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転生したら白ねこでした。お菓子魔法で異世界の心を癒やします。――もふもふカフェから始まる甘くてやさしい異世界生活――  作者: 明石竜


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第二十五章 ココの手帳

旅の途中、私は手帳をつけている。

漫画家だった前世の習慣だ。ネームを描くとき、アイデアをメモするとき、感情が溢れた時——紙に書いてしまわないと、大事なものがどこかへ消えていく気がして。

この世界に来てから、手帳が五冊目になった。

最初の手帳は、エリザベート嬢の屋敷にいた頃に買ったもの。市場で見つけた粗末な帳面に、慣れない文字で書き始めた。

「森で見つけたクッキーの木について。実を砕くと中から粉が出て、それが甘味料になる。色は白くて、砂糖より甘い」

今読み返すと、拙くて笑ってしまう。

五冊目は、旅の道具屋で見つけた上質な革表紙の手帳だ。ページはしっかりとしていて、インクが滲まない。

今日の日付のページに、私は書く。

「南の大陸から帰ってきた。タリクさんに教えてもらった力の魔法と、私の心の魔法を合わせたら、新しい菓子ができた。砂漠の夜明けという名前をつけた。食べた人が力を取り戻しながら、心も静まる菓子。戦争が終わった後の兵士に食べてほしいと思った。」

「レイと砂漠で焚き火を囲んで、古代の菓子を食べた。七色に輝いた。前世のことを、少し思い出した。」

ペンを置いて、外を見る。

今日は王都に戻ってきたばかりだ。

リリアたちが待っていてくれていた。王女が出迎えてくれた。懐かしい匂いがもふもふカフェを満たしていた。

帰ってきた。

心からそう思えた瞬間、目が潤んだ。

「なんで泣いてるんですか、師匠」

リリアが不思議そうに見ていた。

「嬉しくて」

「変なの」

「変で結構よ」

ケットシーの身体は正直で、泣きそうになると耳と尻尾がぴたりと静止する。今も、ぴっとしたまま動かない。感情が大きすぎて、どう表現すればいいか分からない時の、私の癖だ。

「師匠の耳、止まってる」

「感動してると止まるの」

「初めて知りました」

手帳を閉じ、私は立ち上がる。

今日から、また始まる。

南の大陸で学んだこと、古代のレシピで得た知恵、タリクとの交流で広がったお菓子魔法の可能性——全部、ここから先の菓子に繋がっていく。

「リリア、厨房貸して。新しいレシピを試したい」

「もちろんです! 一緒にやっていいですか?」

「もちろん」

厨房に立つ。

炉の火が灯る。材料を広げる。

指先が、自然と動き始める。

これが、私の場所だ。

どこへ旅をしても、最後に帰ってくる場所。そして、ここからまた旅立つ場所。

手帳の余白に、新しいレシピを書き留める。

「砂漠の夜明け・改良版。タリクのナッツ菓子の製法に、ハナさんの餡の技術を組み合わせる。外はザクザクのナッツ層、中は滑らかな豆の餡、その中心に心の蜜を封じ込める。」

「口に入れた瞬間、力が湧く。次の瞬間、心が穏やかになる。そして最後に、温かさが残る。」

「——これが、全部の魔法を合わせた菓子。」

「名前は……」

考えて、ペンを走らせる。

「帰り道」

旅から帰ってきた人への菓子。

疲れた心と体を、家に帰ってきた安心感で包んでくれる菓子。

「師匠、何を作るんですか」

リリアが覗き込む。

「帰り道、という菓子よ。食べた人に、家に帰ってきた気持ちを与えたい」

リリアがしばらく黙った。

「師匠って、いつもそういうことを考えながら作るんですね」

「そうよ。誰のための菓子か、何を届けたいのか。それが決まると、作り方が見えてくる」

「私も、そういうふうに考えるようにします」

「あなたはもうできてるわよ。あのケーキ——四層のやつ、覚えてる?」

「師匠への餞別に作ったやつですね」

「あれが、まさにそういうお菓子だった。師匠への愛情と思い出と、あなた自身の成長を全部込めたお菓子。食べた時、全部伝わったわ」

リリアが照れて、目を逸らした。

「……師匠、一つ聞いていいですか」

「何?」

「旅をして、怖かったことはありますか」

「たくさんあったわよ」

「でも続けた」

「続けた」

「なんで?」

私は少し考えた。

「好きだから、かな」

「お菓子作りが?」

「お菓子を食べた人の笑顔が。それを見るたびに、また作りたくなる。怖い気持ちより、また見たい気持ちが上回るの」

「……私も、そうです」

リリアが静かに言った。

「師匠が作ったお菓子を初めて食べた時、世界が変わった気がしました。甘いって、こういうことなんだって。誰かに何かを届けるって、こういうことなんだって。だから職人になりたかった」

「教えた甲斐があったわ」

「まだまだ教えてほしいことがたくさんあります」

「どこへ旅をしていても、一番の師匠はあなたたちよ。作り続けてくれる弟子を見ていると、私もまた作りたくなるから」

炉の火が温かく揺れる。

材料を混ぜながら、私は思った。

漫画家だった時、ずっと一人で描いていた。締め切りを一人で抱えて、スランプを一人で乗り越えて、不安を一人で押し殺して。

今は違う。

隣に誰かがいる。

厨房に仲間がいる。旅にはレイがいる。訪れた国には友がいる。

お菓子は、人を繋ぐ。

それは、魔法なんかじゃなくて——人の本能みたいなものかもしれない。

美味しいものを分け合いたい、という気持ち。幸せを誰かと共有したい、という欲求。

「帰り道」のレシピが、紙の上で完成した。

「作ってみましょう」

「はい!」

厨房に、甘い香りが広がり始めた。


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