第三章 ライバル登場
開店から三ヶ月。もふもふカフェは、王都で最も人気のある店の一つになっていた。
毎日行列ができ、新作のお菓子は即完売。私は休む暇もなく、厨房でお菓子を作り続けた。
「ココ、少し休んだら? あなた、最近寝てないでしょう」
エリザベート嬢が心配してくれる。
「大丈夫です。お客様が待ってますから」
「無理しすぎよ。倒れたらどうするの」
その心配は、すぐに現実になった。
「ココ様、大変です!」
厨房で作業中、突然めまいがした。視界が揺れ、足に力が入らない。
「ココ!」
気がつくと、私はベッドの上にいた。
「よかった、目が覚めたのね」
エリザベート嬢が安堵の表情を浮かべている。
「過労よ。医者が言うには、あと少し無理してたら本当に倒れていたって」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいの。でも、これからは無理しないで。店は一時休業にしたから」
「休業!? でも、お客様が……」
「お客様のためにも、あなたが元気でいることが大切なのよ」
一週間の休養。その間、私は自分の働き方を見直した。
一人で全部やろうとするのは無理がある。助けが必要だ。
「お菓子職人を育てよう」
そう決意し、弟子を募集することにした。
応募者は予想以上に多かった。その中から、特に熱意のある三人を選んだ。
一人目は、リリア。十六歳の人間の少女。貧しい家庭の出身だが、お菓子作りへの情熱は誰にも負けない。
二人目は、グレン。二十歳のドワーフの青年。鍛冶職人の家系だが、甘いものが大好きでお菓子職人を目指した変わり種。
三人目は、ノエル。十八歳のエルフ。魔法の才能があり、温度管理や材料の調合に魔法を活用できる。
「よろしくお願いします、師匠!」
三人の明るい声に、私は希望を感じた。
訓練は厳しかった。お菓子作りは、科学であり芸術だ。材料の配合、温度管理、タイミング。すべてが完璧でなければ、美味しいお菓子は作れない。
しかし、三人は真剣に取り組んだ。リリアは細かい作業が得意で、デコレーションのセンスが抜群。グレンは力仕事を担当し、生地をこねたり重い鍋を運んだりする。ノエルは魔法でオーブンの温度を正確に調整できた。
一ヶ月後、店を再開した。今度は四人体制での営業だ。
「いらっしゃいませ!」
弟子たちの元気な声が店内に響く。
順調な再スタート。しかし、その平和は長く続かなかった。
「ココ、これを見て」
エリザベート嬢が新聞を持ってきた。そこには、衝撃的な記事が載っていた。
『王都に新たなお菓子店オープン! 伝説の職人の弟子が作る、本物の甘味』
「伝説の職人?」
記事を読むと、十年前の大戦で失われたと思われていたお菓子職人のギルドに、一人だけ生き残りがいたという。その職人の弟子が、今回店を開いたのだという。
「店の名前は『スイート・パラダイス』。場所は……ここから三ブロック先ね」
翌日、偵察に行ってみた。
店は、もふもふカフェよりも大きく、豪華な内装だった。ショーケースには、見たこともないような精巧なお菓子が並んでいる。
「いらっしゃいませ」
店主が現れた。三十代半ばの男性。整った顔立ち、自信に満ちた表情。
「あなたが噂のケットシーのお菓子職人ですか」
「はい、ココと申します」
「俺はアランと言います。ギルドマスター、ベルナルド様の最後の弟子です」
彼の目には、明確な敵意があった。
「あなたのような素人が、お菓子を名乗るのは我慢できません」
「素人……?」
「ええ。本物のお菓子職人は、何年もの修行を積み、伝統的な技術を学びます。森で拾った材料で適当に作ったものを、お菓子と呼ぶなど笑止千万」
言葉が胸に刺さる。
「確かに私は正式な訓練を受けていません。でも、お客様は俺のお菓子を喜んでくれています」
「客の舌が未熟なだけです」
アランは吐き捨てるように言ったが、
その拳は、わずかに震えていた。
「……十年前」
低く、噛みしめるような声。
「大戦で、菓子職人のギルドは滅びた。
師も、仲間も、技術も、全部だ」
彼は、ショーケースの奥に並ぶ菓子を一瞥する。
「それでも俺は、残された伝統を守ってきた。
遊び半分で踏み荒らされるのを見るのは、耐えられない」
――怒りではなく、恐怖。
それが、彼の敵意の正体だった。
実際、スイート・パラダイスの影響はすぐに現れた。もふもふカフェの客足が、徐々に減り始めたのだ。その減り方は、自然な競争にしては、どこか不自然でもあった。
噂は、意図的に歪められて広まっていた。
「本物は向こうだ」「あの店は素人だ」と。
「やっぱり、本物には敵わないのかな……」
弟子たちの前では気丈に振る舞ったが、心の中では不安でいっぱいだった。
その夜、店の厨房で一人、新しいレシピを考えていた。
「私にしか作れないお菓子……」
そこに、誰かが訪ねてきた。
「まだ起きてたの、ココ」
王女だった。
「殿下! こんな夜更けに、どうして……」
「あなたが悩んでいると聞いて。エリザベートから」
王女は椅子に座り、私の顔を見つめた。
「アランの店、わたしも行ってみたわ」
「そうですか……」
「確かに、技術は素晴らしかった。伝統的な製法で作られた、完璧なお菓子」
言葉の続きを待つ。
「でもね、何かが足りなかった」
「足りない……?」
「そう。美味しいけど、心が温まらないの。あなたのお菓子を食べた時のような、幸せな気持ちにならなかった」
王女は微笑んだ。
「お菓子に大切なのは、技術だけじゃないのよ。作り手の心、温もり、優しさ。あなたのお菓子には、それがある」
「殿下……」
「自信を持って、ココ。あなたは素晴らしいお菓子職人よ」
その言葉に、勇気をもらった。
翌日、私は新作のお菓子を発表した。その名も「ハートフル・タルト」。
森で採れる果実を使い、一つ一つ手作業で作る。時間はかかるが、そこに込めた思いは誰にも負けない。
「美味しい! これ、すごく温かい味がする!」
お客様の笑顔が戻ってきた。
アランの店も繁盛しているが、もふもふカフェにも固定客がついた。
「師匠、わかりました」
リリアが言う。
「お菓子は、技術だけじゃないんですね。心を込めて作ることが大切」
「そうよ。それがあたしたちの強みだから」
競争は続いているが、私は恐れなくなった。自分の道を信じて進めばいい。




