55.月の門
「出雲さん、零ちゃんは?」
息が合っていたのか、船尾に座る彩の指示でズレることなく一直線に出雲のところへと漕ぐことが出来ている。
それでも明日は腕が筋肉痛になる予感がしていた。
「ダメだ。湖に飛び込んでから、浮かび上がってこない」
潜水限界などとうに超えている。重りを身につけているようには見えない動きで足先から湖に飛び込んでいく。
何も身につけていないのであれば、浮かび上がってきてもおかしくないはずなのに、零は潜水を続けている。
「『月』へ至る門を潜ったのかもしれません。湖に飛び込んだように見えたのは錯覚であったのでしょう」
「あいつにそんな力があるのか?」
「天地仁左様が生み出したものであるのなら、無双霞と同等の力があってもおかしくはありません」彩は答えている。
その表情に憔悴しきった様子はなかった。
彩自身、心を強く持とうとしているのかもしれない。彼女も知りたいのである。
「あの女の子は、天地仁左が作ったものなのか?」
出雲は訊ねてくる。
「そうだって零ちゃん自身が言っていました」
「彼女は更なる力を得ようとしていると思います」
「更なる力ってなんだよ」
「それが何なのか推測すらできません。ですが何かを得るために『月』の元へと向かったのでしょう」
「どうやって? 湖底に入口があるのか?」
「潜ったのであれば、そうかもしれませんが、仁左様が考えたことです。そんな簡単なことではないでしょう」
「何か分かるのかよ?」
「出雲さん。零さんは湖面に映る月に向かって飛び込まなかったでしょうか?」
「そう見えたな」
「湖面に映る月が目印になっているのかもしれません」
「これですか?」
恵は湖面に映る月に手を伸ばし湖水をすくってみる。
冷たかった。
それになにも違和感がない。
ボートから身を乗り出したので、ボートがバランスが崩れ湖に落ちそうになっている。そんな恵を隣に座っていた一刀が何とか支える。
「何やってんだよ」
「あ、ありがとう」
「月と天がいるところに私たちが行くのは難しいでしょう」
「どうするんだよ?」苛立つ一刀だった。
「そのための無双霞ですよ」
彩は言った。
「一刀クンは鍵だもの」恵は一刀の肩を叩く。
「オレは便利屋じゃねぇぞ」
「でも一刀クンがいなければ始まらないよ」
「お願いします」
彩は頭を下げる。
不承不承、一刀はキャリーバックに入れていた無双霞を取り出し腰に下げると無双霞を抜き、湖面に映る月に突き立てるのだった。
その瞬間、目の前の風景が暗転した。
浮遊するような感覚を味わいながら、一刀は叫んでいる。
「何でこうなるんだよ~!」
その叫び声は虚空に飲み込まれていくのだった。
出雲はその瞬間を目撃していた。
一刀が湖面に抜いた無双霞を突き立てた刹那、ボートごと三人は消えた。
まるでテレポーテーションするように。
出雲はボートを操作してその場所に向かうが変化は起きない。
「くそっ!」
大場の心境が分かる気がした。
出雲はJESの番場に連絡を入れる。
支部ではすぐに動き出していた。
番場の指揮の元、平田をメンバーとして大型ヘリで向かっているのだった。




