42.地底の闘い
一瞬で数十メートルあったはずの距離を詰めてくる。
尋常じゃない瞬発力とスピードだった。
刀を抜くのが一瞬でも遅れていたら、命はなかったかもしれない。
炎と雷に別れた二人が持っているのは真剣だったからだ。彼らは姿こそ見分けがつくが、スピードも力も同等。炎と雷の攻撃は同調しているかのようにブレることのない斬撃が襲い掛かってくる。
万華鏡を覗き込んでいるかのように一点から広がり、または収束し双子は様々な攻撃を上下左右から繰り出してくる。
変幻自在な動きに翻弄されながらも一刀は双子の刃を受け、そしてかわす。
「すごいよ」「すごいね」双子は同じ言葉を発し、一刀に賛辞を贈る。「「でも受けるだけでいいの?」」
双子はそう言うと、今度はバラバラに動き始めた。
頭や心臓、人の急所を的確に狙ってくる。
それぞれの剣筋は地の動きにも似ていたが、双子故かそれ以上、倍加している。
何より子供の姿というのもあってか、一刀はやり辛い。防戦一方になってしまう。
「恵! 手伝え!」
双方の太刀を受け、それをはじいて一刀はやっと間合いを取った。
「え~っ!」
恵は棍を手にしていたが、両者の動きについて行けず傍観していた。
「ねぇ、ねえ。そこの棍棒を持った子は、強いの?」
「オレより強いぞ」
「うそうそ、私は地さんの動きだって追えなかったよ」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ」
「じゃあ、君に相手してもらおう」
少女姿の雷は一歩下がると恵に目標を定める。
身長は百三十センチほどで小学校高学年くらいの見た目。髪はおかっぱだった。
道場に居た頃、低学年の門下生や入学前の子らを相手したことはあったが、たとえ真剣であっても雷を相手に戦うのは気が引ける。
だが雷の動きはその比ではない。あの勢い剣を振るわれてはケガだけは済まないだろう。
退こうとしたが雷のスピードがそれを許さない。
突き付けるように刀身が迫って来た時、恵の視界は切り替わる。
心臓をえぐろうとした剣先を棍棒の先で受け流していく。
脇をすり抜けていこうとした雷のすれ違い様に首筋を狙った刃を恵は何とかはじいていた。
「すごいね」嬉しそうに雷は笑った。「これはどうかな」
片手で大太刀の柄を握ると空いた左手から小太刀が現れる。
その小太刀を棍棒に叩きつけ体勢を崩そうとする。その力も強く棍棒が叩き落されそうになった。
恵は三節根へと瞬時に切り替え、それを回避。大太刀を受けた。
「それ、すごいね」
「ねぇ、やめよう」
「無理。無理」無邪気に雷は笑う。「雷は止まらない。君の本気をもっと見せてよ♪」
彩は闘技場と化した石台の隅へと移動する。
そこから二人を見守ることにした。
『そなたは助けに入らぬのか? 彼らが倒れれば次は汝になるのだぞ』
「その時は覚悟を決めますが、お二方なら大丈夫です。それに彼らの動きに私はついて行けません。それ故、二人の間に入っても邪魔になるだけです」
あのスピードである。短刀で受け切ることも反撃することも難しく、手裏剣では当てることすらできないだろう。
『劣勢のようにも見えるが』
確かに一刀も恵も防戦一方だった。
「お二方ともまだお若い。それに戦も地獄も経験しておりません」
『身なりも変わっておるようだな。時代は相当に変わっておるのだろうな』
「そうですね。平和で豊かな時代でありますよ。あの頃とは比較にならない程に」目を細め彩は二人の姿を追い続けている。「武術としての剣は残っていますが、命のやり取りはございません。無意識なのかは分かりませんが、お二人は炎雷殿の姿に躊躇されているのでしょう。お二人ともお優しいですから」
『あの姿に騙される者も多いであろうな』
「最初からそれを狙われていたのでしょうか?」
『子の無かった父と天音のために生み出された。警護も兼ねてな』
「それが何故この地の守り人に?」
『父の命により、この地にて継承者を待つ役目を仰せつかった』
「なぜ今なのでしょう?」
『それは我にも分からぬこと故勘弁願おう』その声は自嘲気味に笑っているようにも聞こえた。『いで立ちもだが彩殿も随分と変わられたようだ』
「姿はそのままでも七百年ございました。人の闇も沢山見ております」
戦も飢餓も災厄も体験してきた。言い表せないほどの光景を目の当たりにしてきたのである。生き延びるために人を殺めたことすらあった。
『苦労を掛けたようだな。それに見合うものが得られれば良いが』
「十分得ております。この命とともに。恵さんも一刀さんも良い方たちです。それにあなた様からお話を伺うことが出来るのでしたらここに来た甲斐があるというものです」
『すでに先に来たものに渡せる物は渡している。話をするのみぞ?』
「一刀さんは残念がるかもしれませんが、私は天地様のことが知りたいのです。風上の地を離れて以降どのように過ごされていのかを」
『ここへ来る前にどこか縁ある地に参られたか?』
「はい」彩は頷き、地下の天地邸と海嶺村の件をかいつまんで話して聞かせるのであった。
『成る程。まだ始まったばかりのようでもあるな』
「ところで私はあなた様とお会いしたことがありますでしょうか?」
『直接こうして話をするのは初めてである。我は地とともに生み出された管理する者。彩殿は地と話をしたことが在るだろう? あやつと我は兄弟のようなものでな、ここに移される前にあやつからそなたの様子を伺ったことがあるのだよ』
「そうでしたか。地殿はからくり人形ではありましたが分身となる身体があったと聞きました。あなた様は?」
『ここには炎雷が居る。故に体は捨てた』本当は炎雷と仕合って壊された分身をそのまま放置しているだけだ。『地はどうしているか?』
「最後にあの二人がお会いしたそうです。その後、天音様とともに地の底へ……」
『そうか、役目を終えたのだな』
「不本意な結末であったかもしれませんが」
『役割は我らに定められていたこと。致し方無し』
「あなた様も天地邸のように消えられるのですか?」
『すでに継承も済ませているからな』
「間に合ってよかった」
『そうだな。あの二人のおかげで炎雷も悔いは残らんだろう。守り人としての力を与えられて以降、力を持て余していたからな』
「天地様にも様々なお考えがあったのでしょうね」彩は吐息を漏らす。「あなた様と炎雷殿は六柱と呼ばれる方々なのでしょうか?」
『そう呼ばれてはいるな』
「他の方はどちらに?」
『地以外、他は知らぬよ。居場所を知りたくば歌鳥が案内してくれよう』
「ここに御持ちすればよかったのでしょうか」
『鳴くだけか? ならば何かできたかもしれぬな』
「そうですか、今一度来ることが叶えば良かったのでしょうが」
ままならぬものだと彩は思った。
間合いを取ろうと何度も試みるが、炎は離れず自分の距離で接近戦を挑んでくる。
小柄だがその分機動性に優れている。地の使ったからくり人形よりも素早かった。
使う刀も地とは比べのならない業物を使っているのだろう。霧双霞と切り結んでも刃こぼれしていないのである。
炎のスピードと間合いに慣れてきた頃に、今度は斬り込む途中で故意にタイミングを変え、さらに踏み込んできた。
かわせると思っていたものが、間に合わずかろうじて刀で受ける。
「やっぱり正攻法じゃ駄目か」
「じじいの打ち込みに比べればまだマシだ」
痛みで眠れないほど何度も木刀で叩かれている。しかも防具も無しで。
「凄い凄い。こうじゃなきゃ」炎は無邪気にはしゃぐ。楽しそうだった。「じゃあ、炎のこの技も受けてみてよ」
「いい加減にしてくれ。奥義でも見せてくれるってのかよ」
一刀は刀を構えなおす。
阿義や地の剣を受けてきたが、それでも他流派や見知らぬ輩とのやり取りは緊張する。
炎は左斜め下に刀を構えた。
刀を弾き間合いに入ってくる戦法か?
スピードでは炎に分があるが、パワーでは負けていないはずだ。
炎が動くと一刀は上段から叩き折る勢いで刀を振り下ろす。炎からすれば最初からそれが狙いだったのだろう。ぶつかり合う寸前に炎の刀が切羽の部分から外れた。
霧双霞は空を斬る。
それに気付いたが、勢いを止めきれず次の動きがほんの数舜遅れてしまう。その瞬間を逃さず炎の持つ柄の頭から暗器が現れ、一刀の心臓を突こうとする。
足さばきでかわそうとするが、避けきれずジャケットが肩口から切り裂かれた。JES製アンダーウェアを下に着ていなければ肩口から骨まで達する傷を負っていただろう。
「痛てぇだろうが!」
怒りに任せ無意識に握りしめていた右の拳が炎の顔面にヒットする。
彼は五メートル以上吹き飛ばされていた。
「おい! 大丈夫か」
思いの外威力があったようで一刀自身驚く。
炎はすぐに上体を起こし、降参のポーズをとるのだった。
スピードは雷の方が上だった。
雷は小太刀を器用に用い、棍の動きを止めるか無力化しようと動いてくる。
対する恵は棍棒と三節根を瞬時に判断し使い分けながら小太刀の攻撃をかわし、懐に入らせないようにするのがやっとだった。
大太刀をかわしてもさらに踏み込み小太刀が胴を薙いでくる。
阿義の二刀使いよりもさらに格上相手では活路が見いだせない。
雷の二刀流とは相性が悪すぎたが雷撃は使いたくなかった。
恵はジリ貧だった。
棍で振り払おうとするが、それをすり抜けるように接近し大太刀で突きを入れてくる。
ご丁寧に二回も。
首を傾け避けるが、髪の毛を何本か持って行かれた。さらに傾けた方にもう一度突きが飛んでくる。
重心を戻せない。咄嗟に身体が反応し、横に飛んだ。
そのまま転がり距離をとろうとするが、雷が追撃してくる。
硬い岩盤のような床も気にせず、小太刀で何度も恵を突き刺そうする。
垣間見える雷の笑顔が怖かった。殺気が溢れ出て狂気じみている。
少女の足元を棍棒で払う。一度はかわされたが瞬時に軌道を戻し雷の体勢を崩す。
その間に立ち上がり恵の方から距離を詰める。
「避けてよ」恵は念じる。
足元を狙い棍先を突き付ける。
最初から牽制のつもりだった。
雷撃が雷の立っていた岩盤を穿ち、少なからず礫を飛ばした。
眼に焼き付くような閃光が走った。
刹那、雷と胸が合わさるほど密着する。
攻撃できないよう組み伏せようとしていると雷は思い込み、無防備なその背に小太刀を突き付けようとした。
雷の胸元に衝撃が走る。雷は膝を着き、倒れた。
棍棒を握る位置がいつもと変わっていた。
左手は棍の先端から五センチ程を握り、右手は中ほどを掴んでいる。
初めてやる技だった。密着した至近距離で衝撃を与えられるのか自信がなかったが、うまく行ったようである。
汗をぬぐい息を落ち着かせながら、恵は動かなくなった雷を見下ろしていた。




