59.最後の仕掛け
「零ちゃん!」
眼前に広がる光景に、恵は声を張り上げていた。
それでも声は届いていない。
「素晴らしい。こういった方法で記憶を移し替えるのか!」
早田健三は天へと届かせるように両手を広げ、伸ばしている。
神々へ捧げる祈りにも見える。
部屋もまた巨大な三角錐のピラミッド状で、その中央に巨大な太陽のような光源がある。何かの膜に覆われているのだろう。その内側で表面が波打つように動いているようにも見えた。離れていても巨大なエネルギーの圧力を感じてしまう。
そして巨大な光源の近くに零を包んだ小さな球体が浮かぶ。
二つは細いたわんだ糸のようなもので繋がっていた。
零は膝を抱え意識は無いようにも見えた。彼女を包む球体には離れていても分かるほどの光の粒子が注ぎ込まれて行っている。
早田健三が言った天音の記憶がそこには含まれているのだろう。彼女は吸収しているようにも見えた。
「さて、始めますか」
早田は萍を抜いた。
「えっ? 何をする気だ」
「知れたこと」薄ら笑いを浮かべている。「私はすべてを貰い受けるのです。そのために彼女を『月』の元に送ったのですからね」
「まだ儀式は終わってねぇんだぞ!」
「天のすべてを彼女に与えた後では遅すぎますからね。天と彼女の接続を断ち切り天のエネルギーを全て我がものにするのですよ」
「あんたが記憶を持っていってどうするだよ」
「記憶ではありません、膨大な奇跡のエネルギーですよ。残された龍のエネルギーを全て貰い受ける。それが私の本当の目的」
「だったらあの女の子なんて囲っておかないで、さっさと天から奪えばいいだろう」
「それは試みましたけれどね。この儀式が始まるまで扉は開かれないのです。天地仁左の継承者として認められた人物以外には侵入することすら許されません」
「保険を掛けたのか? オレや恵、ババアを呼んだのは?」
「察しがいいですね。無双霞や龍との最後の接触者、そして珠がなくとも生きる娘、どれも関連がないとは言い切れませんでしたからね。ご協力感謝します」
「零ちゃんを天音さんにするんじゃないの?」
「誰がそんな約束をしましたか? 天地仁左が無そうとしたことには興味がない。私はその理論と設計、そして彼が残した膨大なエネルギーがあればそれでいいのだ。それがあれば私は無敵だ。世界にさえ君臨できる。私こそが新たなる生命を生み出す創造主となるのだ」
早田健三の耳障りな高笑いが響く。
「狂っている……」茫然と呟く彩だった。
「最初からだろう。正常な判断が出来ているとは思えねぇよ」
「どうするの?」恵は一刀に訊ねてくる。
その両手には三節棍が握られている。
「私はもう一度天音様にお会いしたかった。でも今はその様な事ばかり言っていられませんね」
彩も覚悟を決めたようだ。零や早田健三の言葉に振り回されてばかりでいけない。
「そこで何をコソコソやっていても無駄だ。これが終わったら始末してやるから、隅で大人しくしていろ!」
威圧した声が聞こえてきたが、一刀はお構いなしだ。
「震えて待つなんて性に合わないんでね」
一刀は無双霞を抜くと一気に間合いを詰め切りかかる。
「お前たちは私にはかなわない。無駄なことはするな」
「無駄かどうかはやってみねぇと分かんねぇよっ!」
早田健三自身からは強さは微塵も感じられなかった。
無双霞を一気に振り下ろすが、弾かれて体制が崩された。圧倒的なパワーが萍には秘められている。
一刀の腹に一撃が来た。
「ぐふっ」
十メートル以上飛ばされる。
寸でのところでバックステップしたが、その衝撃はすさまじく、インナーに防護服を着ていなければ完全に斬られていた。
肋骨がもっていかれたような感覚だった。
「一刀クン!」
「……大丈夫だ! お前の方こそ気を付けろ」
恵は頷くと三節棍を二刀流のように扱いながらトリッキーなー動きを加えて向かっていく。迫る刃は受け流すようにしてまともには受けなかった。
パワーがありすぎる!
少しでも動きを間違えれば棍が真っ二つになっているだろう。
集中力を切らさずに、受け流し続けることで相手の動揺を誘い、隙を作る。
一人ではないから出来る。そうでなければジリ貧だ。
相手の攻撃は素人同然だった。完全に力押しで来ている。だからこそ周囲には視線が行っていない。
死角から現れた彩が手裏剣を放つ。そのうちの一本が右わき腹に突き刺さった刹那、小さいが爆発する。人の頭位飛ばせるものなはずなのに、あまりダメージは通っていないように見えた。
ノーダメージではなかったのか、早田健三が怒りに吼えた。
離れているが彩を薙ぎ払うように、萍を振るう。パワーを上げているのだろう風圧で彩が飛ばされた。
「彩さん!」
彩はすぐに立ち上がるが、少しふらついている。
「お前も大人しくしていろ!」
上段の構えから萍が降り下ろされた。剣圧がすさまじく床の一部に斬り跡がついていた。
それても早田健三の動きが鈍っていたので、交わすことが出来た。
恵は踏ん張ると三節棍を棍棒にし、冷静に早田健三の喉元を突き、雷撃を見舞った。
一瞬で岩をも砕く閃光が走る。
「どうだ」
しかし、早田健三は倒れてはいない。
目が見えていないのだろう片手で滅茶苦茶に前後左右に刀を振り回していた。
「イタタタ」
風の刃が雨あられと打ち付けられてくる。
顔を両腕でカバーしながら後退している。彩も一刀も同様だった。
ジャケットもジーンズもズタズタだ。
「無茶苦茶だな」
「萍の力で自分自身を守っているのでしょうか?」
「私たちの様にノーダメージではないんでしょうけれど……」
あんな相手どうやって倒せというのだろう?
「そこで大人しくしていろ!」
視界が戻ったのだろうか、早田健三はそう言い放つと天の元へと走っていた。
焦っているようにも見える。
早田健三はまず天と零の繫がりを断ち切った。
最初からそれが狙いだったのだろう。零を包んでいた球体が弾け、支えを失った零は落下してくる。
「零ちゃん!」
あの高さからの落下では死に至る可能性すらある。躊躇なく恵は零を救うべく駆けだしていた。
彩も動いていたが、彼女では間に合わないし、このままでは恵も危ない。もし恵に注意が向いた時に牽制がおこなえるように早田健三を見ながら恵を追った。
身体が軽いように恵には感じられた。あれだけ剣撃を受けているにもかかわらずだ。
思いっきり床を蹴ってダッシュする。
最後はヘッドスライディングするように飛んで、零の頭を守る様に受け止めて体を反転させるように捻る。
「ヴっ」
背中を軽く床に打ち付けながら滑っていく。
「零ちゃん!」恵は何度も何度も例の名前を呼んだ。
息をしているし、鼓動も感じられた。何より声に反応してくれたのか瞼が動いたような気がした。
「恵さん大丈夫ですか?」
「はい。零ちゃんも無事です」恵は零を彩に預けると立ち上がった。「ここはお願いします」
早田健三を見ると彼は天からエネルギーを吸収しているのだろう。萍を天に突き立てている。
そこに一刀が切りかかっていた。
「どうするのですか?」
「一刀クンだけじゃ危ない。援護してきます」
「無茶ですよ」雷撃すら効かないのだ。
「それでも足掻いてみます。このままじゃジリ貧ですから」
そう言うと恵は駆けだしていた。
膝をつき天音を抱きかかえながら彩はその姿を追う。
その動きはダメージを一切感じさせないものだった。
「……あなたは?」
その時、天音の声が聞こえた。
「彩にございます。天音様」うまく声が出ない。
「あや? 存じ上げません。それになぜあなたは私の名をご存じなのでしょう?」
「天音様でございますね。本当に……心からお会いしとうございました」
彩は天音を抱きしめると涙を流し泣いた。
その意味は分からなかったが、天音は彩の背に手を回しさすってあげるのだった。
優しく慈しむように。




