさんは運ちゃんが絡むと必ずこの話をしてくる。


「前にも言ってますが、俺達は雇い主とその部下ってだけですって」


「そうかい、そうかい」


 ニヤニヤと半笑いで答えるヤマさん。


「なんですか、その反応は」


「気にすんな、それじゃあ行くか」


「ちょっと……まぁ、いいですけど」


 なんだか腑に落ちないが、戸惑っている高井君を連れて俺達は屋上を離れた。

 ビルを出る前にヤマさんは、部下に警察署への報告と周辺の聞き込みを命令していた。


「んじゃ、行くか」


 部下への命令を終えたらしく、先に出ていた俺達の前にヤマさんがやって来る。


「どこなんですか?近場らしいですけど」


「お前ん所の事務所の少し先だ」


「って事は、歩いて行ける距離ですね」


 そう言いつつ俺達は歩き始めた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ