第3話
玄関をくぐると外観に見合った内装が広がっていた。
玄関ホールのワインレッドに塗装された壁には、高級そうな額縁に入った大きな油彩画がかけられている。小さなテーブルの上には花瓶が置かれており、生けてある白百合の上品な香りが私を出迎えた。
どきどきしながらも、本当にお伽話に出てくる洋館なような内装に思わず目を輝かせていると、
「靴は脱いでなー」
「あ、はい」
ナギくんに普通にスリッパを渡されて現実に戻された。あ、でもこのスリッパすごい履き心地良い。
高い天井から吊るされたランプが照らす玄関ホールを歩く。
吸血鬼の家、と聞いてもっとおどろおどろしいものを想像していたのだが……。
「……棺桶とか、ないんですか」
「あるで?」
「あるんだ」
「物置に」
使ってないんだ。
先頭を歩くナギくんが扉を開く。案内された部屋は、いわゆる応接室というやつのようだった。
部屋の隅には観葉植物が佇んでおり、暖炉の火がパチパチと控えめな音を立てている。華美すぎないシャンデリアが柔らかく照らす部屋の中央には、大理石の細長いテーブルを挟むように置かれた高級そうなソファ。
そして、そこにだらしなく寝転ぶ黒髪の青年。
「起きろ、ラグ」
ナギくんが容赦なく頭をはたいた。だいぶ痛そうな音がして、開かれた紫水晶のような目が不満そうにナギくんを見る。
「なんすか、ちょー気持ちよく寝てたんすけど」
「お客さんや、どけ」
「え? あー……」
ラグと呼ばれた青年はちらりと私に視線を向けて、ぼんやりと納得したような声を出した。
「邪魔。リビング行けよ」
「お兄ちゃんたちが冷たい……」
青年は大きく伸びをすると、あくびしながら部屋を出て行った。すれ違う一瞬、こちらを見ていたような気がするが気のせいだろう。
◇◇
ジグくんとナギくんに挟まれる形でふかふかのソファに座りほどなくして、その人は現れた。
「──待たせたな」
低く荘厳な声が空気を震わせた。瞬間、空気が変わるのを肌で感じて本能的に背筋が伸びる。
開いた扉の向こうから現れたのは、夜の化身のような男性だった。
シワひとつない黒いシャツとズボンに、肩にかけられた重厚な黒いコート、磨き抜かれた黒い革靴はシャンデリアの光を反射している。そんな黒ずくめの服装とは対象的な白い肌と、月光を吸収したような銀色の髪がさらりと揺れた。
男性は向かいのソファに音もなく腰を下ろす。
「お初にお目にかかる。私はグランツ=ヴァルグラディオン=ドレムナシア。グランツで構わない、よろしく頼む」
「も、望月律香です……よよよろしくお願いします……」
圧倒的な重圧が全身にのしかかる。ガチガチの舌をなんとか動かして名乗るのがやっとだった。
言われなくてもわかる、このヒトがジグくんたちのリーダーだ。
さらに、私に重くのしかかるプレッシャーはグランツのものだけではない。
「…………」
ソファに座るグランツの横には、彼に続いて部屋に入ってきたスーツの男性が無言で仁王立ちしていた。
黒縁メガネの奥にある鋭い緑色の瞳は私を見下ろしており、グランツの放つプレッシャーとはまた違った圧を感じて、指先が冷えていくのを感じた。
「そんな睨むなや、アドル。律香が怖がっとる」
「……睨んでない」
かちゃり、とアドルが中指でメガネを押し上げる。いやその顔はどう見てもバチバチに睨んでるのだが……。
「アドルは元からこのような目つきなのだ、気にするな」
グランツは無表情でそう言うと、パチンと指を鳴らす。すると、次の瞬間には品の良い柄が描かれたティーセットが目の前に現れた。
空中に現れたそれは静かにテーブルの上に着地。そしてティーポットはひとりでに浮かび、透き通った紅茶を私の前に置かれたカップへ注いだ。
「飲むといい。気分が和らぐだろう」
唖然とする私を他所に、グランツは品のある所作で自分のカップに口をつける。
これは突っ込んじゃいけないのかな。いや、突っ込む勇気も断る度胸も私にはないので言われた通りにしよう。
ガタガタ震える手で中身を溢さないよう、細心の注意を払ってカップを口元に運ぶ。
緊張のあまり味なんてしないと思っていたのだが、一口飲めばあたたかく優しい口当たりが広がった。自然にほう、と息をつくと同時に、ガチガチに強張っていた全身の筋肉がゆっくりとほぐれていくのを感じる。
すごくおいしい、どこの茶葉だろう。なんて考える余裕さえ出てきた。
「──さて」
音を立てることなく、グランツがカップをソーサーに置く。
「それでは、本題に入ろう」
大きくはない声。しかしその一言は部屋によく響いた。
私は深呼吸してカップをソーサーに置く。カチャンと小さく音が鳴った。
血よりも深い真紅の瞳と目が合う。
「単刀直入に言う。今、この宮辻市は非常に危険な状態にある。このまま何もしなければ──今夜にでもお前は死ぬだろう」




