56.月の支配する世界で
「またかよ!」
一刀は周囲の暗闇を見回しながら言う。
憤りを感じすにはいられなかった。こっちはただ知りたいだけなのに何でこんな目に合うんだ。
恵がポーチから取り出したライトで周囲を照らしてみるが、足元のボート以外に光の届く範囲には何もない。
「一刀クン、諦めよう。こうなるのは分かっていたじゃない」
「無双霞を得た時から、これは運命です」
「それで納得できるかよ」
「じゃあ納得するまで進もうよ」
恵にそう言われてため息をつつきながら肩を落とす。
「どちらに向かえばいいのでしょう?」
彩は訊ねてくる。一刀の無双霞だけが頼りであり、道標だった。
「分かったよ」ため息交じりに一刀は答えた。「無双霞はこっちだって言っている」
刀を手に一刀は歩き始めた。二人はそれに付いていく。
何も見えない闇の中を進んで行く。
時間感覚はまたも失われてしまっていた。スマホの時間が正しいのかすら分からない。
どれくらい歩いたか分からないが、突然視界が開けた。
どこから入ってきたのだろう?
壁は何で出来ている素材なのか分からないが、光沢があるものだ。出入り口となるようなものは見当たらない。
部屋は直径が百メートルほどの円柱系の天井は高すぎてどこまであるか分からない。
高さは五、六十メートルほどのところに水球のようなものが浮かんでいる。
「零ちゃん!」
水滴のような球体の中に取り込まれている零の姿が恵の目に飛び込んでくる。
「ようこそおいで下さいました」
男物の武家風の着物を着た女性とも思われるような顔立ちで長い黒髪姿の人物が立っている。声すら中世的で男女か判断がつかない。
「『月』でございます。我が空間にようこそいらしてくださいました」
月は恭しく頭を下げてきた。
「お前が『月』? 他にはいないのか?」
一刀は訊ねていた。
「左様にございます」
「オレ達は招かれたんだよな」
「零ちゃんはどうなっているのですか?」
恵は勢い込んで訊ねている。
膝を抱え、素肌のまま浮かぶ霊の姿は異様にも感じられた。
その様子からも『炎』と『雷』とは違った印象を受けてしまう。
「あのものは私が取り込む予定です」
「取り込む?」
「何をするつもりですか?」
恵の言葉に彩も追随する。
「私は父たる天地仁左の力が欲しいのです」
その瞳には狂気が言葉と共に溢れている。
「欲してどうするつもりだ? お前さんたちの使命は違うだろう」
「使命? そんなものは目覚めた瞬間に捨てましたよ」
「好きにすればいい。まあ操り人形になるのも、敷かれたレールの上をただ走るのも、好きにはなれないが、お前さんは何をするつもりなんだよ?」
「私の存在意義を示すのですよ。我らを捨てた父なるものを超えてね」
「反逆か?」
「そうなりますでしょうね」月は笑う。「父なるものは『天』を慈しみ、気にかけておりましたからね。まずはそれらを消し去りますよ」
「なんだ。かわいがってもらえないから拗ねているのかよ」
一刀は呆れたように言うのだった。
「ファザコン?」
思わず恵は口にしてしまっていた。
「私は父なるものを超えたいだけだ!」
怒りをあらわにしていた。
「どう見たって天地仁左にコンプレックスを感じているようにしか見えないぞ」
一刀の言葉に恵も彩も頷いている。
「たとえそう見えても、私は父なるものを越えなければならない」
「ご苦労なこった。オレは天地仁左のことが知りたいだけだ。オレの質問に答えてくれればそれでいい。勝手にやってくれ」
「余裕ですね」
「早田健三はここに来ているのか?」
月の言葉を無視しため息交じりに一刀は訊ねている。
「『萍』の持ち主ですか?」
『月』は刀を取り出してみせる。
「何でお前が持ってるんだよ」急に出てきたから一刀は驚いた。
何ら干渉があるのか、刀同士の共鳴が起きていない。
「かの者は私が消し去った。私こそが父なるものの継承者にふさわしいのだからな」
「面倒くせえ奴だな」一刀は片手で剣を構えながら、頭を掻く「『地』『炎』『雷』が従順だったのは認めるし、天地仁左が気に食わなければ異を唱えるのもいいが、ちょっと幼稚すぎないか」
改めて一刀は突っ込むのだった。
「う、うるさい! この刀を受け継いだ私は無敵なのだ」
「勝手にやってろ。あいつはどうするんだよ」一刀は球体を指差し訊ねる。
「零ちゃんを返して」
「私の下僕にして『天』から力を授かったら、その力をわがものにしますよ」
「それだけ力を得て何をしようってんだよ」面倒な話だった。「それに『天』そんなに凄いのかよ」
「我ら六柱の中でも最強最大の力を持つものですよ」
「そういうこと。力でも一番になれなかったから、成り代わろうっていうのか」
「でも天地仁左さんはもういないんでしょう?」
「証明する相手もいないのに、何やろうってんだか」
「すべてを支配するのですよ」厳かに月は言った。
「承認欲求の塊かよ」
「その刀も私が頂く。私のために」
一刀は改めて無双霞を手に構える。
「嫌なこった。
「無双霞もわがもの。寄こせ!」
「嫌なこった」一刀は恵を見る。「オレの代わりにあいつと戦わない?」
「無理、無理」ぶんぶんと首を横に振る。「天地仁左さんの刀となんて棍棒がもたないよ」
「じゃあ、無双霞を貸す」
「日本刀は私の専門外だよ。剣道の竹刀とは違うんだよ」
「大丈夫だって」
「私を無視するな!」
月が一刀に向かってに向かって刀を振り上げ踏み込んでいく。
刀が切り結ばれた瞬間、火花とともにすさまじいエネルギーの衝撃を恵と彩は感じてしまう。吹き飛ばされないように踏ん張るしかなかった。
「まだあなたは覚醒していないようですね」月はあざ笑うように言う。「早田健三よりも弱い」
「大きなお世話だ」
一刀は萍を払いのけると、間合いを取った。
「楽に無双霞を手に入れられそうだ」
月はニヤリと笑う。
「やってみろよ」一刀はきり結ぶ。
技量の面からすれば一刀の方が勝っていたが、刀の力を引き出せている月の方が圧倒的なパワーを持っている。
その力で月は一刀を圧倒しようとしていた。
「なんで」一刀は月の剣劇を受けながら訊ねている。「そんなに天地仁左が嫌いか?」
「尊敬していますよ」月が笑いかけてくる。「私たちを慈しんでくれましたからね」
「ならなんでだよ?」
「私は『天』に嫉妬したからですよ。私たちは天のプロトタイプでしかなかった。そんな自分が悔しいですし、越えたい」
「それはご苦労なこったな」一刀は何とか剣劇を弾きながら言う。
圧倒的なパワーの前に手が痺れてきていた。
「諦めて下さい。早田健三のように、私に取り込まれてしまいなさい」
「嫌なこった」一刀は苦笑した。「それに早田健三は取り込まれていないぞ」
「冗談でしょう」
「お前が気付かないだけだ」一刀はニヤリと笑う。「オレがまだ覚醒していなくても、お前よりも強いぜ」
「ほざくな!」
月の刀の降り方が、大振りになっていく。
剣を交えなくても難なくかわせるようになってきた。
当初は劣勢だったが、月の欠点を見抜いたことで、一刀の方が優勢になっていく。
「流石、一刀クン」
それが理解できたのか恵は安心してみていられた。
天地仁左が何を求めていたか、まだ分からない。
それでも恵も彩も、取り込まれてしまったように球体の中で眠る零を助けたいと思っていた。
一刀の技量に圧倒されつつあった月は、そこから逃れようとしていたが、回り込んだ恵と彩が放つ手裏剣に退路を指されてしまう。
「何故だ!」
「オレと同じで、お前も天地仁左の刀を使いこなせていないんだよ」
「そんなはずはない」
「事実だ。諦めろ」
狼狽する月に袈裟懸けで肩口から斬りつけた一刀だった。
切ったというよりは鈍器で殴ったような感覚が手に伝わってくる。
月は膝をつき一刀を睨みつけてくる。
「どうあがいたって、お前は天地仁左に近づけはしないんだよ」
どっちが悪者か分からないような態度である。
「そんな訳はあるか!」
月は立ち上がると雄叫びを上げて一刀に斬りかかっていた。
一刀はそれを難なくかわすと足の腱を切りつける。
派手に転びながら月は壁に激突する。すぐに立ち上がろうとするが足に力が入っていない。
そして月の鼻先に一刀は無双霞を突き付けるのだった。




