63.輪廻の輪が閉じるとき
十二月に入ると、師走と呼ばれるだけあり慌ただしく時間は過ぎようとしていた。
雪こそ降らないが寒さが増している。
「一刀さん、よろしいでしょうか?」
「面倒くさくなるから、話しかけてくんなよ」
うんざりした様に一刀は机から顔を上げて彩に文句を言う。同じクラスの連中、特に男子に話しかけられたくないから休憩時間はふて寝して無視しようとしているのが日常になっている。
「いいではありませんか、一刀さんを私は頼りにしているのですから」
「よくねぇし、ババアに頼られたくねぇよ。あんたにも友達だってできたんだろう? 恵だっている。そいつらを頼れよ」
「一番は一刀さんですよ」
「恵は無視かよ」
「恵さんは別腹です」
態度や口調とは裏腹に彼は親身になってくれている。
それが嬉しかった。
「婆さんに話しかけられると根掘り葉掘り聞いてくるんだよ。なんでそんな連中相手にしなければならないんだ」
紹介しろだの、彩とお近づきになりたい男子が多すぎた。
小中の同級生だけでなく学園中の見知らぬ生徒から声を掛けられてしまう。
平穏な時間を返せ!
転入生雲乃彩はそれほど黒い艶やかな長い髪、日本人形のような見姿に平安貴族を思わせるような口調と佇まいに雲乃彩は編入してすぐに南風学園中でも人気の的になった。
「私は分からないから教えてもらいたくて、一刀さんに訊ねているだけですよ」
妖艶な笑みで語り掛けてくる。
「わざとだろうが」
彩はただ微笑むだけだった。
天音に彼女が言われたこともある。自分をやり直すために高校生から再スタートすることに彩は決めた。
天地仁左に手術を受け成長が止まった年齢と同じ時間からスタートすることにしたのである。
転入するのは恵や一刀と同じ学年にしたが、クラスだけは恵ではなく一刀と同じクラスに転入させてもらうことにした。
恵のクラスだったら彼女がベッタリになるくらい構ってくるはずなので、適切な距離を保とうとする一刀と同じクラスになることを望んだのだ。心細さを彼なら紛らわせてくれると思ったというのもある。
その一刀がいてくれるおかげで遠巻きに敬遠されずクラスに馴染めている。
「放課後のお誘いです」
「聞こえるように話しかけてくるな」
一刀はうんざりし、頭を抱える。
それを聴いたクラスメイトが男女問わず二人の元に寄ってくる。
「朧。宇月と二又か」
それらの言葉はお近づきになりたいのが見え見えなものだった。
「何でそうなる。あいつとは幼馴染なだけで何にもない」
「幼馴染だと?」
「美少女二人侍らせていて何言ってやがる」
同調するように聞き耳を立てていた複数の男子が声を上げる。
「私も恵さんと同じで、幼馴染のようなものですよ」
彩は転入の挨拶で一刀の名を出して手を振っていたのである。
おかげで注目度が増してしまう一刀だった。
彩が担任とともに教室に入ってきたときは驚愕した。そしてあの挨拶はわざとだろうと思うしかなかった。
手を振って笑い掛けるな。
おかげでクラスの注目の的になってしまったのだから。
雲乃彩が南風学園の一年に編入することを決めたのは、最後の事件が終わって三日くらいあとのことであった。
支部長の番場に相談し、編入の手続きを取っていたが、早田健三の起こした事件の事後処理は大変だった。瀬羅湖や羅帝山にも何度も足を運ぶことになり調査や聴取、報告書のまとめ等に時間がとられ彩の編入は十二月に入ってからになってしまう。
異例な時期の編入はさらに彼女を目立たせた。
ただそれは秘密裏に行っており、恵や一刀にはサプライズだったのである。
編入直後には冬期休暇前の学力試験が始まり、学園生活も慌ただしくスタートする。それでも試験結果、彩はトップテンに入る優秀さをみせていた。
「しかし、なんでオレのクラスなんだ? 番場さんの差し金か?」
「そうですね」
「私も同じクラスだったらよかったのに~」恵が頬を膨らます。
「恵さんは恵さんのお友達や交友関係も大事にしてくださいね。そうしないと悲しいですから」
「は~い」
試験も終わり、解放感とともに三人はともに下校する。
それを見た同級生やクラスメイトに詮索されるし、あとを堂々と付けてくる生徒すらいた。
「紹介しろだの直接本人に言えってんだ。本当に面倒くさい」
「ああ、私のところに来る男子もいるよ。彩さんの人気凄いよね」
沙織と春奈、二人の親友に彩を紹介したら、彼女達も一緒にいたことで彩関連で声を掛けられたという。
「色々とお誘いは受けますが、すべてお断りしていますからね」
運動部のマネージャーや部活の誘いであった。JESでの活動もあり、彩は部活には入らない。
それでも恵の天文部とともに活動することがある。
そのために天文部の部員は増えたが、恵たち元からいた部員はそう言った幽霊部員染みた新入部員を課外活動に誘うことはなかった。
「だから余計目立つんだよな。オレと恵も」
威嚇するように周囲を見る一刀だった。地下鉄駅のホームには学園生が多くいる。
圧倒的に男子が多い。
「こんな妖怪ババア相手にするなんてできやしねぇのにな」
「相変わらず失礼」
地下鉄で時野まで出てアーケード街のファストフード店に入る。
「で、何でクインズバーガーなんだ?」
「下校途中での寄り道は私にとっては縁遠いものでしたからね。恵さんと一刀さんとこうして一緒に来ることが出来て嬉しいですよ」
少し照れたように頬を染めている。
和装や巫女服が似合っているがブレザーとスカートの上からコートを羽織っている姿は新鮮だった。
「頼むから、年を考えろ」
「え~、似合っていますよ。こうして来ることが出来て私は嬉しいし楽しい」
「私もですよ」
二人で抱きしめ合っていると、周りの視線が更にうざくなると感じてしまう一刀だった。
勘弁してくれ。
三人は注文したバーガーを受け取り確保した席に着く。
「お集まりして頂きありがとうございます」
対面に座る恵と一刀に彩は頭を下げる。
「彩さんのお誘いなら断るわけがありません」
恵は勢い込んで食い気味に答えていた。
「それで話ってなんだよ?」
重要そうだし、深刻な顔付きだったのが気に掛かっていた。
「私の妄想を聞いていただきたいのです」
「妄想?」
一刀は肉厚チーズバーガーにかぶりつきながら訊ねる。
「私もようやく気持ちの整理がつきました」胸元に手を当てる。「考えがまとまり、こうしてお話をすることで、踏ん切りを付けたいと思うのです」
「何でそれが、妄想話になるんだよ?」
「荒唐無稽だからですよ」彩は微笑みながら答えた。
「都さんの書いた伝奇小説のような?」
珈琲に砂糖を入れながら恵はぼかしながら言う。
「事実は小説よりも奇なりと言います。長くなるかもしれません。だからこうして軽く食事をとりながらお話が出来るところに来てみました」
「もっと静かな場所でもいいんじゃね? ここだと誰かが聞き耳を立てているかもしれねぇぞ」
「それでも構いませんよ。信じられないでしょうし、電波な女だと思われてもいいかもしれません」
どこまで本心なのか表情からは読めない。
周囲を見回せば怪しい人間はいないようにも見えた。いい加減、事件も片が付いたから大場や出雲から尾行されることも無いだろう。
「どんな話を聞かせられるのやら」
「これは番場君にも平田さんにも話をするつもりはありません。いえ話したくない。あの場にいたお二人だからお話しするのです。それにこれは私の私情も含まれているので、信じる、信じないはお二人にお任せします」
「へいへい」
「天音様や仁左様について疑問に思われることもおありでしょう?」
いい加減な態度をとる一刀に彩は訊ねている。
「何者でどこから来たのか、どうなったのか分からないことだらけだ。でも今更それが分かるのかよ?」
「ですから、これは私の妄想なのです」
彩はニコリと微笑んで可愛らしく小首を傾げる。
「まずはこの写真です」通学鞄の中からファイルに挟んであった写真を彩は二人に見せる。「これを見て、どこかで見た風景だと思いませんか?」
「これって」写真を覗き込みながら恵は言う。「あの時飛ばされた謎な場所?」
「そうです」
「一刀クン、知ってる?」
「分からん」首を横に振る一刀だった。「どこなんだよ?」
「これは根府屋の風景です」
「どこがだよ」今とは違いすぎるだろう。
「七百年前の根府屋です」
「はあ?」変な声が出た。「何でだよ」
寺も参道もない風景だ。信じられない。
「まだ龍玄寺も建立される前の龍の山と呼ばれたころの景色に間違いないのです」
「間違いないって……」
一刀と恵は目を見張る。
「頂から横に張り出したこの特徴的な松を私は覚えています。建立してから百年後に落雷で一部の建物とともに焼失していますが、その当時の寺院の配置図の中にも書かれていた松なので、龍玄寺に赴きこの松があった場所を確認してまいりました」
スマホに写したその絵図の写真を見せてくれる。
影と太陽の位置からおおよその方角も確認したので間違いないはずだった。
「つまり私たちはお寺が立つ前の根府屋に飛ばされていたってこと?」
「平田さんにこの写真から今も残る松の太さから樹齢を推測してもらいましたら、六百年から八百年前のものだと確認が取れました。どうです私の妄想は?」
「平田さんに話してんじゃねぇかよ」
「この写真に関しての事実確認です。今の山の形とも照らし合わせてもらっていますよ」彩はにこにこ笑っていた。その目に濁りはない。「ですが、ここから先のことは誰にも話しておりません」
「過去に飛ばされたのは分かったけれど」いや分かりたくはない。「どうして天は過去にオレ達がいることが分かった?」
「無双霞のエネルギーをトレースしてくれていたのではないかと思います」
「だったら天音もオレ達と同じように助かっている?」
今の世にいる?
「残念ながら、天音様はあるべき時代に辿り着きそこで暮らしているはずです」
「それは良かったというべきなのか?」
「そう思いたいですね。天音様はあの時、私にこう申されました。『誕生からこの時までを思い出した』と」
「誕生?」
「当屋の里で生まれたときからあの時の姿に成長するまでの記憶と成すべきことを思い出したようです」
「成すべきこと?」
「七百年前にタイムスリップして天音本人となって生きることです。天音様は拾われ子でした。拾われた以前の記憶がなかったと聞きました。それに育ての両親に拾われたのはあのくらいの背丈の頃だったと申されています」
天音本人からそう思い出話をされた。そこから彼女の記憶も始まると。
「零ちゃんが天音さんとして生きるの?」
「オレ達が過去に送ることで歴史が繋がったというのか?」
「単純に言えばそうなります。拾われた以前のことは記憶にないそうですから」
「そんな都合のいいことが」
「記憶が完全に脳から消失してしまったわけではありません。あの時『天』から天音様は記憶を受け継いでいるのですから、封印されたか本当に記憶喪失になっていたかです。それでも記憶としてどこか頭の片隅に残っていたからこそ、すべての記憶が『天』へと移し替えられ、短時間だったためあの時の天音様は自分という存在を思い出せたのでしょう」
「え~」一刀は頭を抱えている。「辻褄はあっているのか?」
「一刀さんは時空も次元も超える力を生み出していたのでしょう。そして考えたくはありませんでしたが、早田健三も七百年前に飛ばされています」
「消滅って天は言わなかったか?」
「天地仁左となって、あの時代に現れたのです。彼も記憶を失い彷徨い風上の地に現れたとしたら、繋がるものも多いし、説明がつくのです」
「名前が消滅したってこと?」
「それともいったん身体が消滅して萍の力で再構築されたとも考えられます」
「記憶を失ったとか、再構築とか便利すぎるだろう。龍の力……」
「それだけ可能性を秘めていたのです。私に命をくれたり、恵さんを宇宙に飛ばしたりできるのですから」彩は付け加える。「あの時代に生まれたはずなのに数々の先駆的発明やからくり人形を生み出せたのは、天才であったためだけでなく今世の記憶がどこかに刻み込まれていたからでしょう。天の巻を書いたのも無双霞を生み出しあれだけの空間を各地に作れたのも彼の才能と無意識の記憶があってのことだと考えれば説明もつくのです」
いまでも早田健三と天地仁左が同一人物であるというのは抵抗がある。
性格が全く違うからだ。
「早田健三の性格が天地仁左を生み出したの?」恵も考え辛そうだった。
「むしろ変わりすぎだったんじゃないのか?」真逆になっているとか。
「そうですね。あの場で気付けないほど顔付きも変わっています。ですが四十代で歴史に突然名を残したのも頷けます。そしてやはりどこかで早田健三の記憶は戻ったのだと考えられます」
無双霞や剣山を生み出した後だろうと彩は考えている。
六柱など全てのギミックを作り終えた後、仁左は当屋の里だけでなく歴史からも消えていた。
「それがどの瞬間かは分からないが、歴史から姿を消した?」一刀は唸るように考え込む。
「彼はこの時代に生まれたと言っています。それが証明できるとも。あの時代から転移したのではなく転生を企てたのでしょう。私たちと出会うように。天地仁左の残したものにこの時代で接触できるようにしたのではないか。それは狂気と執念としか言いようがありません」
「でもあいつだったら絶対にやりそうだ」
「萍とともに七百年前に行っていたとしたら、可能性は高いでしょうね」
「なんかこんがらかってきた」恵は眉間にしわを寄せて考え込む。
「卵が先か鶏がさきか、そんなレベルの話になってくる」そういった後で一刀はまた頭を抱えだす。
「どうしたの一刀クン。落ち込んでる?」
「凹むわ」
「何で?」
「そうじゃないか、オレが原因を作ったようなものだぞ。あの二人を七百年前に飛ばしたんだ。考えたくねぇ~」
「切ったことから始まったとしたら、そうなるもしれないけれど、それは考え込み過ぎのような気もする」
「お前、お気楽すぎるぞ」
「だって二人は幸せに暮らしていたんでしょう。だったら良い事したと思おうよ」
一刀の背中を強く何度も叩いた。
「恵さんの笑顔とお気持ちには救われますね」
「こいつは絶対に考え無しだ」
「そんなことありませんよ。仁左様も天音様もお二人は仲睦まじく本当に幸せそうに見えましたから」
記憶の上書きが出来ないのなら、その思い出を拠り所にこれからも生きていくしかない。
「こうして今の時代に繋がることをしたと思いたいですね」
「自分で苦労の原因を作ったっていうのにかよ」それだけは笑えない。
珈琲をブラックで飲みながらぶっきら棒に言う。
「これが私の妄想です」
「そうであって欲しいよ」
一刀はチーズバーカーを食べきるとさらに追加で注文しに行く。
やけ食いだった。




