43.山の響き
「お二人とも、お疲れ様でした」
彩が恵と一刀に声を掛ける。
「死ぬかと思いました」
恵は彩に縋りつく。その頭を彩は優しく撫でる。
「一刀さんは大丈夫ですか?」
「痛みはあるが、こんなもんだろう」一刀は肩を回してみる。「アンダーウェアは貫通していないからな。ちょっとした打撲程度だ」
彩はポーチからコールドスプレーを取り出し患部を冷やすのだった。
「いいなぁ」
手当をしてもらっている一刀をうらやましげに見ている。
「刃を受けたこっちの身にもなれ」
「ごめんね一刀クン、私も痛いのは嫌」
真顔で即答する恵に一刀は苦虫を噛み締めるような思いだった。
『落ち着いたかね?』
「そっちは?」
「大丈夫♪」
炎雷に戻った姿で笑いかけてくる。話が終わったらまたやろうと誘ってくるが、恵も一刀も遠慮するか無視するかだった。
「ここは一体何なんだ?」
「闘技場」「遊び場」炎と雷の言葉がダブる。
『断じて違う。ここは父が刀を生み出した神聖なる場所だ』
「父っていうのが天地仁左で、生み出された刀っていうのが、オレの持つ霧双霞や萍、虎月の三本の刀でいいのか?」
肯定の言葉が山から返ってくる。
「それだけのためにこんなに広い空間を作ったのですか?」
恵は驚きを隠せない。JESのビルがすっぽり収まるほどの高さがあり、広さに至っては学園の敷地並みに広そうだった。
『父の求めた真の玉鋼を生み出すために必要だった』
「つまり大量の鉱石を掘っていたらこれだけ広くなったっていう事か?」
『父曰く純度の高い鋼が必要だったという』
「鉱脈がどれほどのものか知らないが、鋼をどれだけ凝縮したんだ?」一刀は呆れる。「これだけ掘っても三振りしか作り得なかったってのが驚きなんだが?」
『素材集めもだが精製にも難儀していた』
試行錯誤を繰り返したっていうのか?
その過程を山は割愛したが天地仁左の力を持ってしても、萍、虎月、霧双霞を生み出すのは難産であったというのである。
「霧双霞は何のためにある?」
『鍵であるという』
「本当に鍵だったんだ」
「恵、お前、絶対にオレが刀を鍵穴に刺すところを想像しているよな」
「何で分かったの?」
「いや、いい……」一刀はため息をつく。「それで何の鍵になるんだ? またどこかの扉でも開けることになるのか?」
『人の生きる道を切り開く鍵となる。そう父は申されたな』
「人の生きる道? 人生かよ。天地仁左は何がしたいんだよ。そんなもの刀でどうやって切り開くんだ? 鍵ってんなら刀である必要がねぇだろう!」
突っ込みどころが満載だった。
「剣に生き、己が腕一本で成り上がろうとする者もいましたよ」と彩。
「今は武士の時代じゃねぇぞ。それに生き方とかそんなんじゃねぇだろう。そんなものでいいならこんな大掛かりな物も必要としないじゃねぇかよ」
『既存の力では限界がある。それに龍の力は借り物の力でしかなかった。それらに頼らず、それ以上の力を父は求めた。そのために今我々が存在する場所よりも高位の次元から高純度の力を得ようとしていたのだ』
「高次元?」
話が突拍子の無い方向へと進んで行くと恵は思った。
「じゃあ何か? 刀がその力を得るための鍵だっていうのか? 天地仁左は何をどうやって開くつもりだったんだよ?」
『我にもそれは教えられていない。不明だが父は何かを掴んだのだろう』
「どうやって? ってあんたは分かんねぇって言ってんだよな……。しかし、火力だけで蒸気機関すらなかった時代にそんな発想があるのかよ?」
『我ら六柱を生み出した父なればその領域にも達することも可能であろう。精神や意思にも力があるとするなら、それを具現化して力とするようなものだと推測する』
「あんたなぁ、それがどれだけ難易度高いものか分かっているのか?」
「目に見えないもの、抽象的なものでしかないものに力があると申されているのですからね」
「天地仁左が天才で、あんなからくり人形や地やあんたのような生体コンピューターまがいの物を生み出したのは十分に凄いことだと理解はしたが……」人体のことですら分からない時代の話だぞ。
『からくり師、異能異才の武士、奇跡の手を持つ者とさえ言われていたよ』
「それで龍を超える力を得る物は完成したのですか?」彩は訊ねる。
『名刀として世に残された三振りの刀がそれである』
「それならば地殿は何故天音様とともに消滅されたのでしょう?」
彩はなおも問いただす。
『天音を救う者は現れなかったと言っていたのではないかな?』
「確かにそんなこと言っていたな」
「時間切れとも。でもそれは龍の力が消えたからだと思っていたんだけど……」と恵。
『予備的ものと地が思っていた消滅のための力は後に父が用意したものではないかと推測される。そうでなければ邸宅が丸ごと地下へと消滅など出来ぬ』
「ただの陥没ではないと思っていましたが、そのようなことが」
「だったら地さんも消える必要がないし、待っている時間がもっとあったんじゃないかな?」
恵は疑問を口にする。
『龍の力が消失したことが引き金とはいえ、父が消えて天音を蘇らせることが出来る者も長きに渡って現れなかった。そこに天が誕生した』
「天? 何だよそいつは?」
『天は六柱を統べる者。我ら六柱の頂点に立つものなり。いまだ完成しえぬ最後の一柱。父により生み出され、何億年もかかる生命の進化を遂げて人の形へとたどり着き、さらなる進化を求め我が元へとやって来た』
「何億年? 単細胞生物やアメーバから育て始めたとか言うんじゃないだろうな? その天てのは。なんでそんな面倒なことをする? 天地仁左が天才ならお前らみたいなのとか、クローン、人工授精とか考えそうじゃないか?」
「その通りです。天音様のことは諦めてしまわれたのですか?」
『父の想いは我にも分からぬ。ただそこにたどり着いたとしかな。いうなれば天は我らのあるべき完成形なのだ』
「でも天音さんを生き返らせようとしていたんでしょう? そうなったらそれは天音さんじゃないよ」
「気が触れたとしか思えねぇな。それともフランケンシュタインでも生み出そうっていうのか。人工の命なんて神にでもなろうとしていたのかよ」
『父は我ら六柱の創造主なり。天は天音に替わるものではない』
「子が欲しかったというのでしょうか?」
「それだったら養子縁組でいいだろう。こんな大掛かりなことやって何がしたいんだよ? 面倒な奴らばかり湧いてきやがる!」
一刀は腹立たしかった。
『天音の細胞から身体を生み出し脳移植することまで考えられていた。だがそれもうまく行かずあらゆる手を尽くしても天音を救えなかった。それ故に父がたどり着いたのが天である』
「なんで今なんだよ?」
『父には分かっていたことなのかもしれぬが、我には理解不能。ただ条件がそろったとしか思えぬ』
「天地様が去り、龍の力も消えた。そして継承者?」
彩は呟いた。
『天の誕生には膨大な力を持ってしてもこれほどの時間が掛かったのだ』
「天はどこで誕生したのでしょう? ここですか? それとも隠れ里でしょうか?」
『隠れ里の観音像に納められていたはず』
「あれか!」「やっぱり~」一刀と恵は同時に声を上げる。
平田の推測はおおむね当たっていたのだ。
「どのような進化なのでしょう?」
『最終的には人として進化し、人として生きるためのものである』
「その天はどこにいるんだ?」
『父の記録とともに継承者に託したよ』
「オレ達よりも先に来た奴か。何者なんだ?」
「ケンザンと名乗っていたよ」炎雷が答える。
「見参、ではなく?」恵は訊ねた。
「ここにやって来ましたって意味じゃないだろうが。剣山虎月のことを言っていたんじゃないか?」
「ケンザンが持っていたのは萍だよ」と炎雷。
「虎月じゃなってことは、トーヤでもない?」
炎雷が身振り手振りで人相などの姿身を教えてくれる。モンタージュを試みるが絵心がなく諦めた。
『間違いなく萍である。炎雷など瞬殺であったからな』
山の言葉に炎雷は悔しそうに唸り声を上げる。
「萍の力で蹴散らされたのか? オレは怨念の塊みたいなのは斬ったことがあるが、高次元の力とやらは使えた試しがないぞ」
「使いこなせてないからじゃないかい」炎雷は笑う。
「そう言われると、なんか腹が立つな」
「実際剣技のみで闘っていたじゃない。まだまだだよね」
「うるせぇよ」取扱説明書がある訳でもない。「恵の棍棒みたいにスイッチがある訳でもないんだ。こんなのどうしたら使いこなせるってんだよ?」
『父のみぞ知るだ。ケンザン殿にでも訊ねるのがよかろう』
「どこのどいつかも分からねぇのにかよ」
「じゃあ、覚醒するためにもっと炎雷とやろうよ」
「却下だ!」じゃれついてくる遠雷の頭を抑え込む。「ケンザンと天はどこに向かったんだ?」
『父が託した月のところであろうな』
「月って」恵は上を指さす。
『そこではない。月へは父ですら行ったことは無かろう。月の居場所は歌鳥が知るはずだ。案内してくれるだろう』
「案内? 歌うだけで意味不明な詩篇だらけだぞ」
「歌鳥は歌うだけではなく飛ぶそうです」彩は一刀に言う。
「はあ? 動くのか? あれが!」
『状態が分からぬが、力が足りぬだけであれば、力を満たせば歌鳥自ら動くことも可能であろう』
「霧双霞を触れさせてみましたが、歌うのみでした」
「何とかしろよ」
『我らすでに消えゆくのみ。あとは汝ら次第であろう』
「六柱は他にもいるんだろう。残りはどこにいるんだよ?」
『父のみぞ知るだ』
「役に立たねぇな」頭を抱える一刀だった。
『期待に応えられず、すまぬな』
「地やあんたたち以外は月と天、残りはなんて名なんだ?」
『陰』
「なんか陰湿で強そう」
『どちらかは存ぜぬが瀬羅湖周辺であろうと思われる。我らは先を見ることが出来ぬが、汝らが答えにたどり着くことを願うのみ』
「勝手に傍観者になるな。終わるな。まだ全部聞き終えたわけじゃねぇよ」
「そうです。まだ聞きたいことはございます」彩は言う。「天の巻は御存じですか? どちらにございますかご存じでしょうか?」
『隠れ里の早田家に預けてあると聞いたことがあるな』
「早田? あの早田?」
「和住の話では里に早田家は無いはず」
「天の巻って初めて聞く気が。何なんだ?」
「地の巻と対を成す巻物です。地の巻は一刀さんが阿義のところで入手したと聞きましたが?」
「あの巻物かよ。地の巻もだが何が書いてあるんだ?」
『地の巻は父の土木建築等に於ける功績が書かれておる。重要なのはその要となる部分に納められた鉱石』
「あれは何なのでしょう?」
未知の物体故、平田は頭を抱えていた。
『六柱の天に絡むものだと推測される。天の巻は秘術が書かれているのだろう。父は謎解きをさせたがっていたのかもしれぬ。実に楽しそうに二つの巻物を作っていたよ』
「天地様らしいと言ったらいいのでしょうが……使い方などは聞いていませんか? そうですか……」
彩は珍しく肩を落とす。
「なんか聞いていると、天そのものが秘宝に思えてくるね」
恵は一刀に言う。
「六柱の一人だぞ。それもどうなんだ」
「そうだね。秘宝だから宝物的なものになるよね。それに巻物が里にあるのなら、里の人に訊けば分かるかもしないよ」
「里に居ないとしても、継いでいる人は何処かにいるかもしれませんね」
彩も頷く。
『ならば天を頼む』
「何だよ。藪から棒に。継承者に託したんじゃないのかよ?」
『ここへ来た汝らも継承者なり』
「そもそも何も分かっていない奴のことを言われてもな」
一刀は頭を掻く。
「では降りますか?」
「中途半端過ぎてスッキリしねぇなぁ……」
「刀持っているからってFBトリガーさん達からも狙われているしね」
「あいつらが一番面倒くさすぎる。なんとかなんねぇのかよ」
『何があったかは知らぬが我に言うことではないな』
「そうだよな」
一刀は盛大にため息をつくしかなかった。
入った時とは違い戻るのは一瞬だった。
番場達は突然、屏風ヶ岩からすり抜けるように三人が現れてきたことに驚くのだった。
その場で根掘り葉掘り訊ねられることになる。
平田はもう一度その場へ行こう。炎雷や山と話がしたいと言い出したが、その願いはかなわなかった。
霧双霞を抜いても、もう一度入口が開くことはなかったからだ。
「店じまいだと言われました」
「これなら最初からついていけばよかった!」
冷静に見えるはずの平田の絶叫がこだまする。
すると足元で突き上げるような大きい揺れが起きる。
二度ほど立て続けにそれはやって来た。
「大きいな」
「地震?」
「あいつらも地と同じように、地の底に消滅したんだろうな」
一刀は呟く。
「そうなのでしょうね」
彩も残念そうだった。
地震は岩鋼山山麓で起きた直下型の地震として記録される。
その後しばらくして屏風ヶ岩の上でクライマーが縦穴を発見する。
地質学者などが調べてみると穴は地下に向かって百メートル以上続いていた。その先には大きな空洞も見つかっている。
その様子を写した映像を彩たちは見せられたが、あの時見た場所とは思えぬ光景だった。
山と炎雷の痕跡もまた完全に消し去られていたのである。




