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絶対に認めたくないものは誰にでもある

 殺された桐谷恭介の情報を得る為、慶一と桜子は目撃者の所へと向かう途中だった。目撃者は彼が仕事をする際にコンビを組んで行動していた人間だ。慶一も恭介にパートナーが居る事は聞いていたが面識はない。

 どんな人間か気になったので桜子にその人物の事をたずねてみたのだが、彼女も面識はないとのことだ。

「なんで僕達こんな事してるんでしょう」

 飲食店が数多く建ち並ぶ辻沢市では比較的大きな通りを歩く慶一が不満気に呟く。

「こんなこと?」

 慶一の呟きに反応したのは、隣を歩く桜子だった。彼女は喫茶店では腕に抱えていたクリーム色のロングコートを着ている。

「警察の真似事じゃないですかこれ」

「しょうがないじゃない。普通の殺人事件と違って私達側の人間による犯行なんだから。警察に任せて、うちの情報がマスコミにでも漏れたらそっちの方が面倒よ」

「そりゃそうですけど……」

「それに警察じゃあ彼女は捕まえられない」

 常人離れした戦闘能力を持つ退魔師を生け捕りに出来るのは、同じように常人離れした人間に他ならない。慶一にだってそれくらい分かっているのだがやはり気乗りがしない。

「俺達の仕事内容から完全に逸脱してますって。大体こういうのは向かないんですって俺に」

「現場の人間には状況をみて的確な判断が下せるような臨機応変さも求められるのよ」

「今回のこれは臨機応変というより、上から押し付けられたって感じですけど……」

「その押し付けられた仕事がいかに不満な事だろうと即座に頭を切り替えて成功に導く手段を考えるのも臨機応変さの一つよ。腹の中でなにを考えるかは自由だけどね」

 この時、慶一の目に桜子の周りから黒くてドロドロとした得体の知れない気体が溢れ出している様に見えたのは、完全な幻というわけではないだろう。





 カレーの大手チェーン店が目印の交差点から細い道に入り、暫くまっすぐ進んだ先に強烈なカラーリングのアパートが建っているのを確認した桜子は足を止める。

「ここよ」

 鳩尾辺りの高さで腕を組み。ここというのを視線で指し示しながら桜子は言う。樹脂性の壁面は毒々しい紫色に塗りつぶされ、素人目では材質は分からないがここからでは屋根にはベタベタに黄色のペンキが塗ってある。

「このアパートを作った人は一体何者でしょう……」

「それは分からないけど、私がこの家に何らかのテーマ性を持たせるとしたら。不協和音かしら」

 二人はアパートの外装の事のにはそれ以上触れずに、無言でアパート内へと足を踏み入れて行った。

 アパートに向かって一階の一番奥の部屋まで到達した桜子は、部屋の呼び鈴を鳴らす。

 呼び鈴の音はボタンを押仕込んだときに‘ピン‘離したしたときに‘ポン‘となる古いタイプの物が未だに使われている。暫くすると扉が開き、中から男が出てきた。

 身長は高いが、全体的には痩せて見える。サラサラとした髪は黒く前髪を軽く横に流している。楕円の縁なし眼鏡を掛けており眼鏡の奥の目は絵に描いた狐のように細い。服装にはあまり気を使っていないようで、緑色に可愛い熊がプリントされたトレーナーの上に年寄り臭いどてらを着込み、下半身にはグレーのスウェットを穿いている。

「おや、どなたですか?」

 ドアを開いた狐目の男は桜子と慶一を見るとおどけたような口ぶりでたずねた。

「初めまして。悪霊被害対策課の東条です。辻沢市の南部地区を担当しています」

「斗蔵です。同じく南部の担当です」

 それを聞いた狐目の男は、片方の手の平にもう片方の拳の小指側を軽く打ち付ける。

「ああ、あなた達が。そうですか恭介から話は聞いていましたが。あなたのような美しい方がこの町にいようとは。今日ほど神に感謝した日はありません。ああ、申し送れました。私、北部地区を担当しております。日向小三郎(ひなた こさぶろう)と申します」

 芝居がかった言動でそれだけ言うと、今度は慶一に向かって右手を差し出してきた。

 慶一が日向という男に対して抱いた第一印象は調子のいい奴だった。仕方なく、差し出された右手を握り返しながら隣の桜子を見ると、彼女は彼女で感情の読めない涼しげな笑顔を浮かべている。

「斗蔵君の噂は聞いているよ。その若さで辻沢の調査を任されるとは大した物だ」

 日向は握った手をブンブンと振りながら言う。

「いえ、それ程でもないです」

 日向の話に付き合うと話がどんどん本筋から逸れてゆくような気がする。慶一は困ったように桜子を見た。

「日向さん。そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」

 桜子が仕方なしに言うと、日向の顔が真剣なものになる。

「分かっています。恭介の事ですね。とりあえず上がってください。玄関でするような話じゃない」

 日向はそう言うと、二人を中に招き入れた。

 日向の部屋は殺風景な物だった。玄関に入ると板張りのキッチンがあるが、調理器具は一切無い。ガスレンジや洗い場にも一切物は置いておらず。使われた形跡も無い。続いて慶一達が通された部屋だったが、家具らしき物は小さなテーブルがポツンと置いてあるだけだった。テレビもエアコンも布団すらも無い。本当にここで生活しているのかも怪しい物だ。

「適当に座ってください。生活用具は全部隣の部屋なんです。あっ、コーヒー飲みますか?缶コーヒーですけど」

 そう言って日向はベランダへと出て行く。戻ってきた時には両手に缶コーヒーと三つ持っていた。どうやら常温保存らしい。

「どうぞ」

 そう言って日向は缶コーヒーを二人に手渡す。

「有難うございます。それでは早速話を伺いたいのですが。」

 常温保存の缶コーヒーを苦笑いで受け取りながら桜子は言う。日向は一度頷くと話を始めた。

「知ってると思いますけど、僕は恭介とコンビを組んで行動しています。大体の場合、僕が恭介の所に行き、そこで打ち合わせをして仕事に移るという流れでした。今日も僕は仕事の打ち合わせのつもりで恭介の所まで行きました」

 日向は缶コーヒーを開けると一口飲んだ。

「そこで、既に死亡した恭介さんと、返り血を浴びたと思われる恭介さんの妹、恭華さんを見たんですね」

 桜子が、先を促す。

「ええ、恭華ちゃんのことは僕もよく知っていました。よく恭介の所に遊びに来ていましたから。仲の良い兄妹でした。それが、今でも信じられません。なぜあんな事を……」

 日向は顔を顰める。

「まだ、彼女が犯人だと断定は出来ません。彼女を発見したときの状況を教えてもらえますか?」

「彼女を見つけたときの状況ですか……それは……」

 今まで頼まなくても話し続けてきた日向が珍しくその質問には言い淀み、暫く逡巡した後口を開いた。

「彼女は……恭華ちゃんは、恭介の腹の中に手を突っ込んで何かを探していました」

「腹に!?切ったって事ですか?手術みたいに」

 慶一は眉を寄せながら聞いた。

「多分そうなんでしょう。まるで何かに取り付かれたような顔をしていましたよ。入ってきた僕にも気付かず、一心不乱に恭介の腹をまさぐってました。僕が声を掛けると、彼女はそのまま窓から逃げて行きました」

 殺風景な部屋の中に暫く重い沈黙が訪れた。慶一には理解できない。兄の死体の腹を切り開き、素手で内臓を弄ぶ桐谷恭華という人間の心理が。慶一はその風景を想像してしまい吐き気を覚えた。想像した事を後悔する。

「死体はどんな様子でしたか?」

 桜子の表情も若干険しい物になっているように見える。

「まず、腹に付いた傷が一つ。さらに背中から切りかかられたような傷が付いていました。右肩から左脇腹に掛けて袈裟切りにされてました」

 慶一もここに来る前に死体の状況を聞いていた。致命傷は背中の傷だったとしか聞いていなかった。腹に傷があることも知っていたが、まさかそれが腹の中にある何かを探すためだけに付けられた傷だとは考えなかった。

「でもなんで、桐谷恭華は桐谷さんの腹を割いたりしたんでしょう。理由も無しにやったのなら狂ってる」

 言いながら慶一はそれじゃあ理由があれば実の兄の腹を割いても許されるのかと突っ込む。

「その事については僕に心当たりがあります」

 日向が言う。

「話してください」

 桜子に促れ、日向は心当たりについて、話し始めた。

「僕らが辻沢市に駐留する理由は、お二人も知っての通りです」

「超自然的な事件が多発する理由の調査とその理由の除去」

 慶一が答える。

「その通りです。その原因らしき場所が先日見つかりました」

「何ですって!?」

 普段滅多に動揺することの無い桜子が驚く。慶一とて例外ではない。驚き過ぎたせえで咄嗟言葉が出なかっただけだ。数秒掛けてようやく思考が落ち着いくる。すると、真っ先に訊かなければならない事があることに気付く。

「そんな話、一度も聞いてませんよ」

 慶一は疑問に思った事をそのまま訊いた。

「ええ、まだ報告する前ですから」

 対して日向はさも当然のように言う。

「それは真っ先に報告する事ですよ」

 その判断は絶対におかしいという意を込めながら慶一は言う。

「ええ、私達もそのつもりでした。でも、信じられなかった。いえ、信じたくなかったのです」

 日向は苦い物を口いっぱいに含んだような表情で語る。

「先日、私と恭介は突然不自然な霊子の集まりを確認ししました。今までそれに気が付かなかったのは、その場所に強力な結界が張られていたからでしょう」

「結界ですか」

「はい、そこに有るものを認識出来なくなるような性質の結界です」

「人払いですか?」

「いえ、それだったら、破る方法はいくらでもあります。全く気付かないということも無いでしょう。全く別ものです。どんな原理なのかはさっぱりです。何かの拍子にその封印が弱まったのだと思いますが、どのみち人間業とは思えません」

「それで、その場所には行ったのですか?」

 脱線しそうになった話を桜子が元に戻す。

「はい、もちろんです。そこで発見したのが何か強力な妖魔を封印したと思われる石でした。僕らは勝手に封印石と呼んでましたが……」

「妖魔を何かに封印するのは確かに珍しいですね」

 珍しいが慶一にとって信じられないという話ではない。昔から手に負えない妖魔を何かに封印するという手段は有るし。過去に何度かそういったものも見ている。日向がこれだけのことでそんなに取り乱すとは思えなかった。

「ええ、それもそうなんですが、実は続きがありまして。その石、正確にはその石が保管されていた場所にはさらに封印が施されていました」

「石に妖魔を封印するための式ではないのですか?」

 桜子が言う。

「いえ、石自体にも封印が施されていました。保管場所に施されていた封印はまた別の物を封印するものです。恐らく石に封印された妖魔の力を使ってさらに強力な妖魔を封印していたのでしょう。封印式が妖魔の力を一定量還元出来るような形になっていました」

「妖魔の力を使った封印?そんな……ありえない。だって……だとしたら……」

 慶一にも桜子の言いたい事が分かった。話には聞いたことがある。といっても神話や御伽噺の類だ。

「だとしたら。そこに封印されているのは……」

 慶一も自分で言おうとしていることが信じらない。

「封印されてるのは、生物の悪意に霊子が集まった事によって具現化した妖魔じゃない。自然霊……妖怪だ」


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