57. 思惑は交錯し
「何するつもりか知らねぇけど、まずはあの女を解放しろよ」
一刀は刀を放そうとしない月の鼻先を軽く突く。
血は出ない。
さすが人工の生命体というべきか。いや、生命と呼べるのかすら分からないな。
「くっ」月は憎しみの目を一刀に向けていた。「何故だ!」
「お前が偽物を掴まされていたからだよ」
「嘘だ!」
「それにお前自身が自分の力に過信したせいだ」
「そんなわけがない!」
「そうなんだよ」一刀は手を放した刀を恵の方に蹴った。「その証拠をこれから見せてやるよ」
それを拾い上げると恵は刀を見る。
「なんか変な感じがする。これ刀なの、一刀クン?」
「適当な鋼で作った刀だよ」
「結構、似ているように見えるけれど、刃文が全然違うよね」
「だろう。こいつ自分に酔いしれていて、そんなことにも気付かないんだぜ」
一刀は苦笑している。
「模造刀かあ」恵が言うとそれを見ていた彩も頷く。
二人ともこう言ったものは見慣れているという事もあるのだろう。
「分かるよな」
「うん。力を感じない。これだったら私も彩さんも相手できそう」
「そういうこったから、自分の使命を果たそうな」
「くっ」歯ぎしりが聞こえてきそうな表情だった。
「それから」一刀は突然壁に向かって声を上げる。「おい!」
「どうしたの? 一刀クン?」
「居るんだろう。分かってんだから出てこい、早田健三!」
おかしくなったかと思っていたら、一刀が見つめていた壁の向こう側から早田健三が姿を現す。
「えっ? どこに出入り口あるの?」
出入口はなかったはずだ。
「天地仁左の刀が出入りのカギなんだろう」
早田健三が頷いたような気がした。
彩以外は写真でしか早田健三を見たことが無い。
だから写真よりも若く感じてしまうし、凶悪そうな眼付だった。
狂気すら感じる。
「よく分かりましたね」
「分かるだろう。何せ刀同士共鳴しているんだから」
しかも当麻と会った時以上に共鳴を感じてしまう。異常なほどに。
「それもそうですか」
「何故だ、お前は取り込んだはずだ」
「そう感じただけで、あなたが勝手に騙されたんですよ。その刀もイミテーションですし、ほんの少し付与した力に酔いしれて簡単に騙され過ぎです」
「こうやってFBトリガーもだましたんだろう?」
「まだ未熟でした。詰めが甘かったので簡単にばれてしまいましたけれどね」
早田は苦笑している。笑い声が不気味だった。
「そのせいでオレが盗んだって思われたんだけれどな」
「同じ力ですからね。助かりました」
「迷惑なんだよ」
「感謝していますよ、だからこそこうしてあなた方を助けているのではないですか」
「物は言いようだな。そんな気は無いだろうし、共倒れを狙っていたんだろうからな」
「そうなんですか?」
理解が追い付かない恵は彩に訊ねている。
「利用されていたところはあるでしょうが、お互い様だと感じています」
「そう言うことにして下さい」早田健三は彩と恵にニコやかに笑い掛けていた。
彩は胡散臭いと感じていたが、恵は信じたようだ。
素直なことはいいことだ。
「なぜお前がここにいる!」月は叫んでいる。
「『月』が、どこまで空回りするか見て見たかったのですよ」煽るような笑いだった。
それが月の怒りに火をつける。
「あいつを」球体の中の零を一刀は指差す。「お前は何とかしたかったんじゃないかよ?」
「そうですよ」
「ならなんでこいつを制圧しないんだよ。お前だったら簡単に従わせただろうが」
月は一刀の言葉に茫然としている。
舐められていたのか?
「どういう成り行きになるのか見ていたんですよ」
「最悪の方向に向かう可能性だってあったのにかよ?」
「それでも私の目的は果たされます」
「何をするつもりなんだよ? 世界征服か?」
「天地仁左の思考は私に似ている。彼の成果は私が求めていたものでもある。狂おしいほどに。その天才が求めていた先を私は見たいのですよ」
「思考が一緒ってことかよ」一刀には理解できない世界だろう。「だったら、オレを巻き込むな」
「そんなつもりはありませんでしたが」
早田は苦笑していたが、表情からも月を舐めているのが分かるほどだ。
「おのれ、早田健三!」怒りを増幅させている。
「あなた方のおかげで、うまく進行しなかったのも事実ですからね」早田は苦笑していた。「本来ならもっと進展していたはずでしたからね」
「どこにだよ?」
「ほんの少しですが私としては遠回りになったし、思惑とは外れてしまったわけですよ」
「早田健三!」
一瞬の動きで月は模造刀を恵の手から奪うと、その刃を早田健三に向けていた。
「どうあがいても、貴様は小者以下だよ」
刃は空を切り、月の胸元には萍が突き立てられている。
躊躇すらない。
何が起きているのか分からないのだろうか、月は目を見開いていた。
しかし次の瞬間にはすべてを理解したような顔になる。
月の美麗だった顔がしなびた老人のように枯れて行った。手足が節くれ立ち皺だらけになっていく。
「………あなたの好きなようには、させない」
最後に月は粒子を振り撒きながらその身体を消滅させていく。
歌鳥と同じようも見えてしまう。
その刹那零の姿も球体とともに消えている。
「零ちゃん!」
「ああ、大丈夫ですよ。月がようやく使命を果たしただけですから」
「使命ってなんだよ」一刀は突っ込む。
「彼女を成長させて天の元へと送り届けただけです」
「どこだよ。それは?」
「早田健三さん、あなたは何を知っているのです?」彩が口を挟んできた。「今まで何をしていたのですか?」
「秘密にしたいところですが」早田は能面のような表情で言う。「ここまできたらもういいでしょう。時間はあります。答えられる限りことは教えて差し上げますよ」
「冥土の土産とか言うんじゃないだろうな?」
「信じる、信じないはあなた方次第です」目を細めクックックと嫌らしい笑い声が漏れてくる。「月と天の場所を見つけた後で、どのような展開になるのか私も見て見たかった。そのためにJESに情報を流していました。希望通りにあなた方か来てくれるとは思いませんでしたが」
「嘘だろう。オレ達が来ることを期待していたんだろうが」
「そうですね。おかげで面白い展開になっていると私は思っています」
「思惑通りかよ」さっきは遠回りとか言っていなかったか?
「悔しい気持ちは分かりますよ。それでもあなた方は私の手の平で踊っていたわけではありませんよ」
「信じられるかよ」
「零ちゃんはどこに?」
恵は一刀と早田の間に割って入る。
「先ほども言いましたが、当初の予定通り『天』の元に転送されていますよ。月が施した成長に受け入れの準備は済み、儀式というか、準備が始まっていることでしょう」
「儀式?」
「ええ天地仁左が望んだ天音という人物が生まれるのです」
「彼女は天音様なのですか?」彩は訊ねている。
「あなたの知る彼女かどうか分かりませんが、天地仁左は天音を生み出そうとしていた」
「どこで、どうやって?」
「後ほどご案内しますが、退屈な儀式ですよ」
「それも天の巻に書かれていたことですか?」彩も訊ねる。
「天の巻は私にとってお宝でしたよ。私が狂おしいほど求めていたテーマをいとも簡単に天地仁左は成し遂げている」
「どこにあるんだよ?」一刀は訊く。
「私の頭の中ですよ。もうほかの人に教える気はありません」だから処分したという。それは本当だろう。「私は悔しいですよ。本気であの才能に嫉妬しました。七百年前の人物にまけたのですからね。だからこそ天地仁左が求めていたものがどうなるか行きつく先を見て見たくもなるのですよ」
「そんなに人体実験がしたいのかよ」
「生命の神秘を解き明かしたいのですよ」
「簡単に命を弄ぶな」
「それが私にもできるのですよ」
「それに月の野郎に何をした?」
「彼の生体エネルギーを頂いたのですよ。役に立ってもらえるようにね」
「そういうところがむかつくんだよ」
「お若いですね。羨ましい限りだ」早田健三は卑下た笑いをしながら一刀を見ていた。
「これからどうするんだよ」
「こうなっては『天』のところに向かいますよ。あなた方も行きたいのでしょう?」
「引率してくれるのか?」
「先ほども言いましたよね? ご招待いたしますよ。ここも直に消滅いたしますしね」
早田健三は萍を二度縦と横に振った。
すると何もなかったところに闇の裂け目が出来た。
その中に早田健三は悠然と入っていくのだった。
また暗闇の中を進まなければならないのかとうんざりしてくる。しかしここが消滅するというのならそうなのだろう。根府屋や岩鋼山の主が消えた時、すべてが消滅している。
「腹くくっていくか?」
一刀が恵と彩に言うと二人は頷き、一刀の後に続いて裂け目へと入っていく。




