僕と彼女と2001年宇宙の旅
勢いで書いてしまった短編です。後悔はしていません。ちなみにこれといったテーマもありません。女の子が出てくるまでの件は実体験が元となっています。原稿用紙8枚の超短編なので、暇なときにでも読んで和んでくれるとうれしいです。あと感想とかも貰えるとうれしいです。
右の乳首辺りに激痛が走った。突き刺されたような痛みだった。慌ててシャツの上からその部位を触ると、何か異物があった。急いでシャツを脱ぐとその何かが床に落ちた。スズメバチだった。思わず大声が出た。毒がまわる!
ワンルームのアパートで一人暮らしをしている僕はいつも洗濯物を乾かしてもすぐには取り込まない。ものぐさなので、必要に応じて必要な洗濯物をベランダの物干から取って着る。今日もいつも通りに物干からシャツを取って着けたのだが、どうやらシャツの中にスズメバチが入っていたようだった。真冬の寒さにスズメバチも暖を求めていたのだろう。
だが! これは由々しき事態だった。スズメバチに刺されると毒が回ってショック死してしまう!
とっさにテレビドラマなんかでよく見るシーンを思い出した。噛まれた箇所から毒を口で吸い出すシーンだ。僕は慌てて刺された右乳首を口に含んで毒を吸い出そうとした。しかし悲しいかな、自分の口はどうやっても自分の乳首を吸えない。頭の中の警鐘がガランガランと大きな音を立てた。このままじゃ死ぬ!
乳首を指で強く挟んでみるが痛みだけで、何も出てこない。何か強力に吸い出してくれる物がないと……。泣きそうになりながら部屋の中を見渡すと、あった。掃除機が……。
急いで先っちょに付いているT字型の吸い込み口を取り外し、棒状になっている先端を右乳首に押し当ててスイッチを入れた。吸引力が違うとCMで豪語していた通り、サイクロン式の掃除機はさすがに強力で、瞬く間に乳首が吸着する。
助かった……のか?
これといった成果も感じられない中、半ば呆然と掃除機の先で乳首を吸っていると、突然アパートのドアが開いた。
「さっき悲鳴がしたけど何かあった」
隣の部屋の姫野あかりだった。幼なじみで気軽に部屋を行き来している間柄で、実は僕が密かに恋いこがれている美人だ。彼女は僕の行状を見ると両手で自分の口を押さえて「なにこれ、キモい」と叫んだ。誤解だ、と言いたいが、大の男が真冬の朝にパンツ一丁で、乳首を掃除機で吸っている姿を見たら誰でもそう思うだろう。しかし今はそれどころではない。一秒を争う急事だ。
「吸って!」
僕は叫んだ。
「ヤダ、この人変態!」
彼女も叫んだ。
「違う! ハチ! ハチ! 刺されたの!」
僕は床に転がっているスズメバチを指差した。
「あ、スズメバチ。こんな時期にもいるんだねぇ」
それを見た彼女は暢気な声を出す。
「だから吸って! 毒出さなきゃ死んじゃう」
すると彼女はケラケラと笑って大丈夫だよぉ、と言った。
「前にテレビでどこかの国のハニーハンターの番組観たけど、メチャクチャ刺されても全然平気だったよ」
「僕はハニーハンターじゃない!」
「大丈夫だって。死ぬならもうとっくに死んでるでしょ」
そうは言われても、スズメバチの権威でもない彼女の言葉は容易に信用できなかった。心なしか気分も悪いような気がするし……。
こんな形で僕の人生は突然終わってしまうのだろうか、そんな事を考えた。だとしたらあまりにも理不尽だ。まだやりたい事だってあるし、いつも観ているテレビドラマの最終回も気になるし、それに早く童貞も卒業したいし。それに……。
僕はハッとした。
死ぬ前に今まで集めたエロDVDや、パソコンのエロ画像フォルダを始末しなけりゃならない!
僕のいなくなった部屋で荷物を片付けにきた両親がそれらを見つけ、「あの子ったら、こんなもの見てたなんて」と違う意味で涙を流す姿を想像すると顔が青ざめる。
実をいうと僕の性癖はちょっとアブノーマルで、SMモノなどに興味があった。いつだったかあるAV男優が言っていたことがある。
「指を切ったりすると咄嗟に口に持っていくでしょう。そうすることで痛みを和らげているわけですが、もしその時に切った指先を口にもっていけないとしたらどうです? きっと痛みが増して感じるでしょう。SMも一緒です。手足を拘束されて動かせないとしたら、感じる快感も増すんじゃないでしょうか」
彼のその言葉に衝撃を受けた。それってつまりエロさ増量ってことじゃないのか……。僕はそれ以来SMモノを集めるようになってしまったのだ。
とにかく、彼女が毒を吸い出してくれない以上、死ぬ前にそれらを隠滅する必要に迫られた。大急ぎでパソコンの電源を立ち上げ、エロDVDのコレクションを棚の奥から取り出す。もう一時も時間がないのだ。
「あれ、そのDVD、何?」
彼女が僕のコレクションに気がついたようだった。
「ああ、これ。映画をコピーしたヤツ」
咄嗟に嘘をついたが、彼女はそのうちの一枚を目ざとく見つけて飛びついて来た。
「これ『二〇〇一年宇宙の旅』じゃない」
確かにDVDの表面にはそのタイトルが印字されていた。まあよくあるカムフラージュだ。中身はもちろんSMのエロDVDなのだが。
「これ観たかったんだよね。わざわざお金出してまでも観る気はないけど、持ってるんなら貸してよ」
「ダメだよ」当然僕は慌てた。
「キューブリックなんてつまらないよ。退屈だし、古いし、正直いってクソ」
そう吐き捨てるように言って僕は彼女から『二〇〇一年宇宙の旅』を取り返して処分用のダンボール箱に入れた。
「え〜、そういう映画結構好きなのになぁ」
尚も彼女は未練そうにDVDを覗いていたが僕は無視した。一刻も早くこれらを処理しなければ。その事ばかり気にしていると彼女が「ねえ」と声をかけてきた。
「何」
ちょっとイラ付いた声で答える。
「結構いい時間だけど、会社大丈夫?」
その言葉で我に返った。時計は八時を回っている。ヤバい! 大慌てでクローゼットからスーツを取り出し身につけた。その間彼女が何かいじっていたが相手にしている暇はなく、忙しくて失念していたが、僕がアパートを飛び出した頃には彼女もいつの間にか自分の部屋に戻っていたようだった。
駅に向かいながら朝から最悪の一日だ、と悪態をつく。そこでふっと思った。「あれ、そう言えば俺死んでないじゃん」と。
すべて杞憂だったのかと、急に気が軽くなって、満員電車に飛び乗った。しかし何かを忘れているような……。
その日は真面目に仕事もこなしたし、同僚や上司とくだらないジョークを飛ばし合ったりして、それなりに充実した一日を過ごした。そして帰宅。ドアを開けると、その拍子にドアに取り付けられている郵便受けの中でカタっと音がした。開けてみるとなぜか『二〇〇一年宇宙の旅』のDVDが……。そしてメモが一枚。
「この変態っ!!」
ああスズメバチよ、僕を殺してくれ……。