第1部 1章 第1話「修行開始!」
セントバレナ。地球の約20倍の表面積を持つこの星は、海と陸地がおよそ半々からなる。おもな大陸は5つあり、それぞれが地球のよりも何倍も大きな海で分断されているため、長い間交流がなかった。そのため、大陸ごとに文化レベルにそれなりのばらつきがある。平均的には21世紀の地球と同等の科学技術を備えていたが、地球の基準で言うならば中世から400~500年先の未来までのばらつきがあった。中世文化圏のドーモス大陸には、人間の他に魔族という種族が暮らしている。とはいっても、多少肌の色が異なるくらいで、基本的には人間とそんなに変わらない。魔法という独自の技術を持っていることが特徴である。
未来文化圏のネムサ大陸は、大陸封鎖を行って他大陸との干渉を避けている。そのため、外部から侵入することはできず、その全貌は謎につつまれたままだ。
そして、現代文化圏のテミー大陸、アッセリア大陸、オクタル大陸で主に世界の交易は行われている。頻繁な交易のおかげで、この3大陸では文化格差は解消されつつあり、一部の地域を除いては20世紀前半から21世紀の中ごろくらいの文化レベルである。
大気や海、地殻の組成は地球とほぼ同等で、地球人にとって有害となる気体は大気中にはほぼ存在しない。
気候もまた地球に近いのだが、多くの場所では大自然が、地球人には若干厳しい気候を作り出している。
「はい。今日のお勉強はここまで」
「うーん。難しかった!」
「バルになりたいんだったらこれくらいの知識はつけておきなさいよ。世界のことをよく知っていないと務まらない仕事なんだから。」
オルキア歴9978年、テミー大陸の西側、クレア山の別荘にゆうやとメリスはいた。
奇妙なことに、地球とセントバレナの自転と公転の周期がかなりの正確さで一致しているらしく、時間の単位は年をそのまま使っても通用するらしい。セント語では年に当たるものはデラと言うらしい。(文字はカタカナで一番発音が近いものを使っている)
しかし、まさかこんな山の別荘を使うことになる日が来るとはね、とメリスは思った。もう20年も前のことだが、ここは一般人がなかなか来られないようなところで格安の物件だった。ロケーションがきれいってことでなんとなく買ってみたはいいが、バルとしての仕事が忙しく、大抵は定住なんてしない日が続くから、実際はほとんど使うことはなく、正直必要なかったかな、と思っていた。それが、今になってゆうやの家として使うことになるとはね、わからないものだなと感じていた。
時は1か月ほど逆戻る。
久々に別荘にきたメリスは、まず掃除から始めた。ゆうやには床拭きを手伝ってもらった。何年もほったらかしだった家は、それはもうひどい有様だった。一日中あちこちを掃除して、終わったときはくたくただった。
やっときれいになったリビングで、さあ、夕食にしましょうとメリスが言ったのは夜の8時をまわったころ。ゆうやもおなかがペコペコだった。その日の夕食はパスタのような、でも何か違うような、そんなものだった。
夕食が終ったゆうやは、約1週間ぶりの風呂に入ることになった。それはメリスも同じで、バルは旅づてなので野宿も多く、なかなか風呂にはありつけないのだ。
ゆうやは風呂にはまだ一人じゃ入れないことをここではじめて知ることになる。そっか、まだ4歳だったもんね。メリスは一緒に入ってあげることにした。
「なんかおかあさんとはちがうね」
とゆうやは見た感じの印象をそのまま述べた。
メリスの体には幾多もの戦いでできた古傷がそちらこちらに見られた。体は鍛え上げられ、筋肉質とまではいかないが、かなり引き締まっていた。
「そうねえ」
普段あまり見た目は気にしない方だが、言われてみて、普通の女性とはちょっと違うのかな、とは思った。
「でも、あったかくていいにおいがするのはいっしょだね」
打ち解けるゆうやとメリス。なぜ自分がこれほどまでにメリスになついているのか、自分でもわからないくらいに、ゆうやはメリスに親近感を抱いていた。もしかしたら、ひとりぼっちでさまよっていた自分に与えてくれた安心感からかもしれない。
メリスはメリスで、本当の家族ができたような、そんな気分だった。
メリスはゆうやに頭の洗い方を教えてあげた。この子はかなり甘やかされて育ったことは間違いない。少しずつ自分でなんでもできるようにさせようと決めた。
風呂から上がると、二人はパジャマ姿に着替え、外を眺めた。
「うわー! きれい!」
ゆうやは初めて見る満点の星空に大興奮であった。そう、彼は日本ではまだ町からほとんど出たことはなかった。この1週間で体験した大自然の印象は、彼に強く焼き付いていた。メリスは黙ってはしゃぐゆうやを見つめていた。
寝る時間になる。ゆうやはやっぱりメリスの布団に潜り込んだ。メリスにとっては初めてのことだったが、抱きついてくるゆうやに悪い気分はしなかった。
なでてやると、あったかい、と感じているうちにまたゆうやは眠りに落ちた。さあ、私も寝ようかしら、というところで、ゆうやが小さく寝言で
「おかあさん……」
と言っているのが聞こえてしまった。やはり4歳の子供。決心をしたつもりでも本心はまださみしいのね、といたたまれなくなってゆうやをそっと引き寄せた。
翌日、朝の6時。メリスはゆうやをたたき起こした。
「おきなさい!」
ゆうやは眠い目をこすりながら幼稚園にはまだはやいよ、と言いかけたが、あ、そっか、もう幼稚園には行かないんだったけ。
「ゆうや! 着がえてちょっと外に来なさい」
いつもとは違う強い口調に、ちょっと変だなあと思いつつも、着替えて外に出た。
「ゆうや。あなたは強くなりたいって言ったわね。バルになって活躍したいって」
「うん!」
「それじゃ、今日からさっそく修行に入ろうと思うの。」
「しゅぎょう! やったー!」
ゆうやは強くなれると聞いて大喜びだった。空を飛べるようになるかもしれない。胸はわくわくしていた。
「最初に聞くけど、どんなにつらくても、どんなに大変でも、途中でやめないって誓える?」
「もちろん!」
「ホントに?」
メリスの顔が険しくなったので、ゆうやは少したじろいだが、彼の意は決していた。
「つよくなって、みんなをたすけられるようにがんばるよ!」
「じゃあ、約束ね。やると決めたからには決して手は抜かないわよ。覚悟しなさい!」
中途半端な力でバルとなることの恐ろしさをメリスは知っていた。彼がバルとなることを選択した以上、鬼になっても彼を肉体的にも精神的にも徹底的に鍛え上げてあげることが、将来の彼のためだと決心した。
「まず、私のことは今からメリス先生、あるいは先生と呼びなさい。私たちは今日から師弟関係よ。」
「はーい! で、していかんけいってなーに?」
「師匠と弟子の関係ってこと。私が師匠で、あなたが弟子。これからは師匠の言うことは絶対に聞かないとだめよ」
「うん」
「これからの返事ははい!」
ゆうやはメリスの声の勢いに、思わずびっくりしながら返事した。
「は、はい!」
「よろしい。言葉づかいも少しずつ直していくからね。」
バルになるためには相当期間の修練、様々な知識の習得が不可欠である。メリスはこれからゆうやを鍛えるのにかかる膨大な時間を思い、大変な仕事を引き受けちゃったなあ、と感じた。ジルフは忙しく、次はいつ会えるか分からない。ゆうやとメリス、二人の修行が始まった。