61.決着、その先に
「邪魔をするな!」
ハエでも振り払うように刀を振るい一刀を弾き飛ばそうとする。
一刀は天からのエネルギー供給だけはさせないように萍と切り結んでいく。
素早く刀を振るっていた。
刃がぶつかり合う度にエネルギーが噴き出してくるようで、その圧力は異常だった。
「これ以上、強くなんてさせられねぇからな」
「使いこなせない貴様なんぞに、勝ち目はないのだ」
「あるぜ」
その刃をうまく受け流しながら一刀は自信満々に答えている。
ここまで刃を突き合わせていた分かったことが多かった。
確かに一刀は無双霞を使いこなせていないだろうが、素人同然のなまくらな刀になんか二度と当たらない自信がある。
「あんたは恵の棍棒を破壊すらできずに交わされまくりだったからな」
その挙句、雷撃を食らっている。
ただの力押しで、早田健三は武術に関しては素人だった。
「雑魚!」一刀はあざ笑う。
「我が力でねじ伏せてやるわ!」
「脇が甘いですよ」恵が突然、姿を見せる。
棍棒で顎の下から突き上げる。
脳震盪を起こしてもおかしくなかったが、早田健三は踏みとどまる。
「身体強化していても、剣道すらやったことが無いんだろう。素人すぎるぜ」
萍で受けそこなった刃が肩口に当たる。
切れなくても打撃の痛みは入っている。早田健三は苦悶の表情を浮かべていた。
「ナイス」
そう言うと恵はがら空きの背中に棍棒を突き立てると雷撃をくらわした。背骨や延髄の辺りを砕くつもりだった。
衣服が破れ赤く染まった背中が丸見えになる。
相当痛いはずだが、それでも倒れる様子はない。
「一刀クン、援護はするけれど、あとは任せた」
「よくやってくれたよ」
一刀は恵に感謝する。
再び肩口から打撃を与えた。
「そんなことで私は屈するはずがない」
振り下ろした刃を一刀が受け止めると放出された力が雷鳴のように光った。
「どうあがいたってお前の負けなんだよ。こうやって切り結べば、萍に蓄えられたエネルギーは放出されていく。萍は終いにはなまくらになるんだよ」
「そんなことはあるか!」
「無限なんてないんだよ。お前が貯めたと思った力はこうして刃を突き合わせれば放出されてゼロになっていくんだよ」
無双霞では力を取り込むことはできないが、萍が力を使えば使うだけ力を放出して行くことに気付いた結果だった。
「いくらでも貯められるのかもしれないが、利子がつくわけでもねぇ。放出しきってしまえばそれで終わりだ」
「そんなわけあるか!」
早田健三の咆哮は空しく響いていく。
「あの者達は何者ですか?」
天音は立ち上がると彩に訊ねる。身長は縮んでいるように見える。口調とは裏腹に十歳前後の幼さがあった。
「ここが何処なのかは理解しましたが」
上空で巨大な日差しのような輝きを観ていると懐かしく感じ、心が惹かれていく。
「恵さんを覚えていないのですか?」
「どこかであったような気もするが、やはり覚えてはおらぬ」
今は彼らと繫がりはなくとも問題はない。『天』から降り注ぐ光を浴びていると、こうして目覚める前に受け継いだ分の記憶が徐々によみがえってくる。
名だけではなく思い出しことがある。
それは自らが誕生した前後の記憶だった……。まだ人の形すらしていない頃のもの。
彼女が『天』から受け継いだ記憶はわずかだったが、それでも十分なものだ。今の状況を打破するには。
そうか、そういうことなのか。天音は頷く。
今を忘れたとしても、この先があるのだから。
「あの者達は宇月恵と朧一刀、天音様をお守りする武家の出にございます」
朧の家も宇月家も地頭職や領民を守るために存在してきた。
「いや、友だろう?」
「思い出されたのですか?」
天音を見上げながら彩は訊ねる。
「そのような気がする。それに今は知らなくとも私がここで成すべきことがあります」
「何をなさるのですか?」
彩は焦ってしまう。それでも天音の行動の方が早かった。
「達者で暮らしなさい。彩さん。ここで会えたこと、私も嬉しかったですよ」
天音は笑みを漏らすと駈けだした。
「天音様!」
手を伸ばすが掴むことは出来ない。それは人とは思えぬ速さだった。
彩はその昔、面白おかしく話してくれた天音が山野を駆け回っていたエピソードを思い出してしまう。
「思い出に浸る暇なんてない」
彩は急いで立ち上がると天音を追いかけた。
しかしこの差は致命的だった。不安に思っても彩は天音の成そうとしていたことを止められない。
「オレや恵に当てることなんて、素人が出来る訳が無いんだ。よほどのまぐれでもない限りな」
圧倒的パワーに踏ん張り切れずに足を滑らしたり床に転げてしまうことはあったが、それ以外は刃を交わすことが出来ていた。
恵は必殺の武器が無くなっていたので受け流し、通常の打撃を与えることしか出来なくなっていたが、それでも萍のパワーは確実に落ちてきていると感じていた。
着実に一刀は萍の蓄えていた力を削っている。それにその力を取り込むことすら時折ではあるが見られた気がする。無双霞の力が増しているように恵には感じられてくる。
驚くべきなのか、当然なのか、必死になって戦っている内に光明は見えてくる。
ただがむしゃらに基本を忘れずひたすら努力すればいい。
一刀クンが今の現状を打ち破る鍵なのだから。
諦めるわけにはいかない。
ただ削ってはいるが、それでも早田健三には決定的なダメージを与えていないのが問題だった。
恵と一刀の体力がどこまでもつかにもかかってくる。
「私は無限だ。偉大なのだ」
早田健三は高らかに笑うが、それは空しく響くだけのものだった。
「まったくどれだけ溜めこんでやがるんだよ」
切っ先や刃は交わせても、そのあとに来る剣圧までは無理だ。
エネルギー波によるかまいたちや雷撃にも似たビリビリとした痛みだけは避けようがない。インナーを通してダメージは徐々に累積していっている。
「すごいよね~」呆れたように恵は頷く。油断なく息を整え間を計っている。天に近づこうとすればすぐに動けるようにしていた。「あれがあれば日本のエネルギー事情は改善されるよね。絶対に」
「軽口が叩けるんなら、まだまだいけるな」
「人を体力馬鹿みたいに言わないでよ」
「バカは付けてねぇぞ」
「そう言われているような気がした」
「そんなつもりはねぇよ」ただの体力魔人だ。
早田健三が動く素振りを見せたので、一刀も恵も間合いを詰める。
振り向く早田の刀を握る指先に狙いを恵は付けた。踏み込みが甘くなって掠った程度になる。雷撃が無いのが残念だ
刀を落としてくれれば、その瞬間だけでも攻撃しやすくなる。
再び狙おうとするが早田はそれを嫌がり棍棒を払いのけようとする。そこに一刀が切りかかった。
また火花とともにエネルギーが放出される。
萍の力で身体強化しているから反射神経も達人並みに早い。つばの部分で握った手をカバーしていた。
それでも力が抜けていくのが分かるのだろう。早田健三は不安に駆られ天の元へと向かおうとする。
簡単には行かせないし、たとえ辿り着けたとしても充電させる時間なんて与えない。『天』は天音の記憶なのだ。その欠片すら渡したくはなかった。
尚も進もうとした早田健三の脇腹に天音がタックルするように飛び込んできた。
「零ちゃん! なんで?」
小さい身体だったが、それでも早田を横倒しにした。
「何で出てくる!」一刀も叫んでいた。素人が混ざれば邪魔になるだけだ。
「わたし自身のことですので」
立ち上がりながら天音は微笑んだ。
何だろう達観した小学生を観ているような気になる。
天音は早田健三の前に立ち塞がる。
「邪魔立てするな!」
「させません。これは私の記憶なのですから、あなたの好きにはさせたくありません。大人しくその刀も返しなさい」
子供のような顔付きなのに威厳があった。それに『天』を背負っているから後光が差しているようだ。
それに勢い付いたのか天音の背後で天の活動が活発になっているような気がする。
「何かするつもりか?」
一刀と恵の前には早田健三も居てその陰になっている部分がよく見えない。だが天音を追いかけてきた彩にはそれが分かってしまう。
「天音様!」
距離が離れているのに手を伸ばしてしまう彩だった。
「ケンゾウ、私が欲しいのでしょう」
「だったら貴様から貰ってやる」
煽られて早田健三は天音の胸元に萍を突き付ける。月と同じように萍は天音の身体を貫いた。
一刀も恵も動いていたが、間に合わない。
心臓の辺りから背中を抜けて刀身が飛び出していた。
それでも天音は倒れないし、微笑み続けている。
一刀と恵が同時に攻撃する。
今度は早田健三の肩口に刃が切り傷を付けた。血が出ている。恵の振り下ろした棍棒のダメージも通っていた。肩の骨を複雑に砕く。
獣のような声が上がり、早田健三の顔が苦悶に歪む。
「貴様、何をしている!」
刀を抜こうとするが、がっちり咥え込まれていて動かない。
「ケンゾウ、如何ですか? 力を抜き取られていく感覚は。月の気持ちも分かったのではないですか?」
「何故、それを知っている?」
「萍にはエネルギーとして月の記憶も残っていますからね。それにお気付きではありませんか?」
「何をだ?」
「私も天地仁左様が生み出したものなのです。刀と同じことくらい出来ますよ。心臓を修復しながらでもね」天音は目を細め微笑み続ける。「もっともそれも『天』が手伝ってくれているからですけれどね」
いつの間にか天から伸びた複数の糸が天音の背中にコードのように張り付いていた。
そこから萍を圧倒するような力を得ていたのである。
「くそっ! やめろ! 放せ! これは私の力だ」
「いえ、あなたのものでありません。全てを繋げるこの力で、さあ私と行きましょう。あるべき時間へと。すべてを忘れてまた始めましょう」
「な、何をする気だ?」
見えない恐怖に早田健三の顔は歪んでいき、一瞬で髪が白くなっていった。
それは老人のようにも見えた。
「朧一刀。その無双霞でケンゾウを切りなさい」
「命令するな」言われなくてもやる。
構えた無双霞が光を帯びていく。天音から一瞬で伸びた糸が切っ先に絡みつき天の力を無双霞も得たのである。
膨大な力を一刀も感じていた。
「こんな力、巨大すぎるだろうが!」地球を真っ二つにするような勢いがあった。
その力を解き放ちながら早田健三を切りつけている。
切ったと思った瞬間、膨大なエネルギーがまばゆくその場にいた五人を包んでいく。
光の刃は早田だけでなく天音も『天』をも巻き込んでいき強大な力は太陽が大爆発を起こしたようにすべてを消し去っていく。
次元も時間も飲み込んで。
解放された光の力はすべてを飲み込み、そこにあった天地仁左の痕跡を消すのである。
同時刻。
平田は番場らとともに湖面の調査を行っていた。
何も得られないまま時間だけが過ぎていく中、羅帝山の山腹からドン! という噴火とも思える爆発音とともに地響きがしてくる。
「今度はなんだ?」
JESの調査隊は目撃することになる。
羅帝山の山頂化付近から大きく山肌が崩れていく。
「山体崩壊?」
大量の土砂が国道を飲み込み、湖まで流れ込んでいた。
「また一刀か?」と出雲。
「何が起きてんだよ」大場が頭を抱えている。
支部に緊急要請が入り、レスキュー隊と特殊車両も投入されることになるのだった。




