30.地底の館
「誰かが住んでいるみたい」
人が住まなくなった家は、主を失い朽ちていくはずだが、この屋敷にはそれが感じられなかったのである。
「人が住んでいるんなら当たり前だろう」
「でも抜け穴って鎌倉時代に作られたはずだよね?」
「いやいや、確かに古そうだが」建材に触れながら一刀は首を横に振る。「こんなの七百年前にはあり得ないだろう」
現代技術でもこんなのは無理だろう。
「秘密基地とか?」
「どこの? 誰の?」
戸のない玄関から中を覗き込むと土間があり、奥には時代劇で見るような台所があった。
「電化されていない?」
薪があった。電気どころかガスもない。
「窯もあるね。まるで時代劇に出てくる屋敷みたい」
「地中だってのに、こんなに明るい場所だぞ、なんでわざわざ囲炉裏や窯まであるんだ? 蛇口すら見当たらないし」
「換気できない地中で火を焚くなんて自殺行為だよね」
足を踏み入れると、土間は土を固めただけで少しごつごつしている。
「失礼しま~す」
スマホで撮影しながら小声で呟くと恵も中へと入っていく。
広い板の間があり中ほどには囲炉裏がある。
「畳じゃないんだ」
「畳ってのは平安時代からあるらしいが、今みたいに畳が使われ出したのは室町時代かららしい」
「よく知ってるね」
「張替に来た畳屋に聞いた」
「この屋敷が鎌倉時代のものっぽくなってきたよね」
二人が土間から様子をうかがっていると、奥の方からカタカタと木製の歯車が回る音が聞こえてくる。
暗がりから姿を現したのは……。
「人形?」
「かわいい♪」
全高五十センチほどのからくり人形だ。
自走し二人の方へと進んでくると、彼らの目の前で止まった。
『イラッシャイマセ』
「しゃべった!」
「天地仁左はいるか?」
「ヘっ?」
恵は思わず一刀を見てしまう。
『ゴシュジンサマハフザイデゴザイマス』
「うそ!」
今度は信じられない思いで恵はからくり人形を見る。
返答があるとは思っていなかったからだ。
「じゃあ誰がいる?」
一刀はというと高圧な態度でからくり人形を見下ろしながら言うのだった。
『ゴヨウケンハ?』
「当人に話す」
『ゴヨウケンハ?』
「誰かいるなら、呼ぶか案内しろ」
『ゴヨウケンハ?』
「お前じゃ話になんねぇだろう」
『ゴヨウケンハ?』
「融通がきかねぇな。いるなら呼べって言ってんだろう」
一刀は人形相手にケンカ腰になってきている。
「い、一刀クン、落ちつこうよ。用件を、用件をちゃんと言おうよ」
「こいつに話したって答えなんて返ってこないだろう」
「でも、このままじゃ堂々巡りだよ」
「じゃあお前に任せた」
一歩下がると腕組みして恵と人形を見ている。
「え~、何を話せばいいんだろう? 困ったな……」恵はしゃがみ込むと人形と同じ目線になり話しかける。「え~とね、天地仁左さんのことが知りたくてここに来たんだけど、誰かお話ができる人はいますか?」
恵は人形に笑いかける。
沈黙の中、からくり人形に目があるのなら、互いに見つめ合っていたのではないかと思われる。
『コチラニドウゾ』
人形は来た方向へと器用に向きを変えると動き出す。
「やっぱり、誰かいるんじゃないか」
「付いて行っていいのかな?」
「行ってみるさ」一刀は恵を促すとそのまま板の間に上がり込む。「しっかし、こいつどこまで人語を理解してんだ?」
「AIロボットと同じだよね」
「ファミレスの給仕ロボよりも利口だろう。センサーが見当たらないのにどこで判別してんだよ」
一瞬、恵は靴を脱ごうか迷ったが、一刀が土足のまま上がっていったので、慌ててそのままついていくのだった。
「本当に人が住んでいるのか?」
生活臭がしなかった。
まるで観光地の武家屋敷の内部を見学しているようだと、スマホで動画撮影しながら恵も思った。
「鎌倉時代の物だとしても、小ぎれいすぎるよね」
「広さは分かないが、敷地面積は相当あるだろう。地下にどうやってこんなの造ったんだよ」
「ドーム球場みたいだけれど支柱らしきものも見えなかったし、支えも無しに天井を維持できるのかな」
「地下なのに息苦しさもない。空調が効いているとしか思えないな」
「絶対に抜け穴じゃないよね。天地仁左は不在って言っていたけど、本当にここは彼の屋敷だったとか?」
「からくり仁左って言われていたんだろう。あのからくり人形もだが、ここもからくり屋敷だったりしてな」
「忍者屋敷みたいに? ここにも何かあるとか」
「釣り天井とかか?」
軽い気持ちで口にしたつもりだった。一刀がそう口にした途端、彼の眼前に何かが落ちてきた。
大きな物音がして風が吹き付ける。
あと一歩前に進んでいたら、天井から降って来た金属製の板の下敷きになっていただろう……。
「嘘だろう!」
「やだ、落とし穴とかないよね」
恵が言うと、彼女の後ろで通路の床が開いた。
あと五センチずれていたら踵が踏ん張れず足を取られていただろう。
二人は一気に嫌な汗が噴き出してくる。
恵は撮影を止めた。
「一刀クン、ここって……」
「もう言うな考えるな。次は槍が飛び出してきて串刺しにされるぞ」
刹那、左右の壁から槍が突き出してくる。
かろうじて二人は身をかわせたが、それも間一髪だった。
「本当に出た……」
「音声に反応してるのかよ。えげつないな」
恵は口を押え、一刀に頷くだけにした。
気が付くと釣り天井も落とし穴も元に戻り閉じている。からくり人形はというとマイペースで通路を進んで行っていた。
一刀はからくり人形を指さすと、そのあとについていく。
ここでも引き返すという選択肢はないようだ。恵はため息をつく。
地雷原を歩くというのはこんな感じなのだろうか?
棍棒で通路を突きながら歩きたくなってきた。
カタカタと歯車のまわる音が止まり、奥の部屋の襖の前でからくり人形は停止する。
一刀は足を忍ばせ刀柄に手を当てながら、からくり人形の後ろから襖の向こう側の気配を探ろうとする。襖に近づこうとしたその時、からくり人形の背中が開く。
槍が伸びてくる。
しかも三本だ。
頭、胸部、腹部を同時に狙って来る。
一瞬でも判断が遅れれば串刺しだっただろう。
「どこにそんなものが入ってんだよ!」横に転がりながら一刀は叫んだ。「悪質すぎるだろう。殺意高すぎるぞ!」
間に合わなかったが、恵は背中が開いた瞬間に棍棒をからくり人形に叩きつけていた。
木片が飛び散る。
襖の向こうで物音がした。
一刀が慌てて襖を開けると障子窓から、外に出ていく人影が見えた。
窓から外をうかがうと、裏手の竹藪の中にそれは消えていく。
「着物着ていなかった?」
「ああ格好が時代劇だ」
「一刀クン、あれを追う? それとも、もう少しここ調べる?」
「追っかけても待ち伏せくらうか、罠でもありそうだから、まずはこっちを見てみるか。他にも誰かいるかもしれないし」
余計なことは考えず、口にしないようにしながら、屋敷の中を探索していく。
それでも目の前で棚の上から壺が落ちてきたりもした。
水が流れ落ちる音、板が割れる音、不意な物音や出来事に、何度も身構えてしまう。
全ての部屋を見て回ったが、何かあるにしても、一刀や恵にはそれがどこに隠されているのかは分からなかった。
収穫はない。入口にある土間に戻ってくると二人は深いため息をつく。
「何もなかったね」
「疲れた……」
神経がすり減らされただけだった。
「平田さんなら大いに興味持ちそうなところだよね」
「結局、最初に見た人影は、ここにおびき寄せるためのものだったのかもな」
「彩さんなら知っているのかな?」
「胡散臭い話されるだけかもな。宝箱とかないのかよ、ここには」
「RPGゲームじゃないんだから」
恵が笑うと、何かが落ちる音がする。
音のした方に目を向けると、台所の方に宝箱が転がっている……。
どこから出てきた?
二人は顔を見合わせる。
場にそぐわない、ゲームに出てくるような西洋風の箱は一目で宝箱を思わせるものだった。
「ねぇ開けてみる?」
恵は入口へとゆっくりと後ずさる。
「やめとく」一刀は首を横に振る。「まったくここはビックリハウスかよ。恐怖心や猜疑心ばかりあおりやがって」
一刀も入口へと向かう。
「絶対に変なものが出てきそうだもんね」
「JESに報告したら、そっちで調べてもらおう」
逃げるように屋敷を後にする。
恵は彩が言っていた言葉を思い出していた。
天地仁佐がいたずら好きな人だと話していた意味がなんとなく分かったような気がする。
「住まい? 家、ですか?」
大場の問い掛けに彩は頷く。わき見運転になるのでその表情までは読めない。
「抜け穴なんですよね?」
「そういう使われ方もしたので、皆がそう呼ぶようになってしまっただけですよ。本来は天地様のお住まいがあり、その通り道なのです」
「地下に掘った穴倉で暮らしていたんですか? なぜ? 何のために?」
「洞窟などの住居を想像されているのでしょうが、本当に館があるのです」
「建物が? それでも地下ですよ。光も射さない。そんなところに住んでいられるんですか?」
大場は間の抜けた質問をしているような気がしてきた。
「説明が難しいですね。実際に見てもらった方がいいでしょう」
「見れるんですか?」
彩は頷く。「すでに一刀さんも恵さんも中に入られていると思われますので」
「彩さんは見たことがあるのですか?」
「ございます」封印されてからは見ていない。天地仁左が存命であった頃であるから、ずいぶんと昔の話であるが。「元々、根府屋から旭にかけての土地は天地様の所領でありました。邸宅は現在龍玄寺の墓地の辺りに建っていたとされています」
「それがなぜ穴倉に? どうやって?」
「龍の力を使ったとされています。一夜で天地様の館は消えたという逸話が残っています」
「そんな伝説もありましたね。龍の力が利用できたのも驚きですが、その力を使って館をそのまま移築させたという話でいいのでしょうか?」
突拍子のないことを口にしていると大場自身思ってしまう。
「地下に空洞を作り、館のみならず研究施設も作ったそうです」
「どれだけ広いんですか?」
「面積は墓地全体と同等かそれ以上とお考え下さい」
「ぼくには穴倉暮らし自体が想像できないのですが」
「快適なものであったとされていますよ。雨は降りませんし、一日があり、花も育ったそうです」
「つまり地下でありながら地上のように明るかった……?」
「はい。天地様は国の重要人物であられました。引き抜きのみならず暗殺を企てられたこともあった様です。そのため自らの命を守るだけでなく、ご家族の安全も守る必要がありました」
「それでも地下という発想には普通ならないと思いますが」
「そうですよね」彩は苦笑していた。「警備を厳重にするとか、天地様には出来たと思います」
「龍の力が使えるのなら、その方が手っ取り早かったのでは?」
「暗殺云々は表向きの理由であったようです」
「他に理由が?」
「真偽のほどは定かではありませんが、通勤時間の短縮と研究時間の確保が目的であったと」
「つ、通勤? 研究時間?」
鎌倉時代とは思えぬ単語が出てきて大場は面食らう。
「現代風に例えるとそういう事です。天地様も一臣下。城へ登城しなければなりませんが、城までは回り道しなければならず正門は根府屋からは反対側にありました」
「それを直線でトンネルを掘れば短縮できると考えた……とか?」
「そのようです。実際に半分以下に時間は短縮され、地下施設も整備されたことで研究や発明にも時間が取れるようになったとのことです」
「本来抜け穴なんて簡単に作れるものではないし、長く掘るのは難しいと思っていましたが……そんな理由で?」
「龍の力というのは本当に凄いものだったのでしょうね。トンネルはたまたま御城主様たちを助けることに役立ってしまったということだったようです」
「それが鬼浪を撃退することになったとは……」
「歴史というものは面白いものですね」
「いやいや、事実だったら歴史が変わりますって……」
地下施設や龍の力を使ったトンネル掘りなんて言うものは。
表に出してはいけない史実のような気がする。大場は頭を抱えたくなってきた。
「それにしても、天地仁左にも家族がいたのですね」
「天音という奥様が居りました」
「子供はいなかったのですか?」
「居りませんでした」
天音は一度嫁いでいたが、子を成すことが出来ず離縁されていた。年は離れていたがお世話役として館に来ていた天音を見初め、仁左が娶ったという話であった。
子を授かることはなかったが、彩から見ても二人は仲睦まじく見えたものだった。
「そうですか。まあ、子孫がいれば別の伝わり方をしていたでしょうからね」
「そうかもしれません」
「とはいえ何らかの手掛かりを残してくれたというのなら助かります。秘宝でないとしたら、他に何があるというのでしょう?」
「天地様と天音様の思い出の地として残された。そう思っています。私の推測ですが、あそこには天音様が眠っていると」
「お墓? いやエジプト文明のような墳墓でもあると?」
「そうお考えいただいても良いと思います」
「推測ということは確かめられたわけではないですよね? 隠し部屋があるとか、トラップとかはないですよね?」
「分かりません。ですが、あそこは鬼浪すらも寄せ付けなかったとされています」
「あの二人、大丈夫でしょうか?」
「一刀さんがいれば問題ないと思いますが。そうですね、確かに普通の状態ではないかもしれません。あのお方は何と申しますか、お茶目な方であったとされていますから」
「お茶目って……、確かに地下に住みトンネルを掘ろうなんて酔狂なことを考える人物ではあるでしょうが……」
大場は不安を覚え、番場に報告を入れる。そして焦りにも似た感覚で車を目的地へと走らせる。
一刀は恵とともに人影が消えた場所へとやって来た。
竹林のアーチの先には扉があった。
「また襲ってくるかな?」地面や竹林の様子を探りながら恵は訊ねる。
「来たら、切り刻むのみ」
「筍ならよかったのに」
「食い気かよ。それにタケノコは春だろう」
「時間がかかりすぎだもん。今日は夕食当番だったのにお爺ちゃんに帰りが遅れるって、連絡入れてないし」
「まあ時間がかかっているのは仕方がない。ただの抜け穴じゃなかったんだからな」
抜け穴から出るころには日が暮れているかもしれない。
扉は木製で、時代劇の門のような造りでもあった。
何事も無く竹林を抜け扉にたどり着くと、恵はノックするのだった。
「音をたててどうするんだよ! 相手に知らせるようなもんだろう」
「だってもう知られているんだし、ここは人の家だよ? もしかしたら開けてくれるかもしれないじゃない」
「そんなわけあるか」
ノックに返答はなく、一刀が扉に手を掛けると鍵はかかっていないようだった。
扉を盾にしながらゆっくりと手前に引いていく。
「失礼しま~す」
「恵って、変なところで律儀だよな」
「いまさらだけど、ちゃんとご挨拶しないと」
「不法建築かもしれない。得体のしれない場所で、誰がいるかも分かんねぇのによくやるよ」
一刀は呆れるのだった。
開ききっても中から二人を攻撃してくるような反応はない。
物音がして中を見ると真っ暗ではなかった。先が見づらいが、常夜灯のようなものが付いているのかほんのりと明かりがともされているようだった。光源は見当たらなかったが……。
暗がりに目が慣れてくるとそれなりに見通せるようになって来る。
部屋の中では何かが動き回っている。
それは屋敷で見たものよりも大きい、一メートルほどのからくり人形だった。
移動用の車輪で下に落ちたものを砕く音が聞こえてきたのである。
「ここ、何かの実験室かな?」
「そう見えるが、ここはいつ建てられたんだよ」
「最近……じゃないよね」
奥行きは五十メートル以上あり、ホテルの大ホールよりも広いかもしれない。天井の高さも十メートル以上あった。
「実験台や機材があったようにも見えるけど、それを壊しているのかな?」
「証拠隠滅か?」
「秘宝?」
「だとしても、ここまで熱心に壊しまくるものなのか?」
からくり人形たちは二人が侵入してきても見向きもしない。黙々と作業を続けていた。
「立つ鳥跡を濁さずとか」
「引っ越しかよ。それにあいつら汚しまくっているぞ」
「私たちが来たからかな」
「とりあえず、撮影ストップ。奥に行くぞ」
「やっぱり行くんだね」
ポケットにスマホをしまう。
「次にオレ達がここに来られるかなんて分からないんだ。見とけるもんは見といた方が良い」
「だよねぇ……確かに気になるし」
一刀は抜刀し、恵も棍棒を油断なく構え、進んで行く。
からくり人形は二人を無視しているかのようだ。襲い掛かってくる素振りさえ見せない。
散乱する足元を気にしながら奥へと歩みを進める。
色々と壊されすぎて元がどのような状態だったか分からなくなっていた。
入口から見て右隅奥の方にひれ伏し待つ人影があった。
例えるなら大相撲の立行司を見るような服装をしている。
「あんた、そこで何をやっている?」
距離はあったが、一刀は躊躇なく声を上げた。
「墓守にございます」
影は答えた。
「誰かがここに埋葬されているのですか?」
「左様にございます」
「あんた、誰だ? 天地仁左か?」
「わたくしは『地』にございます」
「地?」地下だからかよ。
「わたくしは屋敷を管理するものにございます」
「管理?」
「我が父より託されました。ここを守護せよと」
「誰から守るんだよ」
「荒らしに来るような輩であれば、全力でお守りいたします」
「私たちは違いますよ」恵は慌てて否定する。
「理解しました。それにお強い」
「見ていたのかよ。質が悪いな」
「そのように申し付けられておりますので、ご容赦願います。敵対行動や破壊を目的とされるようであれば、全力で排除する所存でございましたので」
「分かったよ」
一刀は刀を鞘に納め、手を広げ敵意のないことを示す。
それを見て恵も構えを解いた。
「それで誰が眠っているんだ? それに父って誰のことだよ」
「父の名は天地仁左。ここに眠るは父の奥方で天音にございます」
「奥さん? 天地仁左本人の墓じゃないのかよ」
「私たち古墳の中にでも入ってしまったの?」
「そうらしいな。ここは何だったんだ?」
「元々は父の屋敷と研究施設にございます」
「研究って、鎌倉時代にそんな言葉があったのかよ」
「屋敷? ここに仁左さんが住んでいたの?」
「主はそう申されておりました。詳しくは知らされておりません。わたくしはただの守り人にございます」
「じゃあ、あのからくり人形はなんなの? 壊しているようにしか見えないんですけど」
「ここは放棄されることとなりました。待ち人来たらず、です」
「待ち人ってなんだよ?」
「それに壊すなんて、何のために守って来たの?」
「天音を蘇らせることが出来る知識と力を持った方をお待ちしていましたが、時間切れにございます」
「七百年間守って来たのに今更かよ。それに復活って、死者を蘇らせるっていうのか。神にでもなろうっていうのかよ」
「天地仁左さんは彩さんを生き返らせたっていうよ。できなかったの?」
「彩? 三行神社の巫女でございましょうか?」
「そう、破羅家の彩さんよ。知っているの?」
「彩殿の縁者にございますか。ならばここに来たのも合点がいきます。最後に来られたのがあなた方でよかった」
「最後?」
「申し上げましたように、天地様の言付を守り、ここは放棄されることとなります。すべて地に返るのです」
「意味が分かんねぇぞ。元々ここは地中だろうが」
「天音のために祈っていただけますか?」
「それはいいが……」
「撮影はOKですか?」
恵は挙手して訊ねる。
「撮影とは?」
「これで記録を取るの」恵はスマホを取り出し見せる。「彩さんの知っている人なら見せてあげたいし、あなたも撮影していいですか?」
「そのような技術が確立されているのですね」
了解を得ると恵は近づく。面を上げた守り人を撮影する。
フラッシュに映し出されたのは木製の人形だった。目鼻はなく、まるでデッサン人形を見ているようだった。
「お前もからくり人形かよ。どこから声を出してるんだ?」
「わたくしの本体は別にございます。これは私の体の一部。声は内蔵された出力器から出しております」
「思いっきりSFだね……。これが秘宝だって言われれば信じてしまうよ」
「お前は秘宝じゃないんだな?」
「ここに秘宝はございません。ではこちらへ」
からくり人形は立ち上がると、背後にあった扉の閂を抜き、ゆっくりと扉を開いていく。
神社仏閣の秘蔵の品が御開帳されるような雰囲気である。
中には亡骸以外何もない。
白い壁はそれ自体がほんのりと明かりを灯しているようだ。女性は一メートルほどの高さに浮き上がり周囲とは違う淡い光の中に包まれている。白い装束を身にまとい、短く切りそろえられた黒髪は和人形を見ているようだった。年は二十代から三十代くらいだろうか、整った顔立ちで、まるで眠っているようにも見える。
ライティングのせいもあるだろうが、神々しいとさえ感じる。
「ミイラか棺桶を想像していたが……眠っているだけなんじゃないのか?」
撮影しながら恵は一刀の言葉に同意する。
「七百年以上このままなの?」
「はい。龍の力によって、亡骸は保存されてきました。これ以上の説明はわたくしにも出来かねます」
「龍は、もう故郷に帰ってしまったのに?」
「それ故に放棄されることとなったのです」
「ここから出すことは?」
「細胞が崩壊しすぐに形を維持できなくなるでしょう」
「ご、ごめんなさい」
「そんな状態で蘇生なんか無理だろう」
「この中であれば、天音の身体を維持できるのです」
「培養液みたいなものか? だから維持できなくてこの場所は放棄される? あんたはどうするんだ?」
「最後まで天音とともにあります。しばらくすればここは機能を停止します。静かに眠らせてください」
恵は頷く。撮影を止めるとスマホをしまう。
祭壇はなかったが、二人は手を合わせた。
それが終わると二人は『地』に促され、部屋を後にする。
再び閂が掛けられ、扉は閉じられた。
「どうして見せてくれたの?」
「ここに来られたということは、父の作りし証を御持ちであると判断しました」
「証? もしかして一刀クンが刀を持っていたから、扉が開いたの?」
「こいつが?」霧双霞を指さす。
「そうでなければ、中に入るのは容易ではなかったでしょう」
「じゃあ、なんであの竹林や屋敷で襲われた?」
「正式に登録された方でなければ、警備装置が働き排除いたします」
「手続きはどうするの? あなたに言えばいいの?」
「なんで、そんなこと今更訊くんだよ?」
「だって、また一刀クンもここに来るでしょう? だったら安全に入りたいよ。そうだ、彩さんとだったら?」
「彩殿はすでに何度もここに来ておられますから問題ございません」
「やっぱり! 彩さんと一緒だったら苦労しなくてもよかったんだ」
「ですが、次はございません。残念ながら」『地』はそう告げ、一刀に話しかける。「あなた様にお願いがございます」
「嫌だと言ったら?」
「特に問題はございません。萍か、霧双霞を御持ちと見ました」
「ウキグサ? もう一振りの事か?」
「霧双霞にございますか。ありがとうございます。この体を全力で動かせるのもあと僅か。一分ほどお時間を頂戴するだけでございます」
「なんでそんな必要がある」
「待ち人は現れませんでしたが、継ぐ可能性のある方がここにおられるのです。見てみたいではありませんか」
その声には感情がこもっている。恵にはそう感じられた。
巻き込まれないように距離をとり始める。
「六柱がひとり『地』、見定めさせていただきます」
「聞きたいこと、山ほどあるんだけどな……」
柄に手を掛けながら一刀は身構える。
からくり人形は素早く動いた。
両腕が刀に変わり斬りつけてくる。
「なんで人形が、それだけ動けるんだよ!」一刀はそう言いながらも刀で受ける。「刃こぼれするだろうが!」
「霧双霞であれば、御心配には及びません。遠慮なくいかせていただきます」
恵は置いてけぼりだった。
成り行きについて行けなかったが、さらに距離を取りながら、急ぎ撮影を始める。
「バッテリーもつかな? メモリーも」
今日だけで多くの物を撮影、記録していたのだった。




