表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お題で創作の会

真夜中の花火

作者: 秋原かざや

 音もなく、彼女から貰ったおまもりが揺れる。

 目の前に広がるのは、一面の青空。そして、白い雲。

 がたがたと、機体が揺れる。

 遠くに黒い煙が見える。それも一つだけじゃない。いくつもいくつも上がっている。

 敵の機体から出ているものもあれば、味方のものであったりする。

 ぱっと見、戦況がどうなっているのか、自分でもよく理解できていない。

 静かだ。

 ただただ、迫りくる敵機を撃ち落していくのみ。

 ヨシっ!!

 照準が定まったのを見て、手の中にあるボタンを強く押した。

 しかし、何も出てこない。

 ああと思った。

 そういえば、この機はいつもの半分の弾丸しか入っていなかった。

 がたがた音を立てるこの機体だって、だましだまし飛ばしているものだ。

 鉄製に見えるだけで、タダの木とわずかな金具とでつながってる棺桶みたいなものだ。

 それが飛んでいるのだから、本当に驚かされる。

 けれど、自分は戦わなくてはならなかった。

 お国の為に、天皇陛下の為に。

 いや違う。

 そっと胸元から取り出したのは、一枚のハガキ。

 綺麗な文字でこう書かれている。

『子供が出来たようです』

 もう一度、それを胸元に戻すと、自分は思わず笑みを浮かべた。

 そうだ、自分は国でも天皇のためでもない。

 大切な家族の為に、戦っているのだ。

 ゆっくりと操縦桿を傾けると、一気に相手の空母へと突っ込んでいった。



 瞼を閉じると、思い出すのはあのときのこと。

 月明かりが綺麗で、静かな夜だった。

 待ち合わせは、あの橋の傍。

 明かりは持たずに、誰にも言わずにこっそりと二人で抜け出した夜。

 最初に待ち合わせ場所にたどり着いたのは、自分だった。

 誰かの何かの気配を感じたら、すぐさま身を隠して、彼女を待つ。

 何分待っただろう?

 長く感じられたし、そうでなかったかもしれない。

 手元に時計なんて、高価なモノはなかったから、よくわからない。

 けれど、彼女は来てくれた。

「誰もいなかったら、どうしようかと思った」

 小さくけれど、可愛らしい声で彼女はそう言う。

「浴衣を……着てきてくれたんですね」

 その言葉に彼女はくすりと笑った。

「そういうあなたも甚兵衛を着てくださってるじゃない。それに……花火を見ましょうって言ったのは」

 あなたよ、そう笑う彼女の手を握り、自分は高鳴る胸をそのままに目的地へと向かった。

 何かの物音が聞こえたら、すぐさま身を顰める。

 何事もなかったら、そのまま進む。

 人気はいないはずなのに、たまに人に会うから驚かされる。

 けれど、今のご時勢、警戒しないことはない。

 今は他国と戦っているのだから。

「ここです」

 たどり着いたのは、人気のない小さな神社だった。

 遠くで虫の音が聞こえる。

 少し暑くじめっとしているが、時折吹く風が心地いい。

「そういえば、どんな花火を見せてくれるの?」

「大したものではないんですけど」

 そういって、懐から取り出したのは、3本の。

「線香花火」

 彼女の言葉に頷いた。

「これを手にいれるのにも、難儀しましたよ。たまたま部隊に花火職人の息子がいて、助かりました」

 それで分けてもらったと言えば、彼女もまあと驚きの声を聞かせてくれる。

「それじゃあ、一緒にやりましょうか」

 一本を手渡そうとすると。

「一つずつやりませんか? 大切なものですから」

 それに長く楽しめると思いますよと、彼女は花火を持つ手に、自分の手を重ねた。

 重ねられた場所が、熱く感じるのは気のせいだろうか?

「火を……つけますね」

 持ってきたマッチを使って、花火に火をつける。

 とたんにはじけ始める花火。

 花火の火の明かりで、互いの顔が良く見えた。

「綺麗ですね」

「ええ」

 花火も綺麗だったが、彼女の無防備なうなじに、思わず目を奪われる。

 いや、うなじだけじゃない。

 彼女の唇。

 すっと通る鼻筋。

 柔らかな視線。瞳。

 きちんと纏められた長い黒髪。

 と、彼女の紅を注した唇が動いた。

「あっ」

 一つ目が終わった。

「じゃあ、もう一つつけましょう」

 先ほどと同じように二人で花火を見つめる。

 ほんのりと頬が赤く染まっているのは、赤い花火の所為か?

 二つ目はあっという間に落ちてしまった。

 そして、最後。

「これで最後、ですね」

「長く見られるといいですね」

「ええ。では、つけますよ」

 火をつける。弾けはじめる花火。

 綺麗だった。

 花火も。

 もちろん、花火の向こうに見える、彼女も。

「これは長いですね」

 小さな声で囁くように彼女が言う。

「ええ」

 自分も彼女に倣うかのように小さな声で答える。

 二人で持つ二人だけの花火。

 ああ、この時間が永遠であればいいのに。

 このまま続けばいいのに。

 そうすれば、自分は何と幸せ者だろうか。

 国の為に戦わなくてはならぬというのに。

 けれど、願ってしまう。

 一秒でも二秒でも長く、長く彼女と共に居たいと。

 次第に目の前の火花が小さくなっていく。

 小さな火の滴となり、そして。

「「あっ」」

 自分と彼女の声が重なった。

 とたんに小さな笑い声が響く。

「終わってしまいましたね」

 名残惜しそうにそう呟くと。

「ええ。終わってしまいましたけれど、とても素敵な花火でした。もう滅多にみられない花火を、夏に見れたのですから、私達、幸せ者ですね」

 そう楽しげに微笑む彼女が、とても愛おしく感じる。

 思わず自分は、彼女の手を引き。

「えっ」

 その胸に抱いた。

 彼女のぬくもり。

 彼女の香り。

 そして、彼女の見上げる可愛らしい顔。

 どれも忘れないだろう。

「愛しています。……他の誰よりもずっと」

「……私も、お慕いしております」

 答えの代わりに唇を重ねて、遠くに虫の音を聞きながら、二人だけの時間を。

 激しく情熱的な時間を過ごした。

 まるで、夏の暑さに浮かれた様に。



 あれから、何日も何日も過ぎました。

 あの夏の夜は夢だったのかと、思うときもあります。

 けれど、それはありません。

 なぜなら、私の腕の中にはすやすやと眠る、愛らしい男の子がいるのですから。

 残念なのは、傍にあの人がいないということだけ。

 私は空を見上げます。

 はらはらと零れるように桜の花びらが舞っています。

 この花が枯れて、時が巡れば、またあの夏がやってきます。

 ねえ、聞こえていますか?

 あなたに会いたい。

 そう願ってはいけませんか。

「……さん……」

 声が聞こえたような気がした。

 はっと後ろを振り向くと、あの人がいるではありませんか。

 私はすぐさま駆け出しました。

 子供が泣いても構いません。

 これが今生の別れだとしても。

 私は彼の元に駆けつけるでしょう。

 あの人が、迎えに来てくれたのですから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すごくいい作品ですね…‼︎ ちょっぴり感動しました! 戦争ってやっぱり嫌だなぁと思いました。 家族や恋人がいると…辛いですよね。 よくこの様な小説を読むんですが、見ると悲しくなります。 あ…
[一言] こんにちは!私もお邪魔させて頂きました。 とても郷愁を感じるような切ない物語でした。 ラストはどうなのでしょう?どうともとれるような感じでしたね。 私の個人的な意見なので聞き流して頂いて…
[良い点] 線香花火を貧しい時代の象徴にしたのが良かったと思います。 [一言] 時代考証等が合っているのか、気になりました。また第二次世界大戦の日本が舞台という事で、ハッピーエンドがあわない素材だと思…
2015/07/24 00:17 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ