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豊かな心を持とうと思ったらそれなりの経済的余裕が必要

始めまして宇治金時です。物語を書くって大変ですねえ。将来小説を書く仕事をしたいと思いつつも中々筆力の上がらない私です。まだ一話目ですが、文章を読んで不自然な点や感想があれば教えてください。

 ボロイアパートを選んだ際のメリットはと言えば家賃が安いと言う事だ。その際立て付けが悪い。隙間風が多い。そういったデメリットには目を瞑る必要がある。

 斗蔵(とくら) 慶一(けいいち)のアパートは正にそれだった。彼の部屋は辻沢市の一角に建つ1DKの部屋だが一月二万五千円、トイレ(汲み取り式)はあるが風呂は無い。

 キッチンは板張りの床だが、歩く度にミシミシと不穏な音が鳴るのも仕方の無い事だ。

 畳の敷かれた和室は雨漏りと隙間風が多く、一年を通してじめじめとした空気や、隙間から吹き込む冷たい風と戦う事になる。

 季節によって戦う相手は異なるが、十二月を向かえた今の季節だと当面の相手は寒さである。

 特に暖房器具を切っている朝の冷え込み方ときたら半端ではない。洗面器に溜まった水は凍り、出しっぱなしにしていた缶ジュースにもシャリシャリとしたシャーベット状の物が混ざり、人間が入れるくらい巨大な冷蔵庫の中はこんな感じなのどろうと無駄な人生経験を教え込まれた慶一は今も布団の中ですやすやと寝息を立てている。

 時計の針が五時を指した頃、あらかじめセットしていた携帯のアラームが冷たい部屋の空気を振動させた。慶一は携帯を手に取るとアラームを解除し持ち主を心地よいまどろみ状態から引きずり起こした携帯電話を無造作に投げ捨てた。

 己が職務をまっとうしたにもかかわらず、寝起きの悪い持ち主に邪険の扱われた哀れな携帯は二回三回と小さくバウンドしテーブルの足に当たるとそれ以来、拗ねたように沈黙した。

 暫くの間、布団から出ずにぼーっと天井を見つめていた慶一だったが、やがてゆっくりと上半身を起こすと大きく伸びをする。

「寒い」

 誰に聞かせるわけでもなく、現状を呟いてみた慶一はボリボリと頭を掻きながら布団から出て、真っ先にストーブの電源をオンにした。

「暖房器具を発明した人はもちろん偉大だけど、暖房器具が無かった時代を生きた人たちはもっと凄いよな」

 どうでもいい独り言を言いながら、物心ついたか頃から十余年、欠かしたことの無かった武術の鍛錬を行うため、ジャージに着替える。

 慶一の実家は対妖魔戦に優れた一族として、退魔や除霊等を生業とするもの達の間では有名だった。慶一が武術の鍛錬を怠らないのはこのためで、本当だったらこんなボロボロのアパートに住むような人間ではないのだ。

 現代の科学では説明出来ない事件や事象は確実に起こっている。

 あくまで非公式にだが、そういった事を専門に捜査し解決へと導く国家機関が明治時代から存在し、非公式故その機関には名前は無いが、全国の除霊師や退魔師達はそこへと登録される。

 慶一もそんな中の一人だ。親元を離れてわざわざ遠くの学校へ通うのも、国からの要請で超自然的な事件の絶えない辻沢市へ学生として潜伏し調査せよとのお達しがあったからだ。

「でも、どうせならこんなボロボロのアパートじゃなくて。もっと普通の場所を用意してくれればいいのに」

 鍛錬に行こうと、ドアノブに手を掛けた状態のまま俯きボソボソと呟くその姿は何処と無く哀愁の様なものが感じられる。

「いい感じに悲壮感が漂ってきてるじゃない慶一君。そんなんじゃ生霊が出来ちゃうわよ」

 突如聞こえてきた声に慶一が驚かないのは、知り合いが涼しげな笑みを浮かべ腕を組みながら窓枠に腰掻けている姿が容易に想像できたからだ。疲れた目つきのまま声の主の方へと目をやる。

 慶一が考えた通り、腕を組み、窓枠に腰掛けるほっそりとした体型の女性がいる。

 思わず溜息が出た。

 彼女は政府の非公式機関に所属し、慶一にこの地の守護を要請し、さらに慶一を馬車馬のように働かせ、何より彼にこのようなボロアパートをあてがった張本人、東条桜子(とうじょう さくらこ)である。

 長いストレートの髪を後ろで縛り、目尻の少し下がった人の良さそうな美人と評して構わない外見とは裏腹に腹に何物もありそうな性格をしている。

 彼女が上司となってしまった慶一には己の不幸を悔いる事しか出来ない。

「桜子さん、今何時だと思ってるんですか。それに何でドアじゃなくていつも窓から入ってくるんですか」

「だっていつも窓空いてるじゃない。戸締りの大切さを知ってもらおうと言うお姉さんなりの優しさなんだけどなあ」

「閉まらないんですよ!!壊れてるんです!!来たときから!!!!」

「あらそうだったの、なによぉ、言ってくれれば修繕費くらい出したのに」

「嘘だ。こんな牢屋みたいな部屋に俺をぶち込んでおいて」

 搾り出すような慶一の声には何かの怨念めいたものが篭っていた。

「しょうがないじゃない。政府がけちなんだから。非公式の機関に多くの予算金は出せないって。なんだったら引っ越せば。別にここに住まなきゃいけないって決まりは無いんだし。お給料貰ってるでしょ?」

 桜子が何気なく言った「引っ越せば」の一言に、慶一は力なく項垂れると言った。

「……です」

「え、なに?よく聞こえないんだけど」

「無理なんです。俺の給料は完全に実家の方が管理してまして、一人前になるまでに決められた額で生活出来るようにしろと。あの両親ですから、人の金に手をつけるようなことはしないと思うんですけど、引越しの事を話したときも、だったら少しずつ貯めて引っ越せと」

「ふうん、真っ当な意見ね。それでいくら溜まったの?」

「三万」

「一年も居て?って事は一ヶ月辺り二千五百円って事?」

「ええ、一ヶ月五万円ではそれが限界です」

「……今なんて?」

「だから一ヶ月五万円貰ってます」

 桜子は目の前でうなだれる少年の生活を想像してみた。一ヶ月八万円の仕送りでやりくりした場合。家賃二万五千円で残額が二万五千円。更に光熱費や携帯代を払ったらギリギリ生活出来なくは無い、出来なくは無いが……

「あなた、今まで何食べてたの?」

「ええ、幸いこの辺りには自然が多いので食うのに困ったときにはその辺から野草を摘んできて食べてます。蛋白質は川の魚や野鳥を捕まえて摂ってます」

 サラリと非常に現代人離れした生活模様を暴露する慶一だった。

「なんと原始的な……」

「引越しって大体いくら位貯めればいいんでしょう。俺ここに来たときは手続きとか全部桜子さんにやってもらったからそういった事あまりわからなくて」

 その調子じゃ引越し資金を貯める前に一人前になるわよ、とは口が裂けてもいえない桜子だった。

「そ、そうね。最近良くやってくれてるし。今日の仕事は少し厄介だからそれが済んだら臨時のボーナスくらいは出してもいいかも」

 桜子の言葉を聴いたときの慶一はアメリカのスラム街で生きることに必死になっていた人間が始めて人の優しさに触れた時の様な表情をしていた。

「さ、桜子さん。俺、今まで桜子さんの事誤解してました」

 感極まった声の慶一。

「いいのよ。今まで一年間よく頑張ってきたわね」

 桜子には珍しく慈愛に満ちた声だった。

 その声を聞いた慶一の目に薄っすらと涙が浮かぶ。

「俺今まで、桜子さんのこと、堤燈アンコウみたいな人だと思ってました」

 しゃくり上げながら今までの桜子へのイメージを吐露する慶一。

「……は?」

 固まる桜子。

「ほら、堤燈アンコウって綺麗な光で獲物を呼び寄せて恐ろしい本体が出て行って捕食するじゃないですか」

 分かりやすい解説をつける慶一。

「うん、それで?」

 優しい声に聖母のようなの微笑みを浮かべ、先を促す桜子は危険だと普段の慶一なら気付いただろう。

「桜子さんも外見は優しそうで美人なのに、いざ近寄っていくとお腹の中は真っ黒どころか魔女の鍋の中みたいになってるし、捕まえた鴨は絶対逃がさない人だって思ってました」

 しかし慶一は止まらない。次々と紡ぎだす言葉は着実に桜子の何かを削り取っていく。

「……」

 聖母桜子という題名でどこかの美術館に寄贈したい程素晴らしい微笑を浮かべた桜子の心境を読み取る事は至難の業だろう。

「でも違ったんですね。ちゃんと人間的な優しさを持った思いやりのある人だったんですね」

 涙ながらに桜子に吐露(ざんげ)する慶一は桜子の変化にまだ気が付かない。

「そう、堤燈アンコウとはよく言ったものね。おかげであなたが普段私にどういう感情を抱いているか凄く分かりやすく伝わってきたわ」

 そこでようやく慶一は気付いた。桜子の微笑が完璧すぎる事に。

 自分の言動を思い出し、たっぷり五秒はフリーズした後、慶一は聞いた。

「桜子さん。もしかして怒ってます?」

 桜子の表情が聖母の微笑みを浮かべ、優しい声色のまま話し出した。

「あなたが私の事をどう言おうがそれは慶一君、あなたの自由よ」

 慶一の胸に猛烈に嫌な予感が込上げて来た。

「だから……」

 桜子の表情が聖母の微笑みから悪魔のような笑顔へと変わっていった。

「あなたが言ったことに私がどういう反応を示すかも私の自由なのよ」

 ゆっくりとした動きだが確実なプレッシャーを与えながら前進してくる。

「待って、桜子さん。こんなボロイ家で暴れないで、壊れるから、本当に壊れるから。ちょっと待ってええええええええええええ!!」

 今が朝の五時過ぎだという事も忘れ絶叫する慶一に体重を乗せた拳骨が振り下ろされた。

 ベアで頭を殴られた時の鈍い痛みの後にジンジンとした痛みが込上げて来る。

「ってあれ。これだけ?」

 片手で頭をさすりながらも桜子のお仕置きに納得いかないようだ。

「もっと殴って欲しいの?もしかして慶一君マゾ?」

 桜子は頭のなかに真っ先に浮かんだ可能性をそのまま口にしてみた。

「違います。てっきりボコボコにされると思ってましたから。一発目の拳骨で気を失って。それから死ぬまで殴る蹴るの暴行を加えられるものだとばかり」

 握られた拳がもう一度慶一の頭に振り下ろされた。

「いてっ」

「何時も何時も一言多いのよ慶一君。いいのよ一発殴れば気が済んだんだから。わざわざ追い討ちなんて入れないわよ。とにかく私だってわざわざ慶一君に拳骨をあげに来たわけじゃないんだから。本当に渡したかったのはこっち」

 そう言って慶一に渡された物はそれ程大きくない。両手の平でスッポリと覆い隠せるような横長の長方形をした黒い板状の物体だった。

「なんです?これ」

「その中央のボタンを押してみて」

 言われた通りに中央にあるボタンを押すと。慶一の目の前に小型ノートパソコンのディスプレイ程の大きさをした画面のようなものが飛び出した。

「うお!なんですかこのSFチックな不思議アイテムは?!」

 慶一は突然飛び出す絵本よろしく、三次元に光臨した画面を触ろうとしたが、指は画面を擦り抜けてしまう。

「普通に触ろうとしても触れないわ」

 目の前に現れた画面に興味津々な慶一の様子に苦笑いしながら、桜子は説明を始めた。

「霊子の事は知ってるかしら?」

 桜子の問いに慶一が少し考える素振りを見せた。

「ええと、たしか妖魔や人霊等の体を構成する粒子の事ですよね。素粒子の一つで大分昔からその存在は予言されてたとか」

 それでも答えられるのはやはり対妖魔戦の名門、斗蔵の人間だからだろうか。

「霊子が思念や怨念に反応する特殊な物質だって事も知ってるわね?」

「ええと、なんとなくは。人の想念が霊子を集め、形を成したものが妖魔だったり人霊だったりって事ですよね。家で教わった事ですけど」

「まあ、大方それで合ってる。それも同じよつまりこれは霊子を集める特殊な磁場を発生させてハードディスク内の内容を零体として投影する装置って事よ」

 この言葉の意味が分かる人間だったらその深いところまで考えが回るのは当然の事だ。慶一とて例外ではない。

「それって霊子の存在が事実上証明されたって事ですよね」

「そうよ。まだ分からない事も多いけど、霊魂や妖魔の存在が科学的に証明される日もそう遠くないわ。でも、その装置には欠点があってね」

「やはりですか」

 慶一もこの装置の欠点に気が付いたらしい。

「この装置『俺達』じゃないと扱えませんね」

 桜子は一度おどけたように肩をすくめる。正解ということだ。

「そもそも私達が超自然的な事件の捜査を任されている理由が正にそれだもの」

 霊子はそもそも見ることの出来る人出来ない人が居る。より正確に言えば視力検査で2の人も居れば0.5の人も居るように。霊子を見る力も人によってまちまちなのだ。

 慶一とて霊視そのものは見ることが出来ない。しかし、霊子を一点に集め、密度を濃くした状態であれば見える。それが妖魔であったり霊魂な訳だが、これすら見えない人が世界には大勢居る。

 例えるなら、全世界の平均視力が0.5なのに対し慶一たちのような人間はその平均値を大幅に上回る数値なのだ。

「でも、私達にとっては非常に有効よ」

「と言いますと?」

「貴方が普段妖魔と戦う時の十分の一でいいの。力を指先に集めて触って見なさい」

 桜子に言われ慶一は自分の体内に取り込んだ霊子を体の中で気と共に練り上げる。と粘土の高い霊子結合物質を作り出し。それを指先に集める。

 よく漫画などで霊気を集めるとか気を集中させるという言葉があるが、慶一の行ってる作業こそがそれにあたる。

 そして、実戦レベルの術者(慶一の事)になると、練り込む力の量にもよるが、その作業は一瞬のうちに行われる。

 慶一の人差し指が淡いブルーに発光しだす。その指を先程は触る事の出来なかった四角い画面のような物へと持ってゆく。

 問題なく触れた。触りなれた霊子結合物質の感触だった。程よく弾力があり、ひんやりと冷たい。

 更に変化があった。ただの四角い画面が、発光し画面に文字が映し出されると同時に、慶一の周りに色々なものが投影される。モニターのようなものもあれば、キーボードのような物もある。

「実はその装置、インターネットみたいに霊子を通してネットワークを結べるの」

 衝撃発言。

「突っ込んでいいですか?最早SFですよこれ。一体何世代進化してるんですか」

 一気に3世代ぐらい超えた技術力に疲れ果てた慶一の突っ込みにはまるで力が無かった。

「プラン自体は四十年も前からあったのよ。それを実現する技術が無かっただけで」

「つまりもたついている間にパソコンに先を越されたと」

「その通りよ。でもさっきも言った通り、結局まだ使える人間の限られた試作品だけどね。話を戻すけど私達にしか使えないと言うのが非常に都合がいいのよ。霊子間のネットワーク結ぶ事で今までよりも情報のやり取りがスムーズになるわ。いくら国家機関といっても非公式な組織じゃインターネット上で大々的に情報の開示なんて出来ないからどうしてもやり方が古臭くなっちゃうのよ。情報を求めて遠路はるばる足を運んで空振りでしたなんて腹の立つ展開も少なくなるでしょ」

「確かにその通りですけど、こんなもの持ってる人も少ないんじゃないですか?俺も桜子さんに聞くまでこんな物の存在は全く知りませんでしたし」

 慶一は思いついた事を口にしてみた。

「それなら大丈夫よ。これは国から機関に所属する全ての人間に配られる事になってるから」

「へえ、万年低予算の貧乏期間に対して随分思い切った真似をしましたね」

「あら、言ってなかったかしら」

「色々聞きましたけど、桜子さんが何か言いたそうだから聞いてないって事にしときます」

「私達の機関は本日より、超自然的事象研究協会所属の悪霊被害対処課と言う名前がつきました」

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