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喫茶店に入るとついつい長居をしてしまう自分が嫌

 待ち合わせとはあらかじめ決まった時間に決まった場所に集合することをいう。

 放課後になり携帯の電源を入れた慶一は自分の携帯に一件の伝言が入ってる事に気が付いた。

 伝言内容はこうだった。

「東条です。今日の仕事の集合場所なんだけど、駅前に新しくオープンした喫茶アルプスに変更ね。あそこのチョコレートケーキが絶品らしいの。餡子(あんこ)から大学芋まで甘い物なら何でも食べたい私としては、そんなに美味しいチョコレートケーキなら絶対食べなくちゃいけないのよ!そういうことで今日の夕方の六時に喫茶アルプスに集合ね。……っあ、そうそう。喫茶アルプスのマスターなんだけど、有名なケーキ店で修行を積んだパティシエだったらしくてね……」

 録音の時間が切れたらしく音声はそこで途切れていたが、要するに桜子がケーキを食べたいからと待ち合わせ場所を変更したのだ。

 しかしながら一向に桜子はやって来ない。

 集合時間直前に桜子から少し遅くなるという連絡を受け取った慶一はその言葉を鵜呑みにし、喫茶店で待ち続けることにした。既に二時間が経とうとしていた。すぐと言う言葉にに対する認識の相違だった。

 何度か桜子に連絡を取ろうとした慶一だったが、桜子の電話はずっと話中で一向に繋がらない。

 金もないのにコーヒーを注文し。一杯のコーヒーで二時間も粘ったせいで従業員の視線も心なしか冷たい。

 そんな事もあり、慶一のストレスは着実に溜まって行く。行き場をなくしたイライラがとうとう臨界点を迎えた。

「ああああああ!遅い、遅すぎる!!!!早朝の集合じゃあるまいし!!しかも待ち合わせ時間だって自分が指定した時間じゃん!!ちょっと遅れるって言ってたじゃん!!二時間がちょっとなの!?二時間あれば何が出来ると思ってるんだ!!」

 慶一は『喫茶』アルプスの中心で不満を叫んでみた。慶一が不満をぶち撒けた直後、店内は水を打ったように静まり返った。数秒間の静寂の後、『喫茶アルプス』の店内は慶一が叫ぶ前と同じ状態に戻った。

 どうやら関わりあわない方が善いと見ない事にされたようだ。

 慶一もそれですっきりしたようで、

「すいません。コーヒーの御代わりください。一番安いやつ」

 二時間かけて、ようやく開けたカップを掲げ近くを通ったウェイトレスに声を掛けた。

 訓練された営業スマイルを浮かべ、振り返ったウェイトレスだが、先程何かを叫んでいた客に声を掛けられた事を知った瞬間、その笑顔が引きつった。「かしこまりました」と引きつり笑顔のまま言い、伝票を取り上げてそそくさと退散するウェイトレスを悲しげに見ていた慶一だったが、自分に近づく足音に気が付きそちらを振り向く。

 足音の主は慶一を二時間も待たせた張本人だ。長い黒髪を後ろで一本に縛りった桜子はニットのセーターにジーンズを穿いていた。腕には外で着ていたと思われるクリーム色のロングコートが抱えられている。

「遅い。遅すぎますよ桜子さん。少し遅れるって連絡受けてから二時間ですよ。電話も繋がらないし、おかげで一杯のコーヒーで二時間も店に……桜子さんどうしたんですか」

 矢継ぎ早に桜子に待たされた二時間分の不満をぶつける慶一の言葉が途切れたのは桜子の表状がいつもと違い深刻味を帯びている事に気付いたからだ。

 いつもの優しげな微笑は無く、仕事中、それもかなり神経を使う仕事をするときにする表情だった。

「ごめんね慶一君。ちょっと深刻な問題が起こってね。その事について色々上層部と話し合っていたのよ。ケーキはまたの機会にするわ」

 そう言うと桜子は慶一のコーヒーを持ってきたウェイトレスを呼び止め同じ物を注文する。

「問題?」

 ウェイトレスが去ったのを見計らい慶一が気になったワードを疑問系にして抜き出す。

「辻沢市の北部を担当していた退魔師、桐谷(きりや)君の事は知ってるでしょ」

「ええ、おなじ地区の担当ですから。情報の交換なんかは何度かしています。桐谷さんがどうかしたんですか」

 コーヒーを啜りながら暢気に言う慶一に桜子は立った一言だけ告げた。

「殺されたわ」

 慶一の顔が強張る。特別親しい訳ではないが自分の知る人間が殺されるという事はやはり何度経験しても慣れない。しかし、妖魔と戦う自分もいつ死んでもおかしくない。慶一にとって、死とは他人事ではないのだ。

 慣れない事だが初めて体験する事でもない。慶一は亡くなった者の冥福を祈るように黙祷をささげる。これは慶一が知人の死を知ったときにやる癖だ。

 数秒後、目を開いた慶一の第一声は知人の死を憂う言葉でもなければ、あの人には世話になったというような昔話の類でもなかった。

「……そうですか。桐谷さんを殺したのは妖魔ですか?」

 無駄話を省き早速話の本題に入る慶一だったが、彼の言葉に桜子は首を横に振る。

「違うわ」

 表情には出さなかったが慶一は驚いていた。退魔師や除霊師が殺されたとなれば大抵の場合相手は強力な妖魔だった。慶一もそう言った前提で話を進めようとしていたのだが、

「違うって、どう言うことです」

 知らず知らずに慶一の眉間に皺が寄る。

「彼を殺したのは人間よ」

 妖魔でないとなればあとは簡単な話だった。

「なにか決定的な証拠でも出たんですか?」

 可能性は0ではないが敢えてその可能性は外していた。理由は単純だった。退魔師と言う人種を殺せる人間はかなり限定される。妖魔と戦う訓練を受けてきた退魔師を殺すにはそれと同等かそれ以上の力が必要だからだ。

 さらに、辻沢の担当になる退魔師達は皆腕利き達で構成されている。並みの退魔師が命を狙ったところで返り討ちに合う可能性が高い。そんなリスクを犯して強力な退魔師を殺すメリットが考えられないからだ。

「いえ、状況証拠ってやつかしら。彼のチームを組んでいる者が彼の家に行った時、返り血を浴びた犯人らしき人物がいたそうよ。声を掛けたら窓から逃げたらしいわ」

「そうですか。それで、容疑者は?」

「まだ捕まってないわ。その事を上に報告したの」

「それで、上はなんて」

「容疑者の身柄を私達で拘束するように言われたわ」

「それはやはり……」

 警察に頼らずに容疑者を拘束したいという協会の態度が彼を殺した人物はどんな種類の人間なのかを物語っている。

「そうね桐谷君を殺したのは現職の退魔師よ」

 コーヒーを一口啜る桜子。

「容疑者の身元は分かりますか?」

 容疑者の拘束に必要な情報を慶一は桜子に訊く。

「ええ、私達の世界は存外狭いの。目撃者が容疑者の事を知っていたわ」

 そう言って桜子は慶一の方に一枚の写真を差し出す。

 写真には少女と青年が写っている。写真に写る端正な顔をした長髪の青年を慶一は知っている。男はカメラに向かって微笑んでいた。

「桐谷さん」

「彼と一緒に写っている女の子が容疑者よ」

 慶一の目は写真の中の桐谷の後ろに立つ少女を捉らえる。黒い髪を後ろで団子状に結った少女はどこか殺された桐谷とにた所があった。

 彼女の方はカメラに向かってひまわりのように屈託のない笑顔を浮かべている。

桐谷恭華(きりや きょうか)殺害された桐谷恭介(きりや きょうすけ)の実の妹よ」

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