54.月の光の中へ
「何があった?」
一刀が駆けてくる。
「どうして、ここに?」
茫然とボートを見送っていると一刀が、現れた。
全力で駆けてきたのだろう息が荒い。
「なんか金色の光が見えたんだよ。お前らが行った方向でさ。何だあれは?」
「歌鳥です」彩が答えた。
「歌鳥? 盗まれたのが何でここに? というかあれ飛んだのか? 飛べるのか?」
混乱してきた。
「早田健三は歌鳥の解析を済ませたようです」
零に会ったことと、彼女が歌鳥を無に帰したことを告げる。
「用済みになったから、消した?」
「その言い方もどうかと思いますが、歌鳥のブラックボックスを解析し、さらに天の巻を使ってすべてを知ったのでしょう」
「天の巻? 意味が分かんねぇ。分かるように説明しろよ」
「私も理解が追い付きません。しかし早田健三は仁左様が残したものを理解してしまったのではないかと歌鳥と天の巻からすべてを知ったのかもしれません」
「何をだよ? それだけじゃ分かんねぇんだよ!」
苛立つ気持ちを抑えずに一刀は達観したような彩の胸倉をつかもうとする。
彩は何とかその手を払いのけていた。
「それよりも零って奴はどこにいるんだ?」一刀は周囲を見回す。「もしかしてあのモーターボートか?」
一刀は恵が頷くのを見て舌を鳴らす。
「なんですぐ連絡よこさないんだよ!」
「ご、ごめん」
一刀は通信機を取り出すと出雲にモーターボートの事を話す。
「あの子は恵さんと話をしたかったようです。それを邪魔したらそのまま逃げられていたかもしれません」
彩が恵をかばうように言った。
一刀は舌打ちしながら「何か聞き出せたのか?」
「この前の、お礼言われた……」
「それだけか?」呆れてしまう一刀だった。
「他にも天の巻とか歌鳥の話は出ましたが」彩は言う。「『月』や『天』の情報は出ませんでした。恵さんは色々と訊ねていましたが、早田健三しか分かっていなのではと思われます」
「早田健三はどこにいるんだよ?」
「零さん曰く、行方も不明です」
「なにも分かっていねぇじゃねぇか」
「ごめんなさい」
頭を掻きむしる一刀に恵はシュンとしていた。
その時、桟橋からモーターボートのモーター音と水を切る音が聞こえてくる。
出雲がモーターボートを操縦し、彩のボートを追い始めたのだった。
出雲のモーターボートが追跡を始めるが、民間のボートであるためエンジンの性能は変わらないので十分以上の差は大きかった。
このままだと逃げられる可能性の方が高くなる。
先行したボートは突然エンジンを止めたようで、ゆっくりと流れていく。
「何をする気だ?」
ボートの上で女の子が立ち上がった。
服以外は身につけていないように見えた。
「手を振っている?」
「手招きしているのかもしれません」
彩にはそう見えた。
「あそこに何かあるのか?」湖岸からでは状況がよく分からない。「行くぞ」
「行く?」
「オレたちが呼ばれているのなら、行くしかないだろうが!」
「そ、そうだね」
「どうやって行くのです?」
「桟橋に行ってみよう」
一刀は駆けだしている。それに二人はついて行くのだった。
その間も横目でボートの動きを見ていると、出雲のモーターボートが近づく寸前で零は湖に飛び込んでいた。
「零ちゃん!」
恵は一刀を追い抜く勢いで走り出していた。
負けじと一刀も走るので、そのまま桟橋まで一刀と恵の熾烈な争いになってしまう。
エンジンを止めたモーターボートの様子を出雲が見ていると女の子はボード上で立ち上がる。
まるで出雲のことなど眼中にない様子だった。
女の子は陸に向かって手を振るとおいでおいでと何か誘っているような仕草をしている。
あと少しでボートに飛び乗れるというところで、零は出雲にバイバイと手を軽く振り、湖に飛び込んだ。
女の子が乗っていたボートはそのまま流されていく。彼女は湖面に映る月に向かって飛び込んだように見えた。
何か意味があるだろうか?
出雲は操船者を失いゆっくりと流されていくボートに接舷するとボートの中の様子を見る。
何もない。
そのまま湖面に映る月の周辺を旋回しながら湖に飛び込んだ女の子が浮かび上がってくるのを待つが、湖面はそれ以上揺らぐことはない。
思案しながら、同じところをグルグルと旋回し続ける。
「あれは人間なのか?」
「どうするの、一刀クン?」
「オレたちも行ってみるしかないだろう」
「あそこに『月』に至るゲートがあるかもしれません」
彩も行く気が満々のようだった。
桟橋にあるのは観光客用の手漕ぎのボートだけだ。
出雲のボートは零を探しているのだろう。グルグルと同じ場所を旋回している。
呼び寄せるわけにもいかないだろう。そのすきに零が浮かび上がってきて逃げられてしまうかもしれないのだ。
こちらから行くしかない。
「屛風ヶ岩のように見えないゲートが湖面にあるのかな?」
「そうではないかと思います。月が満ちるとか言っていました。タイミングを計っていたのかもしれません。それにあの動きは私たちを誘っているようにも見えました」
「行きたくなくなってくるな」
「それではその刀ことも分かりませんよ?」
「だからこうして出張っているんだろうが」
「私だって零ちゃんの話をちゃんと聞きたい」
「私もです。あれだけでは納得できません」
「そうですよね」
恵は苦笑していた。
「行きましょう」
一刀と恵はそれぞれオールを持つと声を合わせて漕ぎ始めるのだった。




