第9湯 俺は買い物をして温泉につかる
「そろそろ、新しいアウトドア用品欲しいなぁ……」
スマホ片手にスクロールしながら、独り言のようにつぶやく俺。
「お、俺この前モンベルの新作アウター買ったぜ」
いきなり背後から同僚の声が飛んできた。
いつの間にか背後に立っていた同僚は、やたら得意げな顔をしていた。
「お前、新しいジムニー買ったばっかじゃんか……」
心の中でツッコみつつ、口には出さない。まあ、羨ましいのは確かだけど。
「モンベルもいいよなあ。でも俺はミレーのラインも好きなんだよな……」
スマホの画面を切り替えながら、ブツブツと悩む。
ああ、それにトレッキングシューズも欲しい。あんまりごつくないやつ。
「先輩、買い物ですか?」
ふと横から聞こえた声。見ると美月が俺の方に歩いてきていた。
「ん? ああ、まぁちょっとアウトドア用品をな……」
「だったら長島行きましょうよ! アウトレットありますし、お約束の温泉もありますし!」
瞳をキラキラさせながら、美月が笑顔で提案してくる。
「お前らホント、温泉好きだよなぁ……」
あきれた声で、同僚が肩をすくめる。
「えぇ~、私は温泉も好きですけど……先輩も好きですよ? ラブですよ♡」
突然の直球。隣でコーヒー飲んでた同僚が、盛大に吹きそうになって慌ててどこかへ逃げていった。
「……じゃ、週末は長島行くか」
「やったーっ! じゃあ会社の福利厚生で『湯あみの島』の割引クーポン、取っておきますね!」
スマホを取り出して、すでに検索を始める美月。
この子の行動力、たまにすごいよな……と、俺はちょっと笑った。
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週末、やってきました長島アウトレット。
相変わらず広い。人も多い。何より……。
「わぁ〜見てください先輩! これ、全部食べられるお店ですか?」
「いや、全制覇するつもりか」
相変わらずブレない美月である。
その笑顔に惑わされてスルーしそうになるが、俺の突っ込みスキルも鍛えられてきた。
「先輩〜こっちこっち! この帽子似合いますか?」
「……それ、赤ちゃん用じゃね?」
「うそっ!? でもフィットしましたよ!?」
「……頭のサイズの話はやめとこうな」
あっちに行っては店員さんに話しかけ、こっちに戻ってきては「これ買おうかなぁ~」を三回繰り返す美月に、俺はずっと付き添ってる。
買い物デートとは、忍耐とツッコミの修行である。
「先輩、ミレーのコーナーありましたよ!」
「おお、マジか。それは助かる」
やっと俺のターンだと店内に入るも、美月が勝手に俺のアウター選びを始める。
「これとかどうですか?山とか走れそうじゃないですか!」
「俺は走らねぇよ。山でも平地でも」
「じゃあ、これ! ちょっとだけガン○ムぽいです!」
「それ、色がね。ってか、俺をモビルスーツにするな」
そうこうしてるうちに、いつの間にか美月の紙袋が三つに増えていた。
俺の買い物時間、正味15分。美月の買い物時間、2時間半。
「さて先輩、そろそろ本命行きましょう」
「はいはい、湯あみの島な」
温泉施設に入ると、美月のテンションがさらにアップ。
「わぁ〜〜〜! 畳の休憩所がある〜!ひろぉぉい。 お風呂あがりにごろんしたいです!」
「お前、今から風呂入るんだよな?」
と言いつつ、今日のステージは誰だろねと調べてみる・・・・知らん演歌歌手だな。
「浴衣も選べるんですよね? 先輩、どれが似合いそうですか?」
「……どれでも似合うよ。どうせ俺は男湯だしな」
とりあえず分かれて温泉へ。
しかし、ここのシステムは初心者殺しだよな、ロッカーで荷物置いて、その後奥の脱衣所へと場所を移動する。よくオッサンが最初のロッカーでマッパになっておくの脱衣所まで歩いていくのを見るが、オッサンなので良しとしよう。
露天風呂に浸かると、あの買い物の疲れもスーッと抜けていく。
なんだかんだ言って、やっぱ温泉は最高だ。
ここはいくつもの露天風呂がある庭園風呂である。どこかから持ってきた巨石が有ったり、熱い湯、少しぬるめなどいろいろ楽しめる、但し泉質は同じである。
「先輩〜」
風呂上がりに合流した美月は、浴衣姿で小さな瓶の牛乳を持っていた。
「これ、どうぞ♡ フルーツ牛乳にしました。先輩の分はコーヒー牛乳です」
「……お前、俺の好み覚えてんのか」
「ふふん。先輩のこと、ラブですから〜♪」
ツッコミの余地もなく、照れさせに来やがる。
この天然娘、たまに反則すぎる。
その後、畳の休憩所で牛乳飲んで一息ついて、ぐだぐだ話してたら、知らない演歌歌手が登場30分ほどのステージを楽しんだ。
「先輩、ライブで楽しいですね、知らない人でも」
「うん、知らない人だけどな(涙)」
気づけば夕方になっていた。
買い物も温泉も、なんか修学旅行みたいで、ちょっと楽しかったな。
「じゃ、次はキャンプ用品ですかね!」
「……その前に俺、給料日待ちだわ」
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夕暮れの駐車場に戻り、俺たちはジムニーへと乗り込む。
「先輩、観覧車、乗りたかったなぁ〜」
「まあ近いし、また来ればいいじゃん」
「そーですね、今度は私の物もたくさん買いますよ!!」
いや、十分買っただろ(笑)
そう言って、美月はご機嫌な笑顔で、ダッシュボードのボタンに指を伸ばす。
「おい、まさか……」
ぽちっ。
「……押すと思ったよ(涙)」
突如、白い靄が立ち込め、ジムニーがふわりと浮かぶような不思議な感覚に包まれる。
目を閉じ、そっと息を吐いた瞬間──
……次第に、靄が晴れていく。
「先輩!? 今回、異世界来てなくっぼくないですか?」
助手席の美月が窓の外を見て、不思議そうに言う。
俺もあたりを見回してみた。
ジェットコースター、大観覧車……確かに、遊園地のようだ。
だが──
「あれ……ア○パンマ○ミュージアムが無い……?」
ここ、長島のはずじゃ……?
「いや、来てるぞ異世界……」
現実とそっくりで、どこかが違う。
この違和感が、じわじわと胸に迫る。
俺たちは、ジムニーを降り、薄明かりの中、遊園地の入場ゲートらしき方向へと歩き出す。
何が待っているのか。
次なる不思議の舞台は、異世界の遊園地だ。