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転生したら白ねこでした。お菓子魔法で異世界の心を癒やします。――もふもふカフェから始まる甘くてやさしい異世界生活――  作者: 明石竜


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プロローグ

目が覚めると、私は見知らぬ森の中にいた。

「……え?」

周囲を見回す。そこは確かに森だった。木々が鬱蒼と茂り、木漏れ日が地面に斑模様を描いている。鳥のさえずり、風に揺れる葉の音。すべてが現実的で、夢とは思えない。

深く息を吸い込むと、湿った土と草の匂いが鼻を突いた。花のような甘い香りも混じっている。地面に指先が触れると、柔らかな土の感触がある。

夢じゃない。

確実に、ここはどこかの森だ。

「ちょっと待って、私、確かに締め切り前で……」

そう、私は漫画家だった。締め切り三日前、編集者から「先生、まだですか!?」という催促メールが来て、徹夜でペン入れをしていたはずだ。机の上に広がった原稿用紙、半分以上書き込まれたネーム、空になったコーヒーカップ。眠りに落ちたのは、夜中の三時を過ぎたころだったと思う。

それなのに、なぜ森に?

ふと、自分の手を見て絶句した。

「……猫?」

私の手は、いや、もはや手ではなく前足と呼ぶべきものは、真っ白な毛に覆われていた。肉球がある。ピンク色の可愛らしい肉球が。

視界も、心なしかいつもより低い。それに、何か……背中のあたりがくすぐったい。もぞもぞと動かしてみると、フワフワとした何かが空気を掻いた。

しっぽだ。

しかも、耳が変な位置にある。頭の天辺あたりで、風のたびにピコピコと動く。

「にゃあああああ!?」

思わず叫ぶと、猫の声が出た。

自分の声のはずなのに、全然違う声だった。高くて、澄んでいて、どこか可愛らしい声。かつて漫画で描いた獣人キャラクターのような声。

「ちょちょちょ待って待って!」


口から出たのは「にゃ」「みゃ」「にゅ」の混じった音だった。

頭の中ではちゃんと日本語で叫んでいるのに、声にすると猫の鳴き声になってしまう。


……いや、でも。


試しにゆっくり、強く意識して言葉を紡いでみる。


「わ、た、し……は……」


少しだけ、発音が整った気がする。

完全ではないけれど、鳴き声の奥に、人の言葉の輪郭がある。

どうやらこの体は、感情が高ぶると猫の声になりやすいらしい。

そしてもう一つ、不思議なことがあった。

森の音が、なぜか意味を持って聞こえるのだ。

鳥のさえずり、風の揺らぎ。まるで“言葉”として理解できる。

(……この世界の言語、わかってる?)

自分でも理由はわからない。

けれど少なくとも、“聞く”ことに関しては問題なさそうだった。

「……ここ、絶対異世界だよね」

思わず漏れた言葉は、また「にゃ」に変換されたけれど、

どうやら時間をかければ、人の言葉として発声もできそうだ。


まずは落ち着こう。

深呼吸。ゆっくり話せば、大丈夫。


少しだけ落ち着いたところで、

ようやく、自分の姿をちゃんと確認する余裕が生まれた。


近くの水たまりを覗き込む。そこに映っていたのは、白い毛並みの猫耳を持つ、猫と人間の中間のような生き物だった。いや、正確には人型なのだが、猫耳があり、尻尾があり、手足には肉球がある。

目は琥珀色で、少し大きめだ。鼻はちょこんとしていて、口元にはひげが数本。頭部の白い髪は柔らかそうで、猫耳と同じ真っ白。全体的に細くてしなやかな体型で、身長は元の自分より少し低くなった気がした。

「……かわいい」

思わず漏れた言葉は、またまた「にゃあ」に変換されていたけれど、心の中でははっきりそう思った。

続けて、自分の状況の深刻さに気づき、猛烈に後悔した。

ケットシー。

アイルランドやスコットランドの伝承に登場する妖精猫。私が以前、資料として読んだファンタジー事典に載っていた生き物だ。外見は猫と人間の混合体で、魔法的な力を持つとされる。確か、ある文献には「甘味を好み、お菓子に特別な親和性がある」という記述もあったような気がする。

その時は「なんて可愛いキャラ設定だろう」と思いながら、自分の漫画のキャラクターにしようと資料をまとめたのだった。

まさか自分がそれになるとは。

「嘘でしょ……私、転生した? しかもケットシーに?」

混乱する頭で状況を整理しようとしたその時、お腹が鳴った。

くぅ……

グルルル、とかなり大きな音だった。

猫の体でも、お腹が空くんだ。当たり前かもしれないけど、妙にリアルで少し可笑しかった。

「とりあえず、食べ物を探さないと」

猫の本能なのか、鼻が効く。今まで気づかなかったけれど、森の中には様々な匂いが漂っていた。湿った落ち葉の香り、どこかの花の甘い匂い、土の中の菌類の複雑な香り。そして——

「この匂い……まさか!」

甘い香り。バターの香り。焼き立ての何かの香り。

香りの方向へ走ると、そこには見たこともない木があった。枝には、焼きたてのクッキーみたいな茶色い実がぶら下がっている。

「クッキーの、木……?」

恐る恐る一つもぎって齧ってみる。

「おいしい! 本物のバタークッキーだ!」

サクサクとした食感、バターの風味、ほんのり甘い味。これは間違いなくクッキーだった。

数口食べて、お腹の空腹感が少し和らいだ。

空腹を満たしながら、私は考えた。この世界は一体どういう仕組みになっているのか。そして、私はこれからどうすればいいのか。

とりあえず言えることは——この世界には、お菓子の材料が自然の中に溢れているかもしれない、ということ。

漫画家として培ってきた観察眼が、しっかりと働き始めていた。


その答えは、まもなく訪れる運命の出会いによって明らかになる。

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