18.迷走する思考の中で
「お聞きになりたいことが沢山ありそうですね」
首を傾げながらも、彩は微笑む。
その笑みが本当に素敵で、写真で見た以上にきれいだ。
「そ、そうなんですけど……」
頭の中で様々なことがグルグルと渦巻いて収拾がつかなくなっていた。
「プライベートなこと以外でしたら、何なりとお答えしますよ」
「あ、ありがとうございます。あ、あの彩さんとお呼びしてもよろしいですか?」
「かまいませんよ。彩が私の元々の名前ですから」背筋を伸ばし居住まいを正す恵を見て彩はやんわりと言うのだった。「それにそんなにかしこまらないでください」
「すいません。どうしても彩さんからのオーラと言いますか、雰囲気で、こうしないといけない気がしてくるのです」
恵は恐縮しながら謝る。
「私は大層なものではありませんよ」
楽にして下さいと彩は言うが、恵には難しかった……。
「あ、あの、それでは彩さんの、ご職業とお住まいは?」
「そこからですか」意外な問いに彩は笑う。「三行神社の巫女を務めてまいりました。生まれは風上の国、守護でございます。所在は三行神社となります」
風上の国? 風上町の事だろうと解釈したが、なぜ時代掛かった言い方なのだろうと恵は感じてしまう。
「ずっと神社に住んでいらっしゃるのですか?」
「生まれは破羅家ですが、幼少の頃に三行神社に預けられ、以降、ここが私の居所になっております」
「でも私は、彩さんにお会いしたことがありません」
見た目から年は恵の少し上くらいか、二十代前半だと思った。
それくらいの年齢だったら小中学校の子供会や地区の集まりで絶対に顔を合わせているはずである。
「姿を見られぬようにしていましたから」含みを持たせ彩は答える。「こうしてお会いすることになろうとは思いませんでした」
「どうしてでしょうか? 引きこもりというわけでもないですよね?」
「引きこもりですか、恵さんは面白いことを言われますね」彩は笑う。「今は周期的なもので、住んでいても姿を見せぬようにしていました。次の大祭くらいに宮司の孫として人前に出ようかと考えていたところなのですよ」
「周期?」
「同じ容姿のままでは、不審に思われてしまいますからね。ですから、十年以上は人前に姿を現さず、娘か親戚ということで巫女として暮らすようにしておりました」
「よく分かりませんが、和住宮司の縁者なのですか?」
「血縁ではございません。ですがあの地域の方々とは古くから付き合いがございます。私の願いを聞き入れていただき、和住には宮司になっていただきました」
血が繋がっていないのに孫? それに今の宮司を彩さんが招いたような言い方になっている。
「彩さんは破羅家の方ですよね? 宮司さんは海嶺村の出身と聞きました。破羅家の方々はそちらに移住されていたのでしょうか?」
「破羅の家は守護で代々続いた武家の家柄です。ですが家は断絶しておりますので、残された血筋といえる者は、私のみになります」
こんがらがって来た……。
「……それでは、雲乃都さんとのご関係は?」
「当人でございます」
「はい?」意味が分からなかった。「あの~、都さんの娘さんとかお孫さんではないのですか?」
おそるおそる恵は訊ねる。
「私の見た目はこうですが、都と彩は同一人物ですよ」
彩は恵の反応を見て面白がっているようにも見える。
「そうですか……」反応が数舜遅れた。「えっ、え~ぇぇぇぇぇっ! うそぉぉぉお!」
驚愕の声が本殿に響き渡る。
物凄いことをサラリとカミングアウトされたような気がする。
「気付いているとばかり思っていました」
彩はコロコロと良く笑う。またそれが人形のように可愛い。
「いえいえ、まったく。写真と瓜二つですが、親子かなにかかと」恵は勝手にあたふたしてしまう。「あ、あの……失礼極まりないことではありますが、その……彩さんは、お幾つなのでしょう?」
そうは見えないが、同一人物であるならば優に百歳を超えているはずだ。
「設定年齢は十八ですが」
「ですよね。そう見えます」信じてしまいます。
「嬉しいですね。所作が年寄りじみているのではと気にしていましたのですよ」
「そんなことはありません。お若いです」
「実年齢は八百近いのにですか?」
口元を袖で隠しながら、彩は軽く笑った。
「はっ! はあぁぁぁぁぁぁ? 嘘でしょう!」
想像をはるかに超えていた。それが本当なら、若作りにもほどがある! 人知を超えている!
「信じられませんか?」
恵は無言で何度も頷いてしまう。
「不老で長命だと知られれば迫害だけでは済まなかったでしょう。人々から恐れられ、こうして生きてはいられなかったかもしれません」
そのために様々な策を講じ、三行神社の巫女として居続けたのだと彩は話してくれる。
荒唐無稽な話ではあったが、彩の言葉に嘘は感じられない。
「今だと、隔離され、研究材料にでもされそうですね」
彩は付け加えた。
「ありそう……」
興味を示す人がJESにもたくさんいるだろう。
「こうして生きてまいりますと、対外的に二つ三つ名乗る名前が必要になります。そうですね……雲乃都はペンネームみたいなものです」
「証拠は? あるんですか?」
「恵さん、おっしゃっていたではありませんか。『風上町の伝承と文化』や『海葉城の攻防』を読んで、まるで実際に見聞きしてきたみたいだと」
「聞いていたんですか?」
和住宮司とのあの時の会話を聞かれていた……。
さらに間近にいたはずなのに、その気配に気付くことすら出来なかったことに戦慄する。
「はい」朗らかに彩は微笑んだ。「あの本は私が書いたものです。面白かったと言っていただき、嬉しゅうございました」
「い、いや、あの、ですね」
なんとか話をしようとするが、言葉にならないし身振り手振りが怪しくなってしまう。
「なぜ、あの本をお書きになったのですか?」
「当時の私は、大学で学ぶことによって、何か形に残したいと思っていたのでしょうね」
「じゃあ、あの本に書かれていることは全部、本当にあったことなんですか?」
「はい。私が見聞きしたことをそのまま記しています」
軽く頷かれてしまい、恵の方が動揺しまくりだった。
「『海葉城の攻防』は伝奇小説ではなかった……」
「本来ならノンフィクションですけれど。今のジャンルからするとそう分類されますでしょうか。私も当時は妖術の類かと思っていましたが、現代にいたりますと分かったことが多いです。このような例えがございます『十分に発展した科学技術は魔法と見分けがつかない』ということでしょうか」
クラークの第三法則を引き合いに出す彩だった。
「つまり現代科学に匹敵する技術を持っていた……? いやいや、鎌倉時代ですよ! おかしくないですか?」
歴史の生き証人であるならば、嘘は言っていないと思いたいが……、にわかには信じがたい。
今、ここで見聞きしたことを一刀クンに話しても鼻で笑われそうな気がする。絶対にからかわれていると言われるだろう。
「天地様は本当に素晴らしい学者であられました。この時代を知ってなお、そう思いますわ」
「知っているのですか! 天地仁左を?」
「幼少の頃ですが、何度もお会いしています」
「どんな人だったんですか?」
「ひと言で言うならば『何でも知っているお爺さん』でしょうか」
「……はあ……」土地のことに詳しい長老さん?
「私が訊ねますと、なんでも答えてくれますのよ」懐かしむような声でもあった。「好々爺然としておられましたが、強い信念をお持ちの方で、殿にまで意見されておりました。それになによりいたずら好きでもあられました」
「いたずら好き……?」
「いずれ分かりますよ」
「それはどういう……」
「そして、私の命を救って下さいました」
胸に手を当て彩は言う。
「命?」
医術の心得があったと記されていたことを恵は思い出す。
「文字通りの意味ですわ。死の淵、三途の川を渡りかけていた私を蘇らせてくれました」
「死にかけていたとか、そんな状況ですか?」
「周りの者は脈も無く、心の鼓動も聞こえなかったと申しておりました。そのまま葬られてもおかしくなかった私を天地様は生き返らせてくれました」
医術で見せたただ一度の奇跡であったという。
「死者を蘇らせたという伝承があるとは聞きましたが……」
「それは私の事でしょうね」
蘇生であるならば人知を超えた技であるが、あの時代にそんな人物がいたとしたら、ガリレオやダビンチ以上の知識と技術を持った天才であったはずだ……。
なぜそんな人物の記録が伝承でしか残っていないのだろう。
「彩さんは不死なのですか?」
「それは分かりません」彩は首を横に振る。「ですが、天地様は私に生きる意味を与えてくださいました」
「意味?」
「龍の力を目覚めさせることの出来る者と出会うため、私はここにおります」
「ずっと待っていたというのですか? 七百年は長すぎますよ!」
「そうでもありません。時代ごとに様々なことがございました」
神社の危機は幾度となく訪れた。
戦のみならず天災、飢饉、そして火災など数知れなかった。その度に天地仁左の教えと彼が残したものを頼りに神社を守って来たのである。
「気が付けば今であります。こうして恵さんともお会いできました」
彩は恵に笑いかける。慈しむような表情だった。
「あ、ありがとうございます」
「止まっていた時間が動き出しました」あの方が最後に言われた言葉通りだった。「今は詳しく申し上げられませんが、恵さん、あなたともう一人の方が龍を解き放ち、時を動かすのです」
「もう一人って、一刀クン?」
「さあ、どなたなのでしょう。私はお名前を存じません。まだお会いしてもおりませんので、確証もございません」この時の彩の視線は射るような鋭さがある。「目の前にいるのは宇月恵さん、あなたです。あなたは私と、そして火ノ珠の持ち主とともに龍を解放するのです」
「龍は本当にいるのですね?」
「おりますよ。恵さんが信じていますように」
「そうか、やっぱりいるんだ」恵は安堵する。「この珠には、名があるのですね」
胸元から小袋を取り出し、恵は手のひらに青い珠を乗せる。
彩は頷いた。「三摩地のそれぞれの池にちなみ、火、風、水ノ珠と呼ばれています」
歴史の中に埋もれてしまっていた名前を掘り起こす。
「恵さんは翔月に生まれ、宇月として水ノ珠を受け継ぎ、私は破羅に生まれ風ノ珠を、雁埜は火ノ珠を守ってきました」
「でも雁埜さんは……」
「残念なことでしたが、火ノ珠は失われていませんよ」
「ではどこに?」
「阿義のもとにあるはずです」
「阿義って誰ですか?」
「阿義もまた鬼浪の血を引くもの。鎌倉時代に海葉の城を襲撃した首謀者の残党。名を変えて生き延びていたようです」
「それが本当なら、番場さんに知らせないと!」
恵は立ち上がり、スマホを出そうとするが、スマホは更衣室代わりの部屋の鞄の中だった。
「取り戻すことはいつでもできますよ」
「そ、そうなんですか?」
彩の笑みに安心したように恵はまた座りなおそうとして、バランスを崩した。
足の痺れが襲い来る。自分の足で無いような感覚だった。
苦悶の表情を浮かべのたうつ恵の足を突いてみたくなる衝動を抑えつつ、彩は微笑ましくそれを見ていた。
「阿義は龍の力を欲していました」
「これですか?」
傍らに置いてある大剣を指さす。
「それは龍を解放するための鍵の一つです。珠のような力は感じないでしょう?」
「そうですね」
「儀式のことは龍玄寺の文献から知ったのでしょうね」
「えっ、でも、文献の詳細は失われていたと」そう一刀クンは言っていた。
「龍玄寺には儀式のことを記した文書が存在していたのです。いつぞや調べさせていただきましたが、龍玄寺の文書は重要な部分が破り取られていました」
「そんなことが……」
「阿義は大剣や珠を求め、神事の秘密を探ろうと神社に近づいてきました。寄進と称しお金を積み、鍵や珠のありかを知ろうとしたのです」
「最初から力業ではなかった?」
「そうですね。宇月家、雁埜家にも同様の提案をしていたようです」
「うちにも来ていたんだ……知らなかった」
「恵さんに余計な心配を掛けたくなかったのではないですか? 私どももお引き取り願いましたし」ニコリと笑みを漏らし彩は言う。「それ故かお金が駄目ならばと、次は力技で来ようとしましたが」
「ここも襲われたんですか?」
彩は頷く。
「大丈夫だったんですか?」
「はい。すぐにお帰り願いましたよ」
「どうやって? もしかして彩さんが?」
「武士の家に生まれましたから、それなりに心得はございます」
恵の意外そうな表情を見て頬を膨らませる彩。
「流派とかあるんですか?」
「もっとも私のものは見様見真似で覚えたもので、正式なものではございません。流派はございましたが、それを継いだわけではございません。それに家は断絶、もうございませんから」
「どうしてなくなったんですか?」
「はやり病です。今でいう天然痘だと思われます。私は破羅家に生まれましたが、妾の子として生まれ、忌み嫌われ神社に出されました。それ故に生き延びることが出来たのでしょうね」
「家から出されて、よく風ノ珠を継げましたね?」
「そうですね。家を出されましたが、それでも私は家から」彩は自嘲気味に笑い首を横に振った。「いえ、父から見捨てられていたわけではなかったのでしょうね」
彩は胸に手を当てていた。
「すいません」
余計なことを聞いてしまったと感じたのだろう、恵は謝った。
「気になさらないでください。時間は十分にございました。もちろん、鍛える時間も。ですから多少の事では後れを取りませんよ」
軽くガッツポーズをとって見せる。
身長は恵と同じか少し小さいくらいだろう。身体の線も細かった。それでも、あの手練れともいえるキロウの襲撃を撃退したのではあれば、相当の腕前ではないのだろうか?
「神社自体を守れたのは、天地様の、今風に言えばセキュリティのおかげですけれどね」
舌を出しざっくりと言ってしまう彩だった。
そのおかげで災害からも神社は守られてきたのは事実である。
「セキュリティってどんな?」
「わたくしも詳しいことは存じあげません」
「七百年以上前のセキュリティ……平田さんが興味持ちそうだな」
天井や壁を見まわし恵は呟いた。
「邪な心では龍には認められません」
「そのための大祭なのですか?」
「本来は龍の力を受け継ぐためのものでございます」彩は小さく頷く。「まさか宮本さんに代わって神事に参加したり、駄目だと分かると最後はトラックで本殿に突っ込もうとするとは思いもしませんでしたが」
「はいっ? どういうことですか?」
「気付いていなかったのですか?」
大祭の裏側で何が起きていたかなどまったく知らない恵である。首を思いっきり横に何度も振った。
「あなたと競った宮本さんは阿義の一派が入れ替わったものでした」
「そうだったんですか! だから私に敵意を? 知っていて止めなかったんですか?」
「それも龍の試しであると判断しました」
「私、試されていたんですか?」
「一番司は龍に導かれた者しかなれません」彩は謝罪の意味もあったのだろう、深々と頭を下げる。「資質を見極めるための試練であったとお思いください」
「私、殺されかけているんですけど」
「龍の試しは命がけのものだとしても? 今でこそお祭りですが、神事なのです」
断言されると恵は何も言えなかった。
「それに、恵さんは感じませんでしたか? 龍はあなたを導いてくれていたはずですよ」
彩の問いかけにしばし恵は大祭を振り返る。
「もしかして……走ったルートとか閃いたのって? 身体が軽く感じられたのもそうだったのかな?」
「最後はあなたの持つポテンシャルだと思いますよ」
「この珠が、導いてくれた?」
「珠は龍の力の一部を宿しているともいわれています。龍の導きにはいろいろとあるようで、閃きであったり、力を貸してくれるのもそうです」
「お父さんもそうだったのかな」
「かもしれません。あなたは龍に愛されているようですね」
「はあ……」どう答えていいのか恵には分からない。
「宮本、いえ阿義がどのような策謀を巡らそうとも、あの者が一番司になることはなかったのです」
「え~と七百年ぶり? なんですよね。なぜ私なんですか?」
それにもっと適した資質を持った人が過去にもいたのではないだろうか。
「龍はふさわしい方を待っていたと思われます。三つの塔を巡り御神木を得る中で、仁と徳、力を計っていたのではないのでしょうか」
龍自身が力を取り戻すため眠りについていた。それが彩に示した天地仁左の見解でもあった。
「龍がどのような存在かは分かりませんが、長い眠りについていた龍を、私が起こすということなのかな? 七百年経って機が熟したということ?」
「そうなるのでしょうね」面白い例えだと彩は思った。「大剣は今まで石の剣として宝物庫に眠っていました。それが今回の神事で甦ったのです。鍵となる剣を見るのは私も二度目です」
「一度目は?」
「天地様です。もっともあのお方は、大祭を経てではなく力業で剣を蘇らせました」
「何者なんですか?」
「人であるとあのお方は申しておりましたが、私の理解をも超えた方でありますね」彩自身お手上げという感じでもあった。「一時的に龍の力を借りただけだと言っておられました。研究に必要だとも」
理解を超えていた。恵は人生の中でこれ以上の驚きと摩訶不思議な体験はないのではという感じがしてくるのだった。
七百年以上も生きている人、人知を超えた天才、そして龍。
「彩さん、私はこの後どんな試しを受けるのでしょうか?」




